第7話

 南舎から北舎に移動する。その途中で、校舎玄関に置きっぱなしの靴をクラス別に分けられている下駄箱に仕舞いに行く。職員室での放置と新堂の足止めで時間を食ったために、登校する生徒が増えてきた。見知らぬ生徒がほとんどだが、それは相違点ではなく新入生だろう。その証拠に、記憶が浮かんできたりはしない。

 新入生達の群れに交ざりながら自分の教室へ向かう。学年毎に階層が分けられているため、新入生達は、三階に向かっていく。二年の俺は、二階で群れを離れた。

 五つの教室が並ぶ廊下。その真ん中にある、二年三組と書かれた教室に踏み入る。クラスを聞きに行くのに時間を取られたとはいえ、まだ時間に余裕がある。教室には一番乗りだった。

 慣れない通学路を利用する新入生は、早めに家を出たのだろうが、既に一年間登下校を繰り返しいる二年生以降の生徒は、割とギリギリに登校する者も多い。

 誰もいない教室の黒板には、席順が貼り出されたままだった。

 自分の席を確認するついでに、クラスメイトを確認する。

 席順は男女で分かれており、女子が廊下側で男子が窓側だ。机の配置は、黒板から見て、横に六席、縦に五席という感じに並んでいる。自分の席は窓際の前から二番目。

 窓際の席を確保できた時点で気分は良かった。出席番号で後ろの方になる、間島という名字に感謝だ。

「彩也香も一緒のクラスか」

 女子の席を確認すると、『姫野彩也香』という名前を見つけた。

 この世界に転生した時、最初に出会った少女だ。

 親同士仲が良く、その影響で彩也香とは幼馴染みの関係だ、小学校から高校までずっと同じ学校に通っている。

 他のクラスメイトを確認しようとしていたら、数名の生徒が教室に入ってきた。絡んだ事のない生徒だ。一人で教壇に立っていると妙に目立ち、変な注目を浴びるため、仕方なく自分の席に着き、窓の外を眺めたり、スマホをいじって暇を潰す事にした。

「景吾~、おひさ~!」

 スマホをいじりながら暇を持て余していると、背後から聞き覚えのある、快活とした声を浴びせられた。

「あぁ? 何だ……隼人か……」

「反応薄っ‼」

「一年の教室は三階だぞ?」

「俺も二年だよっ‼ 留年してねぇぞ‼」

 朝からテンションの高いこの男は『三ツ矢隼人』一年の時に同じクラスで、その時からよくつるんでいる友人だ。

 長身で黒髪短髪。どことなく爽やかな印象でスポーツマンを思わせる見た目をしている。

 見た目通り、運動神経は抜群だが、運動部には所属していない。なぜ部活に入らないのか理由を聞いたら、遊びたいから。という事らしい。

「そうなのか……残念だったな。一年から留年してれば、新入生にもバレずに、余分に高校生活を過ごせたかもしれないのに」

「さすがに留年はしたくねぇよっ‼ いや……悪くないか? やっぱ嫌だよっ‼」

 見て分かる通り、頭は残念だが面白い奴ではある。クラスでもムードメーカー的存在だ。

 登校したばかりでバッグを担いだままの隼人は、バッグを俺の後ろの席に置いて、当然のようにその席に座った。

 どうやら、今年も同じクラスらしい。おまけに名字が三ツ矢なため、俺のすぐ後ろに席が割り当てられている。

 正直、暇になる事はなさそうで安心した。

「また景吾の後ろかよ!」

「お前の名字が変わない限り、俺の後ろだよ」

「そうか、俺が婿入りすればいいのか!」

「婿入りできる年齢になったら、出席番号なんか気にする必要ないだろ」

「留年すればワンチャンあるだろ!」

「それだと、俺も留年する前提だろ」

「してくれるのか?」

「するわけないっ‼」

 やっぱり頭が残念だ。

 こんな感じに、不毛な会話を繰り広げながら、ホームルームが始まるまでの間を雑談に費やす。

「それにしても、悪かったな。お見舞いに行ってやれなくて……」

 爽やかな笑顔を浮かべていた隼人は、神妙な面持ちに変わり、謝罪の言葉を述べた。

「気にすんなよ。農家の手伝いに行ってたんだろ?」

 県外に住む隼人の祖父は、農業を営んでおり、春には繁忙期を迎える。そのため隼人は、毎年春休みの間は、泊まり込みで手伝いをしているようだ。

「でも……死にかけてたんだろ?」

 表情は変わらず、心配するような、あるいは申し訳なさそうにしている。

 死にかけたというより、今の俺も、この世界の俺も、一度死んでいる訳だが、さすがに信じてもらえそうにないので言わないでおく。

「だから気にすんなって。実際、まだ生きてるし。それより、貴重な春休みを農家の手伝いに費やす方が気の毒だろ」

 隼人は、明るい性格で普段からボケ担当のような男だが、他人想いな奴で、悩みを聞いたり、深刻な話をする時には、おちゃらけた雰囲気は鳴りを潜める。

 そんなところには好感を抱くが、一度死んで転生した。という秘密を抱えた俺にとって、死にかけた事になっている現状は、嘘をついているようなもので、心配されると少し罪悪感が芽生える。

 あくまで、気負う必要は無い事を示しつつ、話題を変えた。

「……そうか? 別に一日中手伝いしてる訳じゃないし、じいちゃんと釣りしたり楽しんでたぞ!」

 話題を変えるのが少し露骨だったのか、若干の間を置きながらも話に食いつく。

「お前釣りもやってたっけ?」

「じいちゃんの趣味でな。釣り竿貸してくれるから、泊まってる間だけ教わりながらやってみたんだ!」

「また趣味増やしたのか?」

「まぁな、やりたい事がありすぎて時間が足りねぇ!」

 他愛のない会話を続けて時間が過ぎていく。

「けいちゃん!」

 隼人との会話の最中、若干の怒気がこもった声が割り込んできた。

 『けいちゃん』その愛称で呼ぶのは、この学校では一人だけ。誰に呼ばれたか見当は付きつつも、声の主に視線を向ける。

 案の定、視線の先には彩也香が、しかめっ面で立っていた。

「おぉ~おはよう。彩也香ちゃん!」

 しかめっ面の彩也香に、場違いな程脳天気な挨拶をする隼人。

「三ツ矢君おはよう。じゃなくて、けいちゃん‼」

 しかめっ面から笑顔になり、再びしかめっ面に戻る彩也香。

「おはよう。彩也香」

 隼人に倣い、俺も笑顔を浮かべて挨拶をする。

 何故か彩也香は不機嫌なようだった。

「けいちゃん。私が怒ってる理由わかるよね?」

「怒ってるのか?」

「怒ってますっ‼」

 腰に両手を当てながら頬を膨らます彩也香。その顔は、餌をため込んだハムスターのようだ。

「いや~昨日LYNEで言った通りのつもりだが……」

 昨日の夜、退院したばかりの俺を気遣って、一緒に登校すると彩也香は誘ってきた。

 申し出は有難かったが、相違点を探す目的があった為、断ったつもりだったが……。

「何が車には気をつけるように。よ‼」

 やっぱりそれが原因か……。

「いや、そのままの意味だが……」

 この世界の俺は、事故に遭い入院していた。その事を忘れてメッセージを送っていたのだ。

「車に気をつけろなんて、こっちのセリフなんだからっ‼」

 どうやら、事故に遭った俺からそんな事を言われて、煽られていると受け取ってしまったらしい。

 本当にそんなつもりは無いんだが……。

「でも、一緒に登校するって言っても、彩也香はバス通学だろ?」

 近所とは言えないが、彩也香も同じ小学校の学区内に住んでいる。しかし、彩也香の場合、スカートで自転車を漕ぎたくないという理由でバスで通学していた。まぁ良い判断だと思う。

「けいちゃん、歩いて登校したんでしょ?」

「まぁ、そうだけど……」

「だったら……私も歩いて行くのに……心配なんだから……」

 落ち着いてきたのか、声から怒気は治まっている。その代わりに、声色からは哀愁が漂い始めていた。

「景吾、乙女を泣かせるなんて……罪な男だな……」

 俺の肩に手を置き、憂いを込めた視線を送る隼人。

 多分、この状況を楽しんでやがる。

「もう全然平気だから。じゃあ……今日は一緒に帰ろう。なっ?」

 隼人の手を払いながら、機嫌をとるように一緒に下校する事を提案して様子を伺う。

 彩也香は、一言「約束ね」と言って承諾してくれた。

 それを見守っていた隼人は、手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟いた。

 茶化されてイラッときたので隼人の肩を軽く殴ってやった。それを見て、彩也香の表情は笑顔になったので、これで勘弁してやる事にした。

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