第2話

 高校一年生の三月。二年生に進級する手前。

 俺は、ビルの屋上から飛び降りた。そして、確かに地面に衝突した筈だ。即死ではなかったものの意識は遠のき、これから死ぬんだと自覚した。

 今は、何故か意識がある。しかし、身体の感覚はない、視界は真っ暗で目を開けているのかすら分からない。

「ここはどこだ?」

 呟いてみても、発声できている感覚がない。意識の中に考えが浮かんでいるだけ。

 意識を手放す前も身体の感覚がなかったが、それとはまた違った状況のように感じる。

 浮かんできた考えとしては、死後の世界。黄泉の国や、天国と地獄。それらを連想した。

 仮に、それが正解だとしても確認のしようがない。

 声も出せず、身体があるのかすら分からない。ただこの場所に、意識だけがある。

「ようこそおいで下さいましたぁ~」

 謎の空間を漂いながら、状況を整理していると、声、と言うよりも、言葉が意識に流れ込んできた。

 自分のものではない言葉。意識の中にその言葉が浮かんできた。

 頭の中に、覚えのない記憶が浮かんでくるような感覚だ。

「誰かいるのか?」

 やはり声は出ない。感覚がない以上、喉も口も動かせないため、当然の事ではあるが……。

「いる……というか、存在はしてるよ」

 またもや、言葉が流れ込んできた。しかも、俺の言葉に返事をするようにだ。

 あまりにも奇妙な状況に困惑するが、ただ考えるしか出来ない状況にいる俺にとっては、助け船を出された気分だ。

「ここはどこなんだ? お前は誰だ?」

 今の状況を理解しようと、矢継ぎ早に疑問を投げつけてしまう。

「いっぺんに聞かないで欲しいな。説明はちゃんとするから」

 声を発っしている訳ではないが、会話が出来る。

「まず、ここは、死後の世界? と言えば君には伝わりやすいかな?」

「やっぱり、俺は死んだんだな」

 意識がある、という時点で疑ってしまったが、ここが死後の世界と聞かされる事でようやく死んだと実感が芽生えた。

「それから、僕が誰か。という質問だけど……そうだなぁ……神様? 閻魔様? みたいなものかな?」

「どういう意味だ?」

 自分の正体ついて、判然としない返答に疑問が晴れない。

「いやぁ~、人間にも分かりやすいように例えるのが難しくてね」

 まるで自分が、人間ではないかのような口ぶりだ。

「お前は人間じゃないのか?」

「だから、神様とか閻魔様みたいなものだって」

「そうか……じゃあこれから、天国か地獄に行くんだな?」

 色々と謎が多く、姿の見えない相手の言葉に猜疑心は拭えない。しかし、死後の世界にいるという状況からすると、妙に納得がいく。

「天国か地獄? あぁ~……無いよ、そんな所」

「はぁ? 無い?」

 表情は見えない。しかし、流れ込んできた言葉には、とぼけている印象はなかった。

「無いとも。本来なら、死後の世界というのも存在しないよ」

 理解が追いつかない。先ほど、自分でここが死後の世界と説明したにも関わらず、それを否定し始めた。

「説明が不十分だったかな? 死後の世界と言ったのは、そう言った方が伝わりやすいからさ。天国や地獄なんてものは、君たち人間が創りだした妄想だよ」

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 意識だけがある今の状況からして、これから天国か地獄に導かれる。もしくは、死後、三途の川を渡るという考え方。それらは、生きている間に聞かされただけの、事実性の定かではない話だ。

「今君がいる所は、魂だけが存在できる場所。ここに留まり続ける存在は、僕以外にいないから名前も付けていないんだよ」

「俺はずっとここにいる訳じゃないのか?」

「もちろんさ、一時的にここにいるだけだよ」

 生前に培った知識に当てはめながら考えてきたが、振り出しに戻った気分だ。

「あぁ~……でも、輪廻転生だっけ? あれは少しだけ的を射ているかな?」

「輪廻転生?」

 それは確か、生まれ変わるとかっていう、宗教上の教えだったような?

「そうそう。これから君は、違う世界の『間島景吾』に転生してもらうよ」

「違う世界の俺? というか……転生?」

 間島景吾とは、俺の名前だ。しかし、そんな事よりも、違う世界だの転生だの、フィクションでしか聞いた事がない言葉に戸惑いが拭えない。

「天国や地獄は受け入れるのに、転生は疑うんだね?」

「さすがに受け入れるまでに、理解が追いつかないからな。天国や地獄は否定するのに、転生は肯定するなんて……」

「事実だからね。そして、これからも事実しか言わないから、受け入れて欲しいな」

 事実しか話さないという謎の存在。誰とも分からない相手から、受け入れて欲しいと言われても簡単に納得できる事ではない。しかし、理解のできない状況が自分の身に起きている以上、これが事実だと受け入れる他ない。何より、理解できないと否定ばかりしていては、真実や可能性を見落としてしまう。知らない事を知ろうとする、それが歩み寄りの第一歩だ。

 死んだ後に、生前に掲げていた信条が役立つ事に皮肉を感じながらも、謎の存在の話を受け入れるための心構えを整えた。

「わかった、理解出来るように善処するよ。ただし、質問には答えてくれよ」

「話が早くて助かるよ。もちろん、分かりやすいように君達の世界の言葉で例えながら説明はするけどね。質問の返答には、ニュアンスだけ理解してくれればいいと思うよ」

 謎の存在の補足を聞き、一言「わかった」とだけ応えると、悩ましげに説明を紡ぎ出した。

「そうだなぁ~……まず説明する為には――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る