第33話
「顧問の?」
同好会とはいえ、部活動と同様に顧問の先生がつく事にはなっている。
「そう……山下先生は元々放送部の顧問で、同好会になってもそのまま続けてもらってるんだけど……私が放送部に入った理由を知ってるから……それで、学校側に掛け合って同好会でも、私が出演する事になったんです」
放送部に入った理由?
「ちょっと待ってくれ、いまいち話しが読めない。放送部に入った理由と、先生がわざわざ学校側に掛け合うってのはどう繋がるんだ?」
「それは……」
話しづらい理由があるのか、黒野は言葉を詰まらせる。しかし、胸に手を当て、意決して話し始める。
「あの……私、中学の頃にいじめみたいな事を受けてて――」
気弱そうな雰囲気はそのまま。しかし、伏し目がちで、時々言葉を詰まらせながらも黒野は、自分の過去を話し続ける。
「――目立つような事はしてなかったんだけど……私も、昔はみんなと普通に話せてたんです……だけど、ある時、クラスの女の子に……声を作っててうざいって言われて――」
昼休憩の時も思ったが、黒野の声は、女性にしても高めに思える。端から聞いていればぶりっ子と思われるのかもしれない。
「――それからは、だんだんクラスの女の子が口を聞いてくれなくなって……それでも、男子は話しかけてくれる事もあったから……自然と男子ばかりと話すようになって……たぶんだけど、それが良くなかったのかな? 余計に女の子たちの機嫌を損ねちゃって……変な噂を流されて……違うクラスの人とも距離を置かれるようになったの――」
だんだん肩を強ばらせて話し続ける黒野。丸テーブルの下で見えないが、拳を握りしめながら話しているように見える、
その様子から『悲しい』というよりも、『悔しい』という感情が伺える。
「――叩かれたりとか、物を隠されたりとか分かりやすい、いじめはなかったけど……女の子たちから、無視され続けるのはさすがに辛かったから……これ以上酷い状況にならないように、男子とも話さないようにしてたんだけど……女の子たちとの関係は変わらなくて……いつの間にか……人と話すのが苦手になって……結局、仲良く話せる人がいないまま、卒業まで過ごしてきたの……」
黒野はそこまで話すと、話しを区切るように浅い息を吐いた。
俺も彩也香もそれを黙って見守る。
「高校に入ってからは……同じ中学の女の子がいない事もあって……なんとかして、気持ちを切り替えていこうって思ってたら。当時の放送部の先輩が……部活の勧誘で、声をかけてくれて……その時は、断ろうとしたんだけど……私の声を可愛いって褒めてくれて……その後も熱心に誘われて……コンプレックスだった声を褒めてくれたのが、嬉しかったのと……もしかしたら、人と話すのが苦手な私でも……放送部で活動していれば、克服できるかもって思って……そのまま入部したの。山下先生に入部した理由を話したのは……放送部の先輩たちに自己紹介する時……人と話すのが苦手な事を克服するためって話したのを、その場で一緒に聞いてたからだと思う……」
黒野は話しを終えて、深呼吸をする。話し疲れたからか、過去を思い出したからなのかは判然としないが、顔は俯いたままだ。
「そうか、話してくれてありがとな」
「うん。でも、いい先輩がいて良かったね」
彩也香は優しく微笑み、気遣うように黒野に声をかける。
「最初は複雑だったけどね、私の声を真剣に褒めてくれたから本当に嬉しかった」
そう言って黒野は、俯いていた顔を上げて笑顔を浮かべている。
辛い過去を話しても、こうやって笑顔を浮かべられるなら、過去のトラウマは少しずつ克服出来ているのかもしれない。
「それで、山下先生が黒野をラジオに出演させる理由はどうしてなんだ?」
「あっ……えっとね、先生から直接聞いたんだけど……きっと克服にも繋がるから、やってみなさいって……」
「そんな理由で?」
正直、正気を疑う思いだ。
山下先生からすれば、黒野の成長を思っての考えだろう。しかし、そのやり方が正しいとは思えない。
「ラジオの出演って、今からでも変更できないのか?」
「たぶん……難しいんじゃないかな? 先週の放送で出演は予告されてるし……山下先生も無理を言って頼んだって言ってたし……」
無理を言って頼んだって、勝手に決めた事だろうに……。
「黒野は、公開生放送で話せると思ってるのか?」
「分からない……ううん……凄く不安かも……」
そうだろうな。出来るなら、最初から俺たちに相談したりしないはずだ。
同好会は、黒野が一人いるだけ。他の人に代わる事はできない。
他の部活に出演変更は、山下先生を説得するしかないが、これは交渉してみないと分からない。
黒野がトラウマを克服できるかに関しては、リミットが金曜。今は月曜だが、既に放課後。実質、三日間の猶予しかない。
「とりあえず、協力できる事はやってみるよ。ただし無理だと判断したら、生放送を乗り切るって方向に変えさせてもらうぞ」
俺の発言に対し、首を傾げる黒野。意図を図りかねている様子だ。
「大勢の前で話せるようになるかは黒野しだいだ。それは協力する、だけどリミットがある以上、間に合わない可能性がある。その場合の事は、俺が勝手に動くって事だ。それでいいか?」
補足した内容に納得したのか、黒野は「お願いします」と頭を下げた。
「私も協力するから、頑張ろうね」
小さくガッツポーズするように、黒野にエールを贈る彩也香。
さっきも言ったように、克服できるかは黒野しだい。協力と言っても、やれる事は見守るくらいだろうが、まぁ応援も役にはたつだろう。
時間はないが、放課後からやれる事は特にない。
「明日までには何か考えておくから、今日はこのまま解散しよう」
とりあえず今日は解散して、明日から本格的に動く事にした。
俺の提案に異論はないようで、黒野は立ち上がってから頭を下げると、そのまま校門に向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます