2日目(金曜日)
第4話 妨害と失恋
翌日の朝。
いつもより早く家を出た僕は、自然と早足で学校へ向かっていた。
どうにも落ち着かない。
やはり、今日大野さんが振られるからか。あるいは、弥市が須和田さんに曽谷先輩と付き合い始めたことを伝えるかもしれないからか。はたまた、そのどちらもあるかもしれないと思っているからか。
「とはいえ、僕にできることって……」
通学路を抜け、校門を入り、下駄箱まで着いたところで、僕は足を止めた。
「あっ、宮久保くん」
見れば、大野さんが誰かの下駄箱を開けて、何かを入れようとしている。
僕としては場所がどこなのか、予想はついた。
「えっと、その、見なかったことで」
僕は踵を返して、校門の方へ戻ろうとした。
「ちょ、宮久保くん。いいよ、わざわざ」
大野さんの戸惑いが混じったような声に、僕は振り返る。
「でも、今してることって……」
「もしかして、宮久保くんから見て、ちょっと古風だった?」
目を合わせてきた大野さんはおもむろに何かを取り出す。見れば、手紙サイズの白い封筒だった。
一方で僕はかぶりを振り、「いや、全然そう思わないけど」と否定をする。
「というより、大野さんの気持ちを伝えるなら、どういう方法でもそれはそれでいいと思うけど」
「ベタ褒めだね、宮久保くん」
大野さんはにやつくと、封筒を持ったまま、下駄箱に寄りかかった。
距離を置いていた僕は改めて歩み寄ると、大野さんが開けたままの下駄箱を見る。案の定というべきか、弥市のところだった。
「それにしても、宮久保くんは今日早いね」
大野さんに突っ込まれ、僕は慌てて、適当な理由を思いつく。
「今日はたまたま早く起きて……」
「たまたまなんだ」
「そう、たまたまで……」
僕が口にすると、大野さんは訝しげな視線を向けてきた。
「本当は?」
「いや、だから、今日はたまたま早く起きて」
「そうじゃないよね?」
気づけば、大野さんは下駄箱から離れ、僕に詰め寄ってきていた。
「宮久保くん。正直に話してくれないかな」
「いや、僕は正直で」
「ウソだよ」
僕の言葉を遮る形で、大野さんははっきりと言い切る。
「本当はわたしの告白を邪魔しに来たんだよね?」
「い、いや、それは違うって」
「なら、どうして、今日はこんな早い時間に登校したのかなって。たまたまにしては偶然過ぎるかなって」
大野さんは明らかに僕を疑っていた。妨害をしようとか、まったく思っていないのにだ。
僕は後ずさるも、大野さんはその分、詰め寄ってくる。
「それに昨日言っていたよね? わたしの告白は『失敗する』って。あの予想を本当にするために朝早くやってきたんだね? 妨害するために」
「違う」
「なら、どうしてこんな早くに?」
「それは……」
僕は追い詰められ、大野さんから視線を逸らすも、どうにもならない。
もはや、黙っていることは無理に近かった。
「弥市に彼女ができたから」
僕の言葉に、大野さんはピタリと動きを止めた。
「ごめん。今、宮久保くんが何を言っているのか、わたしにはわからなかった」
「そのう、真間弥市に彼女ができたってことで」
「真間くんが?」
大野さんの問いかけに、僕は何回も首を縦に振る。
結局、喋ってしまった。
でも、先ほどの状況を避けるためには、黙り続けていることはおそらく無理だった。と、僕は思いたい。いや、そうでありたい。
「そっか……、真間くん、彼女できたんだね」
「まあ、その、うん」
「なら、これは不要になっちゃったね」
大野さんは言うなり、手にしていた封筒を握り潰した。
「宮久保くん」
「大野、さん?」
「ありがとう、いいことを教えてくれて。おかげでムダなことをせずに助かったよ」
大野さんは顔を綻ばせると、いつの間にか潤ませていた瞳を手で拭った。
そして、弥市の下駄箱に近づくなり、開けっ放しだった蓋をゆっくりと閉じた。
「宮久保くんには感謝しないとね」
「いや、僕は」
「ひとつ、お願いしてもいいかな」
僕の声に被せるようにお願いをしてくる大野さん。
「これ、後でゴミ箱に捨てておいてくれないかな」
手渡されたのは、先ほど大野さんが握り潰し、丸くなった一枚の封筒。
僕は「ああ、うん」と曖昧な返事とともに、それを受け取る。拒むこともせずに。
「ちょっと、外の空気浴びてくるね」
大野さんは通学靴に履き替えると、逃げるようにして、校外へ走り去ってしまった。
取り残された僕はただ茫然とし、手にしていた封筒の紙屑をポトリと落としてしまう。
今すぐ家に帰って引きこもりたい。
僕は登校をして早々、大野さんを失恋させてしまった。
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