3日目(土曜日)

第9話 信号無視と副会長

 翌日の朝。


 僕はひとり、重い足取りで学校へと向かっていた。


 原因は昨日の出来事。


 曽谷先輩がどういう人か確かめること。


 それが須和田さんや大野さんから頼まれたことだ。


 で、もし、曽谷先輩がいわゆる、いい人であれば。


「その時は、須和田さんが真間くんと副会長を別れさせようとするのを一緒に止めてほしいなって」


 大野さんの言葉は、必ず別れさせたいであろう須和田さんとは相反するものだ。つまり、僕はどちらかの味方と敵にならなければならないのであって。


 となれば、曽谷先輩が他の男子と付き合っていたりとか、印象悪い人だと好都合だ。と、考えてしまう自分がどうにも気に入らない。


「何だかなあ……」


 僕は通学路の途中にある横断歩道に差し掛かる。信号は先ほどまでは赤だったが、ちょうど青になったので、僕は渡ろうとした。


 両腕を組み、僕は瞼を閉じる。


「まったく、僕はどうすれば」


「危ない!」


 突然、甲高い声が耳に響き渡ると同時に、僕は後ろからの強い力で引っ張られた。


「えっ?」


 急なことに僕は抗う余裕さえなく、気づけば、僕は歩道の前に尻餅を突いてしまう。


 同時に、目の前をトラックが猛スピードで走り抜けていった。


「信号、無視?」


「危なかったね、君」


 気づけば、横に人影の存在があり、僕は恐る恐る振り向く。


 見れば、同じ学校の制服を着た女子生徒だった。


 僕より高い身長に、白のブラウス姿。襟元はボタンを開けていて、女子がつけているリボンは外していた。スカートは膝上までの高さで、校則守っているかどうかといったところだ。


 ショートカットの髪に端正な顔つきは美少年と見間違えてもおかしくない。胸の膨らみさえなければだ。


「もしかして、そのう、助けてくれたってことですよね?」


「そうだね。あたしが気づかなければ、君は今頃、あの世行きだったかもしれないね」


 彼女はうなずきつつ、通学用のリュックを背負い直す。


「見るからに君はあたしと同じ学校だね。うん? もしかして、君って、宮久保拓斗くん?」


 彼女は腰を上げる僕に対して、じっと目を合わせてくる。


「だよね。やっぱり、そうだ」


「そうですけど、よく、そのう、僕のことをご存知で」


「確か、弥市くんのクラスメイトだったなあって」


「弥市のこと、知ってるんですか?」


 僕が問いかけると、「もちろん」と即答をする。


「というより、まあ、一応、彼女だしね」


 彼女は口にしつつ、恥ずかしくなってきたのか、目を逸らし、頬を指で掻く。


 対して、僕は今聞いたことに驚きを隠せずにいた。


「もしかして、曽谷先輩、ですか?」


「おっ! さすがに生徒会副会長やってるだけあって、知名度はそれなりにあってよかったよ。自己紹介する手間が省けて助かるよ」


「それはそのう、どうも」


 僕は頭を下げつつ、「そのう、ありがとうございます」とお礼を述べる。


「いいって、いいって。ああいう場面に出くわしたら、誰だって助けようとするものだよ」


「でも、もしかしたら、曽谷先輩じゃなければ、助からなかったかもしれないかなと」


「まあ、とりあえず、助かっただけでもよかったと思えばいいんじゃない?」


「ですかね」


 僕は笑みをこぼしつつ、尻餅をついていたので、ズボンの後ろを手で払う。


「そういえば、放課後に友達を紹介したいとか、弥市くんが言っていたけど、もしかして、君のこと?」


「えっ? そうなんですか?」


「その反応、弥市くんから聞いてないんだね」


 曽谷先輩が左右に顔を動かした後、横断歩道を渡り始めるので、僕も遅れてついていく。


「まあ、弥市くんも色々とあるみたいだからね」


「色々ね」


「そういう話とかも弥市くんとするのかい?」


「それはまあ、それなりには……」


「へえー。なら、君と弥市くんは友達というわけだ」


「まあ、クラスで席が近かったからとかで仲良くなったって感じで」


「いいね、それ。あたしは体育会系の部活の助っ人や生徒会の仕事とかで、色々と付き合いあるけど、本当に仲がいいのは、幼なじみの涼花だけだからなあ」


「涼花って、もしかして、生徒会長の中山涼花先輩?」


「そうそう。で、もうすぐ引退なんだけどさ、その後釜をあたしが引き継ぐことになりそうだから、色々と大変なんだよね。まあ、弥市くんとか、他の生徒会のメンバーとかが手伝ってくれるから、何とか行けそうかなとは思ってる。多分」


「多分、ですか」


「そう、多分。まあ、だから、涼花には引退後もしばらくはお世話になるかもしれないね」


 僕とともに横断歩道を渡り終えた曽谷先輩は苦笑いをしつつ、声をこぼす。


「そういえば、横断歩道を渡ろうとしていた君は考え事をしてる感じだったね」


「ええ、まあ、ちょっと」


「その考え事って?」


 唐突な問いかけに、僕はどうしようかと戸惑ってしまう。


 まさか、曽谷先輩本人に関することだとはさすがに答えられない。ましてや、弥市と別れさせるとか、逆にそれを阻止するだとか。


「まあ、色々ですかね」


「色々ね。まあ、そういうのはほどほどがいいと思うよ。じゃないとさっきみたいに危うくトラックに撥ねられるところだったからね」


「そうですね」


 僕は相づちを打ちつつ、改めて、曽谷先輩に感謝しないとなと内心抱いていた。


 死んでしまったら、どうしようもないのだから。


「じゃあ、後輩くん。あたしはこれで」


「あっ、はい。そのう、ありがとうございました」


「いいって。まあ、車には日頃から気を付けるようにってことだね。じゃあ」


 曽谷先輩は言い残すと、手を振りつつ、学校の方へ走り去っていってしまった。


 何だろう、時間としては遅刻になりそうなほどではないのに。トレーニングの一環とかだろうか。


 再びひとりになった僕は頭を巡らせる。


「にしても、今話した限り、曽谷先輩は悪い人じゃなさそう」


 僕はつぶやきつつ、でも、須和田さんは納得をしないだろうと感じていた。


「そもそも、弥市のことを実際にどう想っているのか、具体的なことは聞かなかったし……」


 僕はため息をつくと、とりあえず、学校へ行くかと足を進ませ始めた。

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