第4話

「三橋、ちょっといいか」


 授業が終わって美術室を出るとき、ブタ岡こと藤岡先生に声をかけられた。教室に戻るクラスメイトに追い越されて二人きりになる。最後に出ていったのは茉莉花だった。

 今週から夏服に変わり、私たちはブレザーを脱いだ。むき出しの白いブラウスでいるのは、なんだか心許なかった。

 そのせいだろうか。ちらりと私たちを見た茉莉花の目も、頼りなげに揺れていた。


「お前、最近白木と仲良くしてるらしいな」


 ブタ岡が一年中着ているピチピチでクタクタの白衣と、球体状の腹を覆う紺色のエプロンには、カラフルな絵の具が飛び散っている。


「あっちが勝手に押しかけてきてるんですけどね」


 私がそう答えると、ブタ岡の目を嫉妬めいたものがよぎった。


「そうか。まあ、ほら、あいつもいろいろ面倒なことになってるからなぁ。よろしく頼むぞ」


 ブタ岡がスケッチブックを手に取った。茉莉花のヌードが描かれていると噂の、あのスケッチブックだ。

 私がじっと見ているのに気付いて、ブタ岡は「見るか?」と聞いた。そのどこか得意げな表情が気に入らなかった。


「いりません。ニセモノには興味がないんで」


 ブタ岡の丸い顔が赤くなったのを見届けると、私は一礼して美術室を出た。

 階段の前に茉莉花がいた。どうしたの、と聞くより早く私の手を取って、教室とは反対方向に引っ張っていく。

 階段を下りるたび、手にしている絵の具セットがカチャカチャと音を立てた。


「ブタ岡、茉莉花のことよろしくって」


 茉莉花は、ふん、と鼻を鳴らした。

 次の授業の始まりを告げるチャイムを背に、私は茉莉花に手を引かれて、上履きのまま、外に出た。茉莉花は校舎裏の花壇に向かっていた。

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