第6話

 通学路を観察しながらの登校。相違点は見つけられず、何事もなく校門の前に到着した。

 登校完了時間まで、三十分以上の余裕はあるが、早めに登校する生徒はチラホラ見受けられた。

 県立北高等学校。そう刻まれた校門を潜り抜けると、これもまた見慣れた校舎が出迎える。

 北と南に向かい合うように建造された三階建ての校舎、その間に、校門と向き合う形に配置された建物。この学校の校舎玄関であり、その中には下駄箱がある。そこから通路や階段を経由して校舎の中に入る。あくまで、下駄箱を利用する場合に限りだが。(入り口自体は他にもある)

 クラスが分からない以上、下駄箱のどこに靴を仕舞えばいいか判断しかねるので、とりあえず、脱いだ靴をそのまま置いて、長期休みで持ち帰った上履きに履き替えてから、職員室に向かう。

 新入部員を求む。そう書かれた手書きのポスターが貼られた掲示板を眺めたりしながら、廊下を歩く。やはり、校舎の中にも相違点は見つけられない。

 南舎一階。職員室の扉の前にたどり着く。

 問題を起こした訳でもないにも関わらず、職員室に出向くというのは、妙に緊張する。

 ノックをしてから扉を開き「失礼します」という挨拶と共に中に足を踏み入れる。

 数名の教師がこちらに視線を向ける。

「えっと……入院で始業式に出席出来なかったので、クラスを聞きに来ました。間島景吾です」

 要件と名前を述べると、顔馴染みの教科担任の教師達は、納得した表情をして、視線を作業中の手元に戻す。

 納得してないで、早くクラスを教えろよ。とは言えず、作業に夢中の教師で溢れる職員室で、一人で佇む。

「おう、間島。退院したのか」

 どうしたものか。と考えていると、背後の扉から馴染みの無い教師が、馴れ馴れしく話しかけてきた。

 声の主に視線を向けると、二十代後半くらいの、スーツをしっかり着こなした、黒髪短髪の男が笑顔で立っていた。

 嫌味の無い爽やかな笑顔と、スーツの着こなし方から、誠実そうな印象を放つ見慣れない教師。名前は……『新堂渉』

 あれ……? どうして名前が?

「割と元気そうだな」

 親しみのこもった口調で話しかけてくる。

 頭の中に覚えのない記憶が浮かんでくる。

「まぁ、最後の一週間は検査入院でしたから。もう普通ですよ」

 覚えのない記憶を頼りに、受け答えをする。

「そうか、良かったな。」

 そう言って新堂は、俺の肩を右手で軽く叩いた。

 この接し方と浮かんでくる記憶からして、今年から赴任してきた訳ではなく、以前からそれなりの交流があるようだ。

「ところで、こんな所で何してんだ?」

 扉から入ってきたところからして、俺が職員室に来た時には、席を外していたのだろう。

「クラスが分からなくて聞きに来ました」

「あぁそうか、昨日いなかったもんな」

「はい、だから早く教えて下さい」

 少しの間とはいえ、放置されていた為、少し棘のある言い方になってしまった。

 新堂は、気にする感じもなく「急かすなって~」と言いながら笑顔を崩さない。

「お前のクラスは、三組だ」

 何かの資料を確認する事もなく、すんなりと俺のクラスを告げる。

「因みに、担任は今年も俺だ」

 悪戯っぽい笑みと共に、親指を自分の顔に向ける。

「今年も……?」

 そう言われると、またしても、覚えのない記憶が浮かんできた。

 この世界での、一年の記憶だ。どうやら、新堂との関わりは、去年から続いているようだった。

「またかよ~」

 再び記憶を頼りに応える。

「そんなに喜ぶなって」

「どこがだよっ‼」

 呆れながらツッコミを入れる。どうやらこの教師とは、軽口を叩き合える程度には、良好な関係を築いていたようだ。

 間違いない。この教師の存在は、元いた世界との相違点だ。どういう訳か、相違点と出くわすと、この世界の俺の記憶が浮かんでくる。

 違う世界とはいえ、思考は俺と変わらないようで、浮かんでくる記憶に違和感は感じない。

 行動や発言。それらは、その時々の状況や思考を元に行われる。この世界の俺が、今の俺と同じ思考なら、覚えのない記憶でも言動には納得がいく。違和感を感じないのはそのおかげだろう。

 こんな機能が働くなら、転生前に伝えて欲しかったと思うが、今さら文句も言えないので胸の奥に留めておいた。

 軽口を叩く新堂は、思い出したように「おぉ、そうだ」と言って自分の机まで行き、何かのプリントを持って戻ってきた。

 どうやら、昨日の始業式で配られた、行事カレンダーのようだ。

 ついでと言わんばかりに渡されたプリントを受け取ると「雑談する場所じゃないから」と新堂に言われ、職員室を出た。軽口を叩いてきたのはそっちだろ。と言い返したかったが、チラチラとこちらを伺うような教師達の視線を感じて、大人しく従った。

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