自殺したらパラレルワールドの自分に転生?

木林児

第1章

第1話

 『価値観』というものを説明出来るだろうか?

 頭の中が鮮明で、時間の流れが遅く感じる。そんな中、頭の中に浮かんだ疑問がそれだった。

 大切なものや好きなもの、優先順位や心に刻んだ信念。一つの単語にこれほど多くの意味が含まれている。これを言葉や文字で説明するには、価値観というものに何を連想するかを説明しなければならない。

 何故なら、価値観という単語から連想するものの違い。そこで既に、価値観の違いというものが生まれるからだ。

 人の数だけ価値観があり、異なる価値観を持つ者同士がすれ違い、時には衝突する事もあるだろう。それくらい価値観というものは、人によって違いが生まれるものだ。

 そんな価値観というものを、あえて説明するならば『その人を象徴するもの』と、俺は答える。

 人生で得た経験や考え方。それらを伴って構築されるものが価値観だ。

 それぞれが違う人生を歩む事で、異なった価値観を構築する。そして、価値観の違いが生まれる。

 価値観の違いといえば、二択問題で多数決をとれば、違いが如実に表れるだろう。

 愛を取るか、金を取るか。この二択なら意見が分かれる事だろう。

 どちらも大切なものだが、優先順位の高い方を選ばなければならない。そこに価値観の違いが表れる。


 時間の流れる感覚と反比例して、頭の中で色々な事が矢継ぎ早に浮かんでくる。


 俺は、多数決が好きじゃない。いや、正確に言うと、多数決の結果が『正解』のように扱われる事が嫌いだ。

 先ほどの二択も、多数決をとれば意見がどちらかに傾くだろう。その場合、多数派の意見が正解のように扱われる事がある。

 愛を取る方が多数の場合、金を取るという意見が蔑ろにされる。それが気に入らない。

 多数決の結果に大きな差が開いた場合、少数派の意見はより顕著に軽視される傾向にある。

 少数派の意見も価値観を元にした答えだ。その選択が逆張りでもない限り、尊重すべきものであるはずだ。

 何故それに気付かないのか疑問であり、憤りすら感じていた。

 自分が多数派にいるから、自分が正解だと思い込んで、思考を放棄して視野を狭めているだけに感じる。

 例えば、チョコレートのお菓子に、たけのこ派ときのこ派がある。

 たけのこ派が優勢だったが、何かのきっかけで逆転したとする。そうなった場合、たけのこ派にいた人は、たけのこに抱いていた魅力を見失うのか?

 そんな事はないだろう。むしろ、たけのこ派のままでいる事は変わらず、きのこ派に興味を持つはずだ。

 そうして異なる価値観に歩み寄り、視野が広がる。こんなにも単純な事だ。


 未だに浮遊感が身体を包む。目の前のガラスが、鏡のように俺を映している。


 『歩み寄り』で思い出した。

 中学生の頃、読書にはまっていた時期がある。

 本を購入して、時間を見つけては読書をして、面白い本に出会った時は一日中読んでいた事もある。

 ある日、親しかった友人と雑談を交わす中でその話をした。

 面白い本を見つけて、一日中読んでいたと。

 読書を全くしないその友人は、こう返した「暇人かよ」と。

 俺には、意味が分からなかった。

 言っている事が理解が出来ず、それとなく発言の意図を問いかけた。

 彼曰く「忙しければ、読書する時間なんてないはずだ 」という事らしい。それは当然だ。だからこそ俺は、時間を確保したり、時間を見つけて読書をしていた。

 予定を入れていない休日に、読書という趣味に没頭していた。果たしてこれは、暇人と呼べるのか?

 続けて彼は、こう言った。「暇してたなら、カラオケに誘えばよかったな」

 もしその時、誘いがあれば行っていただろう。だけど、読書を楽しんでいた俺を、暇人呼ばわりした事が気に入らなかった。

 読書をしない彼には、本を読む事は退屈なもの、という認識なのだろう。そう思って、あえて読書を勧めてみた。

 実際にやってみれば意外と楽しめるかもしれない。そうすれば、彼の読書に対する認識を変えられるだろう。そう思った。

 結果。「興味ない」そう言って受け入れなかった。

 こちらが、相手の価値観に理解を示しつつ提案したにも関わらず、拒絶された。

 読書をする人の事を暇人呼ばわりする価値観を一方的に押しつけ、自分は歩み寄ろうとしなかった。

 それからは、彼とは上辺だけの関係となった。いや、身の回りの人間を、俯瞰して見るようになった。

 彼のような人間は、思っていたよりも多くいる事に気付いた。

 その時に、自分が周りと違うと思うようになった。

 自覚する事で、決心がついた。

 自分が、多数決に従おうと。自分の価値観を押しとどめて、歩み寄ろう。

 この先の人生、似たような事で衝突していては生きていけない。そう思い、笑って誤魔化しながら、気にしないふりをしながら、相手の価値観に一方的に歩み寄って生きていく。

 世渡りが上手いというのは、きっとこの事だろう。


 地面が近づいてきた。そろそろ終わりだ。


 もしかしたら、違う生き方をしていれば、こんな結末は選ばなかったかもしれない。

 世渡りばかりが上手くなりすぎて、生き方が下手だったのかもしれない。

 後悔はある。しかし、この世界に未練は無い。

 矛盾しているようだが、受け入れてみればその考えに疑問はない。

 諦めている。と言った方が分かりやすいかもしれない。

 やり直す術は無いからだ。だけど、もし出来るなら、違う生き方をするのも悪くない。いや、もしやり直せるなら、あれを無かった事にしたい。

 出来ない事を考えても無駄な事。全て後の祭りだ……。


 鈍い音が響いた。


 目の前が暗い。身体に痛みはない、むしろ感覚すらない。意識だけがぼんやりして金縛りにでもあっている気分だ。

 どうやら、即死は免れてしまったらしい。だけど、意識も段々薄れていく。

 感覚的には、まどろみに誘われ、眠りに落ちていく時のようだ。

 夜中に目が覚めて、起きる時間まで余裕がある事を確認してから、安心した状態で再び眠りにつく。その感覚が好きだった。

 今、自分の身に起きている事はそれに近い。これが、人生で最後の幸せと思いながら、俺は意識を手放した。

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