First meeting
目の前で三人がこれからのイベントについて話し合っている中、オレはその光景を呆然と見つめていた。
話の途中に出てくる“ダラーズ”、“矢霧製薬”、“人身売買”、“集会”……。
全てにおいて知っている言葉だが、オレは知らないフリを突き通す。
しばらくして会議が終わった様に、三人が散る。
臨也「さ、いこうか深夜」
臨也さんがオレの手を取る。
『えっと……どこにッスか?』
臨也「面白いものを見せてあげる」
目の前の男はとびっきりの笑顔で笑った。
◯
◯
◯
東急ハンズの元で帝人くんがスマホをいじっている。
そんな彼の姿をオレと臨也さんは少し離れた所から見ていた。
臨也「深夜は俺から離れないでね。この時間だと補導されても困るし」
『わかったッス』
きっと人が集まるまで時間があるだろうと、ぼーっと空を見上げる。
綺羅びやかな都会の輝きによって、星の存在はかき消されていた。
真っ黒く吸い込まれてしまいそうな空が頭上に広がっていた。
(現世は今、どうなってるのだろうか…)
同じ空の下、なんて言うけれど、オレは向こうの人達と同じ空を見ているのだろうか。
おそらく向こうは震災で大変な事態に陥っている事だろう。
(オレ一人の存在が消えた所で、殆どの人には気づかれない)
大勢の行方不明者の一人だろう。
(……それとも、死んでるのかな)
ゆっくりと瞼を下ろす。
難しいことを考えるのはやめだ。
戻ればわかる事だ。
その時、オレの耳をつんざくようにけたたましく大量のスマホの通知が鳴った。
びっくりしてパチリと目を開く。
隣の臨也さんは楽しそうにスマホを見つめながら、こう呟いた。
臨也「思った以上だ。楽しいよ!」
周りに目をやると、先程の比にならない程の人が道路を埋め尽くしていた。
学生から主婦、リーマンまで。
共通点の無さそうに見える人々が一箇所に集まり、同時にスマホを見ている光景はとても異様だった。
(これがダラーズ…ホントに…)
すごいグループだ。
初めは身内で作ったネットチームだとは思えない程に。
その光景に呆気にとられていると、不意に肩を叩かれる。
臨也「深夜、これ見て」
臨也さんがスマホを見せる。
そこには確かに創始者からのお言葉が映し出されていた。
◯
◯
◯
From:admin@do11ars.jp
Subject:指令
今、携帯のメールを見ていない奴が敵だ。
攻撃をせず、ただ静かに見つめろ
そのメールを見て、ハッとする。
先程帝人くんがいた場所に視線を送ると、そこにはもうひ一人、ロングヘアの美人がいた。
(……波江さん…!)
波江「なッ、何なのよこいつらッ!」
波江さんは周りの視線に耐えきれないと言ったように甲高い声で怒鳴った。
その時、同時に都会では聞くはずもない馬の嘶きが聞こえた。
人々がつられて空を見上げる。
そこには愛用の黒バイク――シューターでビルを駆け下りるセルティさんが居た。
オレもじっとセルティさんの姿を見つめる。
人々の合間に降り立ったセルティさんは、まさに勇敢な主人公のようだった。
――吹っ切れた!私にはクビがない!私は化け物だ!多くを語る口も情熱を伝える瞳も持たない!だが、それがどうしたというのだ!
誰かの叫びが聞こえた気がした。
否、声の主はきっと目の前の妖精だ。
波江さんのボディーガードがセルティさんに襲いかかる。
それらをすべて影の鎌で受け止めるセルティさん。
その時、男の攻撃が当たりセルティさんのヘルメットが脱げた。
カタリ、と、地面にヘルメットが落ちる音が、やけに大きく聞こえた。
目の前の人の形をした首無しライダーに、人々は息を呑む事しか出来ない。
オレも、ごくりと息を呑んだ。
――私はここにいる。確かに存在する!目がないというのなら、我が行状の全てを刮目して見るがいい!
――私はここにいるぞ!私は生まれた!私の存在をこの町に刻みつけるために!!
オレはセルティさんの叫びに胸を揺さぶられた様な感覚に襲われた。
かっこいい。
ただそっと、そう思った。
その時、別の方向で悲鳴が上がった。
そちらに視線を向けると、誠二くんが帝人くんにメスを向けていた。
先程の悲鳴に事の事態を理解したセルティさんが、間に入り、代わりに刺される。
痛そうだとオレは思わず目をぎゅっと瞑る。
誠二「こんなので……僕らの愛の力は止められない…!!」
再びメスを構えた誠二くんに対し、セルティさんは影の鎌を振るった。
誠二くんは苦痛に顔を歪めながらも、その場に留まり届ける。
誠二「きかないっ!痛みはあるが忘れるっ!俺と彼女の生活に痛みは必要ないっ!だから、今この場で受ける痛みに痛みを感じないっ!!」
動じない誠二くんに、セルティさんは息を呑んだ様に一歩下がった。
誠二「愛を言葉に置き換える事なんか出来はしないっ!だから俺は行動で示すっ!彼女を守るっ!」
彼の言葉に、オレは少しだけ感動した。
たしかに彼の行動は異常だし、許される事じゃない。
けれど、これ程までに誰かを愛せる誠二くんが羨ましいと思った。
いつか、オレにもそんな相手が現れるだろうか。
ぼぅっと彼の言葉に耳を傾けていたとき、隣で臨也さんがくくっと笑った。
『どうしたんッスか??』
臨也「ははっ、いやいや。滑稽だなと思ってさ。あんなふうに愛を語っている相手は、君が本当に愛した人じゃないのに。……あぁ、人でもなかったか」
『…?』
臨也さんは後半の方は独り言のように呟いていた。
オレは一瞬、臨也さんが何を言わんとしているのか全くわからなかったが、おそらく庇っている女の首は偽物だと言っているのだとようやく理解した。
目線を彼らに戻そうとしたとき、女の子の叫び声が聞こえた。
???「やめてぇぇぇッッッ!!!!!!!」
――綺麗な顔をした女の人だった。
(あれが……セルティさんの顔)
実際にはセルティさんの顔を模倣したもの、だが。
あれほど美しいのだから、誠二くんが惚れてしまうのも仕方がないと思ってしまった。
それくらい、魅了させる顔だった。
「セルティ…?」
誠二くんの言葉に、セルティ……いや、張間美香ちゃんは苦しげに事情を話した。
セルティさんは彼女の顔が本当の自分の首でない事がわかるとどこかへ去ってしまった。
突然の出来事に、周りの人々は未だ放心状態だ。
もちろん、誠二くんも。
その隣に、見慣れた影を見つける。
驚いて横を見ると、先程までオレの隣りにいた男はいつの間にか居なくなっていた。
(いつの間に……)
美香ちゃんの首が本物でないと絶望する誠二くんに、臨也さんはトドメを刺すかの様にこう嘲笑した。
臨也「ま、キミは本物と偽物の区別もつけられなかったって事で。アンタの愛はその程度って事だね、ご苦労さん」
――ホントに、性格の悪い人だと呆れた。
これからきっと、彼は帝人くんに「本当に日常から脱却したければ 常に進化し続けるしかないんだ」みたいな事を言うんだろうな。
本当はそのシーンも目に焼き付けてみたかったけれど、オレは早く自宅へ帰らなければ。
遠くで機嫌の良い臨也さんを放置して、タクシーを捕まえる。
――早く帰って寝てしまおう。
起きていたらおそらく、オレは波江さんと対面する事となるだろう。
そうすれば、セルティさんの首について私も事情を知る羽目になる。
(ヴァルハラがどうのって話も聞かされることになる)
セルティさんの首が臨也さんの場所にある事を知ってしまったら最後、オレはきっと“黒幕”側から逃れられない。
セルティさんにずっと嘘を付き続けなければならないことになる。
(……ま、こうやって物語の進み方を知ってもなお知らない顔をしているだけで、十分彼らを裏切ってるのかもしれないけど)
少しでも自分の罪悪感を減らしたい。
自己中心的な理由だと自分で呆れるが、オレにはこれ以外の良い手段が思い浮かばない。
もしかしたら、波江さんが来たら今すぐに首をセルティさんの場所へ持っていくことがハッピーエンドへの近道かもしれない。
(でも、それで物語が恐ろしい方向に変わってしまったら…?)
苦しい。
幸せなシナリオにしたい、だなんてほざいておきながら、結局一歩踏み出すことを躊躇ってしまう。
(弱虫なオレにできる事は、物語を根本からひっくり返してしまうことじゃねぇ。少しずつ、小さな出来事から物語を変えていく事だ)
ウダウダ言っていたって何も変わらねぇ。
まずはできる事から着実にやっていこう。
これからの不穏な未来へ、グッと拳を握って闘志を燃やした。
臨也side
波江さんとのやり取りを終えて、彼女を家に帰す。
それと同時に、俺は深夜の寝室へと向かった。
眠っている彼を起こさないようにゆっくりとドアを開けると、無防備にスヤスヤと眠っている深夜を見つけた。
サラサラの髪の毛にそっと指を通す。
髪の毛を指で掬うと、深夜の髪の毛は指の間からゆっくりと落ちていった。
臨也「まさか、先に帰っちゃうなんてびっくりしたよ」
眠っている彼に語りかけるように独り言を漏らす。
臨也「深夜にもセルティの首を見せてあげたかったんだけどね」
まぁ、深夜をこちら側へ引き摺り込むのはまだ早いかもしれない。
臨也「もっと彼らと仲良くなって……その友情を引き裂こうとしてるのが俺と知ったら、君はどんな顔をするんだろうね」
きっと深夜の事だろう。彼らの為に恐ろしい程怒るかもしれない。
でもそれって――。
臨也「――ちょっと、嫉妬しちゃうなぁ」
柔らかな深夜の頬に手を添えて、言う。
臨也「君は、俺がしようとしている事を知ったら、俺から離れていっちゃうのかな」
先程波江さんに言われた言葉を思い出す。
“あなたは人間が好きでも多分人間はあなたの事大嫌いだと思うわ”
臨也「…心外だなぁ。俺はこんなにも愛してるのに」
そうぽつりと零し、俺は部屋を去る。
リビングへ戻ると、お気に入りの盤面の前に腰を下ろした。
チェスとオセロと将棋が混在した世界。
その盤面の中、黒のオセロに周囲を囲まれた白のオセロがあった。
挟まれた白のオセロは、周りが黒だろうと、決して己が黒になることはない。
臨也「……君を黒に裏返すのは、もう少し先、かな」
臨也は孤立した白オセロに人差し指をそっと乗せて、愛おしそうにそれを眺めた。
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