【読切】岡田!男子はどこまで野球で言えるんだ!?

友坂弥生

岡田!男子はどこまで野球で言えるんだ!?

木曜22時。居酒屋で5m先に岡田を見つけた。

「岡田!聞け!いや、教えてくれ!」

 −私は岡田の胸ぐらを掴む前に後輩からはがいじめにされていた。


 エレベーターが5階に着く直前、顎を引き、二日酔いの頭を正しい位置に整え、軍靴を鳴らしていつも通り自分の位置に着く。昨晩の記憶はしっかり残っている。

 岡田が私のところに来て申し訳なさそうに挨拶をする。

「原さん…、おはようございます。昨日は…」

言い終わる前に空中の詫び状を突き返す。

「おはよう岡田!昨日はすまなかった!相当酔っていたらしい」

岡田は一瞬の間を置いて、

「あ、いえ!とんでもないです!あの…」

「ん?どうした?」

「俺でよければ」と岡田は小声で爽やかに言い放った。

私は颯爽と帰っていく岡田を呼び止め、彼の右肩に五指を沈めて言った。

「こら、誤解を招くような言い方をするんじゃない」


 私は野球が分からない。

 分からなくても男子は女子が野球を知らないことを知っているだろうし、必修科目でもなければ教養と呼べるものでもないので、知らなくても十分に人生を全うできる。ただ、雑誌の出版社という仕事柄か、周囲は野球の話で盛り上がる人種が多い。それは「昨日の試合どっちが勝った」とか、「今年のあのチームは調子が良い」とか、すごく嬉しそうに話している。天気の話題以上の世間話として八面六臂の活躍である。あれには敵わない。近頃、常に私の目の前に野球がチラついている。最初の疑問は「なぜ男子はそんなに野球が好きなのか」「なぜ女子は野球を知らないのか」ということであった。これは考えればある程度の推測が立てられるし、人の好き嫌いについて他人がとやかこ言うことはナンセンス以外の何者でもない。こんな感じで色々思い浮かぶだけの”なんで?たち”を走らせ、そんな思考が脳のグラウンドを一周し終わった先週のお昼時、となりのテーブルから二十代後半男子の会話が聞こえてきた。


「お前、昨日”ふるすいんぐ”だったよなー。ダサいフォームで」

「おーい、フォームはいいだろー。お前だって見逃す余裕なくなってきてるだろ」

「いやー、そりゃゾーンの甘いところに来たと思ったら振り抜くけど、昨日は”消化じあい”だったかなーって」

「ひどいなー。どんだけ”せんきゅうがん”に自信あんだよ。」


 ある程度聞いた段階でこれがなんとなく私がわからないあのスポーツの話をしていることに気がついた。しかし、それと同時に私のわかりたいスポーツの話ではなさそうな気もした。男子二人がスポーツマンぽくないということだけではなく、どことなく二人が昨晩していたのは”スポーツ”ではなさそうだった。その後、選択的知覚というヤツなのか同じような会話があらゆる場面で気になるようになり、その中に会社の後輩である岡田もいた。私は彼らの口調からある程度の傾向を掴むことに成功した。確かにミドル・シニア世代は実在する球団の名称や、選手の名前を出しているから、本当に野球の話をしている。しかし、ある一定の世代の男子はどうやら本当の野球の話をしていないようである。最終的に私が提出したい研究結果は「男子はどう考えても野球で言い過ぎである。殊(こと)、恋愛においておや」というものである。そして、私の興味は次の研究「男子はどこまで野球で言えるのか」に移っていた。


「さて、岡田。要求を聞こう」

 私は昼休みに岡田を会社近くの定食屋に呼び出した。いや、呼びださせられた。

「要求だなんて。先輩に何かを説くことを許されるだけでかなりの特権ですよ。それで、先輩は何が知りたいんでしたっけ?」

 岡田は多少の下心を覗かせながらも、私の昨夜の急襲とも捉えられる不発弾を掘り出し、それに応えることを承諾したようだ。もちろん岡田に下心があるかどうかは私の主観ではあるが、その墓荒らしの手際を見るに、明らかにタダでは済まない様子だ。岡田は私特有のクセが露わになり始めるぐらい伸びてきた前髪ほどの研究の芽を毟り取り、落ち着き払った決め顔でこう言った。

「なるほど。では、プレイボール」


 まず、野球というスポーツは攻撃側(バットを振る側)と守備側(ボールを投げたり守ったりする側)に分かれます。1回が表と裏に分かれていて、表から裏に移る時に攻撃側と守備側を交代します(攻守交代)。そして、男子は基本的に攻撃側として話を進める場合がほとんどですので、攻撃側を中心に説明を進めます。


 審判から「プレイボール!」の掛け声がかかったら、次の動きはピッチャー(守備側・ボールを投げる人)からバッター(攻撃側・バットをボールに当てようとする人)のいる方向にボールが投げられることによって試合が動きます。これこそが常に注目が集まる”バッター対ピッチャー”の構図です。

 細かい野球本来の描写は割愛しますが、先述の通り男子が攻撃側として話を進める場合がほとんどで、このとき男子がバットを振るバッターです。その理由は攻撃を恋愛におけるアプローチと重ねており、男性からアプローチをする場合について考えているわけです。少しややこしいですが、恋愛においては、


男子=アプローチする側=バッター(ボールを待っている)

女子=アプローチされる側=ボール


ピッチャーは案外出てきません。強いて言えば、”女性との出会いの場”がピッチャーと呼べるかもしれません。


「おい、待て岡田。なぜ男子が人間で、女子がボールなんだ」

ここで口を挟まずにはいられなかった。

「先輩、ここで口を挟むのはインターフェ…、マナー違反ですよ。女性だって男性をモノに喩えて批評する習慣はあるんじゃないですか?」

私に思い当たる節はなかったが、確かに女子の間でもそういった品評会が頻繁に開かれることがあるのは知覚しているので納得せざるを得なかった。

「すまん岡田。続けてくれ」

「いえ、ただ、ここで先輩に謝らなければいけません。先輩の一番の疑問である『男子はどこまで野球で言えるのか』の答えが割と序盤で出てしまいます」

「は?なんだって?」


 では、具体的にいきましょう。ご自身がバッターになったつもりで聞くのは難しいと思うので恋愛においてアプローチする側になったつもりで聞いてください。合コンでいきましょう。合コンは女性にとっても戦場ですよね。戦いの地。つまり、野球の試合が始まるわけです。

 実は、ここからは大体野球で言えてしまいます。

 男性と女性が出逢います。この瞬間がボールがピッチャーから投げられた瞬間です。この機会を”打席”と言います。この時点でお互い値踏み・品定めをし始めるのではないでしょうか。バッターもボールを見極めます。その際の基準となるのが”ストライクゾーン”です。”ストライクゾーン”はバッターによって設定されます。本来の野球ではバッターの構えや体格などの要因によって決まりますが、恋愛の場合はなぜか都合よくバッター自身によって決められる場合はほとんどです。そのため、このゾーン内に入ってきたボールはバッターにとって好きなボール=タイプの女性です。ストライクゾーンが広い人は恋愛対象となる女性が多いと言えます。この女性を射止めることこそが男性の目的となるわけですが、野球ではバットを振ることがアプローチになります。バットの振り方にも種類がありますが、一番使われる表現はフルスイングだと思います。力一杯全力でアプローチするということです。


 まずは、バットがボールに当たった場合について考えていきましょう。ただ当たれば良いというわけではありません。飛んだ方向・飛距離などによって良くないこともあります。おおまかに結果だけ言えば、このように表されます。


 良い結果:ホームラン・ヒット

 微妙な場合:ファール

 良くない結果:アウト(ライナー・フライ・ゴロ)


 打席における目標は得点を挙げることです。そのための一番良い結果はホームランで、一発で点が獲れる、一番狙い通りの称賛される結果です。ヒット一本では得点になりませんが、得点につながる結果なので、アプローチは成功したが目標まではいかなかったという感じでしょうか。ファールはバットには当たったものの、良い結果ではありませんが、ファールゾーンに飛んだため、やり直しのチャンスがあるという意味で悪くもない状態です。ちなみにファールに限度回数はなくできる限り続けることができます。この様子を「ファールで粘っている」と言うこともあり、わざとファールに持ち込むことを”カット”と読んだりもします。アウトは文字通りアウトです。終わりです。


 次にバットに当たらない場合です。アプローチをすれば必ず成功する訳ではないのと同じように、バットを振ったからといって必ずボールに当たる訳ではありません。バットを振ったのに当たらなかった場合はアプローチをしたことに変わりはないので、ボールが投げられたゾーン(女の子のタイプ)(コースとも呼ぶ)に関わらずボールに当たらなければ”空振り”=ストライクとなります。このストライクが3つ貯まると三振・アウトになりますので、良くない結果です。現実では3回チャンスがあるとは限りませんので、この3つというのはあくまで野球のルールですが、男内ではたとえ「一回目(アプローチが)うまくいかなくても、3ストライクまではチャンスがある!諦めるな!」みたいなことを言ったりもします。

 次はバットを振らなかった場合について見ていきましょう。基本的にはアプローチをしていないことになるので、何も起こらなかったことになります。要するに見送ったわけです。理由は色々ありますが、主には自分のストライクゾーンに来なかった場合です。このボールは「ストライクゾーンを外れたボール球」「ボールゾーンの球」として好みではなかったから見送ったということになります。

 ただ、現実と同様、例外もあります。不思議なもので、好みの女性でもアプローチしなかったり、一見自分の好みの女性でなくてもアプローチをする場合がありますよね。これは「ストライクゾーンに入っているのに見逃した」「ボール球に手を出した」などと揶揄され、後悔の対象になります。だいぶ失礼な言い方ですがね。

 

 この他にも野球特有の表現は色々とあり、パッと思い浮かぶだけでもサヨナラ、変化球、直球、代打、悪球打ち、ハーフスイング、などなど沢山あります。これらの表現を組み合わせたり応用したりして複雑な喩え表現に派生していきます。紹介した表現に加えて、他のスポーツでも用いられるような、チームワーク、守備範囲、延長線、消化試合、事前の偵察、トレーニングなども隠語的に用いることもあるでしょう。


「基本はこんなとこですかね。ここまで大丈夫ですか?先輩?」

「随分と説明的な口調で聞きにくかったけど、大体わかった。ありがとう岡田。最後に、以前こういう会話を聞いたんだが、どういうことか説明してくれ」

 私は最初に疑問を持つキッカケになった会話を岡田に伝え、翻訳を求めた。岡田曰く、


「お前、昨日全力で口説いてたなー。ダサい口説き方で」

「おーい、口説き方はいいだろー。お前だってタイプの女子見逃す余裕なくなってきてるだろ」

「いやー、そりゃマジでタイプの女の子だと思ったら本気出すけど、昨日はあんまりな合コンだったかなーって」

「ひどいなー。どんだけ女を見る目に自信あんだよ。」

 なるほど。意味がわからない方が良かったかもしれない。


「助かったぞ岡田!私そろそろ戻るわ!」

 名残惜しそうな、物足りなそうな岡田を打席に置き去りにし、自分のポジションへ舞い戻った。岡田の説明は釈然としない部分もあったが、私の興味は満たされた。今日打席は岡田とっては三振だったかもしれないが、元々チラつく程度の題材だったし、私には消化試合だったというところだろう。恐らく、野球を見に行けば野球の魅力を理解できるだろう。しかし、それを使って恋愛の喩えに使いたくなるとは到底思えないのはなぜだろう。新たな疑問が生まれた。とりあえず私の今回の研究の結論はこうだ。

「男子はどこまでもうまく喩えたいだけ」


(あとがき)


 自分の生活圏で過去に使われていた野球の例えを用いた表現がどれぐらいあるのか並べたくなりました。何の足しにもなりませんが、暇つぶしに付き合ってください。もしかしたら、一部の男子が恋愛トーク中に隠語として使っているものを女子が理解できる助けになる可能性もあります。頻度よりも本来の野球の流れに乗せて進める方が話が前後しにくくて良いかと思うのでそうしました。適宜、主語や恋愛対象を置き換えてお楽しみください。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【読切】岡田!男子はどこまで野球で言えるんだ!? 友坂弥生 @uepon_tommy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ