【読切】関西弁、宮村涼子の惑星探査記

友坂弥生

関西弁、宮村涼子の惑星探査記

 土曜19時、八王子駅前の居酒屋。今宵も堀川に呼び出された。


「宮村せんせー、こっちー。」

「はー。なんか今週雨ばっかりやったから、久しぶりにお天気の週末やったのに。なんであんたに召集かけられなあかんねん。」

「そんなこと言うなよー。予定があるなら断ればいいだろう」

「いや、予定はないねんけど」

「ふん。で?最近何か面白いことあった?」

 この堀川という男との出会いは約1年前に遡る。



「こちら新しく入った宮村先生です」

「今日からここでお世話になります、宮村涼子です。よろしくお願いします!」


(パチパチ)


 大学進学とともに東京(郊外)で一人暮らし。京につけられた上下には納得していないので上京という表現は使わない。最初の一年間は本屋でバイトをしていたが、もっと遊ぶ時間が欲しくなり、拘束時間が短そうという理由で塾講師のアルバイトを始めた。私が運良く見つけたのは進学や成績よりも生徒が勉強を嫌いにならないことに重きを置く、いわゆる予習復習塾で、そこに堀川も講師としてそこにいた。私は元来、軽度の人見知りで最低限の人間関係で済ませるタイプではあるが、入ったばかりで孤立する方が面倒な心配をされかねないので、適度に他人と交流を図るようにしていた。

 塾講師のアルバイトを始めて数週間が経ち、この日の全ての授業が終わった時間、堀川が教材とともに手にしている一冊の本が一瞬目に入った。


「関西Walker」


 危うく二度見をするところだった。たとえ誰も見ていなくても、二度見をすることにはどうしても敗北感がつきまとう。しかし一・五度見の判定は確実であった。有効にせよ、効果にせよ、このままでは判定負けしてしまいそうなので、あえて攻めに転じた。


「堀川先生、あのー、それって…」

「あ!これですか?あのっ…塾長には内緒で、お願いします」


 別に咎めるつもりはなかったのだが、腹を見せられた気がしたので、抑え込みのチャンスと見て「いえ、ただ気になって」と言った。

 ここで反撃。「あ、自分でもよくわからないんですけど、なんか関西に惹かれるものがあって」と堀川がはにかんだ。嫁を褒められた時の愛妻家のようないい顔をしていた。決して私の好みではないが、危なかった。油断をすると足元を掬われそうだったので、間合いを取ることにした。


「そうなんですねー!私、関西出身だからちょっと気になっただけで…」

しまった。距離を取ったつもりが足を引き損ねた。

「え!そうなんですか!あのっ…良かったらこの後お話聞かせてもらえませんか!?何か美味しいモノご馳走します!」

一本。完全に足を取られた。とはいえ、人の金で夕食にありつけるのだからこの際、勝敗は考えないことにした。




 それからは同じ大学に通う同じ歳ということもわかり、バイト先でもよく話すようになった。さらには週末には定期的に呼び出しを喰らうようになった。しかし、この男、不思議なことに自分から呼び出しておいて私にしゃべらせる。私の話を聞いてくれているというより、明らかに私がしゃべらされている。私のことをラジオか何かだと思っているのだろうか。なぜこの男のために公開収録をしなければならないのだろう。ドリンク代だろうか、毎回多めに飲み代を出してくれるのはありがたいが、色々整えて出てくるのは多少面倒なのであまり気は進まない。しかし、なぜか断れない。この男から下心が見え見えならいくらか断りやすいのだが、呼び出すくせに相槌は少ないし、解散は早いし、そもそも色恋にはあまり興味がなさそうな雰囲気すら感じる。マザコンなのだろうか。そう勘繰っていたある日、堀川から呼び出しがあり、今に至る。


「で?最近何か面白いことあった?」と堀川。

 私はいつものように他愛ない話をしながら、脳の三分の一ぐらいを使って、この男の目的探査任務を始めることにした。


「そういえば、こないだ競馬のジョッキー目指す少年少女のアニメの話したやん?」

「してたねー。」

「でー、ほんまに腹立つぐらい下手くそな関西弁使ってたゆーたやん?できへんねやったら標準語の脚本でええのにって。んでー、昨日な、『劇場』ってあるやん?又吉の」

「あー、映画でみたかなー。」

「そう!中身覚えてる?」

「んー、観たけどあんまり覚えてない」

「ほなええわ。とりあえず山﨑賢人と松岡茉優がメインやねん。な?でー、関西弁使う場面あってな」

「おー。”使う”場面な」


 ホリカワはメモもとらないのに私の過去の話をしっかり覚えていて、こんな感じに程よい相槌と勘の良さで私の話をスムーズに進めてくれる。この発言でも私があえて「関西弁しゃべる」ではなく「関西弁使う」といった意図をしっかりと汲み取っているようだった。


「そう。二人とも関西出身ちゃうねん。東京の人やったと思う。でもー、役的には主人公の男とその一緒に東京に出てきた友達は関西出身っていう設定やねん」

「ほー」

「ほんでな、山﨑賢人は基本的に標準語やねんけど、なんかの拍子に関西弁出てきてー、なんかでも変やねん。演劇やってて我が道センス系やから、私みたいに普段は関西弁抑えるキャラでもないねん。やのに、一部関西弁みたいな感じやねん」

「原作は?」

「全部関西弁。」

「あー、だから腹が立つって話?」

「そんなんやったらこんな話せんわ!」


 ここで堀川がほんの少し前のめりになったのを私は見逃さなかった。それは私がここでギアを入れ替えたタイミングとほぼ同時だったからである。

 その結果、両者の額がぶつかった。

 

 思考が止まる。

 

 堀川目的探査用の脳をバックアップ脳としてフル回転させ、なんとか復帰を試みる。その間に小惑星ホリカワに異変はなく、それどころか二人分のハイボールを補充する離れ業をやってのけた。手強い。しかし、早く建て直さなければ。これ以上は放送事故だ。


「恋人の松岡茉優がな、酔ってて関西弁をマネする場面があってんけ、ど!その関西弁、結構うまかってん!」

「…。」


 おかしい。いつもこのタイミングで来るはずの応答がない。何事もなく復帰したはず。通信が途絶えているのか。まさか異変がなさそうに見えて、先ほどの衝突で惑星軌道を外れたのだろうか。引き続き通信を試みる。


「そんとき山﨑賢人はー、下手な関西弁やめろ!みたいに言ってんねんけど、引き続き松岡茉優の方がうまかってー!」


「…。」


「だから、ほんまにうまくないとあかん方が下手くそで、下手じゃないとあかん方がうまかってん!」


「…。」


 応答はない。動作は確認できた。しかし、それ以上の反応がない。どういう状態なのだろうか。何やらこちらを見つめているようにも見える。

 その瞬間


「これは、もしかして…」


 という謎の信号を最後に、私のコンピュータは再び動きを止め、機体の温度上昇だけを如実に感じた。


「宮村先生…。」


 来た!衝撃に備えよ!


「関西弁について語るYouTube始めたら?」


 ついに、この男の目的が判明した。この男の目的は私の体でも、ましてや心でもなく、私の”関西人性”だった。なんだそうだったのか。しゃーないなー。謎の惑星探査任務を終了し、今日もヘビーリスナーのためにカフを上げる。


(あとがき)

こちらの作品はご覧いただいた通り、映画『劇場』の個人的な感想として書きました。この映画に限りませんが、映画全体は良かったのにキャストの口調が入って来なくてとかセットの作り込みがとか一つの要素で映画全体の評判を落とすという話はよくあると思います。これだけの製作陣とキャストとお金を使っているのに、この部分は妥協してしまうのかと少し悔しく思います。正直にいうと観ながら、脳内で言葉端を変換することはそんなに難しいことではありませんし、そんなこと気にするなら観るなと言われればそうかもしれません。ですが、逆にいえばそういう細かいところで差をつけられるんだぞという気もします。私自身東京で長く住んだ経験はありませんが、職場に標準語の方は多数おられましたし、外部の方と接する機会もありましたので、関西弁を押さえ続けると標準語がうつるということはありました。しかし、他人が話している言葉が関西弁かそうでないかという判別は簡単についてしまいます。要するに関西弁ネイティブによるネイティブチェックですね。関西弁って結構人気ですよね。好評なら宮村関西弁シリーズとして続編を描きたいという気もします。皆様の温かいご評価・コメントお待ちしてます。


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