第4話

 意識が戻る。眠るような感覚に襲われる前と違い、今は身体の感覚がある。

 少しだけ倦怠感がある。目覚めたばかりだからだろうか?

 目を開くと白い景色が広がっていた。真っ暗な次は白か。と思ったが、今度は視覚出来ている。長いこと眠っていたのだろう。久しぶりに瞳孔に光りを取り込んだ影響かぼやけて見える。

 だがそれも、何度か瞬きをする内に慣れてきた。すると、丸い電球が埋め込まれている事を確認できた。どうやら、仰向けのまま天井を眺めている状態らしい。

 倦怠感の残る身体に鞭を打って、上半身を起こす。わずかでも身体を動かす事で意識が鮮明になり、頭も少しスッキリしてきた。

 首だけ動かして辺りを見回す。馴染みはないが、見覚えのある場所だ。

 昔、入院していた祖父のお見舞いに来た時、確かこんな感じの場所だった。

 白い鉄パイプのような柵が付いたベッド、その横には木製の棚があり、その上には電子レンジくらいの大きさのテレビが置かれている。

 消毒液の匂いが微かに感じられ、ここが病室だと認識した。

 仕切りのカーテンはあるが、開け放たれている。他にもベッドが三つ並んでいるが、人はいない。個室ではないが病室を独り占めしている状態だ。

 俺の眠っていたベッドは窓際で、移動しなくても外を眺められる。

 窓の外を眺めると、遠くに見覚えのある大きな建物があり、どこの病院にいるかも判明した。

 住んでいる家の、比較的近くにある大学病院だ。

 視線を近くの景色に移すと、病院付近の景色を見下ろせる。

 アスファルトで舗装された道路、それに沿うように桜の木が並んでおり、枝の先には淡い桜色の花が咲いていた。

 見たところ、満開とは言えず、その手前の八分咲きといった所だろうか?

 恐らく、桜の咲き具合からみて、今の時期は三月の半ばくらいだろう。

 景色から現状を把握していると、目覚める前の事を思い出した。

「転生……したのか?」

 神様みたいなものと自称する謎の存在。そいつが言っていた、近いタイミングで生命を終えた、違う世界の魂は入れ替わるという話。あまり実感が沸かない。

 身体の感覚を失い、意識を手放して死んだと思った。しかし、確かに俺は今生きている。

 転生に成功したというなら、生きている事自体は当然だが、ビルの屋上から飛び降りて、目を覚ましたら病室のベッドの上で目覚める。これでは、飛び降りた後、救急車で運ばれて一命を取り留めただけのように感じる。

 パラレルワールドに転生したとしても、病室も窓から見える景色も見覚えがある。

 元いた世界と、決定的な違いがあれば実感も沸くかもしれないが、今の所そのようなものは見受けられない。

 上半身を起こしたまま窓の外を眺め、何か変化がないか探していると、紙袋のような物が、床に落ちる音が病室に響いた。

 不意打ちのように響いた音に驚き、その発生源に視線を移すと、紙に包まれた花束が床に落ちていた。そして、その傍らには、人が立っている。

 視線を上げて、何者か確認すると、口元を手で覆い、目を丸くして立ち尽くす、同い年の少女の姿があった。

 艶のある黒い髪を肩の下まで真っ直ぐ伸ばし、淡い紫のロングスカートと、ベージュの薄手のニットに身を包まれた、見覚えのある……いや、忘れる筈の無い少女だ。

「けいちゃん?」

 少女は、大きな黒い瞳を向けたまま、確認するように、俺の昔からの愛称を呟く。

「彩也香?」

 見ただけで誰かは分かる。しかし、現実として受け入れる為に、思わず名前を呼んで確認してしまう。

 お互いの名前を呼び、視線を合わせたまま、わずかに沈黙が流れる。

「けい……ちゃん……」

 少女は沈黙を破り、涙を流しながら俺に抱きついてきた。

「目……覚ましたんだね……良かった、ホントに良かった……」

 抱きついたまま、涙声で何度も何度も呟く。

「彩也香……」

 すがるように抱きつく少女の頭に手を置いて、現実である事を噛み締めながら名前を呼ぶ。

 なだめるように頭を優しく撫でるが、それでも泣き止まない少女に抱きつかれたまま、時間が過ぎていく。

 もはや、触れる事も、言葉を交わす事も出来ないと思っていた少女との再会。それによって、ようやく自分が転生した事を実感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る