第35話
「初めて入ったけど、思ったより広いなっ!」
「それなっ! このボタン押していい?」
「止めとけ、壊れるだろ」
黒野の相談を聞いた翌日。昼休みの放送室には、同好会の黒野の他に、俺と彩也香、そして隼人と木下と竜輝の五人が見学という名目で集まっている。
放送室の中は、教室の半分くらいの広さで、ファイルが収納された棚や椅子、壁際の机には色んなボタンが付いた機材にマイクが二本あるだけだ。
「悪いな、無駄に賑やかで」
興味深そうに放送室の中をキョロキョロ見回す隼人と、機材のボタンを勝手に押そうとする木下、それを制止する竜輝を尻目に、これから昼の校内ラジオを行う黒野に謝罪する。
「まぁ……放送中は静かにしてくれれば……大丈夫だよ」
「さすがに、放送中に騒いでたら怒られそうだもんね」
「木下には要注意だな」
俺たちが放送室にいる理由は、金曜日までに大勢の前で話せるようになりたい。という黒野の相談。それを解決するためだ。
黒野曰く、人前で話すのが苦手なだけで、マイクに向かって話すだけの校内ラジオは難なくこなせるらしい。
いつもなら、放送室に一人で行っているため、人前で話すという感覚は無いようだ。そこで、校内ラジオの間だけ俺たちが放送室にいる状態で、いつも通り話せるか検証してみようと思った。
「なになに~? 呼んだ~?」
俺に呼ばれたと勘違いした木下が、少し離れた所にいる俺たちの元に近寄ってくる。
「木下が放送中に騒がないか心配してたんだ」
「大丈夫っしょ! ウチ見た目通り常識人だし‼」
「見た目はともかく、自分でそう言い切れるところが心配なんだよ」
「さすがに瑞穂ちゃんも、放送中に邪魔するような事しないと思うよ?」
「彩也香ちゃん、さすがにって、何気にひどくない⁈」
彩也香に抱きつきながら騒ぐ木下。黒野はそれを苦笑いで見守っている。
「おい、黒野がビビってるだろ。あまり騒いでやるなよ」
騒いでいる木下の元に、なだめるように声をかける竜輝と共に隼人もやってくる。
「竜輝がいるからビビってるんだろっ!」
「あぁ⁈」
「それはあるかもな」
「景吾まで‼」
三人でつるむようになって以降、いじられ役も板に付いてきた竜輝が困惑気味に辺りを見回す。
「すっかり仲良しだね」
辺りを見回す竜輝と目が合った彩也香が、困惑気味な竜輝に話しかける。
彩也香と竜輝が話すのは、今回が初めてだったような?
「おう、お前が姫野だな……景吾から聞いてるぞ。景吾の妹分らしいな」
「妹分?」
「違うのか? 景吾が妹みたいなもんって言ってたぞ」
「……けいちゃん?」
「おい、竜輝……」
恨めしそうに俺を見る彩也香。俺は慌てて彩也香をなだめる。その様子を、ニヤけ顔で見ている竜輝。
さっきの意趣返しのつもりか?
「相変わらずてぇてぇ!」
「だからてぇてぇってなんだ……⁉」
場所が変わろうとも、この場に集まった者はいつも通りの会話を繰り広げていく。
ただ一人を除いて。
いつも通りの会話を繰り広げる俺たちの傍らに、黒野は黙って俺たちを見ていた。
黒野にとってはいつもの場所。しかし、この場はいつもと違って他人が集まっている。
人と話すのが苦手な黒野は、会話に加わらずにその場にいるだけとなっていた。
「てかさ~! ゆいゆいと話すの初めてかもね~!」
会話に加わらない黒野に、木下がいつもの調子で話しかけた。
勝手に変な呼び方をするのは、もう慣れてしまった。
「えっ⁉ そっ……そうですね……」
「何気に声聞くのも初めてかもっ!」
「あの……一応……毎日放送してるんですけど……」
「あっ⁉ そうだった!」
舌を出し、おどけるような態度をとる木下。それを見て、この場にいる俺たちは笑い出す。
先ほどまで苦笑いのように、純粋に笑顔と呼べる表情を浮かべなかった黒野も、皆につられて笑顔を浮かべていた。
人と話すのが苦手なのは変わらないだろうが、慣れるのは早いようで、一度会話の中に入れば人が複数いる場でも話すことは出来るようだ。
木下が、放送以外で黒野の声を聞くのは初めてと言っていたように、教室でも誰かと話す機会はないように思えた。
恐らく、会話に加わるきっかけがない限り人と話さないだけで、複数の人の前でも話しは出来るようだ。
苦手というのも、放送部での活動の成果かは分からないが、克服には近づいているのかもしれない。
「あの……そろそろ時間なので……準備してもいいですか……?」
談笑を繰り広げる中、小さく手を上げて黒野が会話を途切る。
「そうか、俺たちは離れてた方がいいな」
壁際にある、機材とマイクが置かれた机に向かう黒野。俺たちは、その反対側の壁まで移動して、横に並んだ状態で校内ラジオを始める黒野の背中を見守る。
マイクの位置を調整しながら、制服のポケットから一枚の紙を取り出す黒野。
「それじゃあ……始めますね……」
黒野は顔だけこちらに向けて、放送開始を宣言する。
機材のボタンを押すと、軽快なリズムのBGMが流れる。それから、少しだけ間を置いてから黒野が話しだす。
『今日も始まりました~――』
中庭で聞いた時と同様に、普段の黒野とは印象が異なる軽快なトークが、校内のスピーカーを通して校舎内に響き渡る。
木下だけは、校内ラジオをまともに聞くのは初めてらしく、人が変わったようにマイクに向けて話す黒野を驚いた表情で見ていた。
『――それではまた明日~』
黒野は、挨拶でラジオでのトークを締めると、マイクのスイッチを切りながら横の機材を操作して曲を流す。
「ふぅ~……後は曲が終わるの待つだけです……マイクは切ったので……もう喋ってもいいですよ」
気が抜けたように息を吐き、黙って見守っていた俺たちに振り向いて黒野はそう告げた。
「マジのパーソナリティーじゃん‼ ウチがよく聴いてるラジオ番組と遜色ないんじゃない?」
黒野が告げた直後、堰を切ったように木下が騒ぎ出す。
「あっ……ありがとう……木下さんもラジオとか……聴くんですね……」
「まぁね‼ 声優さんがやってる番組ばっかだけど。ゆいゆいの声可愛いし……そうだ、ウチの事……お姉ちゃんって呼んでみて‼」
「えっ⁈ えっと……」
「黒野が困ってるだろ。変な無茶ぶりしてやるな」
目をギラつかせて黒野に迫る木下。それを、竜輝が手で頭を押さえつけながら制止する。
竜輝も面倒見いいな。
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