第10話
「景吾~、今日の収穫は?」
片手にパンを抱えた隼人が、争奪戦の戦況を聞いてきた。
「俺は二つ確保した」
「相変わらず不況だな、俺のは分けてやらないけどなっ!」
抱えていたパンを守るように両手で抱き込む隼人。
「俺はこれで充分なんだよ」
片手の指で、パンを包む袋を挟みながら、前に突き出す。
俺の収穫は、カツサンドとジャムパン。カツサンドは人気のため、それを確保できた時点で上場の戦果だ。
一方隼人は、質より量が優先らしく、四つほど抱えているパンは全て焼きそばパンだった。
それぞれの戦果を確認して、校舎玄関の裏側に移動する。そこは、校舎の中庭に当たる場所で、生徒達の憩いの場でもある。
丸テーブルが五つと、それを囲うように椅子が設置されており、カフェのテラス席のような風景が広がっている。
先客の生徒が既に弁当を広げているが、空いているテーブルを見つけてそこに移動する。
「おっ⁉ 隼人と景吾じゃん」
空いているテーブルに向かう途中。既にテーブルを確保している二人組の片方が話しかけてきた。
「おぉ~、コウタとシュウジじゃん!」
声の主を確認した隼人がすぐさま反応する。制服を着崩した男が二人、その内の一人が手を振っている
この二人は一年の時のクラスメイトで、声をかけてきた方がコウタだ。
「お前達もこれから飯か?」
テーブルに弁当を広げながら、シュウジが聞く。
「まぁな、そういやコウタもいつも購買だったな」
コウタの前には、購買で買ったであろうパンと飲み物が置かれていた。それを確認した俺が話しかけた。
「おうよ、弁当は朝飯? みたいなもんだからなぁ」
「コウタとは気が合いそうだなっ!」
同じく、昼休憩前に弁当を平らげている隼人が、コウタの肩に手を置く。
隼人の手を払いながらコウタは「お前と一緒にすんな」と返し、笑い合う。シュウジはそれを見て「似たようなもんだろ?」と乗っかる。
コウタとシュウジは、よく二人でつるんでいる、校内でも目立つ存在だ。
俺と隼人とは、元クラスメイトという事もありそれなりに交流がある。
「椅子空いてるから、そこ座れよ」
コウタは、座っている椅子ごとシュウジの隣に寄ると、正面の椅子を顎で刺すようにして、俺と隼人を招く。
特に断る理由もない俺達は、それに従いコウタとシュウジの正面に座った。
昼休憩に流れる、放送部による校内ラジオ。それに全く耳を傾ける事なく、生徒達の声が交わる中庭。
「てか、全部焼きそばパンかよ!」
「カツサンド余ってたのかよ。見落としてたわぁ!」
俺達も談笑しながら食事をとる。
弁当もパンも食べ終わって、寛ぎながらも会話は続いた。
「ところでよぉ、新しいクラスどうよ?」
購買で売られていたパックの飲み物を片手に、差し込まれたストローを噛みながらコウタが話題を振る。
弁当箱を片付けたシュウジも、頬杖をついて振られた話題の反応を待っている。
二年に進級してクラスが変わったと言っても、始業式を含めてもまだ二日。「どうよ?」なんて聞かれても返事に困るが……。
「俺は今年も景吾と一緒だから楽しいねっ‼」
隼人は、すかさず俺の肩を組んで答える。
俺は、隼人の脇腹を肘で突きながら「暑苦しい」と一言。
コウタは、隼人の行動に対し、苦笑いを浮かべながら「相変わらずだなぁ」と返す。
「まぁ俺も、コイツと一緒だからやってけそうだけどよぉ……」
親指をシュウジに向けながら、悩ましげな表情を浮かべる。
「お前ら、羽島竜輝って知ってるか?」
苦笑いを浮かべたシュウジが、コウタの話しを引き継ぐように問いかける。
羽島竜輝といえば、校内でも恐れられている生徒。厳つい顔つきで、髪型はサイドを刈り上げ、剃り込みを入れたソフトモヒカン。見た目だけなら、いわゆる、不良と呼ばれる生徒だ。
「そりゃ知ってるよ。ある意味有名人だろ?」
俺がそう言ったのは、不良で目立つから。という訳ではなく。見た目や態度に反して、問題行動を起こしたという経歴が無いからだ。
睨みを利かせて周囲を威嚇するような態度や、良くない噂を聞く事もあるが、所詮は噂。見た目の偏見で、勝手なことを言われているだけだと、俺は思っている。
目の前の二人は違うようだが。
「アイツと同じ教室にいるとよぉ、なんか……空気が悪いっつーか……」
「そうなんだよ。知ってるか? 駅前のアニメショップをうろついて、オタク狩りしてるっていう噂。」
「駅前って、単に電車通学だからうろついてるだけだろっ!」
隼人の言う通り、羽島竜輝は電車通学で、最寄りの駅から自転車で学校に通っている。
彼の地元は荒れている。というのは周知の事実で、そんな生徒が同じ学年にいれば、それだけで情報が知れ渡るものだ。通学手段も注目されていればこそ、自ずと知られていく事になる。
俺としては、駅前をうろつくだけで、変な噂を流されている羽島には同情する。
コウタは、納得いかない様子で「だといいけどなぁ……」と呟く。
羽島竜輝の陰口に対し、乗り気な反応を示さない俺達の間に微妙な空気が流れる。
シュウジはその空気を払拭するように、あからさまに話題を変えた。
「そういや、景吾って入院してたんだって?」
空気を変えるために提供する話題が、俺のネガティブな出来事というのもどうかと思うが。
「まぁな、春休みは病院生活だ」
正直なところ、この世界に転生したばかりの事を思い出すと、自殺した時の事も思い出すためあまり触れられたくないが、空気を悪くするのも本意ではないため、努めて明るく話した。
俺の厚意に気付くはずもなく、コウタとシュウジは「エグいわぁ‼」とか「オツカレじゃん‼」と軽薄な言葉を吐く。
「つか、入院中って暇じゃねぇ?」
「確かに、やる事ないだろ?」
「そうだな~、病院内に図書室があったから、大体読書してたかな?」
「春休み中にずっと読書とかっ」
「そんなに暇なんだなぁ」
確かに、入院中に出来る事は限られていた。だけど、俺としては二人の発言には共感できない。
コウタとシュウジは、決して悪い奴ではない。今の発言に悪気がある訳でも、悪意を込めている訳でもない。
ただ、数多くいる側に分類されているだけだ。
こっちの世界でも同じなんだろう。なら、俺がやる事も変わらない。
「でもな、美人な看護師もいたぞ?」
「それには興味があるなぁ」
「詳しく聞かせろよ」
目の前の二人は話しに食いついてきた。
「知ってるか? 自力で食事が出来ない患者は、看護師に食べさせて貰えるって」
「マジで⁉」
「お前の両腕折ってやろうかぁ?」
「ぶっちゃけ有りかもな!」
二人は、俺の話を聞いて盛り上がっている。
まぁ、こっちでもこんなものだろう。
「俺達は先に戻るぞっ!」
隣に座る隼人が不意に立ち上がり、笑い合う二人にそう告げた。
「あぁ、そうか」
「またなぁ」
「じゃあなっ! 景吾、行こうぜっ!」
軽く挨拶を交わし、隼人の言葉に従う。
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