第3話

 マリーゴールドの隣からローファーが生えたあの日以来、茉莉花はよく私のところに――というより、花を見に来るようになった。


「で、どの花を食べたらいいと思う?」


 スーパーの棚を物色するみたいに花壇の周りをぐるぐる歩きながら聞く。


「花が食べたいなら、エディブルフラワーっていう食用の花があるって教えたでしょ。あとはほら、スミレとか薔薇の砂糖漬けとか、可愛くていいじゃない」

「そういうんじゃないってば。私が食べたいのは、自分が食べられるなんて想像もしてないやつ。そいつを頭からむしゃむしゃ食べてやりたいの」


 私は茉莉花を無視してサルビアの花がらを摘んだ。咲き終わって枯れた花はまめに取り除いておかないと、腐って病気の原因になったりする。

 茉莉花は口をとがらせて、黙ったままの私をにらみつけた。


「杏子はなんで園芸部なんて入ったの? 地味だし、汚れるし、部員だっていなくて一人ぼっちじゃない」

「うーん、母親の影響かな。三年前にもう死んじゃったけどね」


 母は花が好きな人だった。家の庭には四季折々の花がいつも美しく咲いていた。父と二人になってマンションに引っ越してしまったから、あの庭を見ることはもう叶わないけれど。


「へー、もしかしたら杏子の花への愛情は、失われた母親へのものなのかもね」


 茉莉花が詩人めいたことを口にして笑った。


――花を美しく咲かせるには、種まき、肥料、水やり、剪定、そのすべてを正しいタイミングで行うこと。これが一番大切なの。


 頭の中で母の声がした。母はいつもそう言って、葉に、花に、土に、そして私に触れた。


――杏子。花を愛して咲かせ続けなさい。そうすればずっと美しくいられるから。醜いものになんか絶対に負けないから。


 母が私にくれた最期の言葉。病でやせ細り弱々しくなった母が、その瞬間だけ、庭で魔法のように花を咲かせていたころに戻った気がした。

 そんな母の言いつけを守って、私は今も花を愛し、咲かせている。


「ねえねえ、お腹すいたしもう帰ろうよ」


 茉莉花が勢いよく立ち上がると、スカートがひるがえった。ちらりと見えた太ももは、白すぎて光を放っているようだった。

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