第2話 成功と失敗

 通学路の途中にある公園は平日でも、人で賑わっていた。


 池を見れば、ボートを漕ぐカップルが何組かおり、僕は眺めつつ、ふうとため息をこぼす。


「確か、ああいうカップルは別れるっていう伝説があるんだっけ」


 不意によくあるような都市伝説を思い出しつつ、園内を歩いていく。ここを抜けて、住宅街を十分ほど進んだ先に自宅がある。


「にしても、厄介だな……」


 僕は頭を掻きつつ、どうしようかと頭を巡らす。悩むくらいなら、断れば済む話なのだが、どうにもほっとけない性格が災いしている。弥市経由で知り合って以来、須和田さんの片想い的な悩みは今日だけではない。自分なりに色々とアドバイスとかしたりするのだが、未だに結果はゼロ。そもそも、彼女ナシ歴イコール年齢の僕ではダメなはずなのだが。まあ、弥市の友人という立場から須和田さんは僕を頼るのだろう。


 だが、今回に限っては、如何せん、難しい。


 何せ、相手は僕が中学二年の時に告って振ってきた相手だからだ。気まず過ぎる。


「大野さんか……。考えれば、高校でクラス一緒になってから、話とかほとんどしたことないよな……」


 僕は記憶を探りつつ、大野さんとのやり取りがないか、改めて確かめるが、ほぼゼロ。ほぼというのは、たまたま顔を合わせたり、すれ違ったりとかで挨拶を交わしたくらいだ。となれば、気にしてるのは僕だけで、大野さんはそうではないのだろう。


「何かそう思ってくると、僕だけ気にしてるのがバカみたいに思ってくるような……」


 僕は言いつつ、自分を嘲笑いたくなってきた。


 一旦、休憩でもした方がいいかもしれない。


 というわけで、僕は周りに空いているベンチがないか、目を動かし始めた。池の周りには等間隔に置かれているのだが、どこも誰かしらが座っている。


 足を進ませつつ、このままだと公園を通り過ぎてしまうのではないかと危ぶみ始めた時。


「あ」


 僕はとっさに声を漏らしつつも、すぐに口を手で塞いだ。


 とあるベンチに、同じ高校の制服を着た女子がいた。


 しかも、知らない子ではない。


 大野綾奈。


 先ほど、須和田さんの話に出てきた、明日、弥市に告ると宣言をしていた子だ。で、僕が中学に振られた相手でもある。


 ボブカットの髪型に相まって、いつも元気そうに振る舞う溌溂とした笑顔ではない。池の方をぼんやりと眺めて、時折ため息とかついたりしている。そばには通学用のリュックがあり、ひとりで過ごしているようだ。


 これは見なかったことにして、素通りした方がいいかもしれない。


 僕は察するなり、目の前を横切ろうとせず、後ろを回って場を去ろうとした。


 が、現実というものは時として、残酷なことをするらしい。


 大野さんが不意に僕の方へ顔を移してきたからだ。


 当然というべきか、目が合ってしまう。


「あっ」


 大野さんの間の抜けたような声が僕の耳へ微かに届いてきた。


 もはや、逃げることは許されなさそうだ。


 僕はとっさの反応として、片手を挙げ、遠慮がちに会釈をする。


「宮久保、くん……?」


 大野さんに呼びかけられ、僕は自然と歩み寄っていた。


「今、ちょっと帰りで……」


「そっか。宮久保くんって、こっち方面だったね」


「まあ、うん」


 僕が曖昧な返事をすると、大野さんはリュックを膝元まであるスカートの上に乗せる。で、空いたベンチ一人分のところを手で何回か叩く。


「ちょっと話せるかなって。あっ、嫌なら別にいいから」


「いや、僕は別に……。むしろ、僕なんかと話して何かある?」


「おおありだよ」


 大野さんははっきりと言うなり、正面を向けてくる。


「もしかしてだけど、須和田さんから話聞いた?」


「それはまあ、そのう、一応……」


 僕は悩んだ末、肯定の答えをしつつ、大野さんの隣へ座ることにした。


「正直、宮久保くんはどう思った?」


「どうって、まあ、そっかっていう感じで」


「それだけ?」


 なぜか僕に詰め寄ってくる大野さん。


「それだけって、まあ、大野さんは僕とか眼中になくて、弥市みたいな男子がタイプなんだなあって」


「まあ、普通はそう思うよね」


 大野さんは言うなり、池の方へ視線を移す。


「わたしとしては、宮久保くんにどうこう言われようが、別にいいって思ってるから」


「あのう、もしかしてだけど」


「うん?」


「大野さん、僕のこと、気にしてた?」


「全然って言ったら?」


「それはまあ、そういうことなんだなって」


「自虐的だね、宮久保くん」


「まあ、実際に振られたんだから、興味すらないって思われても致し方ないなって」


「宮久保くん。少しは自分に対して、自信を持った方がいいと思うよ。振られたのは単に、わたしが宮久保くんのタイプじゃなかっただけで、他に宮久保くんが好きになりそうな子はいると思うよ」


「もしかして、励ましてる?」


「わたしはそのつもりだよ」


 大野さんは当然のごとく口にすると、ベンチの背もたれに寄りかかる。


「でも、まあ、明日になったら、逆に励ましてほしい立場になるかもしれないけど」


「それって、弥市に振られるかもしれないってこと?」


「そんな未来、わたしは見たくもないんだけどね」


 大野さんは言うなり、笑みをこぼす。どうやら、告ることに対して、自信をなくしているようだった。


「わたしの推測だけど、須和田さん、真間くんのこと、好きだよね?」


 唐突な大野さんの問いかけに、僕はどぎまぎしてしまう。


「根拠は?」


「うーん、何となく、かな」


「幼なじみだからとか?」


「それもあるかな。後は女の勘だよね。というより、普段の二人の様子を見てると、何となく」


「そういうもんなんだ」


「そういうもんだよ、宮久保くん」


 大野さんは楽しげに相づちを打つと、通学用のリュックを背負うなり、立ち上がる。


「宮久保くん、最後にひとつ聞きたいんだけど、いい?」


「いいけど」


「明日、真間くんに告って上手くいくと思う?」


「それは、相手の友人としてどう思うかってこと?」


「察しがいいね。そうそう」


 大野さんは人差し指を僕の方へ向けてきた。


「というわけで、どう思う?」


「すごく難しいんだけど」


「まあ、そうだよね。でも、わたしとしては宮久保くんにちょっと聞いてみたかったんだよね」


 となれば、僕は公園を通り抜けずに家へ帰ればよかったと内心悔やんでしまう。もう、遅いけど。


「まあ、そのう、大野さん次第かなって」


「ズルい答えだね」


「いや、やっぱり答えるのは難しいし……」


「なら、質問を変えて、明日、わたしは真間くんに告って、成功するでしょうか。それとも、失敗するでしょうか。どっち?」


「二択……」


 悩んでしまう僕に対して、大野さんは両腕を後ろに組み、じっと見つめてきている。何だか罰ゲームを受けている気分だ。というより、告る本人が何で僕なんかに結果の予測を聞くのだろうか。


 そして、僕は考えた末、答えを決めた。


「失敗する、かな」


「失敗、するんだ」


「あくまで推測だけど」


「それ、推測じゃなくて、願望なんじゃない?」


 大野さんの指摘に、僕は目を背けたくなる。図星だからだ。


 対して、彼女は特に突っ込もうとせず、「そっか」と声をぽつりとこぼす。


「なら、わたしは宮久保くんの期待を裏切って、無事に成功するように明日頑張ろうかな」


「それは、まあ、頑張って」


「失敗を願う人に応援されても何だかねえ」


 見れば、大野さんはにやついた表情で口にしていた。


「でも、宮久保くんと今日話せてよかったよ」


「よかった?」


「うん。正直言うとね、ちょっと自信なくしてたんだ。明日振られたりでもしたら、どうしようって。それでぼんやりしてたら、宮久保くんがやってきたから」


「でも、過去に振った相手と話しただけで、特に何かよかったとか思わなそうな」


「振った男子に、明日の告白は失敗するなんて言われたら、逆にやる気が出てきたというか、そんなところかな」


「なら、さっきの答えを成功するって言ったら」


「そしたら、それはそれで自信がついてやる気が出たかな」


 大野さんの言葉に、結局は二択にした意味がないんじゃという本音は伏せておいた。おそらくは、単に誰かと話をして、何かしらの自信をつけたかっただけかもしれない。ならば、その相手が僕でなくてもよかったということだ。こうして話したことがきっかけで大野さんと仲良くなるというご都合展開もない。現実は平凡だ。


「じゃあ、宮久保くん」


「うん、それじゃあ」


 僕はベンチに座ったまま、立ち去っていく大野さんに手を軽く振って見送る。リュックにつけられたアクセサリーを左右に揺らしつつ、彼女は遠ざかっていく。


 ひとりになると、公園の喧騒が今発生し始めたかのように耳に届いてくる。実際は大野さんと会話中もずっと聞こえていたはずなのだけれど。というくらい、僕は緊張をしていたのかもしれない。


 と同時に、今さらながら、須和田さんと約束をしたことを思い出す。


「ということだから、大野さんに弥市へ告ることをやめるよう、説得してほしいのだけれど」


「マズい……」


 僕は頭を抱えてしまったが、今から追いかけて、大野さんを説得といった行動力はない。いや、さっき話しただけでも色々と疲れてしまった。何せ、過去に振られた相手だからだ。


「というより、『失敗する』って答えはマズかったな……」


 僕は悔やみつつも、今さら訂正をするとなれば、格好悪いと感じ、諦めた。


 ベンチの背もたれに寄りかかり、青く澄み切った空を眺める。


「まあ、こうなれば、本当に大野さんが弥市に振られることを祈るしかないのか……」


 僕はつぶやきつつ、内心では大野さんに「ごめん」と謝罪の気持ちを抱くのだった。

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