平和島静雄の彼
授業終了のチャイムが鳴る。
『起立、気をつけ、礼。さようなら』
毎日同じ号令をかけて、今日も一日が終わる。
池袋に来て数日。
僕はこの日常に少しずつ慣れてきた。
窓の外に広がる青空を眺めて、今日も息を吐く。
綿菓子のような雲が浮き、カラスが声を上げながら飛んでいる。
良く言えば平和、悪く言えばつまらない一日が、今日も終わる。
(なんか、面白い事起きないかな…)
不謹慎かもしれない。
けれど、僕には昔から“非日常”への強い憧れがあった。
もしかしたら、何の刺激もない田舎で育ってきたからかも知れない。
正臣から教えてもらった池袋の日常は、僕にとっての非日常だった。
だからきっと、池袋に来ればもっとたくさんの楽しい事で溢れていると――。
(……結局、僕ももう慣れてしまっているのだろう)
複数のカラーギャングが蔓延っていたり、首なしライダーが池袋の街を疾走していたり、自販機やコンビニのゴミ箱が宙を舞っていたりしていたって、もうそれが“日常”と化してしまっている。
そこまで考えて思い出す。
『そういえば…折原くんって平和島静雄さんの彼氏なんだっけ』
掲示板にあった不穏な書き込みを思い出す。
…少しだけ、嫌な予感がした。
スクールバッグからスマホを取り出して、チャットを開く。
『…あれ』
そこには新しい名前が書かれてあった。
昨日の夜は宿題が多くてチャットに顔を出せなかったのだが、どうやら新しい人が来ていたらしい。
セットンさんも甘楽さんも昨日は不在だったようで、リプライは一つもついていなかった。
[はじめまして。Unknownです。よろしくおねがいします]
Unknownさん…。
確か、未知って意味だったかな。
なんだかかっこいい名前だな、と思いながら返信をする。
【Unknownさん、はじめまして!ココの人たちは個性的ですが面白い人達ばかりなので楽しいですよ(^o^)】
【よろしくおねがいします】
そう打つと、丁度チャットが更新される。
―――セットンさんが入室しました―――
《太郎さんこんちは〜》
【セットンさん!珍しいですね】
《今日は仕事が休みで一日中ゲームをしてたんですよ》
《それより、新しい人が来たんですか?》
【はい、Unknownさんって方らしいです】
《へぇ、そうなんですね。セットンです。よろしくおねがいします〜》
セットンさんがやってくる。
丁度タイミングが良かったので、僕は折原くんの事を相談する事にした。
【セットンさん、少し相談があるんですけど良いですか?】
《良いですよー》
―――内緒モード―――
【わざわざすみません】
《いえいえ》
《で、その相談というのは…?》
【平和島静雄さんに彼氏が出来たって噂、知ってます?】
《!?》
《平和島静雄ってあの平和島静雄ですか!?》
【はい】
《初めて聞きました…》
《そうなんですね…へぇ…》
《でもまさか太郎さんから噂を知るとは思いませんでした》
《こういう噂、甘楽さんなら喜んで飛びついてきそうですけど…》
【甘楽さん、最近チャット来てないので忙しいのかもしれませんね】
【彼氏がいるって前言ってたので、仲良くイチャイチャしてるのかもしれません】
《甘楽さんって彼氏居たんですか!?!?》
《意外です》
《あっ、いや、その、悪い意味じゃなくて…!》
【わかってますよw】
【僕も聞かされたときは驚きましたw】
【あ、話は戻るんですけど…】
【それで、その平和島静雄さんの彼女っていう男の子が、実は僕のクラスメートで友達なんです】
《おぉ!それはすごいですね》
【それで…その子の事で相談なんですけど】
【ダラーズの掲示板で、平和島静雄に恨みがある人はその男の子を狙っておびき寄せれば良いんじゃないかって言っていた人がいて】
《…なるほど…》
《それは不安だね…》
【はい…】
【でも、友人はその事を知らなくて…】
【おそらく、ダラーズの事も知らないと思うんです】
【伝えてあげた方が良いのか、下手に不安を煽るのはよくないのか…】
【悩んでしまって】
《私は彼に伝えた方が良いと思うよ》
《平和島静雄の彼氏になるって言う事は、それだけのリスクを背負っているのかもしれないけれど》
《何かあってからでは遅いからね》
【そう、ですよね】
【ありがとうございます!】
《いえいえ》
《でも、心配だね》
《何も起こらないと良いけど…》
―――内緒モード 終了―――
【それじゃあ僕はこれで。ありがとうございました。乙ですー】
《はーい》
《私もそろそろ落ちます。おつー》
―――田中太郎さんが退室しました―――
―――セットンさんが退室しました―――
―――現在、チャットルームには誰も居ません―――
スマホを閉じて、後ろを振り向く。
『…あれ、折原くん?』
後ろの席の彼の姿はない。
近くのクラスメイトに声をかける。
クラスメイト「折原くん?あー スーパーで買い物するってもう帰ったよ」
(――やばい…!)
『昨日は露西亜寿司だったから、今日は何かご飯作らなきゃなぁ』
駅近のスーパーに向かいながらそんな独り言をつぶやく。
確か、一昨日は鍋の食材だけ買って、冷蔵庫の中身は寂しかった記憶がある。
買いだめしておこうかな、なんて思いながら財布を開く。
そこには諭吉さんが5人も居た。
(だから臨也さん、入れ過ぎだっつーの)
臨也「高校生なんだから、お小遣い必要でしょ?」
そう言って笑いながらお金を押し付けてきた臨也さんを思い出す。
しかも毎月五万じゃなくて毎日五万。
毎日五万円散財してくる男子高生なんて居てたまるか。
思い出して、思わず苦笑してしまった。
(今日の夜はオムライスにでもしようかな)
そう考えていた時、唐突に肩を叩かれる。
『はい?』
振り返ると、ガラの悪そうな男たちが下卑た笑顔を浮かべながら話しかけてきた。
「お兄ちゃん、ちょぉっと良いかなぁ?」
(絶対関わっちゃいけない人たちだぁ…)
即座に何かを察して断りの言葉を述べる。
『あー、オレちょっと急いでるんで他の方に――ンぐッ!?』
突然口を押さえつけられる。
やばいと思った頃には、男たちに囲まれて脇道に止まっていたバンに押し込まれた。
口に猿轡を着けられる。
(ちょっとちょっと、一体何なんだ…ッ!?)
必死に身を捩らせるも、複数人の男に対し敵うはずもない。
首元にキラリと光る鋭利なものを押し付けられる。
男「これ以上抵抗するとぶっ殺すぞ!」
視界の端に映り込んだそれは、ナイフだった。
こくこくと頷いて、抵抗を辞める。
彼らの目的がわからない今、無駄に彼らを煽るのは得策ではない。
それにしても、自分は運が悪すぎやしないか。
昨日に引き続き、2日連続で誘拐される男子高生なんてどこを探しても男だけだろう。
嫌な光景を思い出す。
沙樹ちゃんがブルースクウェアに襲われた時の事を。
(……こんな非日常、帝人くんにくれてやるよ)
冷や汗をかきながら、そんなことを毒づいた。
(――足、歩ける程度には無事であってくれ)
『トムさん、午後の予定は?』
あーむ、と、大きな口でハンバーガーを頬張る。
俺は今、丁度面倒くさい借金踏み倒し野郎の巡回が終わり、いつものロッテリアで昼食を取っていた。
トム「面倒なのはさっきので終わりだな。午後は楽できるべえ」
『そっすか』
ハンバーガーをすぐに食い終わり、ドリンクの炭酸を喉に流し込む。
トムさんと話している時、ふと、携帯が鳴った。
『トムさん、鳴ってますよ』
トム「んえ、俺のじゃねぇよ。静雄、お前のじゃあねぇの?」
自分の携帯が鳴る事は殆どと言っていいほどない。
何故なら俺は基本的に携帯をあまり使わないし、そもそも俺に連絡しようとする人が居ない。
まさか、と思い、スマホを取り出すと、たしかに俺のスマホが振動していた。
『あー、すんません。俺でした』
トム「あぁ、出てあげなって」
『でも、仕事中ですし…』
トム「いーっていーって。休憩中だろ?」
『…すんません』
誰からだろうと画面を見ると、そこには“深夜”と書かれていた。
(あぁ、そういや連絡先交換したんだっけ。珍しいな)
つい先日の出来事を思い出して、少しだけ頬が緩む。
通話ボタンを押して、声をかける。
『もしもし。深夜か?』
声を掛けたけれど、電話越しに聞こえてきたのは男たちの笑い声だった。
『深夜?』
不安になって、もう一度声をかける。
すると、画面の向こうの男たちがこちらに話しかけてきた。
男「お前の男は預かった。コイツの命が惜しけりゃあ、駅外れの廃工場に来るんだな!」
『はぁ?』
突然意味不明な事を言われて思わず声が漏れる。
『男?俺の?何いってんだてめぇ』
池袋最凶なんだと言われている俺に、彼なんて愛らしい存在なんて居るわけもなく。
頓珍漢な事を言う男たちにイライラしてきた。
(コイツら当てつけか?)
そう思ったが、どうやら違うらしい。
男「しらばっくれんな!……あぁ、声でも聞かせてやろうか?」
(声?)
そう不思議に思って音声に注意深く耳を傾ける。
男「オラッ、声聞かせてやれよッ」
「…ンっ…かはっ、し、ずぉ……こないで…いい、」
『深夜!?』
聞き馴染みのある声に思わず大きい声を出してしまう。
男「分かったら早く廃工場に来い!」
一方的に電話を切られる。
俺は無意識に、持っていたドリンクを握りつぶした。
飲み干していてよかった。
トム「どうした?静雄」
『トムさんすみません、ちょっと用事できたんでブッ殺してきます』
トム「お、おぅ…程々にしとけよ…」
『ッあ、ぐ…、』
容赦なく脇腹を蹴られる。
体が軋んで限界を迎えているのが、よく分かった。
それでも、パイプ椅子に体を拘束されたオレは逃げ出す事が出来ない。
自由を奪われたこの体は、男たちに振られる暴力をバカ正直に受け止めることしか出来ない。
前髪を掴まれ、無理やり目の焦点を合わせられる。
目の前の男が、愉快そうに笑った。
男「今から彼氏さん来てくれっからよぉ、アイツがボコボコになるところ、たぁんと目に焼き付けてやれよな?」
見に覚えのない事を言われて顔を歪ませる。
静雄はオレの彼氏なんかじゃない。
けれど、どうやらそんな噂を聞いた彼らが、オレをダシに静雄を呼び出そうという事らしい。
『っ、だから、静雄は彼氏、なんかじゃ…っぁゔ、』
話を遮るように腹部を殴られる。
オレ「今更隠すなよ。アイツのこと、下の名前で呼んでんの、お前とあの上司みたいなヤツだけだぜ?」
『ぁ、ぅ…』
流石にヤバいと思った。
殴られすぎて、意識が朦朧としてくる。
男「おいおい、そろそろトんじゃうんじゃねぇか?」
男「こいつ結構顔いいからさ、平和島静雄来る前にみんなで一発ヤんねぇ?男だけどな」
男「ははっ、それ最高だな」
男たちが何を話していたのかは、よく聞き取れなかった。
けれど、近づいてきた男が乱雑に制服とワイシャツを剥がすので、嫌でも分かってしまった。
『や、め…』
本能が警鐘を鳴らすけれど、体はもう動かない。
されるがままの自分の姿を見ていたくなくて、ギュッと目を閉じる。
――その時、ドカン、と、爆発音にも取れるような大きな音が鳴った。
『…、?』
男「なッ、なんだ!?」
男たちが廃工場の入り口に目をやる。
そこには、人一人が通れるような大きな穴が空いていた。
――自販機によって。
男「一体何が起きてやがる!」
空いた大穴から、静雄が標識を持って入ってくる。
男「平和島静雄…ッ!」
(静雄…)
来てくれたんだ、と、胸がいっぱいになる。
泣く体力なんて無かったけれど、それでもオレの瞳は彼の優しさに潤んだ。
助けに来てくれた静雄と、グラサン越しに目が合う。
オレを見つけた後の静雄の殺気が大きく膨らんだのは、流石の私でも分かった。
静雄「――俺はよぉ、暴力が大ッ嫌いだ。けどよぉ…卑怯なのはもっとウザってぇんだよ」
静雄の低い声が廃工場内に響き渡る。
静雄「俺の友達に迷惑かけんなって話だよなぁぁぁぁぁあああああああああああ!?!?!?」
標識が、男たちのすぐ横をかすめ、壁にぶっ刺さった。
それだけで、男たちは怯む。
そこからはもう、一方的な戦いだった。
静雄は6人の男たち相手に全く引けを取らず、むしろ皆ボコボコにしていた。
全てを片付けた静雄が、オレの元に駆け寄ってくる。
静雄「深夜ッ!大丈夫か!?!?」
心配そうに覗き込んでくる静雄の顔を見て、ようやく全てが終わったのだと実感した。
『静雄…ありがとうっ、ありがとう…っ』
安堵からか、ぽろぽろと涙が溢れる。
静雄は一瞬困ったような顔をした後、そっとオレの頭を抱き寄せた。
その優しさに胸が暖かくなり、また涙が溢れてくる。
そうしてしばらく、静雄の胸板で泣きはらした後、落ち着いてきたと思った静雄が、オレの腕を縛っていた縄をブチッと外して話しかけてきた。
静雄「わりぃ……俺のせいだ。俺のせいで、深夜を巻き込んだ」
『…ぅ、ぐす、ちがう、静雄のせいじゃないから…』
静雄「…深夜」
『悪いの、全部彼奴等だし。静雄は、助けてくれたし』
静雄「…とりあえず、急いで新羅ンとこ運ぶぞ」
新羅のところ…。
ぼーっとする頭では、あまり考えられない。
『静雄…眠い』
静雄「……あぁ、寝てろ。俺が運んでやるから」
そっと、いつかのように姫抱きをされる。
あの頃と少し違うのは、まるで割れ物を扱うような静雄の手付き。
殴られ蹴られ、涙を流したオレに体力なんて残っていなかった。
『静雄、ありがとう…』
最後にもう一度、感謝の言葉を述べて、オレはそっと瞼を下ろした。
静雄Side
自分の手元で小さく寝息を立てている深夜を見て、ギュッと胸が締め付けられる。
腕や手には、彼奴等にやられて出来た痛々しい傷が、白い肌によって存在が強調されていた。
『クソッ』
コイツの感謝の言葉が、脳内で繰り返し再生される。
こんな事態にしてしまったのは俺なのに、心の底から感謝を述べる深夜が、酷く眩しく感じた。
(俺のこんな力でも、誰かを守れた……)
そのことが、とても嬉しかった。
正直彼奴等の息の根を止めてやりたいが、きっと深夜はそんな事を望んでいないだろう。
それより早く、彼の怪我の応急処置をしなければ。
抱きかかえて、初めて気づく。
『――バッ…!……ヵ』
慌てて彼を持ち直す。
(ちょ、待て、コイツなぁ…)
先程の男たちにやられたらしい胸元は、はだけて下着がちらりと見えていた。
一度深夜を床に下ろして、自らの黒ジャケットを深夜の上から掛ける。
正直幽から貰ったジャケットを他人に掛けてやる日が来るなんて一度も思わなかった。
それは俺にとって大事なものを、誰かに預けることと同義だから。
それと同時に、ふと思う。
どうして自分はこんなにもこの少年に心を許しているのか。
(嬉しいんだろうな。サイモンともセルティとも違う、俺と対等に渡り合えないこんな弱っちぃ奴が、俺の事を恐れずに話してくれることが)
今回、彼をこんな危険な目に合わせて、このまま仲良くし続けるのは得策ではないかもしれない。
でも、彼を手放すのが、とても惜しく感じた。
(ノミ蟲の従兄弟、だったな…)
同じ血が通っていて、どうしてこんなに変われるのか。
(アイツもコイツと同じくらい可愛げがあれば――)
そこまで考えて、やめた。
(ウゼェしキメェし吐き気がして殴っちまうな)
再び深夜を持ち上げる。
その軽さや細い四肢は、俺が少しでも力を込めたら簡単に折れてしまいそうで。
大事な物を抱えるように、そっと包み込んだ。
さぁ、急いで新羅のところへ行かなければ。
新羅のマンションのインターホンを鳴らす。
新羅「はーい、あれ、静雄じゃないか!どうしたんだい?突然――誘拐?」
『あ゛?』
新羅「嘘です嘘ですごめんなさい」
俺がガンを飛ばすと、コンマ数秒で寝返る新羅。
そんなにすぐに謝るんだったらそもそもそういう事を言うんじゃねぇ。
新羅「それで、静雄が僕のところに来るなんて珍しいじゃないか。この子は?」
『俺のせいでやられちまったんだ…治療してもらえないか』
先程の出来事を思い出して顔を歪ませる。
そんな俺を見て、新羅は俺たちを部屋に入れてくれた。
新羅「とりあえず、彼の治療をするから。静雄はリビングで待っていてくれ」
『すまねぇ、助かる』
新羅に深夜を渡して、部屋の奥へと向かう。
そこには、ゲームをしていたセルティがいた。
残機が無くなりゲームオーバーになったセルティが、こちらの存在に気付く。
セルティ【あれ!?静雄!どうしたんだ、一体】
『ちょっと、俺のせいで怪我した奴が居てよ……岸谷の奴に治療してもらいに来たんだ』
セルティ【怪我!?大丈夫なのか!?】
PDAを見せたセルティは、その後新羅のところへ向かう。
俺もその後をついていった。
彼の容態が心配だったから。
新羅「やぁ、セルティ。すまないね、ゲームはまた後で――」
そういう新羅を無視して、セルティが彼を見た瞬間、固まった。
その後、慌ててPDAを打った。
【くぁwせdrftgyふじこlp
深夜くんじゃないか!!!!!!】
新羅「セルティ、この子を知ってるの?」
『知り合いか?』
【臨也の従兄弟だろう?二回だけあった事がある】
新羅「折原くんの従兄弟!?彼に従兄弟なんてものが居たのかい!?」
大げさに驚く新羅。
『つい先日上京してきて臨也ン所で世話になってるらしい』
新羅「へぇ…あの折原くんが」
【それにしてもどうしてこんな…酷い…】
新羅「まぁ、彼がどうしてこうなったかは一旦置いといて。セルティ、彼思ったより汚れが酷い。このままじゃ傷口に最近が侵入してしまう。彼をお風呂に入れてくれないかい?流石に僕や静雄がやるのは駄目だろうし」
【あぁ、わかった】
ぐったりとしている深夜を見る。
眠っているのか、気を失っているのかはわからない。
とてつもない焦燥感に駆られた。
そんな俺に気づいたのか、新羅が俺の肩に手をやり声をかける。
新羅「静雄、焦っちゃ駄目だ。彼は大丈夫だよ。それに、能工巧匠のこの僕が診てあげてるんだから、安心してよ」
『……ありがとうな』
治療が終わり、簡易ベッドに横たわっている深夜の横で、俺たちは話し合っていた。
新羅は“電話だ”と言って席を外している。
【静雄、もしかして、静雄の彼っていうのは深夜くんの事だったのか?】
セルティが見せてきたPDAの文面を見て、思わず青筋を浮かべる。
静雄『またそれかよ。何なんだよそれ。コイツが俺の彼とかあるわけねぇだろ。出会って数日しかたってねぇのによ』
セルティ【つまりこの噂は嘘ってことか…?】
噂ってなんだ?
静雄『そういや、俺たちを襲ってきやがった奴等も深夜を俺の彼だって勘違いして深夜を囮に俺を呼び寄せたんだ。何だよまじで……。俺と深夜はただの友達だっつーのに』
思い出したらイライラしてきた。
セルティ【…ちょっと、静雄に見てほしいのがあるんだ】
そうしてセルティは俺をパソコンのある部屋に呼び寄せた。
静雄『なんだ、これ?』
セルティに見せられたのは何かのサイト。
セルティ【ダラーズっていう組織があるのは知ってるか?】
静雄『あぁ、つーか俺、一応入ってるし』
セルティ【そうなのか!?実は私も所属しているんだ。それで、このサイトはそのダラーズの掲示板サイトなんだが…】
スレタイを見る。
静雄『【平和島静雄に彼女が出来た!?!?】……だァ?誰だこんな馬鹿げたスレッド立ち上げたやつはよぉ…殺す』
セルティ【おおおおおおおちつけ静雄!】
セルティがアワアワとPDAを落としそうになったのを見て、少しだけ落ち着いた。
セルティ【なんか写真が上がっていたみたいなんだが、それはプライバシー保護の観点でトップが消したらしい】
静雄『トップってダラーズの創始者か?』
セルティ【あぁ。ダラーズの掲示板は普通書き込みを削除できないんだ。書き込みの削除ができるのは、掲示板の管理をしているトップだけだ。静雄、なにか心当たりはないか?】
セルティにそう言われ、頭を捻らせる。
『深夜が足捻ったときにおんぶ抱きしたやつか…?』
辛うじて思い出せるのはその程度だった。
が、セルティは勢いよくPDAを見せてきた。
セルティ【絶対にそれじゃあないか!!!!!!!!】
静雄『深夜が歩けなかったんだから仕方ないだろ。つーより、その下のスレ、おかしくないか?』
PCの画面の下の方を指差す。
【>>>138 おいおい、流石にそれは駄目だろ】
【>>>138 確かに平和島静雄敵多そうだから有り得そう】
【>>>138 こういう事考えるやつも居るからな…男の子大丈夫かな】
存在しないはずの138番のレスに、レスを返している人物が沢山いた
セルティ【これ、おそらく138番のコメした人が消したんだと思うんだ】
静雄『おいおい待てよ。コメントはトップ以外消せないんじゃなかったのか?』
セルティ【普通はそのはずだ。
……もしかしたら、コンピューターに精通している人物がハッキングして消したのかもしれない。
でも、それをするにはダラーズの創始者を知っている人物かつハッキングという犯罪まがいなことが出来る奴ということだが…
そんな奴はいるのか?】
セルティが首を傾げる。
誰も知らないダラーズの創始者サマを“知っている”ヤツ。
犯罪まがいな“裏”社会にも精通しているヤツ。
あぁ、なんかくせぇなぁ。
くせぇくせぇくせぇくせぇ。
居ないはずのアイツの臭いが、した気がした。
静雄『――一人だけ、身に覚えがあるぞ』
姿を思い浮かべるだけでぶん殴り殺したくなる。
青筋を浮かべた俺を見たセルティがまさかという反応をする。
静雄『あんのノミ蟲野郎……ブッ殺す…』
セルティ【おいおい正気か!?いくら臨也だって唯の従兄弟にそんな危ない目を…】
否定の言葉を述べるセルティに、俺はゆっくりと首を振る。
静雄『甘いぞセルティ。アイツはそういう奴だ。たいていこういう奴のはぜぇんぶアイツが絡んでんだよ』
知りたくもねぇけど、長年居たら嫌でも気付くアイツのクソッタレな性格。
静雄『アイツは人が困ったり悩んだり苦しんだり痛がってる姿を上から見下して、馬鹿にして、嗤って、壊す。そういうやつだ』
セルティ【そんな…】
そうPDAを打ったきり、立ち尽くしてしまうセルティ。
静雄『俺は今回の事、全部臨也の差金だと思うぞ』
「……オレも、そう思うッス…」
突然背中から声が聞こえて、俺とセルティが同時に振り返った。
セルティ【深夜くん!!!】
静雄「深夜!怪我はもう大丈夫なのか!?」
『はい、ご心配おかけして申し訳ございません。もう大丈夫ッス』
にへらっと笑うと、二人とも安心したような顔をした。
セルティ【それでも安静にしていたほうが良い】
セルティさんにPDAでそう促され、とりあえずソファーに座る。
オレにつられ、セルティさんと静雄もリビングにやってくる。
セルティ【それで…さっきの発言は一体どういう…】
質問するか迷ったように空に指をさまよわせた後、パチパチと打ってそっと文面をこちらに向けるセルティさん。
『どういうって、そのとおりですよ。オレも、静雄に同意見です。今回のことは臨也さんが引き起こしたと思うッス』
【だって臨也は深夜の従兄弟だろう!?】
そんなセルティさんに対し、眉を下げてオレは答える。
『オレと臨也さんはそこまで親しく無いッス。
実際、上京してきてお世話になったのが初対面みたいなもんです。
それに、あの臨也さんですッスよ?
彼はきっと、目の前で肉親が殺されたとしても、その殺人犯に向かって笑顔でこう問いかけると思いますよ。
《今、どんな気分だい?》ってね。
彼はきっと、そんな人間です。
――だよな?静雄』
「あ、あぁ…」
静雄は少しびっくりしたような顔をした後、肯定した。
静雄「深夜は臨也と知り合ってまだ数日なんだろ?よくアイツのことがわかるな」
『…んー、人間観察は、得意かもしれません』
セルティ【……何だか臨也みたいだな】
セルティさんの言葉に思わず顔を引き攣る。
『えぇっと…オレは得意なだけで趣味ではないので……あんまり一緒にしないで欲しいッス』
静雄「あぁ、深夜とノミ蟲は一緒ではねぇな。従兄弟なのか疑うレベルだ」
静雄の言葉に少しだけ肩を揺らす。
(――臨也がアニメで言っていた通り、シズちゃんは変な所で鋭いなぁ)
『まぁ、オレはもう帰ります。ずっとここに居てもセルティさんと新羅さんのご迷惑になってしまうから』
ソファーから腰を上げたオレの肩をセルティさんの影が掴む。
セルティ【待ってくれ。仮に今回のことを臨也が仕掛けたとして――君は自分を傷つけたやつの所に帰るのか?】
セルティさんに首はないけれど、心配そうに見下ろしてくれている気がした。
『心配してくださってありがとうございます。でも、オレが帰る場所は、あそこしか無いんッス』
オレが今、こうして怪我をしているのはあの男のせいだ。
けれど、
オレが今、こうして生きているのは、紛れもなくあの男のおかげなのだ。
臨也Side
高鳴る胸を抑えながらイヤホンから聞こえてきた音声に注意深く耳を澄ませる。
静雄〈つーより、その下のスレ、おかしくないか?〉
聞こえてきたのは大嫌いなシズちゃんの声。
彼がシズちゃんに抱えられて新羅のマンションに入ったのは知っている。
臨也(新羅の家に盗聴器つけといて良かったー。これは面白いものが聞けそうだ)
誰も居ない部屋でニヤリと笑いながら、話の続きを待つ。
静雄〈おいおい待てよ。コメントはトップ以外消せないんじゃなかったのか?
――一人だけ、身に覚えがあるぞ
あんのノミ蟲野郎……ブッ殺す…〉
くくっと笑いが溢れる。
臨也(シズちゃん、よく俺が元凶だって気づいたねぇ?)
静雄〈甘いぞセルティ。アイツはそういうやつだ。たいていこういう奴のはぜぇんぶアイツが絡んでんだよ
アイツは人が困ったり悩んだり苦しんだり痛がってる姿を上から見下して、馬鹿にして、嗤って、壊す。そういうやつだ〉
彼に俺の事を分かられているのはとてつもなく不愉快だけれど、彼の勘の良さにはつくづく驚かされる。
本当に期待を裏切ってくれる男だ。
〈俺は今回の事、全部臨也の差金だと思うぞ〉
〈……オレも、そう思うッス〉
イヤホンの向こうから聞こえたもうひとりの登場人物に、俺は目を丸めた。
『ははっ、深夜じゃないか』
ドキドキと胸が高鳴る。
あぁ、こんなに楽しいのはいつぶりか。
彼は一体いつから俺の仕業だと気づいていた?
彼は俺をどう思う?
(俺が憎いかい?俺を殺したいかい?それとも死にたくなったかい?)
彼がどんな反応を示すのか。
どんな結末を思い浮かべたって、楽しみだった。
〈深夜!怪我はもう大丈夫なのか!?〉
〈はい、ご心配おかけして申し訳ございません。もう大丈夫です〉
〈どういうって、そのとおりですよ。オレも、静雄に同意見です。今回のことは臨也さんが引き起こしたと思います〉
〈私と臨也さんはそこまで親しくありません。
実際、上京してきてお世話になったのが初対面みたいなものです。〉
臨也(嘘が上手だな)
それに――と続く深夜の言葉に、ごくりと喉を鳴らす。
〈あの臨也さんッスよ?
彼はきっと、目の前で肉親が殺されたとしても、その殺人犯に向かって笑顔でこう問いかけると思いますよ。
《今、どんな気分だい?》ってな。
彼はきっと、そんな人間です。〉
臨也『くっ、ふふっ、アッハハハハ!!!!!』
ドクドクと、血液が脈打つ。
臨也『良いね良いね良いね良いねぇ!!最ッ高だねぇ!?』
彼に俺の全てを見透かされている気がして、言いようもない恐怖が這い上がる。
それと同時に、とても興味深くなった。
『どうしよう深夜。俺はとてつもなく、君を愛してやまないよ…!』
彼は一体、俺を何処まで知っているのだろう。
俺の知らない俺まで、彼なら見抜いてくれるかもしれない。
もしかしたら、これから俺が企んでいる事も全て知っているのではないか?
昨夜、彼と話した事を思い出す。
『深夜が神様っていうのも、あながち間違いじゃあないかもしれないなぁ』
自分の思考回路に、少しだけ驚く。
確かに“折原臨也”は無神論者で、こんなことを考えるのは俺らしくもない。
〈深夜は臨也と知り合ってまだ数日なんだろ?よくアイツのことがわかるな〉
〈…んー、人間観察は、得意かもしれません〉
再び始まった会話に、耳を立てる。
確かに、彼女は昨夜も運び屋の性格を見抜いていた。
〈えぇっと…オレは得意なだけで趣味ではないので……あんまり一緒にしないで欲しいッス〉
臨也『ふっ』
思わず笑いが溢れる。
どうせ、運び屋に俺に似ているとでも言われたのだろう。
彼の辛辣な発言ですら可愛いと思えるのだから、俺はきっと心底彼に陶酔している。
――もちろん、恋愛感情ではなく玩具に向ける感情だけれど。
静雄〈あぁ、深夜とノミ蟲は一緒ではねぇな。従兄弟なのか疑うレベルだ〉
臨也『相変わらず単細胞のくせして、変な所で鋭いんだから』
まぁ確かに、俺と深夜は全く以て似ていない。
当たり前だ。従兄弟なんかじゃないのだから。
〈まぁ、オレはもう帰ります。ずっとここに居てもセルティさんと新羅さんのご迷惑になってしまいますし
―心配してくださってありがとうございます。でも、オレが帰る場所は、あそこしか無いんです〉
彼の言葉に、目を瞠る。
彼はこの短期間で俺の信者に成り下がりでもしたのか。
一瞬そう思ったが、そんなヤワな少年ではなかろう。
(俺から、逃れられないのか)
衣食住、全てにおいて俺に依存している深夜は、俺のそばにいるしか無い。
ニィ、と、自分でも恐ろしいほど口角が上がる。
彼は俺の[[rb:操り人形 > マリオネット]]に成り下がったのだ。
細い糸が彼に絡みついて絡みついてぐるぐる巻きにして――彼はもう、俺から逃げられない。
『ふふ、あはは。本当に、良い拾い物をした』
イヤホンを抜いて、盤面を見下ろす。
(さぁ、君はこれからどう動いてくれるのかな?)
『ありがとうございました』
静雄【あぁ。また何かあった時は相談してくれ。男同士だろう?】
そう言って颯爽と走り去っていく静雄の背中を見送る。
結局あの後、夜遅いからと静雄に臨也さんのマンションまで送っていただいた。
臨也さんから教えてもらったナンバーキーを入力し、マンションへ入る。
彼ならまだ起きていそうだけれど、わざわざ鍵を開けてもらうのも申し訳なくて、貰った鍵でドアを開けた。
『ただいまです――わっ』
臨也「おかえり深夜」
誰も居ないと思っていたので驚いた。
玄関には、笑顔で出迎える臨也さんが居た。
『……ただいま』
目前の男は今までに見た事無いほど笑っていた。
そう、純粋に、どこまでも楽しそうに。
そういう人間だと分かってはいるけれど、故意に自分を傷つけられていい気持ちでいられるはずがない。
臨也「あれ、その怪我どうしたの?」
わざとらしいその質問に、思わず顔が引き攣った。
『あぁ、まぁ、色々と。今日は疲れたのでもう寝る』
とにかく早く話を切り上げたくて、寝る事にした。
靴を脱いでリビングへと向かう。
――が、右手首を臨也さんに掴まれる。
臨也「つれないなぁ。もっと俺に色々教えてよ」
『……わかりませんか?今日、オレ、臨也さんと冷静に話せる気がしません』
臨也「どうして?俺、深夜が怒るようなことしちゃったかな?」
あくまでしらを切るつもりのようだ。
質問に答えず、質問をし返す。
『楽しかったですか?』
臨也「?」
『オレは臨也さんを楽しませられましたか?』
臨也「……あぁ、はは。そんな泣きそうな顔しないでよ」
ぐいっと手が引っ張られて彼の腕の中に包まれる。
臨也「ごめん」
彼に似つかない謝罪の言葉に思わず体が固まる。
今……臨也さんが謝ったの?
どうして…。
その謝罪が、何処まで気持ちの籠もったものかはわからない。
けれど、溢れてくる気持ちは止まらない。
『……怖かったし、痛かった』
ギュッと彼の薄いシャツを握るその手は、先程の出来事を思い出して震えていた。
臨也「うん、怖い思いさせて、ごめん」
細い手を頭に回されて、頭を胸板に押し付けられる。
静雄にされたそれとは、また別の感覚だった。
『…っ、ぅ』
このままじゃ、涙が溢れそうだった。
『…今日は、もう寝る』
そう言うと、臨也さんはそっと手を離してくれた。
『……おやすみなさい』
涙目になった顔を見られたくなくて、臨也さんの顔も見ずに部屋へと駆け込んだ。
臨也
『……ハハッ』
一人取り残された部屋で、乾いた笑みだけが響く。
臨也『全く、どうしちゃったんだろうね』
デスクに手を置いて、そう零す。
臨也『……本当に、俺らしくないよ』
ギリッと奥歯を噛んで、不愉快な表情を浮かべる。
初めは深夜を利用してシズちゃんに怪我でもさせたかった。
彼は随分シズちゃんに懐いているようだったし、シズちゃんもそれなりに深夜を気に入っていた、と思う。
“自分のせいで深夜を危険な目に合わせた”と、消えない心の傷を作って、ずっとずっと苦しむシズちゃんの顔でも拝んでやろうと、そう思っていた。
あぁ、とっても楽しかったさ。
シズちゃんが顔を顰めながら彼を新羅のところに連れて行っているところを見るのは。
彼が帰ってくる先程までは、あんなに楽しかったというのに。
今にも泣き出してしまいそうな彼を見た時、言葉では言い表せないような気持ちになった。
――「楽しかったか?」
――「オレは臨也さんを楽しませられましたか?」
『……くそっ』
どうしてこんなに落ち着かないんだ。
苛々してグシャグシャと髪を掻き上げる。
俺には俺がわからない。
臨也『はは、こんな楽しい事ってある…?』
知り尽くしていると思い込んでいた自分がわからない。
今でなら、自分でさえも観察対象になれる。
ただ……思い当たる節はある。
きっと、純粋すぎる彼は、俺には眩しすぎるのだ。
シャツには未だ、彼が震えた手で握りしめたシワが残っている。
深夜がこちらも見ずに去っていった時、チクリと胸が傷んだ気がした。
……人を傷つけて愉しむ俺に、胸を痛める資格なんてないのに、変な話だ。
『――あんな男子高生一人に掻き乱されるなんて』
チッ、と軽く舌打ちをしてソファーにボスンと腰を下ろす。
デスクに置いてある盤面に置いてある将棋のコマを摘み上げた。
『――彼はただの駒さ。そう、都合のいい、ただの使い捨ての歩兵だ』
まるで、そう言い聞かせるかのように。
『火種の投下は済んだ。さぁ、楽しみはこれからさ』
◯
◯
◯
彼はまだ知らない。
歩兵は成せば“と金”となり、龍や馬より強い駒となり得ることを。
少年はまだ知らない。
同居人の男によって、今以上に“非日常”に巻き込まれることを。
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