第32話
大勢の人の前で話せるようになりたい。理由はさておき、それは納得できる。しかし、あまりにも引っかかる事がある。
「なんで金曜日までなんだ?」
黒野の雰囲気からして、大勢の前で話すのが苦手なのは理解できるし、それを克服したくて相談してきたのも分かる。ただ、金曜日までというリミットを設けている事だけが理解できなかった。
「あの……この学校の近くにあるショッピングモールに、ラジオの特設スタジオがあるのは知ってますか?」
恐らく、以前彩也香と下校した際に寄り道したショッピングモールの事だろう。
「あぁ、一階にあるやつだろ?」
あのショッピングモールの一階には、テナントが密集した区画から外れた場所に開けた空間があり、そこにはいくつかの長椅子が並べられ、イベント等が行われる際にはそこでステージや発表会などが開催される。
ラジオの特設スタジオは、そのステージの舞台の横に設置されており、地元のラジオ局による公開収録が行われたりしている。
「そうです……そのスタジオで、毎週金曜日の夕方に公開生放送が行われるんですけど……その番組で、市内の高校生を招いてお話をする企画があるんですけど……そこに、私が出演する事になってるんです」
「なるほどな……」
「ラジオに出演するなんて凄いね~」
金曜日までに。というリミットを設けた理由を聞きいて理解を示す俺と、黒野に羨望の眼差しを向ける彩也香。
「そんな……放送部の先輩たちも去年出演してたし、そんなに凄い事じゃないよ……」
「その番組の企画は、毎回放送部が出演する事になってるのか?」
「ううん……本来は各学校の部活内容を紹介するようなものなんだけど……新学年を迎えたばかりだと、本格的な活動をしてない部活が多いから……消去法で選ばれてるだけで……」
「なるほど。それで黒野が選ばれたって事か」
確かに、黒野にとっては一大事かもしれない。
普通のラジオ収録であれば、収録中の限られた人数のスタッフだけで行う上に、録音した物を放送するという手段もある。しかし、黒野が直面している問題は、生放送という事に加え、公開生放送という事だ。
ショッピングモールにある特設スタジオは、防音が施されているブース内を防音ガラスから覗く事ができる。文字通り放送中の様子を見られながら生放送を行う事になる。
ショッピングモールに来ている客に見られながら、ブース内で話しをするという事になれば、大勢の人の前で話すのと変わらないだろう。
「黒野、いくつか聞いていいか?」
「はっはい……! なんでしょう?」
話しかけられて肩をビクッと動かして答える黒野。
最近木下とも話す事が増えてきたが、黒野は真逆のタイプだな。
「今日の昼休みに流れてた校内ラジオ聞いたんだけどさ、あれも生放送なのか?」
「はい……一応そうです……事前に台本を書いて、それを読んでるだけですけど」
「放送中は他に誰かいるのか?」
「いえ……一人です。マイクの横にあるスイッチを切り替えるだけなので……一人でも出来るんです」
一人で?
「他の放送部はどうしたんだ?」
「あの……実は、うちの高校に放送部は無いんです。去年先輩たちが卒業してから、私一人になって……それからは同好会として続けている状態なんです」
「そうか……ん? じゃあなんで締めの言葉に『放送部の』って言ってるんだ?」
「それは……去年からの名残というか、特に意味はないです」
なるほど。放送部は本当は無いのか。だとしたらなんでだ?
「部活じゃなくて同好会として活動してるなら、その番組に出演するのはおかしくないか?」
「そういえば、確かにそうだね。部の活動内容を話す企画なのに、同好会を出演させるのって変だよ」
彩也香の言う通り、同好会は部活と違い、自主的な活動をしているようなものだ。放送室の設備を使わせてもらってはいるが、支援を受けている訳ではない。それなら、学校側からの要請を受ける義務までは無いはずだ。
「それは……顧問の山下先生が決めた事なんです……」
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