第5話
「景吾~、お母さんもう仕事に行くから~、戸締まりよろしくね~」
午前七時。俺の住む二階建ての一軒家。その二階にある自室で、制服に着替えている俺の耳に届くくらいの声量で、玄関から母さんが声を上げている。
「わかったよー。いってらっしゃい」
腰のベルトを締めながら、こちらも玄関まで届く声量で返す。
「遅れないようにね~」
母さんはその一言だけ屋内に声を響かせた後、ドアを開けて玄関を出て行った。程なくして、車のタイヤが地面を転がる音が遠ざかっていく。
着替えを終えて、部屋に置いてある姿見で自分の姿を確認する。
鏡の中には、中肉中背、黒い前髪を斜めに分けた平凡な顔立ちをした、見慣れすぎた自分の姿が映っている。
特に変わりはない。パラレルワールドに転生しても、自分の姿は全く同じだった。それどころか、部屋に置いてある小物に関しては多少の違いはあれど、ベッドや机等の配置は、転生する前と変わらない。
家庭環境も、共働きの両親と一人っ子の俺との三人暮らし。元いた世界と変わらない。
こっちの世界では兄弟がいる。とかいう状況になれば戸惑うが、そんな事もなくて安心した。
スマホを取り出し、時間を確認する。午前七時二十分。
「そろそろ出るか」
一人で呟き、スクールバッグを肩に掛けて玄関に向かう。電気の消し忘れを確認してから家を出る。もちろん鍵をかけるのも忘れない。
登校完了時間は、八時三十分。普段なら自転車で登校するところだが、今日は歩いて行く。
高校は、家から近いという理由で最寄りの高校を選んだ。歩きでも三十分くらいだ。
歩いて行くとはいえ、普段より早く学校に到着するだろう。
早く登校する理由は、職員室でクラスを聞く為だ。
今日から、二年生として初めての登校。進級に伴って、クラス替えも行われたが、俺はまだどこのクラスか知らない。
クラス発表は、始業式に行われている。だが、始業式は昨日。そして、俺が退院しのも昨日だ。つまり、クラスの人達とは、一日遅れの顔合わせとなる。
校舎に貼り出された紙から、自分の名前を見つけて、学友達と「またお前と一緒かよ」とか「違うクラスかよ」とか、定番のやりとりを逃してしまったのは、少し残念だ。
俺がわざわざ歩いて登校する理由は、退院したばかりで身体が鈍っているから。というのもあるが、実際は町をゆっくり観察したいからだ。
パラレルワールドに転生した事で、元いた世界との相違点がないか確認がしたいからだ。
少なくとも、地形や建物の配置が変わっていれば、意外と戸惑う。だからこそ、よく利用する施設や道だけでも把握しておきたい。
季節は春とはいえ、朝は少し肌寒い。暖かい陽気と冷たい風が混在する住宅街を抜けて、交通量の多い大通りに出る。広い道路のため見晴らしは良い。
見える範囲だけでも見回してみると、変化は無い。
営業前の飲食店や、近所の大型ショッピングモール。見慣れた町並みの為、変化があれば違和感があるはずだが、今の所そのようなものは感じない。
どうやら、地形等の変化はないようだ。
慣れた足取りで学校へ向かう。ただし、首から上だけは、初めてこの町に来たように、注意深く見回している。端から見たら、奇妙に思われるかもしれない。
見慣れた町並みではあるが、改めて見てみると、違和感ではない、異なった印象を抱いた。
子供の頃から残っているものや、新しく建てられた家やお店。どれも元いた世界と変わらない。それでも、全てが新鮮に見える。
「死んでいなければ……あっちでも、同じように見えたのかな?」
見慣れたものが新鮮に見える。その新たな発見に気付き、自らの行いに対して、わずかに自責の念に駆られる。
違う生き方。死ぬ前、確かにその考えが浮かんだ。しかし、すぐにその考えは頭から抜けた。
やり直す術がないからだ。と。
今も『やり直し』という訳ではない。パラレルワールドに転生しただけで、過去に戻った訳ではないからだ。
後悔先に立たず。まさにその通りだ。しかし、落ち込んではいない。
先ほどの「死んでいなければ」というのも、生きている以上、悩む必要のない事だ。
神様みたいなものと自称する謎の存在。アイツが言っていた「楽しんでおいで」それに従う訳ではないが、このパラレルワールド。色々と見て回ろうと思う。
何故か、世界が広く見える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます