第7話 協力と未練
放課後。
僕は重い足取りで公園近くのカフェに入った。
「遅かったわね」
店内をうろつきつつ、ようやくたどり着いたテーブル席にて、須和田さんは口にした。
加えて、待っていた人はもうひとり。
「朝以来だね、宮久保くん」
須和田さんに並んで、窓際に座っていた大野さんは僕を見やるなり、表情を綻ばした。
一方で僕は反応に困り、「そ、そうだね」とぎこちない返事をする。で、向かい側に恐る恐る腰を降ろした。
まるで、何かの罰ゲームみたいだ。
「あのう、須和田さん?」
「とりあえず、大野さんにも声をかけてみたの」
戸惑っている僕を気にしないかのように話を進めようとする須和田さん。
途中、メイド服姿の女性店員が三人分のお冷とおしぼりを持ってきてくれた。
「とりあえず、ホットコーヒーね」
「わたしはアイスカフェオレかな」
「じゃあ、僕はアイスコーヒーで」
各々注文を済ませ、店員がいなくなった後、僕はお冷を口に含んだ。
「須和田くん」
唐突に声をかけてきた大野さんに驚き、僕は思わず咳き込んでしまった。
「大げさね」
「大丈夫?」
双方違った反応を示しつつ、僕はおしぼりを口元に当てて、気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫、大丈夫」
「にしても、現れないかと思ったわね」
「逃げたかもしれないってこと?」
「ええ」
須和田さんのうなずきに、僕のことを普段からどう見ているのか、よくわかる反応だった。
一方で大野さんは「わたしは違うかな」と異なる意見を示す。
「わたしは宮久保くん、来ると思ってたよ」
「それはその、どうも」
「でも、便箋を覗き見したのはどうかなって」
大野さんの微妙な口調に、僕は須和田さんの方へ視線を移す。
「あれ、もしかして……」
「ええ。大野さんに伝えたわね」
「どういう風に?」
「想像通りのままね」
須和田さんの答えに、僕はがっくりと肩を落としてしまう。
事前に便箋のことを大野さんに教えてたとわかっていたら、僕はこの場に現れなかっただろう。須和田さんの推測通りに。
「とりあえず、あの便箋は封筒とともにわたしの方で処分しようかなって」
「何だか、そのう、すみません」
「いいよいいよ。そもそも、あの便箋はわたしが書いたものだしね」
大野さんは手を何回も横に振りつつ、言葉を紡ぐ。
「だけど、本当だったんだね。真間くんに彼女ができたのって」
「まあ、そのう……」
僕の曖昧な声に、須和田さんが呆れたようにため息をこぼす。
「話してなかったみたいね。弥市が誰と付き合うようになったのかとか」
「そういえば、大野さんにはそこまで話してなかったです……」
「須和田さんから聞いたよ。まさか、副会長だなんてね」
大野さんは言うなり、乾いた笑いを漏らした。
「ということだから、協力してくれるわよね?」
「協力って?」
「とぼけるのね」
須和田さんが口にしたところで、先ほどの女性店員が頼んだ飲み物を運んできてくれた。
一旦、小休止。
各々自分のものを飲みつつ、間を置いてから、須和田さんが話を再開する。
「弥市と曽谷先輩のことよ」
「須和田さん、二人を別れさせようって」
「あれって、まさか本気だったんだ……」
「冗談でそんなこと言うほど、わたしは弥市のこと、まだ諦めていないから」
須和田さんは淡々と声を発すると、コーヒーカップを持ち、口につけた。
「ちなみに大野さんは、曽谷先輩がどういう人か自分の目で確かめてから協力するかどうか決めるみたいだから」
須和田さんに視線を向けられ、「そうだね」とぎこちない笑みを浮かべる大野さん。
「わたしとしては、真間くんの彼女さんがどういう人か、まずは知りたいから」
「そこらへんはわたしも同意ね。弥市から好きになったくらいだから、単純に興味もあるわね」
「えっ? ということは、真間くんから告ったこと?」
「そうね。そういえば、そこらへんも話してなかったわね」
須和田さんと大野さんの会話を聞きつつ、僕は悩んでいた。
協力するかどうかは別として、何かしらのことを頼まれそうな予感がしてならない。それ自体をまず、どうするかだ。
「ということはそのう、まずは曽谷先輩がどういう人か、確かめることが先ってこと?」
「そうね。ということだから」
「つまりは丸投げってことね」
「そういうわけでもないわね。もし、曽谷先輩に話すような機会ができたら、近くから見ているから」
「いや、それって、結局は僕が聞き出すってわけじゃ?」
「そうとも言うわね」
須和田さんは言うと、コーヒーカップをソーサーに戻す。
一方で大野さんは僕と目を合わせてきた。
「わたしはできることあれば、宮久保くんに協力するよ」
「そういうことを言ってくれるだけでもありがたいです」
僕は素直に感謝を述べると、アイスコーヒーをストローで飲む。
「なら、話は決まりね」
「とりあえずは僕が曽谷先輩に何とか会ってみると」
「そうね」
「まあ、そのう、実は弥市から今度曽谷先輩を紹介してくれるっていう話があるから、その時に聞けるかと」
僕の言葉に、須和田さんは急に鋭い眼差しを送ってきた。
「その話、わたしにはなかったわね」
「いや、それはまあ、弥市が気を遣ってというか」
「彼女ができた時点で気を遣うとか遣わないとか関係ないわね。幼なじみとして、彼女を紹介するのは当然と思うわね」
「まあ、弥市なりに色々と考えてだと思うけど」
「そうだといいのだけれど」
須和田さんの不満げな反応に、僕は頬を掻きつつ、戸惑ってしまう。
「とりあえず、今日話すことは済んだってことでいいのかな?」
微妙な空気を察してか、大野さんが僕と須和田さんの方へ視線を移しつつ、尋ねてくる。何だか申し訳ない。
「そうね。後はLINEグループとか作って、そこでやり取りすればいいかと思うから」
「そう、だね」
僕は相づちを打ちつつ、残りのアイスコーヒーをストローで飲む。
「そういえばだけど」
「何?」
「あなたは大野さんに未練がまだあるのかどうか、知りたいわね」
唐突な質問に僕は危うく、中身を吐き出しそうになった。
「ちょ、須和田さん!」
「これから三人で実質協力していくのだから、そういうことはこの場で一度はっきりさせた方がいいと思うのだけれど」
「い、いや、だからといって、急にそんな質問は」
僕は言いつつ、不意に戸惑ったような表情を浮かべる大野さんと目が合ってしまう。
「あはは、まあ、うん。宮久保くんがまだ未練が残っているって言われても、そこはまあ、驚きはしないかな」
「そうね。弥市に告ることに対して、本人に『失敗する』と断言した男だものね」
「いや、あれは言葉の綾で……」
「で、実際はどう思ってるのか、知りたいのだけれど」
須和田さんはコーヒーカップを手に持ちつつ、じっと目を据えたまま、問いかけてくる。
大野さんに至っては変に頬をうっすらと赤く染めて、顔を逸らしているし。
僕は髪を掻き、アイスコーヒーを飲み干した後、ため息をついた。
「まあ、あるかないかって聞かれれば、その、どちらかといえば、あるってことで」
「未練があるのね」
須和田さんのうなずきに、誤魔化すかのようにアイスカフェオレを口につける大野さん。
「でも、残念ね。大野さんは弥市の方に気持ちが傾いているから。今も」
「じゃなきゃ、この場にいないことくらい、僕でもわかるけど」
何だか自分でも虚しいことを話しているが、もはや気にしない。
「何だか、その、ごめんね、宮久保くん」
加えて、大野さんからはなぜか謝られるという展開。
何だか、遠回しに再び振られるという形になったような。
ともあれ、僕のメンタルは色々と擦り減らしてしまった。
「これで、各々の気持ちに整理はついたわね」
須和田さんの強引な幕引きを図るかのような発言。僕は抗いたくなるも、終始黙っていることにした。今までの弥市に対する想いを知っているからだ。
僕は話が一区切りついたと安堵をしたところで、おもむろにガラス窓へ目をやる。
そばにある公園が視界に映る中、僕はある人影に視線を移す。
「あれって……」
地元中学のセーラー服を着た、小柄な少女。見覚えがある顔に、僕は慌ててしまう。
「宮久保くん?」
大野さんが気になったのか、僕に声をかけてきた。
だが、僕は首を横に振り、「いや、何でもない」と平静を装う返事をする。
実際は内心、どうしようかと悩み始めた。
なぜなら。
さきほどの少女、妹の果歩が鋭い眼差しを僕の方へずっと送り続けていたからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます