第39話

 運動会の後、リレー走で転んだ女子が「お前のせいで負けた」と、クラスメイトの男子から責められていた。

 転んだ女子が走るのは勿論、運動全般が苦手なのは皆知っていた。だからこそ、走る順番を決める時も、クラスの皆で話し合っていた。

 その子が抜かされた時も、フォローできるようにと、運動が得意な奴を前後に配置していた。

 練習の時も、速く走れず不安そうな様子を見せていても、クラスメイトはその子を励ましたりしていた。

 その子は、運動が苦手ながらも練習を頑張っていた。遅くても、バトンを次に繋げるために一生懸命だった。

 本番当日、三クラスある中で行われたリレー走は接戦だった。

 抜いたり抜かされたりを繰り返し、その子にバトンが回った時には、俺たちのクラスは二位だった。

 一位との差はそれほど差は無く、その子の前の奴が一位との距離を縮めた状態で交代した。

 このままその子が走って差を開かれても、次にバトンを受け取る奴が挽回できる算段だった。

 しかし、その子は走行中に転んでしまった。

 一位との差は開き、バトンを渡す頃には、俺たちのクラスは三位になっていた。

 その後は、前を走る相手との差は縮まりはしたものの、追い抜くまでには至らず、三位のままゴールを迎えた。

「お前が転んだせいだぞっ‼」

 運動会が終わった後、俺たちの教室に怒声が響いていた。

「ご……ごめん……」

「謝ってるんだし、そんなに怒らなくてもいいじゃん!」

「コイツが転ばなかったら、一位になれたかもしれないのに‼ 一番遅いくせになんで本番で転ぶんだよっ‼」

 転んだ女子からバトンを受け取った男子が、その子に八つ当たりしていた。

 大声で怒鳴る男子に、泣き出しそうな転んだ女子、それをかばう彩也香。周りの人は、それを見ているだけで何も言わない。

 彩也香以外が仲裁しないのは、怒鳴っている男子が、クラスのガキ大将みたいな奴だったからだ。

「そんな言い方しなくてもいいでしょ? わざとじゃないんだから、もう止めなよ」

 みんなが怖がって止めようとしない中、彩也香はガキ大将に臆することなく、なんとかその場をなだめようと仲裁を行っていた。

「姫野は関係ないだろっ‼ 引っ込んでろよっ‼」

 その場を収めようとする彩也香の健闘も虚しく、ガキ大将の罵声はとどまる事はなかった。

 一方的な怒鳴り声が教室に響き、クラスの雰囲気は最悪だった。

「あんなに練習したのに……コイツのせいで台無しだっ‼」

 転んだ女子も肩を震わせ、とうとう泣き出しそうな時……。

「そのくらいでいいだろ?」

「あぁ⁉」

「けいちゃん?」

 怒鳴り続けるガキ大将に、俺は肩に手を置きながら軽い調子で声をかけた。

「なんだよっ‼ 景吾までかばうのかよ⁉」

 俺の手を払いながら、こちらにも怒鳴り声を向ける。

「かばうって言うか……このままだと、お前の活躍が台無しになるからな」

「はぁ? なに言ってんだお前」

 こちらを睨んだまま、疑問を素直に発する。

「走るのに夢中で気付いてなかったのか?」

「だから……さっきから何を言ってんだよ」

「お前がバトン受け取ってからかなり差が開いてたのに、どんどん差を縮めてく走りを見て、みんなめっちゃ褒めてたぞ」

 俺にそう言われて、呆けた顔で辺りを見回す。

 怒鳴るガキ大将を見ているだけだったクラスメイトも、目が合うと大げさに首を縦に振りながら頷いていた。

「せっかくカッコよかったのに、怒鳴ってばかりじゃカッコ悪いだろ?」

 未だ呆けた顔のガキ大将に、俺は肩を組んでこう言った。

「走ってる時のお前、カッコよかったぞ」

 またもや俺の腕を払いのけ、先ほどとは違った雰囲気で声を荒げるガキ大将。

「やめろよ、気持ち悪ぃ! はぁ……もういいや」

 腰が砕けたように、ため息と共にそう言い残し、ガキ大将はこちらに背を向けて自分の席に戻っていった。

 その後は先生が戻るまでの間、怒鳴っていたのが嘘のように、上機嫌な様子で仲間と喋りながら過ごしていた。



「えっと……それがどうかしたか?」

 いきなり運動会の話しを持ち出した意図が読めず、彩也香に説明を促す。

「けいちゃんにとっては、普通の事かもしれないけど。あんな解決方法があるなんて、大体の人は思いつかないよ」

「そうか?」

「そうだよ。あの後、けいちゃんによく思いついたねって聞いたら『アイツは、褒めて貰いたくて頑張ってたからな』っていうんだもん」

 あの時のガキ大将は、勝ち負けにこだわっていたが、それは勝つ事で褒めて貰えるからこそ、こだわっていたんだ。

 小学生くらいの男子なんて、褒められる事が嬉しくて、それを目標にして努力するものだ。

 リレー走で負けたから、褒めて貰えなくなると思い込んで転んだ女子を責めていた。だから俺は、負けはしたけど必死に走っていたガキ大将を褒めて、その場を収めただけだ。

「そんな昔の事、よく覚えてるな」

 この世界は、過去に戻るほど前の世界との相違点は少ない。

「忘れるはずないよ。私はその時から、けいちゃんの考えてる事を理解しようと必死だったんだから」

 枝分かれしたパラレルワールド。

 転生する直前に言われた、俺にとって都合のいい世界。

 枝分かれしたであろう起点を思えば、その言葉は否定仕切れないほどに頷ける。

「だからこそ分かるの。けいちゃんは、黒野さんにとって、一番最善だと思う解決方法を選ぶって」

 微笑みを浮かべ、こちらを見る彩也香。

 その表情は、信頼とも呼べる意思が込められているようにも思えた。

「なんだよそれ……俺が問題行動を起こしても、そんな事言えるのか?」

 妙に照れくさくなり、茶化すように返す。

「えっと……程度によるかも……」

 微笑みから一転。表情は苦笑いに変わり、視線が泳ぎだす。

「ふふっ、心配すんな。ちゃんと、意味のある問題行動を起こすから」

「えぇ~、問題行動は起こす前提なの?」

 彩也香の反応に思わず笑みがこぼしながら、俺はあらかじめ考えていた、黒野がよこした、相談の解決方法を実行する決心を固めた。


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