parasitism

『…ふぁ』


アラームの音で目を覚ます。


むくりと起き上がる。


どうやらあの後、泣き疲れて寝てしまったらしい。


(……これからは気を付けないと。折原臨也は、これからもオレを利用してくる。彼に利用されない様に、上手く立ち回れ、オレ)


ぱちん、と、頬を叩いて、リビングへと向かう。


『おはようございます……寝てる』


声を掛けても返事がないと目線をさまよわせると、PCにうつ伏せになって眠っている臨也さんが居た。


『……』


どうしようかと狼狽える。


とりあえず近くのソファーに掛けてあるブランケットを、そっと背中に乗せた。


(……昨日の事は許せる事じゃねぇけど……)


かと言ってそのまま見過ごすっていうのも、なんかな。


眠っている臨也さんの顔をそっと覗き込む。


(ムカつくほどイケメン……。もう少し性格が良ければな)


サラサラの髪の隙間から見える白いおでこ。


そこめがけて、軽くデコピンをした。


デコピン、と言っても、指先が触れる程度の物だったので、臨也さんは起きない。


『――これでおあいこッス』


フッ、と微笑って彼のもとを離れる。


『……あ』


そういえば、昨日結局食材を買えなかったから何も作れない。


幸い、炊飯器にはご飯が残っていた。


(おにぎりでいいか)


おにぎりを4つほど握って、残りの2つはテーブルの上においておく。


急いでおにぎり一つを食べて、制服に袖を通す。


(お昼は購買でいいかな、購買のプロの正臣に争奪戦を手伝ってもらおう)


『――行ってきます』





臨也Side


『……馬鹿だなぁ』


肩に掛けられたブランケットを手に持ち、はぁ、と小さなため息をつく。


良く言えば健気、悪く言えば愚かだ。


彼が起きた時、俺も目が覚めた。


職業柄、人に命を狙われる事もそう少なくはない。


気づけば寝ている間にも人の気配には敏感になっていた。


先程デコピン……と言って良いのかわからないほど弱いデコピンをされた額をそっと撫でる。


あんなのでおあいこになるわけがない。


(傷つけた男に、こんなに優しくしちゃって。つけこまれるよ?俺みたいな奴にね)


ゆっくりと椅子から立ち上がり、バキバキになった体を慣らす。


テーブルには、彼が先程作っていたおにぎりが3個、ちょこんと置いてあった。


『……美味い』







正臣「深夜!?どうしたんだその怪我!」


『ん?あー、ちょっとドジしただけ』


登校早々、正臣に見つかって傷について突っ込まれる。


正臣「はぁっ!?そんな大怪我一体何やらかしたんだよー」


はぁ、と呆れたようにジェスチャーをする正臣にははっと笑う。


帝人「折原くん…それ、もしかして静雄さんの…?」


『えっ』


びくりと肩が浮く。


正臣「は?静雄って平和島静雄か?どうして急にアイツの名前が…」


『帝人くん、どうしてそれを…』


帝人「……はっ、ぁっ、ご、ごめんッ!僕の、僕のせいだ…」


『ちょっ、えぇっ!?帝人くん!?』


突然頭を下げてきた帝人くんに、私は狼狽える。


帝人「僕、本当は知ってたんだ。ネット上で折原くんの事が噂されてて。折原くんが静雄さんの彼氏だって言うのも、折原さんが危険に遭うかも知れないって事も。昨日、本当はそのことを伝えようとして、でも、結局放課後言いそびれちゃって…」


『知って、たんだ…』


「本当にごめん!」


『待て!帝人くんのせいじゃない。あれは――ううん、やっぱりなんでもない』


何も知らない子に、これ以上深い事を教えては駄目だ。


正臣「ちょ、ちょっと待ってくれよ。深夜が平和島静雄の彼氏ってなんだ!?」


状況が飲み込めないと言ったように正臣が割り込んでくる。


『えっと、なんかオレが静雄と彼氏だって言う噂が流れちゃって…あ、もちろん嘘だよ?静雄とは良い友達だから』


帝人くんも勘違いしている様だったのできちんと訂正しておく。


こんな奴と付き合っていると思われている静雄が可哀想だ。


『なんかオレが静雄の彼氏だって勘違いされちゃって。ちょっと狙われちゃったんだ』


あまり心配させたくなくてあっけらかんと言う。


それでも、二人は顔を顰めた。


帝人「結局、その後は大丈夫だった…?」


『うん、静雄が助けにきてくれたから』


そういうと、帝人くんは安堵した表情をした。


帝人「良かった。静雄さんが来てくれたなら、安心だね」


『うん、めっちゃくちゃかっこよかった』


正臣「――なぁ、深夜」


いつものナンパな高校生とは違う彼が、そこに居た。


正臣「今回の事、臨也さんが引き起こしたんじゃないか」


疑問符もなしに聞いてくる彼の鋭さに、ハッとした。


(――そうか。正臣は、今回の事を沙樹ちゃんと重ねているのか)


帝人「臨也さん…?って、折原臨也さん?彼は折原さんとは従兄弟なんじゃないの…?」


帝人くんが目を丸める。


正臣「……臨也さんなら、関係ねぇだろそんなの」


『――さぁな』




オレの言葉に、ふたりとも息を呑む。


これ以上事情を知らない二人にむやみに重い話をする必要はないと思いはぐらかす。


(実際は全て彼が仕組んだ事だけれど、もう終わった事を知る必要はないでしょ?)


帝人「どういうこと…?」


『オレとしては、どっちだっていいさ。今回の事が臨也さんの差金だろうがそうじゃなかろうが。オレは今無事で、きちんと学校に来れている。それでいいのさ』


だからこの話はもう終わり。


そんな思いを込めて微笑む。


帝人くんは何か言いたげな顔をしたけれど、結局は口を噤む。


けれど正臣はそれで引き下がってはくれなかった。


正臣「ッ、なんだよそれ……間違えればお前はもっと酷い怪我をしていたかもしれねぇんだぞ!?」


『……』


正臣が本気でオレを心配してくれているのが伝わって、胸が暖かくなる。


『…ありがとう、正臣。でも、もう良いんだよ。終わった事だからさ』


正臣「…そんなんじゃお前はッ、いつまでも彼奴の良い駒だぞ!?」


『……いいさそれでも』


目線を下げて、そういう。


正臣「なんでだよ……。お前も結局、彼奴の信者なのか!?」


『違う』


それだけは否定しておきたかった。


『正臣も知ってると思うけど、オレは上京してきてから臨也さんの所に住まわせてもらってるんだ。


住む場所も食べるお金も、こうやって学校に通うのも、全部臨也さんが負担してくれてるんだよ。


オレだって凄い怖かったし、もう二度とあんな思いはしたくないけど……。


オレ、臨也さんに捨てられたら、いよいよ生きていけない』


――ギリッと、下唇を噛む。


そもそも、拾ってもらえただけで奇跡なのだ。


『彼にとってオレは玩具かもしれないけど、オレは生きていけるなら何だって良い。結局オレは、“折原臨也”に寄生してるんだ』


オレの言葉に、いよいよ正臣と帝人は黙りこくってしまった。


『それにね、良い事はそれだけじゃないの』


突然声色の明るくなったオレを、二人が見つめる。


正臣「た、例えば…?」


『――内緒』


ふっと微笑むと、二人は呆けた顔をした。


『ほら、授業始まるから正臣は帰る!』


正臣「ちょ、おい〜ッ!?」


慌てる正臣の背中をグイグイ押して教室から押し出す。


オレが臨也さんといるメリット、それはストーリーの流れが誰よりも早くわかる事。


彼が黒幕として事件を高みの見物をするつもりなら、オレは事件の最先端でストーリーを変えたい。


未来を知っている“オレだけができる事”をしたい。


――例えそれが、原作をブッ壊す行為だとしても。


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