友人が副会長と付き合い始めたけど、幼なじみは許さないようです。一方で僕を振った子はそれを注視しています。
青見銀縁
1日目(木曜日)
第1話 幼なじみと負けフラグ
二学期の中間テストが終わり、高校一年の宮久保拓斗は両腕を組みつつ、唸っていた。
「267人中134位か……」
僕はつぶやきつつ、学校の階段を降りていく。
県内有数の進学校とはいえ、いい大学を行こうとするなら、現在の成績としては物足りない。独力だけで限界なら、そろそろ塾へ通うことを考える時期かも。
「とはいえ、そこまで勉強漬けになるのもなあ……」
正直、進路についてはぼんやりしたところがある。でも、少しでも選択肢を増やすなら、やむを得ない。今後、授業も難しくなってくれば、さらに順位を落とす可能性だってあるからだ。
「まあ、こういうことは後で家に帰ってから考えよう」
気持ちを切り替え、一階にたどり着くと、下駄箱の方へ足を急がせる。
と、僕は立ち止まってしまった。
忘れ物を不意に思い出したからではない。
見慣れた人影が視界に映っていたからだ。
で、相手は僕が現れたことに気づいたのか、目を合わせてきた。
「遅かったわね」
彼女、クラスメイトの須和田楓は、僕の通学靴が入っている下駄箱に寄りかかっていた。
一方で、僕は「まあ、うん」と曖昧な反応を示しつつ、彼女の方へ近づいていく。
艶のある背中まで伸ばした真っすぐな黒髪。すらりとした背丈に大人びた顔つきは、制服を着てなければ、年上と見間違えてしまう。
「あのう、須和田さん」
「相談があるのだけれど」
「そのう、譲ってくれないかなって」
「強気ね」
須和田さんはぽつりと声をこぼすも、体をどかす気配すらしない。となると、相談とやらを受けないとダメだということのようだ。
僕は再びため息をつくと、「相談って何?」と切り出す。
「弥市のこと」
「弥市が何か?」
「明日、告られるかもしれないから」
須和田さんは言うなり、明後日の方角へ顔を動かす。
弥市こと、真間弥市はクラスメイトであり、須和田さんの幼なじみだ。僕にとっては学校で初めてできた友人でもある。
で、須和田さんとは弥市経由で知り合った仲だ。というより、弥市と友人でなければ、関わることはなかったかもしれない。
本題は弥市が明日、どこぞの女子に告られるという話らしい。
「それはまあ、弥市はモテるからね」
「そうね」
「マズいんだよね?」
「マズいわね」
「なら、先に須和田さんが告れば」
「それができるなら、とっくにもうしてるわね」
澄ました顔をして返事をする須和田さん。
そう、須和田さんは幼なじみに絶賛片想い中だ。小学校の頃かららしい。
「弥市に告る相手は、あなたがよく知ってる人だから」
「よく知ってる人?」
「大野綾奈」
須和田さんの挙げた名前は、同じクラスの女子だった。
だが、僕にとってはそれだけの存在ではない。
「そうなんだ」
「やけにあっさりとした反応ね」
須和田さんは一瞥するなり、声を漏らす。
「昔振られた子のことはもう、何の興味もないっていうわけね」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「なら、あえて興味のないフリをしたっていう解釈をしとくわね」
須和田さんは言うなり、僕と正面を合わせてくる。
「ということだから、大野さんに弥市へ告ることをやめるよう、説得してほしいのだけれど」
「はあ……」
僕にとっては無茶振りに近い頼み事だ。だいたい、過去に振られた子へお願いをするなんて、何の罰ゲームだっていう話だ。
「断ったら?」
「そうね。明日の朝、どこかの路線が人身事故で止まるかもしれないわね」
「冗談、だよね?」
「わたしは変に冗談を言うような男子は嫌いだから」
須和田さんは淡々と口を動かすと、下駄箱から体を離す。
「そういえば、中間テストの順位、聞いてなかったわね」
「今の話の流れでそこ聞く?」
「ええ」
即答する須和田さん。僕は気乗りしないつつも、先ほど階段でつぶやいていた順位を教える。
「中の中ね」
「そうだね」
「わたしは267人中9位ね」
「相変わらずのトップテン入りで」
「その言葉、あまり嬉しくないわね」
「それはどうも」
僕は軽く受け流すと、上履きを脱ぎ、下駄箱から入れ替えに通学靴を外に出す。
「ちなみに弥市は」
「267人中4位」
「よく知ってるわね」
「今度、弥市に勉強教えてもらおうかなと」
弥市は生徒会の庶務とかで忙しそうだから、実際は塾に通うか考えているのだけれど。
「なら、わたしが教えてあげてもいいけど」
「遠慮しときます」
「返事が早いわね」
「その代わり、色々と何か頼まれそうだし。今みたいなこととか」
「そうね」
悪びれもなく肯定をする須和田さんは相変わらずだ。そういう図太さを弥市の前でも出せればいいのにと内心思ってしまう。
僕は通学靴を履き終えると、学校の鞄を肩に提げ直し、視線を移す。
「阻止できるかどうかわからないけど、善処するってことで」
「善処はダメね。弥市がわたしの前から離れるっていうのは現実的にどうしても避けたいから」
「なら、大野さんに直接言えば」
「その大野さんが言ってきたから」
須和田さんの言葉に僕は思わず振り返ってしまう。
「大野さんが直接?」
「ええ」
「つまりは、幼なじみ相手に告ることを堂々と宣言してきたと」
「正直驚いたけど」
須和田さんは再び下駄箱に寄りかかると、両腕を組む。
「あれは明らかに、わたしに対する挑戦状みたいなものね」
「そんなに挑戦的だった?」
「ええ。開口一番、『須和田さんは真間くんと付き合っているんですか?』と聞いてきたから」
「それは単に確認のために聞いただけじゃ」
「それでも、わたしにとっては挑戦的な言葉にしか聞こえなかったわね」
「で、答えは?」
「そこは聞かなくてもいいと思うのだけれど」
不満げな反応を示してくる須和田さん。どうやら、正直に事実を伝えただけのようだ。
「でも、弥市が振ることだってあるかもしれないし」
「それは弥市がOKすることだってあるかもしれないということになるわね」
「まあ、そうだね」
僕はうなずくと、須和田さんに背を向け、そろそろ場を去ろうと昇降口へ向かおうとする。
「それなら、宮久保くんが大野さんに告って成功する可能性もあるというわけね」
「ほぼゼロだと思うけど」
「ほぼということは成功する可能性はあると認めるわけね」
「僕はそこまで博打とかしたくないし。まだ、須和田さんが弥市に告る方が確率高いと思っているけど」
「それはわからないわね」
「幼なじみは負けフラグだから?」
「意味がわからないわね」
変に笑みをこぼす須和田さんに対して、僕は「まあ、フィクションならね」と声をこぼす。
「今度、何か奢るから」
須和田さんの声を尻目に、僕は校舎を後にした。
どうやら、塾のことよりも、大野さんをどう説得すればいいか、考える必要がありそうだ。
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