第21話

 翌日の昼休み。

 急いで昼食を終えた俺と隼人は、生徒が寄りつかない体育館裏の様子を伺う。

 昨日の作戦の協力者。それが隼人だ。ちなみに、木下の相談の事も伝えてある。

「目標捕捉、景吾隊長、接近しますか?」

 協力を要請し、作戦を説明してから隼人はこの調子だ。

「変な悪ノリするな」

 軽くツッコみを入れて、角から体育館裏を覗き見る。

 そこには、段差に腰掛け退屈そうに外を眺める羽島竜輝の姿があった。

 居場所はコウタとシュウジから事前に聞いていた通りだ。

 不良っぽいというか、木下の情報から生粋の不良である事は知っているが。改めて見てみると確かに近寄り難い雰囲気を感じる。

 髪型はソフトモヒカン。それだけなら爽やかな短髪といった感じだが、サイドに入った剃り込みが爽やかさを払拭し、強面な顔から発する威圧的なオーラを増長させている。

 教室にいるだけで雰囲気が悪くなる。というのも否定できない。

 話しかけるのもはばかられる。しかし、俺の協力者である秘密兵器。三ツ矢隼人ならば、問題ないはず……たぶん。

 ムードメーカーであり能天気な隼人なら、羽島竜輝にも臆さず話しかける事もできる……と思う。

「とりあえず、話しかけるのは隼人に任せる。その後は俺が質問なり何なりして誘導する」

「イエス・サー」

 だから悪ノリやめろっての。木下も隼人も、軍人に憧れでもあるのか?

 隼人を協力者に選んだ理由は他にもある。むしろ、そっちの方が本命だ。

 選んだ理由は隼人のマイブームである、バイクだ。

 バイクに詳しそうな羽島竜輝に、バイクに興味を持っている隼人が話しかける。このもっともらしい理由があれば、あまり面識のない俺たちを邪険にあつかわないだろう……恐らく。

 深呼吸をして隼人に目線を送る。それを合図に、体育館裏の羽島に接近する。

「たーつーきーくーん‼」

「なにやってんだっ⁉」

 ゆっくり歩きながら、煽るように羽島の名を呼ぶ隼人。

 その横を歩く俺は、ツッコみを入れるが思わずたじろいでしまう。

「あぁ? なんだテメェら」

 隼人の呼びかけに反応して、顔だけこちらに向ける羽島。

 鋭い眼光に、低音で響くドスの利いた声。大声ではないが、こちらを威圧するような迫力に気圧される。

 俺、こっちの世界でも死ぬかも……。

「俺隼人、こっちが景吾。ヨロシク‼」

 羽島に怖じ気づく事なく、歩み寄って暴走族の挨拶みたいに自己紹介を始めた。

「あぁ、お前らか」

 どうやら俺たちの事は認知しているようだ。

 目つきは鋭いままだが俺たちの名前を聞いた途端、拍子抜けしたように呟いた。

 とりあえず、そのまま胸ぐら捕まれたりせずに済んで安心した。

「で、何のようだ?」

 段差に腰を下ろしたまま、膝の上に肘を置いて前のめりの態勢で問いかける羽島。さながら下っ端に指示を出すボスのような貫禄だ。

「ちょっと聞きたい事があってさっ!」

 常に威圧的なオーラを発する羽島に対し、それに臆する事なくいつもと変わらない態度で接する隼人。

 なぜか隼人が頼もしく見える。

 能天気な隼人に対し「なんだ?」と一言だけ返す。

「竜輝ってバイク詳しいか?」

「単車? 詳しくはねぇけど、親父のお下がりならあるぞ」

 なるほど、バイクを単車って呼ぶあたり不良っぽいな。まぁ不良なんだけど……。

「マジ? 今も乗ってんのかっ?」

「いや、もう乗ってねぇな」

 思っていたより普通に会話ができている。一匹狼で他人を遠ざけていると思っていたけど、そんなこともないのかもしれない。

「もうって事は、前は乗ってたのか?」

 話を聞いているだけだった俺も、割り込む隙を見つけて会話に混ざる。

「まぁな、中学の時に地元のツレと乗り回してたな」

 中学生でバイク乗り回すって、本当に不良だな。

「やっぱりそのまま学校乗り込んで乱闘とかしてたのかっ?」

 一歩踏み出し、目を輝かせて問いかける隼人。

「はっ! そんなん漫画とかアニメの話だろ」

 わずかに笑みを浮かべ、呆れるように返す羽島。

 俺たちの話に素直に耳を傾けるあたり、それほどやんちゃしてきたわけでもなさそうだ。

「大体は人目のつかねぇ所に呼び出してタイマンだったな」

 そうでもなかったようだ。

「なぁんだ、実際にはないのか~!」

 頭の後ろで手を組み、がっかりした様子の隼人。

 羽島はその様子を見て、右手で顎に触れながら眉間の皺を深くする。

「お前、何に影響された?」

 心なしか、思慮深い眼差しで隼人に問いかける。

「ん? ちょい昔の実写映画だけど? 確か、漫画原作のなっ!」

「あぁ、そっちか……」

 隼人の回答に合点がいったようで、羽島は興味を失せたように視線を逸らした。

 その反応に何かが引っかかった。

 確信はないが、深掘りすれば何か掴めそう。その考えが頭をよぎった。

「そういや、定期的に話題になるよな。不良学生をメインにしたアニメとか映画って――」

 バイクで学校に乗り込む云々という話。それを、漫画とかアニメの話だと否定されて以降の隼人に対する反応。それが、何か意味ありげに思えた。

「――最近もアニメやってたし」

「お前、アニメ詳しいのか?」

 おっ! 食いついた。

 しかも、先ほどのように思慮深い眼差しだ。眉間に皺が寄ってて睨まれてる気分だけど……。

「詳しくはないかな? 話題になったものは知ってるってだけ」

 俺がそう答えると、またしても「そうか……」と一言だけ返し、興味が失せたように視線を逸らした。

 なんとなくだが、合点がいった気がする。

 何かを求めるような、思慮深い眼差し。そして、アニメに対し食いつきを見せた反応。

 この流れなら、例の話しに誘導しても不自然ではないはず。一か八かではあるが、返答次第では目的達成に大きく近づけるはずだ。

「羽島ってアニメとか見るのか?」

 自然な会話の流れを意識しつつ、あくまで、今思いついたように問いかける。

「いや、俺はあまり見ねぇな。妹はよく見てるけどな」

 期待していた返答ではなかった。しかし、新たな情報を手に入れた。

「羽島って妹いるんだ」

「まぁな、二個下のな」

 二個下となると、今は中学三年生という事になるか。

「へぇ~、どんな子なんだっ?」

 妹の話題に食いつく隼人。これも、会話の流れからして自然なものだが、羽島の反応はあまり芳しくない様子だった。

「聞いてどうする⁈」

 声は威嚇するような重みのある低音。目つきは鋭く、刺すような視線を隼人に向けている。

「竜輝の雰囲気からして、妹がアニメ見てるのって意外だな~って――」

 ガラリと変わった羽島の雰囲気に、俺は圧倒されているが、隼人は何事もないように話し続ける。

「――なんか硬派なイメージあるし」

 頭の後ろで手を組んだまま、能天気に笑顔を浮かべる隼人。

 その様子に、毒気を抜かれたように一度目を閉じ、ため息と共に威圧感も消えていく。

「はぁ~……まぁ、俺とはあまり似てないかもな」

 羽島は、閉じていた目を開くと、遠くを見るような眼差しで語り出す。

「俺は昔から、女は守れって親父に言われててよ。それで、妹の事も守ってきたつもりだったんだが……」

 そう言いながら、遠くを見ていた視線を手元に移す。

「妹が中学に入ったくらいから、なんか避けられるようになっちまってな……俺も受験でイライラしてたし、そのまま口をきかなくなっちまって。家の中でもまともな会話もないまま、もう二年くらい経つかな」

 自嘲気味な笑みを顔に貼り付けて話す羽島。俺と隼人は、それを黙って見守る。

「ある日妹が、俺と同じ高校を受験するって言い出してよ。まぁ、俺が聞いたのはお袋からだけどな。入学した時、俺の妹だからって悪い評判とか変な注目を浴びないように、高校では大人しくするつもりだったんだが――」

 話している途中だが、頭の中で謎が解き明かされる感覚があった。

 根っからの不良だという羽島が、問題行動を起こさない理由。それが妹のためだという事実に衝撃を覚えた。

「――地元の喧嘩仲間とも距離をおいてるんだが、クラスの奴らは俺に遠慮しやがるし、気が付いたら周りに人がいなくなって……疎外感っつーのか? 家にも学校にも、居場所がない気がするんだよな」

 話し終えた羽島は、頭を掻きながら「語りすぎたな。忘れてくれ」と言って、自嘲気味な笑みを顔に貼り付けたままだ。

「その……なんて言うか、妹に避けられてるのは単に思春期だからだと思うぞ?」

「そうそう、気にしすぎない方がいいぞっ!」

 俺の言葉に追随するように、隼人が気休めな慰めの言葉に乗っかる。

「だといいけどな。この前もアニメグッズをプレゼントしたら、微妙な反応されたし、しばらくはそっとしといた方がいいのかもな」

 恐らく、木下が目撃した時の事だろうか?

 チャイムが鳴り、昼休みの終了を知らせる。

「じゃあ、教室戻るか」

 そう言って羽島は立ち上がって、俺たちに背を向けて歩いていく。

 羽島の体育館裏を覗いていた頃。羽島に感じていた、近寄り難い雰囲気や威圧感はなく。その背中は、悩みを抱えるただの高校生の後ろ姿のように見えた。

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