第5話 便箋と頼み事
昼休み、僕はひとり、体育館裏にいた。
購買部で手に入れたピザパンとストローを挿したコーヒー牛乳の紙パック。コンクリート壁に背中をつけて座り、交互に飲み食いしている。
そして、手前には皺だらけになった一枚の便箋を広げていた。
― 放課後、体育館裏にて、二人っきりで話をしたいです。 大野 綾奈 ―
「これ、一緒にいた須和田さんが見たら、絶対に止めるだろうな……」
僕はつぶやきつつ、ため息をつく。事前に弥市の下駄箱へ入れられることがなくなったとはいえ、釈然としない気持ちだ。というより、大野さん直筆の便箋を封筒から開けてまで読んでる時点で罪悪感を抱かざるを得ない。そもそも、本人が捨ててほしいと頼んでいたものだ。バレれば、見向きもされなくなるだろう。興味本位で覗いてしまった自分を恨みたい。
「こんな手紙、簡単に捨てようにも捨てきれない……」
僕は便箋を四つ折りに畳むと、封筒に戻し、着ているブレザーのポケットに突っ込んだ。
「というより、教室に戻りづらいし、このままサボりたい……」
「サボるのは見過ごせないわね」
「えっ?」
聞き慣れた声に振り向けば、いつの間にか横に須和田さんが立っていた。
「ここでひとりお昼なんて、まるで罰ゲームみたいね」
「す、須和田さん」
僕は驚き、食べていたピザパンの一部が喉につっかえそうになる。慌てて、コーヒー牛乳をストローで吸い上げ、事なきを得た。
「危うく窒息死というところだったわね」
両腕を組み、コンクリートの壁に寄りかかる須和田さんは淡々と述べた。
「いや、こんなんで死ぬとか、さすがに」
僕は咳き込みつつ、声をこぼす。
というより、須和田さんが急に現れたのが直接の原因なのだが。
「昼休みにまるで神隠しにでもあったみたいに消えたのだから、心配したわね」
「やや誇張過ぎる気がするけど」
僕はつぶやきつつ、さて、どう話を繋げようかと困ってしまう。
須和田さんは朝の登校時、弥市から彼女ができたことを伝えられている。と、弥市本人が午前の休み時間にこっそり教えてくれた。
なので、教室では失恋をした大野さんと須和田さんがいる。で、クラスメイトである僕も同じ空間を過ごしているのだが、非常に居心地が悪い。
だから、昼休みくらいはひとり抜け出し、体育館裏にて食事をしていたのだが。
「さて、わたしはあなたから色々と聞きたいのだけれど」
「は、はい……」
僕は体をびくつかせ、尋問に近いであろう時間が訪れることを覚悟した。
「まずは弥市が曽谷先輩と付き合っていたこと、昨日、わたしが相談した時には知っていたかどうか、正直に答えてほしいわね」
「し、知らなかったです」
「ウソね」
「ほ、本当です」
「神に誓っても?」
「それはもちろん」
「これでウソをついてるなら、宮久保くんはあの世に行った時、地獄行きね」
須和田さんはうっすらと笑みをこぼす。
「とりあえず、信じてあげてもいいのだけれど」
「だけれど?」
「大野さん」
須和田さんの声に、僕は「ああ、大野さんね……」とつぶやく。
「さっき開いていた便箋に確か、『大野 綾奈』ってあったわよね?」
「やっぱり、見てた?」
「ええ」
うなずく須和田さん。となれば、隠し事はできなさそうだ。
「そういうのを持っているということは、大野さん、まだ、弥市に告ってないというわけね」
「いや、それが……」
僕は非常に話しづらい調子だったが、いずれバレるだろうと思い、教えることにした。
朝、下駄箱で大野さんを失恋させたことを。
話を終えると、須和田さんはしばらくじっとした後、首を左右に振った。
「最低ね」
「はい。そのう、最低です」
「それで便箋もまだ持ってるっていうのも最低ね」
「いや、もう、何を言われても、僕はいいかなって」
「今すぐに駅のホームへ行って、電車に飛び込んできた方がいいわね」
「いや、それはさすがに……」
「だから、大野さん。妙に元気だったのね」
須和田さんはコンクリートの地面に座り込むと、口元あたりに手を当てる。
「何となく変だとは思っていたのだけれど」
「それはまあ、僕も何となく」
「ちなみにだけど」
須和田さんはおもむろに僕と目を合わせてきた。
「わたしは何ともないというわけじゃないから」
「それは、はい……」
「休み時間にトイレで涙を流し切ったくらい」
よく見れば、須和田さんの目尻がうっすらとまだ赤く腫れていた。
「ということだから」
須和田さんは近づいてくるなり、僕の耳元へ囁く。
「弥市と曽谷先輩を別れさせるよう、協力してほしいのだけれど」
「えっ?」
唐突な頼み事に、僕は驚き、間の抜けた声をこぼしてしまう。
「お願いね」
須和田さんは立ち上がると、ブレザーのポケットから、便箋入りの封筒を盗み取る。
「これはわたしの方で預かっておくわね」
「ちょ、ちょっと」
「詳細は後でLINEで送るから」
須和田さんは言い残すと、封筒を手に体育館裏から立ち去ってしまった。
「別れさせるって、どうやって……」
僕はつぶやくなり、残っていたピザパンにかじりつく。
そもそも、弥市にバレたりしたら。
「いや、こういうのは引き受けない方がいい。面倒なことはもう関わりたくないし」
僕は声を漏らすと、ストローで紙パックにあるコーヒー牛乳の残りを飲み干すのだった。
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