Return trip
『あ〜!ようやく授業終わった……。面倒くせぇ………』
「折原くん、お疲れ様」
『帝人くんもお疲れ』
前の席の帝人くんが、ふふふと笑う。
授業終わり、オレが弱音を吐いて帝人くんが拾ってくれるのが恒例となっていた。
帝人「折原くんは授業受けなくても勉強できそうだもんね。どうしてそんなに頭がいいの?僕も教えてほしいな…」
帝人くんの発言にぎくりとする。
(まさか、現世では高2でした、なんて言えないし……)
悩んだ挙げ句、オレは適当に誤魔化すことにした。
『結構昔から親が教育ママでさ。オレが教えられる事なら教えるぞ?』
帝人「結構教えてほしいかも……その時はよろしくね」
『ま、オレに頼るより杏里ちゃんに教えてもらった方が良いのじゃないとは思うけどな?』
ニヤッと意地悪な笑みを浮かべながらそう言うと、帝人くんはわかりやすく慌てた。
帝人「ちょっと!折原くんまで正臣みたいな事言わないでよ…!」
『ははっ、ごめんごめん。でもさー、杏里ちゃん可愛いからなー。帝人くんが行動しないならオレが頂いちゃおうかなぁ』
帝人「えっ!?」
『杏里ちゃん〜!一緒に帰ろ!』
前の席にいる杏里ちゃんに声をかけると、驚きながらもふんわり笑ってこくりと頷いてくれた。
その様子を見た帝人くんが慌てた様に席を立ち、「園原さん折原さん、僕も一緒にいいかな!?」なんて声を上ずらせながら言った。
(いやぁ、帝人くんはイジり甲斐があるなぁ)
ふっと笑いながら、三人で帰る準備をする。
正臣にもLINEで連絡したが、今日はどうやら用事があるらしく先に帰ったとのことだった。
帝人「そ、園原さん。今日はいい天気だね!?」
杏里「えっ!?あっ、はい…そうですね…?」
オレがけしかけてしまったのがいけないのか、帝人くんはとにかく杏里ちゃんに話しかけようとアタックはしている物の内容がなさすぎて見ているこちらが可哀想になってくる。
駄弁りながら校門を抜けたとき、目の前に何処かで見たチンピラとガングロギャルが現れた。
(あれ、このイベントここで来るか。早いな…)
ぽかんとしている二人をおいて、一歩前に出る。
『久しぶり。何か用か?』
ガンクロギャル「やっぱり会えた。アンタたち、あの黒い男と仲がいいのよね?彼奴が私のスマホにした事、忘れたとは言わせないわ」
帝人「えっ…」
『仕返しに来たって事か?わざわざ弱者を狙いに来るなんて酷いな』
男「アァン”!?」
少し抗議をしただけなのに、目の前のチンピラは逆上して近くに居た男の肩を掴む。
その途端、音もなく駆けつけた黒い影が男の頭を蹴り飛ばす。
男「ごふぁっ!?」
男はその場に倒れる。
そんな男に追い打ちをかける様に校門の影から現れた臨也さんが男の背中を踏みつける。
「い、臨也さん…!?」
「く、首無し、らいだー…?」
帝人くんと杏里ちゃんは、突然現れた臨也さんとセルティさんに目を見開く。
二人の登場に、ガングロギャルたちは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。
『臨也さん。どうしてこんな所に』
臨也「愛しの従弟を迎えに来たのさ。良いお兄ちゃんだろう?」
『ははっ、ご冗談を』
全く取り合わないオレに肩を竦めた臨也さんは、今度は爽やかな笑みでギャルたちに向き直る。
臨也「それにしても久しぶりだね、君たち。黒い男ってのは俺の事かい?嫌だなー。もっとかっこいい美青年とかでいいじゃん。俺は素敵で無敵な情報屋さんの折原臨也だよ?」
ウィンクをしてピースをする臨也さんは、とてもあざとく見えた。
臨也「でも――」
そういうと、臨也さんは男の上でぴょんぴょんと跳ね始めた。
臨也「ありがとう。俺が女の子を殴る趣味が無いからって、わざわざ男を用意してくれるなんて!何て殊勝な女の子だろう!」
ギャル「っ…!」
ギャルは声にならない悲鳴を上げながら後ずさる。
臨也「彼女にしたいけど、ゴメン。キミ、全然タイプじゃないし、俺には好きな人がいるから」
その時、パチリと臨也さんと目が合う。
彼はニコッと爽やかな笑みを浮かべたが、オレには彼の真意がわからず訝しげに首を傾げた。
(それにしても、臨也さんでも恋愛とかするんだ。好きな人って……もしかして“俺の好きな人は全人類☆”みたいな?)
……なんだか有り得そうだと一人で苦笑した。
臨也さんの奇怪な行動に恐れをなしたギャルは、未だに臨也さんのもとで伸びているチンピラを置いて逃げていってしまった。
臨也「あーあ、残念」
男の上に乗りながら、臨也さんは方向転換をして帝人くんに話しかける。
臨也「前回はシズちゃんの邪魔が入ったけどさ、今日こそはゆっくり君と話したいんだ」
後ろに居たセルティさんもPDAを見せる。
帝人くんは、セルティさんを見た瞬間、ビクリと肩を震わせて
帝人「あ、あの、僕ちょっと用事思い出しちゃって!園原さん、折原くん、じゃあね!」
走り去っていってしまった。
セルティさんはバイクに乗ってそれを追いかけて行ってしまった。
(臨也さんも追いかけるのかな?じゃあオレは杏里ちゃんとラブラブランデブーなデートでも……)
そう思って杏里ちゃんとその場を立ち去ろうとするオレの腕を臨也さんが掴んだ。
(?)
不思議に思う暇もなく、オレは臨也さんの腕中へ。
(最近よく抱きしめられるけど、ハグフェチなのだろうか……)
臨也さんは男から降りて、オレの頭に顎を乗せる。
臨也「あらら、お友達逃げてっちゃったね?可哀想」
そう言いながら、臨也さんは靴で男の背中をぐりぐりと押さえつける。
ちょっと可哀想かな、なんて思うが、胸倉掴まれた手前、助ける義理もないだろうとその光景をぼーっと見つめる。
臨也「それにしても――」
オレのつむじに軽いキスを落として、臨也さんはオレから離れる。
かと思うと、男の脇腹をガンッと蹴って男の手首を掴んだ。
臨也「俺の深夜に手を出すのはいただけないなぁ。本当は君の指一本一本切り落としたいんだけどね?」
いつの間にやら取り出したバタフライナイフを片手に、底の見えない黒い笑みを浮かべながら不気味な事を言う彼。
『ちょっと、流石にそれはやりすぎじゃ……』
慌て始めたオレを見て、臨也さんはくすっと笑う。
臨也「深夜はそんな事望んでないみたいだから、これで勘弁してあげる」
そう言って、ゆっくりとナイフの刃を男の手のひらに沈ませていく臨也さん。
切られた跡からはぷっくりと赤い血が溢れてきた。
『い、臨也さん…?』
怖くなって声をかけるけれど、返答はない。
殺す気はなさそうだが、何をしたいのか全くわからなくて変な冷や汗が止まらない。
ビクビクとしながらもその行為が終わるのを待つ。
数十秒経っただろうか。
満足した臨也さんは、気絶している男の手のひらを私に見せつけてきた。
『のろ…い?』
男の手のひらには、“呪”と簡潔に書かれていた。
『なんッスかこれ……』
呆れたように質問すると、臨也さんは悪戯が成功した子供のように笑った。
臨也「はは、俺の深夜に暴力した罰」
『暴力って…肩掴まれただけですけどね』
臨也「ちょっとビビらせてみようって思ってさ。ま、いい気味だよ」
臨也さんはそう言って立ち上がると、再びオレの手を握った。
臨也「さ、じゃあ俺たちも二人を追いかけようか」
『はっ?オレも?』
臨也「まぁまぁ。面白いものが見れると思うから、黙ってついてきなよ。じゃ、深夜借りるね、園原杏里ちゃん!」
杏里「えっ、えっ?」
杏里ちゃんと気絶した男、大量の野次馬をその場において、臨也さんはオレの手を掴んで走り出した。
臨也さんは裏道のようなところばかり歩き、気づけば帝人くんとセルティさんのすぐ後ろにつく事が出来た。
(近道知りすぎだろ…チートじゃん……)
改めて折原臨也は恐ろしいと思いながら、後をついていく。
目の前では帝人くんが歩いていて、その後をセルティさんがバイクを押しながら追っている。
ちらりと隣を見ると、臨也さんがセルティさんのマネをしてブンブンと楽しそうにバイクに乗るふりをしていた。
(〜〜〜〜っ!!)
咄嗟に目をそらす。
(何あの可愛い生き物…!)
現世では推しキャラだった折原臨也。
画面越しに見ていたのでさえ可愛くて悶えてしまっていたのに、目の前でそれをされては心臓が止まってしまいそうになる。
かぁっと頬が赤くなったのが自分でもよくわかり、彼には見られまいと急いで顔を背けた。
――そんなのであの折原臨也を騙せるはずなど無かったけれど。
臨也「深夜?どうしたの?」
臨也さんが様子のおかしい私に声をかける。
『あっ、ちょっと…今顔見ないでくれッス…』
「…ふぅん?」
不思議そうにした後、ニヤッと笑った臨也さんはオレの顔を覗き込んだ。
『わっ、ちょっ!』
赤い瞳と目があって、更に体温が上がる。
臨也「どうしたの深夜?何に照れてたの?」
ニヤニヤとしながら迫ってくる臨也さんに、オレは先程の光景を思い出して緩む口元をそっと右手で隠した。
『い、いや…』
臨也「俺に教えて?」
ジリジリと距離を狭まれ、最終的には住宅地の石壁に追い詰められる。
口調は柔らかいが、自白するまで問い詰めると言ったような臨也さんの尋問に耐えられなかったオレは、諦めて白状することにした。
『い、臨也さんが可愛かったから……エアバイクしてる臨也さんが可愛かったからッス!』
真っ赤になりながらそう言うと、臨也さんはポカンとした後クククッと笑った。
『なんで笑うんですか!』
臨也「いやいや、いつも塩対応な君がそんなことで萌えてるのが新鮮で面白くてさ」
『もう忘れて下さい……』
臨也「やっぱり照れてる君は面白いね」
『そこはカッコイイって言ったほうがポイントアップですよ』
臨也「深夜がカッコイイのはいつもだよ」
『なッ…!?』
ニコっと笑う臨也さんを見て完全に弄ばれているなとため息をつく。
(それにしても、なんか最近臨也さん雰囲気が甘くない…?オレの気の所為…?)
下らない会話をしているうちに、どうやら帝人くんの家についたようだ
帝人「ええと、僕の部屋はココの一階にありますけど……いい加減に説明して下さい。貴方達は一体何者なんですか?」
帝人くんの問いかけに、セルティさんはPDAを取り出して答える。
オレ達からは見えないけれど、おそらく首を探している事を言っているのだろう。
その後、セルティさんがヘルメットを脱ぐ。
帝人くんは一瞬驚いて強張った顔をしていたけれど、すぐに納得したように頷いた。
話が終わると、臨也さんが二人に近づく。
オレも彼の後を追った。
オレに気がついた帝人くんが驚いた様にこちらを見る。
帝人「折原くん!?どうしてここに…?」
『あー……オレは臨也さんに連れてこられただけだから気にするな…』
帝人くんは不思議そうな顔をしながらその視線をそのまま臨也さんに向ける。
臨也「俺の用事は後ででいいや」
臨也さんは愉しそうに口元を弧の様に歪めながら成り行きを見届けている。
帝人「……わかりました。とにかく、ここで待っていてください。事情を説明するより先に、セルティさんの姿を見られて、私があの人に裏切り者だと思われるのは嫌ですから」
そういって帝人くんは部屋の中へと消えた。
セルティ【……臨也】
オレと臨也さんを見たセルティさんは少し怒ったように臨也さんにPDAを向けた。
臨也「なんだい、運び屋」
【一昨日の出来事は私も知っている。お前が何をするにも勝手だが、深夜くんを巻き込むのはやめろ】
オレもPDAを覗き込むが、セルティさんの言葉にじーん、と胸が暖かくなった。
(心配してくれるのって、やっぱり嬉しいな)
臨也「運び屋が口を出すなんて珍しい」
セルティ【深夜くんは私の友達だからな。お前に巻き込まれてボロボロになる姿なんて見ていられない】
臨也「まるで人間の様な事を言うじゃないか」
臨也さんはからかうように笑った後、少し真剣そうな顔でこういった。
臨也「確かに、深夜を巻き込んだのは申し訳ないと思ってるさ。今後はああ言う事はしないと誓うよ」
その言葉と同時に、臨也さんはオレの頭をわしゃわしゃと撫でる。
セルティ【……そうか】
『因みにオレは臨也さんの事信じて無いッスよ』
撫でられながらも頭上の彼を見上げる。
オレの言葉が予想外だったのか、臨也さんとセルティさんは少しだけ目を丸めた。
『色々支えてもらって感謝はしてるッス。でも信頼はしてませんから』
臨也「ははっ、そりゃ手厳しい」
少しムッとしたような表情でそう告げると、臨也さんは心底楽しそうな表情で笑った。
臨也「それにしても、ちょっと遅くないかい?」
臨也さんの言葉を聞いて、玄関口をじっと見つめる。
決して遅すぎるという訳ではないので説得に時間がかかっている可能性もあるが、オレは作中で帝人くんが襲われて居る事を知っている。
『臨也さん、行きましょう』
オレは臨也さんの手を取って帝人くんの部屋の前まで行く。
わかってはいたが、やはり部屋には鍵がかかっていた。
臨也「深夜、下がってて」
そう言われて、素直に下がる。
臨也さんはその細長い脚でドアを蹴破った。
(アニメでも思ったけど、やっぱりかっこいい…!)
臨也「はは、惚れた?」
『かっこいいとは思ったッス』
そんな軽口を叩きながら、帝人くんの部屋へ押し入る。
中では清掃スタッフの様な姿をした男二人が帝人くんを床に押さえつけ、永遠と尋問をしていた。
多分美香ちゃんを探しているのだろう。
男の一人がオレ達の存在に気づき、二人は窓から飛び降りて傍らにおいてあったバンにのって逃げ出した。
セルティさんがそれを追おうとして、それを臨也さんが静止する。
臨也「いいよ。あのバン、見覚えがある。矢霧製薬のだ」
『矢霧製薬…?』
知ってはいるが、そう問いかける。
臨也「そう。最近落ち目で、外資系に吸収される寸前の木偶会社」
帝人「矢霧って……」
そう呟いた帝人くんは、何かを悟った後――心の底から愉しそうに口元を歪めた。
その表情はどこか悪巧みをしている臨也さんに似ていて、オレは背筋に何か恐ろしいものが這う感覚に襲われた。
(普段温厚そうな人の豹変ほど、怖いもんは無ぇよな…)
帝人くんは自身のパソコンに飛びついて、カタカタとせわしなく指先を動かしている。
臨也「正直、疑い半分だったんだが――」
声色に興奮を乗せて、臨也さんがそう呟く。
オレが目線を上げると、そこには顎に手を当て、楽しそうに目を輝かせる臨也さんが居た。
不思議そうに待機しているセルティさんと三人で、帝人くんの動向を見守る。
しばらくして、帝人くんは意を決したような顔をして立ち上がった。
帝人「お願いです。少しの間だけ私に協力して下さい。
――駒は、私の手中にあります」
彼の言葉に、こくりと息を呑む。
彼の纏うオーラは完全に、ダラーズの創始者のそれであった。
臨也「大当たりだ!」
臨也さんは自分の推理が当たった子供の様に嬉しそうに私の肩を叩いた。
『帝人…くん?』
豹変した帝人くんが少し恐ろしく感じて、オレは彼の名前を呼ぶことしか出来なかった。
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