第19話
オタクであるか調べて貰いたい。
芝居がかった声でそう言った木下瑞穂は、ぱっちり開いていた目を細め、黙ったままこちらを見据えている。
沈黙は続いている。無視をしているわけではない、ただ理解に時間を要しているだけだ。
「えっと……羽島君を調べて欲しいってどういう事?」
沈黙に耐えかねたのか、彩也香が表情も姿勢も崩さない木下に問いかける。正しくは、オタクであるか調べて欲しい。という事だが。
「よくぞ聞いてくれたよ彩也香ちゃん!」
芝居がかった声を止め明るい声と表情に戻った木下は、組んでいた手を解き、沈黙を破った彩也香の問いに答える。
「まず、羽島君は知ってるっしょ?」
「うん、知ってるよ。ちょっと恐そうな人でしょ?」
羽島竜輝とは、コウタとシュウジと昼食を共にした際に話題に上がった人物だ。
見た目は不良、地元は荒れている。それだけ揃えば、多くの人は羽島竜輝が不良学生だと勝手に決めつけるものなのかもしれない。
本当に不良なのか調べて欲しい。それが相談なら、理解するのに時間はかからない。しかし、木下が言い出したのは、羽島竜輝が『オタク』であるかを調べて欲しい。というのが、相談内容だ。
「そうそう、あの厳つい顔の人。この前、ウチが崇拝する『栄光戦線』のグッズが発売開始した日に、駅前のアニメショップに行ったら、あの人がアニメショップから出てくるのを見たんだよね! そしたら――」
「ちょっと待ってくれ!」
知らない単語が飛び出してきた。
「その『栄光戦線』ってなんだ?」
「……なん……だと……」
栄光戦線とやらを尋ねた瞬間、わざとらしく驚いた表情をして、わざとらしく驚いたような声で反応した。
「間島っち、栄光戦線についてご存じない?」
「ご存じないな、アニメかなんかか?」
「仕方ない、栄光戦線を知らない間島っちのために、ウチが教えてしんぜよう!」
そう言った瞬間、木下は生き生きとした表情で饒舌に『栄光戦線』とやらを語り出した。
「栄光戦線とは、少年漫画を原作とした、超崇高なアニメなのだ!」
「いや、ちょっ……」
「舞台は、中世ヨーロッパをモチーフにした世界――」
胸元で腕を組み、目をつぶって語り出す木下。
「――主人公のヨセフとその幼馴染みのロイド。お互い騎士として、正義のため剣の修行に明け暮れる毎日――」
「木下のやつ、急にどうしたんだ?」
「瑞穂ちゃん、アニメが好き過ぎてたまにこうなるんだ」
木下瑞穂とは、どうやらアニメが好きな、オタクギャルらしい。
「――共に国のため、この生涯を捧げよう。そう誓い合う二人だったが、残酷な運命と互いの信念のもとに袂を分かつ事になる――」
「止めた方がいいよな?」
「多分、満足するまで止まらないんじゃないかな?」
嘘だろ? 相談事を聞きに来たのに、アニメの話を聞かされるのか?
「――生涯を捧げた国。それが革命により分断される事になる。伝統を重んじる王国派、革新を求める革命派。王国派に与するヨセフに、革命派に与するロイド――」
「彩也香、何か飲む? 俺自販機行くけど」
「ちゃんと聞いてあげよう……一応……」
「――そうして内乱が勃発。互いに正義の名のもと、刃を交わすヨセフとロイド――」
物語が佳境に差し掛かったのか、胸元を両手で押さえ、感傷に浸るように語り続ける。
「――激しい戦いの末、ロイドを切り伏せるヨセフ。既に事切れる寸前のロイドを腕に抱き、悲嘆に暮れるヨセフ。結果的にヨセフとロイドの結末とは裏腹に、革命派が勝利を収め、内乱は収束。幼馴染みを切り伏せたヨセフは、自分が守ろうとした伝統と、幼馴染みとの誓いを失ったまま、生まれ変わった国に生涯を捧げるのであった……」
「終わったか?」
栄光戦線とやらを語り終え、満足したのか小さくため息を吐く木下。そして息を吸い込み再び語り出す。
「ロイドが息を引き取る前の二人の会話が――」
「――いい加減にしろっ‼」
思わず木下の栄光戦線談義を遮った。
終わったと思ったらまだ続くのかよ。
「えぇ~、二人の最期の会話がマジ尊いのに~」
木下のやつ、完全に目的を見失ってやがる。相談があって話を聞きに来た身にもなって欲しい。彩也香もさっきから苦笑いだ。
「そんな事より……えっとなんだっけ……そうだ、駅前のアニメショップ。そこから羽島が出てきたからなんだって?」
木下の話を遮ったのは俺だが、さすがにこれほど熱くアニメを語り出すのは予想外だった。
「そうそう、羽島っちが出入口から出てきたの、しかもそのショップの名前がプリントされた袋を持ってね!」
木下は人差し指を上に向け、ウィンクをしながらそう言い放つ。
「その現場を目撃したって言うなら疑いはしないけど、羽島がオタクなのかを調べてどうするんだ?」
「それはだね……」
栄光戦線を語る時と比べずいぶんと大人しい、と言うより、恥じらうような態度を見せる木下。
「オタクだったら、お友達に……なりたくて……」
「なればいいじゃねぇか」
「簡単にいうなしっ‼」
もじもじしていたのもつかの間。俺の言葉に身を乗り出して反論をする。
「もしかして瑞穂ちゃん、羽島君の事……好きなの?」
口元を手で覆い、頬を赤らめた彩也香が木下に問う。
「あぁ~違う違う、そういうんじゃないから!」
「じゃあ何だよ、さっきの反応は」
少し興奮気味な彩也香に対し、木下はドライな返答をする。
彩也香が勘違いするのも無理はない、恥じらう姿であんなことを言えば、俺でもそう思う。
「ウチさ、もっとアニメについてディープな話がしたいんだよ」
先ほどまでのはっちゃけた態度は消え失せ、真剣な表情で語り出す。
「でも、ウチこんな見た目だし、オタクの子たちがびびちゃって遠慮しちゃうんだよね」
なるほど。オタクの中には、ギャルに偏見を持ってる内気な人が多く、対等な関係で話せない。といったところか。
「でも、羽島っちならウチにビビる事もなさそうじゃん? それに、本当にオタクならディープな話も出来そうだし……」
普段は明るく振る舞ってはいるが、そんな木下にも悩みがある。遠回しにはなったが相談事の内容として、俺なりに納得できるように言い換えれば、対等な関係で趣味を謳歌できる友達が欲しいってところか。
友達が欲しい。それを解決するなら簡単だ、見た目を大人しそうな清楚系に変えれば済む事だ。しかし、そんな解決方は気に食わない。
恐らく木下は、ギャルのような派手な見た目が好きだからこそ、この格好を貫いている。それなのに、ギャルに偏見を持っているやつらの価値観に一方的に歩み寄って、自分の価値観をねじ曲げるのは俺が許せない。
「瑞穂ちゃん……それが本当の相談なんだね?」
「そう……なのかな? うん、そうかも!」
自問自答。そして、自分なりに納得したのか決意を固めたように、急に立ち上がり――。
「ウチは……僕はオタクの友達がほしいんだよ‼」
なぜか大声で宣言しはじめた。
「ちょっと静かにしてくれるか?」
急に大声出したせいで彩也香も驚いてる。校庭にいるサッカー部のかけ声も一瞬止まったし。
大声の宣言はともかく、一つ気になる事があった。
「ところで、なんで本人に声をかけないんだ?」
羽島が厳つくて、声をかけるのが恐いなら理解できる。しかし、友達になりたいと思ってる上に木下の性格なら、怖じ気づいて話せないって事もなさそうだが。
「いやぁ、あの見た目でオタクとか……超可愛いじゃん!」
可愛い?
「尊くて上手く話せない。マジてぇてぇ!」
再び恥じらう姿を見せる木下。
そんな反応するくらいなら、もう好きって事でいいんじゃないか? というか、てぇてぇ?
「まぁいい、とりあえず木下の相談を解決するには、羽島がオタクか調査、結果次第で友達になれるように仲を取り持つ。こんなところか?」
「調査以外もやってくれるの?」
「まぁな、乗りかかった船ってやつだ」
「マジ? じゃあヨロ!」
急に軽いな。
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