信者
慣れた手付きで自宅となった新宿の高級マンションへと入る。
(そういえば、結局昨夜から一言も話せてねぇな…)
昨夜の出来事を思い出しながら最上階へと向かう。
昨日の不思議な出来事、学校でも少し考えていたけれど――。
(――やっぱり、ただオレを宥めて手駒にするためだよな)
オレの知る折原臨也は傷を負った女子高生を見て罪悪感を感じる良心なんて持ち合わせていないし、彼の人心掌握術は感心するほどだし。
結局、昨日のも臨也さんの手札のうちの一つだろうということで結論は落ち着いた。
(でもやっぱり、何となく話しにくいな)
そんなことを考えながら、ドアに手をかける。
『ただいま』
小さな勇気を振り絞ってそう挨拶をする。
――が、家主の姿はそこには無かった。
『臨也さん…?』
思わず拍子抜けしてしまう。
それと同時に、少しだけ安心してしまった。
きっと仕事だろうと特に気にせずにいると、テーブルの上に置きメモがあった。
【緊急の用事が入ったから少し留守番してて。君が帰宅して少ししたら戻れるはずだから。 臨也】
『…なるほどな』
丁寧にこんな物を書いてくださるとは。
とりあえず、仕事という予想は当たっていたようだ。
留守番、という表現を使っているという事は外には出ない方が良いのだろうか?
池袋や新宿をぶらぶらする選択肢はなくなった。
『暇だ〜。とりあえず勉強でもするか』
2階にある、臨也さんから頂いた個室の勉強机に参考書を広げる。
高1の復習は学校の授業でできるので、既に高2・高3の参考書を帰りに書店で買ってきた。
『どうせなら良い大学行ってみたいし』
もしかしたら、大学受験より先に現世に戻れる日が来るのかもしれないが。
(まぁ、それはそれで。ここで勉強した事が無駄になるわけじゃないしな)
そんなふうに思いながら新品のノートを開き、参考書の問題をノートに写していく。
しばらく集中して勉強を進めていると、インターホンが鳴る。
オレの集中力はそこで途切れる。
『ふうー、結構進んだな』
それにしても、来客とは誰だろう。
四木さんや赤林さんとか、裏世界の人だったら嫌だなと思いながら一階へと降りる。
とりあえずインターホンを覗き込んで誰がやってきたのか確認することにした。
『はっ?』
そこに移っていたのは想像していたような怪しい人物でも、顔に傷があるような屈強な男でも無かった。
画面の向こうに居たのは――。
『――女の子…たち?』
不思議に思いながらも、危険ではなさそうなので応答することにした。
『はい、折原です』
女の子「臨也さんっ!新しいカップケーキ作ったので是非食べてほしいです!」
女の子「臨也さん、デート行きましょ!」
女の子「臨也さん、先日のお礼に……」
…。
……。
………。
(――待て待て何!?!?)
『あの〜、すんません。臨也さんは現在外出中でして…』
そう断りを入れた瞬間、向こうの女の子たちが黙り込む。
そうして唐突にこういった。
女の子「あなた、臨也さんの何?」
(…は?)
何、とは一体どういう意味だろうか。
『……えっと、臨也さんに用事があるなら伝言しますが?それか、中で待ちます?』
彼女たち3人は何かを相談しあった後、中に入れて欲しいと言った。
(あんまり家に上げたりしたらいけないのかな)
そう思いつつも、臨也さんと知り合いそうだし大丈夫だろうとドアを開けた。
『えと、じゃあ適当にソファーに座って待っててもらってもいいですか?』
無難にそう言うと、女の子の一人がオレをじっと見つめたあと、そっと頷いた。
(…?)
不思議な子達だと思いながらも、とりあえずお茶を淹れる。
(臨也さん、早く帰ってこねぇかなぁ…)
人見知りのオレには、知らない人と同じ空間にいるというのはなかなかに苦痛だ。
特に話題もないとなればそれこそ。
とりあえずソファーに座っている女の子の目の前に湯呑みを置いていく。
くるくるのツインテールを巻いてリボンを付けた可愛い子がこちらを睨んでくる。
けれど、話しかけてくる様子はない。
(うーん、気まずい……そもそも、どうしてオレ睨まれてるんだ…)
不思議に思いながらも、立ち上がる。
客人をほっぽりだすのもどうかと思うが、そろそろ夕飯の準備をしなければならない。
臨也さんもそろそろ帰ってくるだろうとキッチンへ向かおうとすると、先程のお人形さんのような女の子に手首を掴まれる。
『…えっと?』
女の子「あなた、臨也さんの何?」
先程と同じ質問を、もう一度された。
そばにいる元気そうな子と、大人しそうな子も、じっとこちらを見ていた。
『どういう意味ッスか?それとオレは男です…』
本当に意味が分からなかったのでそう問い返すと、女の子は苛ついたようにオレの手を振り払った。
「臨也さんの彼女かって聞いているの!えっ?男の人」
『……はぁ?』
彼女の言葉を聞いて出てきた第一声はそれ。
帝人くんといいこの人達といい、何故オレを彼の彼女にしたがるのか。
オレは呆れたように弁明を始めた
『とりあえず落ち着いて下さい』
感情が高ぶっている彼女を宥めてソファーに座らせる。
誤解を解こうと口を開けかけたとき、ガチャリと音がした。
臨也「ただいまー、深夜?」
『あ、いざ…』
女の子「臨也さんっ!」
女の子「臨也さん……!」
女の子「お邪魔してます」
声を掛けようとしたら信者の子達に遮られる。
臨也さんは一度目を丸めたあと、仮面のような作り笑いを浮かべた。
臨也「あれ、どうしたの?」
女の子「臨也さんのためにカップケーキを作ってきたんです!食べてほしいなって思って」
女の子「私は臨也さんとデートに行きたくて!」
女の子「私は先日のお礼にとこれを……」
女の子たちのマシンガントークに偽物の笑顔を浮かべながら付き合う臨也さん。
よく相手できるなぁ、なんて思いながら彼らの横を通り抜け、夕飯の準備をしようとした。
その時、何者かに手を引っ張られてバランスを崩す。
『わっ』
そのまま目の前の黒に吸い込まれる。
どうやら臨也さんに倒れ込んでしまったらしい。
急いで離れようとすると、それを拒むかのように肩を抱き寄せてきた。
『はっ?、臨也さん?』
見上げると、ニヤリと笑った臨也さんが口元に人差し指を当てて悪戯っぽく笑った。
これは何を言っても意味がないと思い、彼のもとで大人しくすることにした。
臨也「君たちの気持ちは嬉しいんだけどね?ちょーっと迷惑かなって」
空気が冷える。
この感覚は、心中オフ会やマゼンダさんのときに味わったものと同じ。
女の子「……えっ…?」
女の子のうちの一人が震えた声でそう漏らす。
(わぁ…、可哀想…)
臨也さんの本質を知らないまま好きになってしまったんだろうな……。
ちょっと可哀想だが臨也さんから離れるのもこの子のためだとも思う。
「それに、カップケーキだっけ?赤の他人から貰ったものなんていらないよ。何が入ってるかわかったもんじゃない」
臨也さんは女の子が手に持っていたカップケーキを奪い取ると、床に投げ捨てた。
(ちょ!?食べ物は粗末にしちゃ駄目だよ…!)
幸いラッピングがしてあったので形が崩れた程度であるとは思うが。
駆け寄ろうと臨也さんの胸を押しても私を離すつもりはないらしく、この会話が終わったら拾おうと諦めた。
臨也「それに君もさぁ。先日のお礼、なんて言いながら俺に会いに来る口実を作りに来たんでしょ?」
なんてナルシストめいた発言なんだと呆れるが、彼女は図星だったようで目にたっぷりと涙を浮かべていた。
(当たりだったか…)
臨也「それにさぁ、君」
最後の一人に指を向ける臨也さん。
臨也「デートって何かなぁ。俺、君と恋仲になった記憶ないんだけど。勝手に彼女面しないでもらえる?」
(まぁ確かにそれは一理ある)
臨也「彼に誤解されたらどうするのさ」
そういって臨也さんはオレをギュッと抱きしめた。
『……ぇ?』
突然のことに思わず阿呆らしい声が漏れる。
そして背中から感じる視線がやけに刺々しくなった気がした。
『あのよ、誤解されるような…むぐっ』
誤解されるような言い方しないで下さい、と言おうとしたところを、臨也さんの手で口を塞がれる。
臨也「というわけで、今日はもう帰ってくれないかな。というか、もう君たちは来なくて良いよ。飽きちゃった」
嘲るような笑みを浮かべる臨也さんに耐えきれなくなった女の子のうちの一人が目に涙を浮かべて部屋を出ていく。
他の子達もそれを追うように出ていった。
先程まで騒がしかった部屋は、オレと臨也さんの二人だけが取り残され、しんと静まり返っている。
『……悪い人ですね』
オレがポツリと零すと、臨也さんは先程の笑みを崩してムスッとした表情になった。
その表情がやけに子供らしくて少しだけ胸がときめいてしまったオレはだいぶ疲れているのかもしれない。
臨也「顔やちょっと優しくされただけで近づいてくる尻軽な女なんてこっちから願い下げだ」
『そうですか。ところでいつまでこの体勢なんッスか?』
臨也さんを押してもビクリともしない。
いい加減離してくれないか。
臨也「君は本当につまらないよね。もっと赤くなったりしてほしいのに。相手がシズちゃんなら頬染めちゃうの?」
『臨也さんの行動には何も気持ちが籠もってないので勘違いする事すら出来ないッスね。それにつまらないは最高の褒め言葉です。臨也さんに興味持たれるほど寿命が縮む事は無いですからね。これからもオレに無関心でよろしくおねがいします』
無表情でそう言い切ると、彼はぽかんとしたあと、心底愛おしいというように私を抱きしめた。
臨也「あはは、今俺が一番興味があるのは君と帝人くんだよ。大丈夫、俺がじっくり殺してあげる」
その言葉にゾクリと背筋が震えた。
『ホント悪趣味』
そう吐き捨てて、先程投げ捨てられたカップケーキを拾う。
臨也「それ、食べないほうが良いよ」
『はっ?、どうしてですか?』
勿体ない、と言って肩を竦めると、臨也さんは愉しそうに笑った。
臨也「あの子、いつも精力剤盛ってくるから」
『……先に言えッス!』
申し訳ないがそっとゴミ箱に捨てさせていただいた。
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