第34話

「ねぇ、けいちゃん」

「ん? どうした?」

 黒野が立ち去った後、俺と彩也香は中庭に残っていた。

 解散とは言ったが、彩也香はバスで通学している。バスの時刻表は記憶しているらしく、俺たちは彩也香が利用するバスが来るまで中庭で時間を潰していた。

「黒野さん大丈夫かな?」

「それは、どっちが?」

「どっちかと言うと、過去の方かな?」

「それに関しては大丈夫だろ。克服しようとしてるあたり、過去の事は自分なりにケリをつけてると思うよ」

「そうなのかな~?」

 腑に落ちないように首を傾げる彩也香。思いやりがある分、少し過保護気味に考えがちなところがある彩也香は、過去の話を聞いてから黒野のメンタルを案じているようだ。

「人と話すのが苦手になった。って言ってたけど、俺たちと話せてたろ? しかも、自分の口で過去を打ち明けた。過去を引きずったままなら、誰とも話さずに、今も一人で過ごしてると思うぞ」

「でも、怯えてるようだったよ?」

「それも大丈夫だろ。最初は俺たちにも敬語で話してたけど、途中からため口になってたろ。気付いてなかったか?」

「あっ、そういえばそうだね」

 最初こそ怯えるような態度だったが、話していくうちにため口で話すようになった。たぶんだが、俺たちと話す事に慣れてきた結果、黒野の本来の話し方に変わっていったんだと思う。

「昔は普通に話せてたらしいし、過去を克服して昔みたいに話せるようになるのは、時間が解決するって感じだな」

「じゃあ、金曜までに間に合うといいね」

「……そうだな」

 過去と向き合って、トラウマを乗り越える事は黒野なら大丈夫そうだ。しかし、間に合うかどうかは分からない。

 もし生放送の当日までに間に合わず、克服できないまま大勢の前で話さなければならない事になれば、新しくトラウマを上書きする事になるかもしれない。

 山下先生は、それを分かっていて黒野に提案しているのか?

 やり方なんて、他にもあるはずなのに。

 一度交渉もかねて、本人に聞く必要がありそうだ。

「そろそろバスの時間じゃないか?」

「あっホントだ!」

 スマホで時間を確認した彩也香が、バッグを持って立ち上がる。

「じゃあまた明日ね」

「おう、また明日」

 挨拶を交わして、彩也香は校門前のバス停に向かう。

 俺も駐輪場に向かい、山下先生の行いに一抹の不安を抱きながら今度こそ解散した。

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