マゼンタ

正臣「んーっ、楽しかったなー!」


池袋を巡った後、正臣行きつけのゲーセンに四人で遊んだ。


杏里「わ、だいぶ暗くなってきましたね…」


『本当だ、もうこんな時間なのか…』


ゲーセンから出た時、杏里ちゃんがそう呟いて、その言葉に空を見上げる。


頭上には、吸い込まれそうなほどの黒が広がっていた。


いつの間に日が落ちたのだろう。


正臣「楽しい時間はあっという間だなぁ」


帝人「園原さんと折原くんは大丈夫?家まで送っていこうか?」


杏里「あっ、私は、その…」


『いーじゃん!杏里ちゃん可愛いし襲われないか心配だから、絶対帝人くんに送ってもらったほうが良いよ!』


オレがニヤッと笑うと、正臣も意図を察したのか後押ししてくれる。


正臣「んじゃあ俺は深夜を送ってくからよ。杏里を家まで送るイベントは今回は帝人に譲ってやるよ」


帝人「えっ、ちょ、正臣!?折原さん!?」


杏里「あっ、あの、本当に大丈夫ですので…」


慌てる二人を置いて正臣とその場から駆け出す。


『正臣、ナイス』


正臣「お前も俺も人が良すぎるぜ…。ったく。二人で恋のキューピッドになっちまったよ…」


ひらひらと手を仰ぐ正臣を見て、くくっと笑う。


『あ、じゃあ暗くなってきたからオレもそろそろ帰るね』


「送ってくぞ?」


『いいのいいの。オレの家新宿で遠いし、正臣臨也さん苦手なんでしょ。ほら、オレあの人と同居してるから』


正臣の申し出を丁重に断らせていただく。


オレだって、不用意に彼と臨也さんを近づかせたくない。


正臣「…どうして、臨也さんの事…」


正臣は驚いたようにそう言ったが、私は苦笑した。


『そりゃああんなに警戒してたら気付くってば。オレだって、彼がクソみたいな人間性なのは分かってるし。あっ、同居させてもらってる手前、あんま悪口言えないけど……。オレとしては、臨也さんの従兄弟だからって嫌厭されないってだけで嬉しいからさ』


へにゃっと笑うと、正臣は瞳が少しだけ潤んだ。


正臣「なんだよそれ…。深夜、もしかして本物の天使だったりすんじゃね…?」


へへっと笑う正臣に、オレは人差し指を当てて囁く。


『案外ホントに天使だったりして、なんてね』


『じゃあまた明日!』


呆けた顔の正臣をその場において、オレは歩き去った。


(天使、かぁ)


去り際に自分が残した言葉に嘲笑する。


確かに異世界からやってきたオレは、天使か何かの人外のような存在かもしれない。


(でも、それならどっちかというと――)


――シナリオをぶっ壊してしまう悪魔かなぁ、なんて。


『…くだらねぇ…』




『あ、もう少しで8時じゃん。臨也さんからは特に門限とか聞いてないけど大丈夫かな』


首を傾げながら、彼と連絡する方法がない事に不便を覚える。


後で臨也さんに携帯強請ってみようかなぁ…なんて。


(…ん?)


池袋駅近く。


たまたま路地裏を覗いた時、見慣れた制服が視界の端に写った。


『っ…!』


男三人に囲まれた女の子。後ろには怪しげなバン。


『ちょっと、お前たち何してるんだ!?!?』


ただならぬ気配を感じて、飛び込む。


男「あ゛ぁん?」


少女「っ…!」


真ん中の女の子と目があって、思わず息を呑む。


(…マゼンタ…?)


どうしてここに。


思わず放心してしまう。


だってこのイベントは帝人くんが上京した日に起こった出来事で…。


もう終わったはずじゃ…?


そこで一つの結論にたどり着く。


(――オレが時系列を狂わせた?)


その結論にたどり着いた時、怖くて体の芯から震えた。


(オレの存在が来てしまったせいで、物語に歪みが生じる…?)


男「……っと、こいつも中々じゃねぇか。JK二人一気に献上できればラッキーって… 男じゃねえか!?」


男「男だかイイコイツも連れていけ」


考え込んでいたオレは、伸びてきた手に気づか無かった。


『っ!?!?ちょっと!やめろ!離せっ…!ンッ…!』


無理やりマスクを付けられて、何かを吸わされる。


『やめっ…』


隣りにいたマゼンタさんもバンに押し込まれ、同じく睡眠薬を吸わされていた。


(あぁ、チッ、迂闊に飛び込みすぎた…)


頭の中で後悔の言葉ばかり浮かべながら、ゆっくりと意識を手放した。





臨也「……ここに一人いるっつーの」


先程三人組のうちの一人が捨てたタバコを踏みにじる。


男は静寂に包まれた路地裏で、黒いファーコートを身に纏った男は小さいため息をつく。


臨也「それにしても、深夜。君って本当に巻き込まれ体質だよね」


もうその場には居ない彼女に、話しかけるように独り言をつぶやく。


臨也「さて、助け出しに行きますか」


スマホを取り出し、掛けなれた番号を打つ。


臨也「黒バイク、頼んだよ。あぁ、そういえば、予想外にもうひとりも巻き込まれてね。そっちもよろしく」


一言だけ伝え、一方的に電話を切る。


今日の依頼内容は事前に伝言済みだ。


臨也「ほんと、いい意味で期待を裏切ってくれるよね」


不敵に笑った男は、黒いファーコートを翻し、人混みに紛れた。





次に目を覚ましたのは、マゼンダさんに肩を揺すられたときだった。


???「…た…あなた、起きて」


『…あれ』


ゆっくりとまぶたを開けると、ホッとしたマゼンタさんとセルティさんが居た。


『セルティさん…と、貴方は…無事だったんですね』


マゼンタ「神近莉緒よ。…さっきはどうも、ありがとう」


小説通りとはいえ、オレの存在で何がどう歪むのかわからない今、マゼンタさんが助からない未来だって起こり得たかもしれない。


でも、セルティさんが居るって事は臨也さんが全部仕掛けたコトだよね。


そのことに安堵する。


『あ、オレは折原深夜です。同じ来良学園の生徒。貴方が連れ去られそうになってるのを見て、思わず飛び出しちゃったんだけど……結局セルティさんに迷惑かけちゃいましたね…すんません。助けてくださってありがとうございます』


ぺこり、と頭を下げると、セルティさんはPDAを見せてきた。


セルティ【そんなこと気にしなくて大丈夫だよ。助けようとした事が凄いよ。もっと自分を褒めてあげて】


『…ありがとう、ございます』


その言葉に、幾分か救われた気がした。


セルティ【私の仕事はここまでなんだ。依頼主からは、このビルの上に来てほしいと言われている】


セルティさんがマゼンタさん――莉緒ちゃんにそういう。


莉緒ちゃんはコクリと頷いた。


『あの、オレはどうしたらいいとか聞いてますか…?』


セルティさんにそう聞いても、セルティさんも首を捻った。


セルティ【深夜くんの事はアイツから聞いてないんだ。アイツにとっても深夜くんが連れ去られるのは想定外だったみたいだから…】


そんなPDAを呼んでいるところで、セルティさんの携帯が鳴る。


しばらく電話を取ったセルティさんから、スマホを渡される。


着信先を見て納得した。


『はい、もしもし』


臨也「深夜も来て」


『…わかったッス』


返事だけすると、即座に電話が切られてしまう。


セルティさんにスマホをお返しして、私も上に行く旨を伝えた。


莉緒ちゃんと一緒に空きビルの最上階に向かう。


屋上には、誰もいなかった。


そっと後ろを振り向くと、見慣れたファーコートが目についた。


オレにつられて振り返った莉緒ちゃんも、臨也さんを見つけた。


臨也「やぁ、マゼンタさん」


臨也さんはオレなんかいないみたいに莉緒ちゃんに話しかける。


(一旦どいた方が良いかな)


オレは数歩、二人から距離を取るためにそっと下がった。


アニメのシーンがまた、目の前で始まる。




奈倉(臨也)「はじめまして、奈倉です」


変わらない貼り付けた笑みでそういう臨也さん。


使うのはやはり偽名だ。


莉緒「ほんとに、奈倉さん?」


先程騙されたからか、莉緒ちゃんの表情は不安で覆われている。


奈倉(臨也)「すーっといなくなりたい、奈倉です」


(まさか2度もこの台詞が聞けるとは思わなかった…)


口端がにやけそうに鳴るのを必死に抑える。


莉緒「はっ、はじめまして。ひょっとして、助けてくれたのって、奈倉さんですか?」


奈倉(臨也)「はい、僕です」


(ボク…ッ!?)


…危ない。臨也さんの貴重なボク呼びに気持ち悪い笑顔を浮かべてしまいそうだった。


必死に下唇を噛んで我慢する。


莉緒「…ありがとう、ございました」


奈倉(臨也)「大変でしたね」


莉緒「えぇ…でも、どうして分かったの?」


奈倉(臨也)「だって、彼らにマゼンタさんを拉致するように言ったのは、僕ですから」


莉緒「…えっ…」


奈倉(臨也)「それをわざわざ助けるように言ったのも、僕です」


空気が冷える。


莉緒ちゃんの顔が恐怖で引き攣る。


対して臨也さんは、まるで何事もないような顔で言ってのけるので、その二人の温度差がやけに目についた。


怪しまれても嫌なので、とりあえずオレも驚いたふりをしておく。


莉緒「どういう、事?」


臨也さんはその言葉を待っていたかのように笑った。


フラフラと周りを歩きだし、彼はペラペラと喋りだす。


臨也「死のうと思ってたのに拉致なんかされちゃって、ここでビビってる自分は何なんだろうかと思って、ちょっと悔しい、とか思ったりして、でも抵抗したら死のうとしてた自分を否定することになるから、ここは運命だと思って、素直に受け入れようかと思ったりもして、でもいざ助けられたら、ほっとしちゃったりとかしてる――」


くるっと振り返って、おちゃめな顔でこう言った。


奈倉(臨也)「――そんな、君の顔が見たかったから」


莉緒「ッ!?」


奈倉(臨也)「一言でいうと、すべて見透かされちゃって、絶句してる君の顔が見たかったから」


莉緒「どうして…っ」


理解できないと言ったように莉緒ちゃんが言葉を紡ぐ。


それに対して、臨也さんはいつもの飄々とした態度で答える。


奈倉(臨也)「どうして?そうだね、それに対する答えは、君にとって、とても哲学的に聞こえると思うよ。それでもあえて、説明すると、人間が好きって事かなぁ。人間ってものが面白くて、興味深くて、しかたないんだよねぇ」


愉しそうに嗤う臨也さんは、まるで悪魔だ。


奈倉(臨也)「あぁ、あくまで好きなのは人間であって、君じゃないから、ここ重要」


人差し指を立てて、彼女へ向けて嘲笑った。




莉緒「全部、嘘だったの…?」


奈倉(臨也)「自分の立場、わかってきた?」


臨也さんは軽々とビルの柵を飛び越える。


奈倉(臨也)「おいで!」


爽やかな笑みで手を差し伸べた臨也さんは、場所さえ違ければ王子様のようだった。


莉緒ちゃんはその手を取って、ゆっくりと柵を超える。


止めるべきかどうか、悩んだ。


ここに居るオレは、彼女が共に死ぬために奈倉さんに会いに来た事を知らない。


でも、止められなかった。


怖かったから。


またオレが、何かをしてストーリーを歪めてしまうのではないかと。


そして、ストーリーよりも最悪な展開を迎えてしまうんじゃないかと。


結局オレは、少し離れて手を握りながら静かに二人の会話を聞く事しか出来ない。


奈倉(臨也)「ここ、何人か、人飛び降りてるんだよねぇ。名所とまでは言わないけどさぁ、ここからなら確実に死ねるんだって。ほら、見てよ、あそこのシミ」


臨也さんが面白そうに遠い地面を指す。


オレの場所から、シミは見えない。


その時、莉緒ちゃんがバランスを崩す。


『莉緒ちゃ……ッ!』


思わず声を上げてしまった。


彼女の体は、半分ビルの外へ投げ出される。


臨也さんが彼女の手を取った。


彼は淡々と話を続けた。


奈倉(臨也)「君さ、自分だけ、特別だと思ってない?そんな事無いから、みんな一緒だから。清廉潔白なだけで、生きていける奴なんて、どこにもいないんだからっさ。君だって、秘密の1つや2つ、あるでしょ?自分は良くて、なーんで親がダメなのか、考えた事ある?」


莉緒「それは…」


奈倉(臨也)「結論を言わせてもらうとね、浮気しても、浮気知ってても、誰だって、つまんない冗談に笑って、甘すぎる煮物を食べて、生きてるんだと、思うんだよねぇ。ごらん?どんな悩みがあろうが、今やみんなただのシミだよ、シミ。例外なく、誰でも、神のもとに平等に。離してあげようか?」


ニィ、と、不気味な笑みを浮かべる臨也さん。


展開はわかっていても、背筋は嫌な汗が伝ってやまない。


絶望に染まった彼女の顔をしばらく観察した後、臨也さんはふっと笑って彼女の体を引き上げた。


奈倉(臨也)「ほぉらね。ま、今日1日、君の気持ちが無様に揺れ動いたのが見られただけでよかったよ。俺がほんとに興味あるのは、君のお悩みとかじゃないからさ。悩んでる君の生態だから。ついでに言うと、君の生態は予定通りで退屈だったよ。最初から死ぬ気ないのはわかってたからね。それじゃあね。楽しかったよ。マゼンタさん」


放心状態の彼女を置いて、彼はオレの元へとやってきた




臨也「大丈夫、深夜?無事?」


先程と打って変わって優しい口調で話しかけてくる臨也さん。


『…嗚呼、まぁ。奈倉さんが助けてくれたから』


臨也「ははっ、それは良かった。それにしても、君も災難だよね」


『元凶の奈倉さんに言われたくないッス』


ムスッとしながらそう返すと、ごめんごめんと、ペラッペラな言葉で謝られながら頭を撫でられる。


臨也「でも、君はまだ駄目だよ」


『…?』


そっと目線を上げると、臨也さんと目が合う。


臨也「深夜はまだ、壊れちゃ駄目だから。俺の大事な大事なおもちゃなんだからね」


そうして手に軽いキスをされる。


『…そうか』


本人を目の前にして堂々と玩具宣言するか普通。


――まぁ、そういう人間だって分かってるから胸も傷まないけれど。


臨也「あれ、もっと絶望するか照れるかすると思ったのに」


『残念でした』


臨也「本当に、深夜は観察していて飽きないよ」


臨也さんが抱きつこうとしてくるので、サラリと腕の隙間から逃れる。


臨也「ちょっとぉ、深夜?」


私は、呆然と私達の会話を見ていた莉緒ちゃんのもとに向かう。


『あのっ、莉緒ちゃんにお願いしたい事が…』


莉緒「…えっ、?」


『良ければさ…その、オレと友だちになってくれないかな?』


オレの申し出に、莉緒ちゃんは目を見開いた。


『今回の事は、オレは本当に知らなくて……。莉緒ちゃんと、奈倉さんがどういう関係なのかもよくわからないけど…。オレ、莉緒ちゃんと仲良くなりたいんだ』


「折原くん…」


『…深夜って、呼んでほしいかも、なんて』


厚かましいかな、なんて思って、えへへ、と照れ笑いを浮かべる。


そんなオレに、莉緒ちゃんは眉を下げて笑った。


莉緒「あたしで良ければ…その……よろしくね、深夜」


その言葉に、じぃんと胸が暖かくなった。


『…うんっ!よろしくね!莉緒ちゃん!私1-Aだから気軽に遊びに来て!』


まさか、マゼンタさんと――ううん、莉緒ちゃんと仲良くなれるなんて思わなかった。


嬉しくて頬が緩んでしまう。


莉緒「あたしはBよ」


『Bなら正臣が居るクラスか。あ、わかる?紀田正臣』


莉緒「あーうん、あの賑やかな男子だよね」


『素直にうるさいでいいよあいつは』


くくくっと笑い合う。


『正臣がうるさすぎたら相談してね?オレがスバっと言うから』


莉緒「ありがとう」


これ以上言うこともないかな、と思って後ろを振り向く。


臨也さんはオレ達の会話を面白そうに聞いて眺めていた。


『それじゃあ莉緒ちゃん、“また明日!!!”』




臨也「深夜」


『どうしました?』


オレの半歩前を歩いていた臨也さんが急に立ち止まり、私の名前を呼ぶ。


臨也「察しのいい深夜なら、彼女がどうして俺に会いに来たか、なんとなく分かってるよね?」


くるりと振り向いて笑いかけてきた臨也さんの顔から、本心は伺えない。


『……さぁ』


臨也「はぐらかさないで良いんだよ。深夜が賢い子だってのは、俺も分かってる」


『ははっ、臨也さん。オレを買いかぶりすぎですよ』


賢いわけじゃない、全て知っているだけだ。


臨也「口が堅いなぁ。まぁ良いけど。彼女はねぇ、俺と死ぬために池袋ココに来たのさ」


『はぁ』


また心中オフ会と同じような“趣味”だと呆れる。


臨也「俺の予想だと、彼女はこれから飛び降りると思ってたんだけどね。――どっかの誰かさんが引き止めちゃうから」


鋭い視線に射止められる。


『…』


臨也「彼女は俺に利用されたことに失望して、この世界に絶望するのさ。俺に“最初から死ぬ気がないのは分かってた”って言われたから、彼女は死ぬ事で俺に対して復讐としてあのビルから身を投じる。俺のシナリオだとそこまで行くつもりだったんだけどねぇ」


すっと目を細められながら、オレの顔を覗き込んでくる。


『…謝りませんよ』


オレの言葉に、臨也さんの赤い瞳がぱちりと開いて丸まる。


『オレは悪い事をしたつもりはありません。偽善だ何だって言われても構いませんが、間違った事をしたとは思いません』


じっと彼の瞳を見つめ返す。


彼には、彼女の命を助けるために友だちになった事がバレている。


けれど、オレは彼女と、莉緒ちゃんと、友達になれて良かったと思っているし、後悔なんてしていない。


『…それに、どうせセルティさんが助けてますよ』


臨也「ハハッ……」


オレの言葉に、臨也さんは乾いた笑みを漏らした。


臨也「深夜ってさ、時々神様みたいだよね」


『…?』


臨也さんの言葉に首を傾げる。


臨也さんの目の奥が、急速に冷え切っていく気がした。


臨也「全て見据えてるっていうかさ、空から見下ろしてる神様みたいだなって」


その言葉に、かひゅっと喉を鳴らす。


その動揺を、表に出さないよう、オレはポーカーフェイスでいられただろうか。




『どうして んな事を?』


臨也「今までの奴等はあのビルから落ちても皆、セルティに助けられてるからさ。深夜はそのことを知ってたみたいだと思って」


『だからオレを買いかぶりすぎだって。セルティさんが優しい方だっていうのは少し話しただけでもわかりましたし。セルティさんは臨也さんがしようとしたことに気づいていて、下で待機してたんじゃないかなぁって思っただけです。


それに、臨也さんは無神論者じゃ無かったんですか?』


臨也「確かに俺は無神論者だよ。でも、そういう存在が居るって思ったほうが世の中面白いのかなって思っただけさ」


『はぁ、そうですか』


気まぐれな猫の様だと思いながら小さく息をつく。


何かを感づかれたわけではなかったようで安心した。


臨也「まぁ、その話はもう良いや。そうだ、今から露西亜寿司にでも行こうか」


『えっ!?お寿司!良いんッスか!?』


臨也さんの言葉に目を輝かせる。


臨也「もうこんな時間だし、家で作るより外食したほうが良いでしょ?」


確かに、おそらく既に八時は過ぎた頃だろう。


『じゃあ今日は迷惑被ったので臨也さんの財布が空になるまで食べます』


ちくりと皮肉を刺すと、臨也さんは面白そうに口角を上げた。


臨也「おぉ、いいねぇ、それ。面白そう。受けて立つよ」


先日同様、皮肉は全くと言っていいほど通じない。


それどころか、何だか不穏な返事が帰ってきた。


恐ろしくなって、一つ質問をする。


『あの…今いくら持ってるんッスか?』


臨也「んー、秘密」


『……やっぱりやめときます』


臨也「えぇ、遠慮しなくていいよ」


『臨也さんの財布が空になる前にオレの胃袋が爆発しそうなので』


臨也「はははっ、ま、賢明な判断かもね」


そう笑う臨也さんをじとーっと睨む。


それにしてもこの人はいったいいくら持っているんだ。


情報屋って本当に凄い儲かるんだなぁ。


そんなしょうもない事を考えながらぼーっとしていると、臨也さんに声を掛けられる。


臨也「おーい深夜。行くよ」


『あっ、はい!』


先程までとは打って変わって、穏やかな空気が流れる。


ずっと、こんな幸せな日常が続けばいいのに。


臆病者の自分は非日常なんて憧れないし、不変を望む。


だが、確かにコレは嵐の前の静けさだったのだと、オレは後に痛感する事となる。


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