shopping
臨也「深夜くん、今から買い物に行かない?」
そう声を掛けられたのは、丁度朝食を作っている時だった。
『買い物、ッスか』
臨也「そうそう。深夜くんだっていつまでも俺のシャツってわけにはいかないでしょ」
『ですが……』
臨也「お金なんて腐るほどあるんだから気にしないで」
『……殆どの国民を敵に回したッスね。……まぁ、折原さんがそう言ってくださるならお言葉に甘えさせていただきます』
お金のかかる事になると少し気が引けるが、こう言われてしまってはもう彼に助けてもらうしか無い。
そもそも、そんな遠慮が出来るなら、最初からこうやって彼のお世話になんてなっていない。
臨也「そうだ。そのさぁ、折原さんっていうのやめない?」
『……?』
折原さんの言葉に首を傾げる。
臨也「君だってもう折原でしょ?俺の苗字あげたんだからさ。折原深夜くん」
『……なんだかそれだととてつもなく誤解を生みそうなんですが』
臨也「同棲してるんだし誤差でしょ」
『同居!!同居ッス!!間違っても同棲だなんて言わないでくれ!』
赤くなって反論すると、折原さんは愉しそうに笑った。
臨也「ははっ、深夜くんって初心だねぇ」
『そういう事じゃないと思うんですが…』
臨也「とまぁ、これから俺の事は臨也ね。次から折原って呼んでも反応してあげないから」
『えぇ…。わかりましたよ、臨也さん。あぁ、オレの事も深夜って呼び捨てでいいですよ』
臨也「りょーかい」
まぁ、折原さんって正直呼びにくかったから、その申し出は助かる。
現世では臨也とかイザイザとか呼んでからなぁ。
……もう懐かしく感じるのはなんでだろう。
(この世界に来たのは昨日なのに、ホームシック早くない?)
そんなことを思いながら、料理の手を動かす。
『今日はハンバーグです』
臨也「ありがとう、今いくよ」
パチパチ、と、臨也さんがパソコンを叩く音が響く。
常にパソコンに張り付いているのは職業柄か。
朝食の準備を一通り終えたので、彼の側に寄る。
楽しそうにパソコンを弄っていたので気になってしまったのだ。
『画面、見てもいいッスか?』
臨也「あぁ、いいよ」
特別大事な事を調べているわけでもないらしく、あっさりと許可をくれた臨也さん。
隣からこそっと邪魔にならないように画面を覗くと、そこには或るチャット画面が映し出されていた。
田中太郎【】
セットン《》
甘楽{}
―――現在、チャットルームには誰も居ません―――
―――田中太郎さんが入室しました―――
【おはようございます】
【流石にこの時間には誰も居ませんでしたか】
―――甘楽さんが入室しました―――
{あれ〜?太郎さん、こんな時間に珍しいですね!}
【甘楽さん、ばんわー】
【じゃなかった】
【おはようございます、でしたねw】
{もう、太郎さんのおっちょこちょい☆}
{でもいつも夜ですしね〜♪}
【甘楽さんはいつもこの時間にチャット覗いてるんですか?】
{スマホが手放せなくて♡}
【そうなんですかw】
【わかりますw】
{太郎さんはどうしてこんな時間に?}
【前、池袋に引っ越すってお話したじゃないですか】
【今日、高校の入学式で時間が少し遅いので暇だったんです】
{あっ!私知ってます〜!来良ですか〜?}
【どうしてわかったんですか?】
{私のお友達も来良なんです〜!といっても、家の都合で編入は明日からなんですけどね☆}
【そうだったんですね!】
【甘楽さんのお友達、会ってみたいです】
【もしかして、甘楽さんも同年代ですか?】
{んもう!太郎さん!女の子に年齢を聞くのはNGですよ!}
【あっ、すみません(汗)】
{あ、彼氏が朝ごはんを作ってくれたのでそろそろ落ちますね〜!}
【彼氏!?】
【甘楽さん彼氏いたんですか!?】
{私にも彼氏の一人や二人くらいいますよ〜、もう!}
【いや、二人は駄目では…】
【いえ、なんでもないです】
【お時間奪ってしまってすみません(汗)行ってあげてください!】
{ありがとうございます〜}
{太郎さんも来良入学おめでとうございます!}
{頑張ってくださいね☆}
{では、落ちます〜}
―――甘楽さんが退出しました―――
【ありがとうございます〜】
【僕もそろそろ入学式の準備しなきゃなので落ちます】
―――田中太郎さんが退出しました―――
―――現在、チャットルームには誰も居ません―――
『……』
やばい、生甘楽ちゃん最高。
脳内で臨也の声真似をしていたセンラさんの{ひゃっほー!甘楽ちゃんさんじょー♪ばいばいぴー☆}が再生される。
今思い出しても可愛い。
ていうか帝人くん居るじゃん!
田中太郎くん!
思わず恍惚とした表情を浮かべそうになる。
ヲタクな自分が疼いて仕方がない。
今ココに臨也さんが居なかったら思わず“尊い”と叫んでいたことだろう。
……隣に彼が居る限り、そんな事は絶対口に出せないけど。
『臨也さん、ネカマだったんッスね』
臨也「あれ、驚かないんだ」
『まぁ。今どきネットって怖いですしね。ちょっと笑っちゃいます。それより、来良学園って今日が入学式なんですか?』
臨也「そうだよ。深夜の手続きは流石に間に合わないから、深夜が学校に行くのは明日からだけどね」
『そうなんですか。……彼氏とかいう話は突っ込むべきですか?』
臨也「俺がネカマなんだから、深夜には彼氏になってもらわないと」
『家政婦で良くないッスか?』
臨也「それじゃあつまらないよ」
何がつまらないのか、オレには彼の感性がさっぱりわからない。
『とりあえず、冷めちゃうので早く食べましょ』
臨也「そうだね、せっかく深夜が作ってくれたんだから」
そう言ってゲーミングチェアから腰を上げる臨也さん。
『そういえば、今日はどちらに?』
ナイフとフォークを器用に動かしながら質問をする。
臨也「んー……本当はあんまり行きたくないんだけど。会いたい人もいるから久々に池袋にでも行こうか」
(池袋…!)
表情が明るくなったオレの反対に、臨也さんは顔を顰めている。
『でもどうして池袋なんッスか??新宿のほうが色々揃ってそうですけど…』
臨也「会いたい人が居てね。買い物ついでに話しに行こうかと」
『会いたい人、ですか』
シズちゃん……な訳はないよね。
誰だろう、と首を捻らせて、思いついたのは三人の高校生。
竜ヶ峰帝人、紀田正臣、園原杏里。
『オレも会ってみたいなぁ…』
臨也「誰に?」
ボソッと零した独り言は、即座に臨也さんに拾われる。
『しっ、シズちゃんに!!!人ラブな臨也さんが苦手な人ってどんな人なんだろうなぁって、あはは』
なんとか誤魔化す。
臨也さんはシズちゃんという言葉に反応して、顔を顰める。
臨也「苦手じゃなくて大っ嫌いなんだよ。死んでほしいくらいに。むしろ殺したいくらいに」
『そ、そうッスか…』
嫌悪感丸出しの臨也さんを見て、やっぱりシズイザは妄想止まりなのだろうと肩を落とした。
臨也さんに連れられて池袋までやってきた。
『あの…ちょっと恥ずかしいんッスけど…』
オレは、臨也さんのパーカーを来ながら手を引かれていた。
臨也「何、服の事?手の事?服は買うまで我慢してね。手は離さないよ。迷子になられて困るのは俺だからね」
『…』
全部お見通しか、と、肩を落とす。
その時――
???「オー、イザーヤー!久シブリネー。寿司食ウ?寿司ハ良イヨー」
臨也「あー、サイモン。今日は連れが居るんだ」
(サイモンさん…!?)
視線を上に向けると、黒人のロシア人と目があった。
背高くない!?
『は、はろー?』
恐る恐る声を掛けると、サイモンさんは笑顔で挨拶を返してくれた。
サイモン「[[rb:Здравствуйте > ズドラーストヴィチェ]]」
『?』
英語で挨拶したのが間違いだったか。ロシア語で返されてしまった。
頭に?を浮かべるオレに臨也さんがそっと耳打ちして教えてくれた。
臨也「はロシア語で“こんにちは”って意味だよ」
『あぁ[[rb:ズドラーストヴィチェ > こんにちは]]!』
そう挨拶すると、サイモンさんは楽しそうに笑った。
サイモン「オニーサン、イイ人ネー。イザヤのオトモダチ?」
『Not友達〜。従兄弟デース』
隣から、“なんで深夜もそのテンションなのさ…”という声が聞こえる。
サイモンさんのテンションって移っちゃうんだよね。
サイモン「オー、ソウナノネー。イトコサーンカワイイネー」
『センキュー、センキュー。ユーアークール、トゥー!アイム深夜折原。プリーズコールミー深夜』
サイモン「深夜ー!よろしくネー!」
臨也「なんかもう仲良くなってる…」
後ろから臨也さんのため息混じりの独り言が聞こえた。
臨也「とにかくサイモン、今日は深夜と買い物に来たんだ。寿司はまた今度ね。今度は深夜も連れてくるからさ」
サイモン「深夜、待ッテルヨー!イザヤもネー」
臨也「はいはい」
そうして臨也さんはオレの手を引いてサイモンさんのもとを離れた。
サイモン「さっきの黒人のロシア人はサイモンって言って、あそこで露西亜寿司って店の店員をやってるんだ。まぁ悪いやつじゃあ無いさ。今度行ってみよう」
『良いんッスか??ありがとうございます!』
臨也「あそこの大トロは美味しいからね」
『臨也さんのお墨付きなら楽しみです』
臨也「じゃあ、さっさと買い物を終わらせて帰ろう」
話していたらいつの間にかそのお店に着いていたようだ。
見た目から高そうだけれど…。
『良いお店すぎません?全然GUとかで良いんですけど』
臨也「俺の趣味」
『えっ』
『……聞かなかった事にするッス…』
臨也「ハハッ。まぁゆっくり見てきなよ。とりあえずこれだけあれば足りる?」
ペラっと紙切れが渡される。
『ありがとうございま……。にー、しー、ろー、はー……30万!?!?オレは何処の御坊ちゃんですか!?こんなに使わないッス!』
臨也「じゃあ余った分は後で返して。何着でも良いから買ってきなよ」
『いや……。……わかりました』
臨也「あ、2着だけとかナシね」
『ぅ…』
完全に行動が読まれている。
とりあえず、下着と、あと外出用とパジャマを上下で5着くらい買えばいいだろうか。
そう思い、少し高いお店の中へ恐る恐る足を踏み入れた。
◯
◯
◯
カッコイイ服やスポーティーな服など、幅広い種類の服があって迷ってしまった。
臨也さん、待たせすぎちゃったかな。
そう思いながらも、悩んだ末に絞った5着をレジ前に置く。
その時、隣からドサッと服の山が置かれた。
『…は?』
???「コレも追加で」
同時に頭上から降ってきたのは聞き馴染みしかない声。
『臨也さん!?』
放心状態のオレの手元から札束をふんだくって、必要な枚数だけ店員さんに手渡す臨也さん。
服の山を見ると、先程オレが悩んで結局諦めた服がところどころ顔を覗かせていた。
臨也「遠慮しなくていいって言ったのに、深夜は頑固だなあ」
『いつから……』
臨也「深夜が悩んでるところを観察するのは楽しかったよ。どうせ俺が買うのに、悩んで時間を無駄にする深夜の姿がね」
『は…っ』
ニヤニヤとしながらそういう臨也さん。
ムカつくけれど、結局はオレのために買ってくれたんだもんね…。
『…ありがとうございます』
臨也「いーのいーの。因みに黒服が多いのは俺の趣味ね」
『わかりました。臨也さんからのプレゼント、大切に保存させていただきますね』
臨也「いや着てよ」
そんな会話をしながら店を出る。
……まあ、気が向いたら着てみる事にしよう。
可愛かったし。
服に罪はないよね、うん。
臨也さんに手をひかれながら池袋を散策していると、臨也さんが楽しそうに声を弾ませながらこう呟いた。
臨也「みぃーつけた」
真紅の瞳がゆっくりと弧を描く。
その視線を辿ると――。
???「おいアンタさァ、調子乗るのもいい加減にしなよ?」
???「……」
臨也「おぉっ、こっわ」
――典型的ないじめの現場を見つけてしまった。
今の池袋じゃ絶対見掛けないようなケバい化粧と服を身に纏ったガングロギャル。
向かいには、大人しそうな巨乳のメガネっ子――園原杏里ちゃんが居た。
オレの天使に何してくれてんだ。
『1vs3とか、最ッ低だな!』
臨也「おぉっと、こっちも怖いなぁ」
全然怖くなさそうに言う臨也さんを無視して、オレは進み出す。
アニメじゃ臨也さんが例のふみふみで助けてくれるけれど、どうしても体が動いてしまった。
近づいた所で、隅から恐る恐るその現場を覗く平凡な顔の男子高校生と目があった。
(竜ヶ峰帝人くん…!)
にやけそうになる頬を必死に抑える。
今は推しキャラたちとの出会いを楽しむ前に、このいじめを止めなければ。
臨也「イジメ?やめさせに行くつもりなんだ?偉いね」
いつの間にか後ろにやってきていた臨也さんが帝人くんの肩に手をやる。
正確に言えば、掴んでいた。
帝人「やややっやあ、園原さん、偶然だねねねねねねねうわああああああっちょっと!」
そのままぐいぐいと彼の肩を押し、彼をいじめの現場の中心に突き出した。
(あーあーあーあー、いつ見てもここの場面の臨也さん鬼畜だなぁ)
オレは哀れみの表情で彼の背中を見つめた。
その後を軽快なステップで追いかける臨也さん。
オレも彼の隣を歩いて、近づいていく。
イジメメンバー「な、なんですか?」
いじめていた女の子の一人が、少し怯えながら声を掛けた。
臨也「いやあ、よくないなあ、こんな天下の往来でカツアゲとは、お天道様が許しても警察が許さないよ」
張り詰めたこの空間には決して似つかわしくない、つまらないギャグを披露する臨也さん。
臨也「いじめはかっこ悪いよ、よくないねえ、実によくない」
ハッ、名言…ッ!
口からそう言葉が漏れそうになり、慌てて押さえる。
リーダー格の女「おっさんには関係ねえだろ!」
『フフ』
リーダー格のような女が、のらりくらりとした臨也さんの態度に痺れを切らして怒り始める。
ただ……23歳でおっさんとは。
思わずぷっと吹き出してしまった。
オレの声に反応して、臨也さんが肩を揺らす。
臨也「そう、関係ない」
変わらない声でニコニコしながらそういう臨也さん。
ただ、目の奥が冷え切った事には、おそらくこの場にいる全員が気がついたであろう。
臨也「関係ないから、君たちがここで殴られようが野垂れ死のうが関係ないことさ。俺が君たちを殴っても、俺が君たちを刺しても、逆に君たちがまだ23歳の俺をおっさんと呼ぼうが、君たちと俺の無関係は永遠だ。全ての人間は関係していると同時に無関係でもあるんだよ」
女「はぁ?」
臨也「人間って希薄だよね」
つらつらと持論を述べる臨也さんに、女の子は怪訝な顔をしていた。
というか、23歳でおっさんって言われたこと、だいぶ根に持ってんな…。
面白くて笑い出しそうになるのを必死に抑える。
ただ、そんなオレの様子に周りは気づいていない。
臨也さんにはおそらく気づかれているけれど。
臨也さんはオレをスルーして、女子高生との距離を一歩詰める。
(来る…!)
臨也さんの手元と、彼女のカバンをじっと見つめる。
臨也「まあ、俺に女の子を殴る趣味はないけどさ」
――。
音なんて、少しもしなかった。
気づいたときには既に、臨也さんの手の中には彼女のカバンが収められていた。
『……凄。全然見えなかった』
感嘆したオレに、臨也さんが得意げに笑った気がしたのは気の所為か。
女「あれ?え?」
カバンの持ち主の女の子が混乱したように声を漏らす。
オレだって、アニメでこの展開を知らなければおそらく同じような状況に陥っていたのだろう。
現に、帝人くんに杏里ちゃんだって、呆けた表情をしている。
状況を飲み込めない彼らを差し置いて、臨也さんは愛用の携帯ナイフをスッと胸元にしまう。
そうして、臨也さんは躊躇いなくカバンから彼女のスマホを取り出した。
(わ、来る…!)
オレはスマホの録音機能をオンにする。
ここ、個人的に折原臨也のシーンでTOP3くらいに好き。
臨也「――だから、女の子の携帯を踏み潰すことを新しい趣味にするよ」
そう言って、彼女のスマホはガシャっと地面に叩きつけられる。
それだけで、表面のガラスにピキッとヒビが入った。
女「あっ!てめっ…」
女の子が慌てて拾おうとした瞬間、目の前で臨也さんが足を踏み下ろした。
女「あぁーっ!!!」
女の子が青い顔をしながらそう叫ぶ。
それでも臨也さんは、踏みつけるのをやめない。
…あ、今の、なんか“君がッ泣くまで殴るのをやめないッ!”みたい。
……こんな余裕があるのは、おそらくここにはオレと臨也さんくらいしか居ないだろう。
変な事を考えるのをやめて、再び臨也さんの動きに注目する。
臨也「あははははっ、あははっあはは、あははっあははっ、あはは!!!!!!!」
アニメでもだいぶ引いてたけど、実際目の当たりにすると凄い怖い。
オレだったらもう逃げてる。
凄いね、この女の子たち。
女「ちょ、コイツヤバイよ!なんかキメてるよ絶対!」
女「キモいよ!早く逃げよ!?」
それでも、携帯を踏みつけられた女の子は震えながらその様子を見ていた。
そして、ふと、臨也さんの笑い声が止む。
俯いた顔を上げた臨也さんは爽やかな笑みを浮かべた。
臨也「飽きちゃった。携帯を踏み潰す趣味は、もうやめよう」
そのとき、女の子が彼氏を呼ぶ。
なりヤンみたいなチンピラは、黄色い布を身に纏っていた。
ヒロシ「YOYOYO!HEYMAN!?」
確か……名前はヒロシと言ったか。
彼が臨也さんに詰め寄ると、臨也さんは口角を上げたまま両手を上げてくるりと一回転をする。
臨也「暴力?おぉ。怖い、怖い。おっと、降参」
そうして手元から携帯ナイフを取り出して、それを彼の頭上に投げた。
サラサラサラっと、ヒロシの髪の毛がバリカンで刈られたように切れる。
女「ちょ、やば!」
女「きゃああああっ!!!」
女「Noooooooooooo!!!!!!!!」
彼らは悲鳴を上げて逃げていった。
臨也「くっくくくくくくっ。妖怪、かまいたち参上」
『性格悪すぎッス。ナイフのコントロールの良さだけは称賛したいッス』
臨也「やだなあ深夜。俺はいじめを止めさせただけだよ?むしろ正義のスーパーヒーローじゃないか」
『はは。面白い冗談ッスね』
冷めた視線を浴びせながら、未だ放心状態の帝人くんと杏里ちゃんに話しかける。
『君たち、大丈夫?』
なるべく警戒されないように柔らかい笑みを浮かべ、彼らを落ち着かせる。
名前を呼べないのがもどかしい。
杏里「――あっ、はい。あ、ありがとう、ございます」
杏里ちゃんがぺこりと頭を下げる。
それを見て、帝人くんも慌てて頭を下げた。
『あぁ、そんなかしこまらなくてもいいよ』
臨也「君たち、とりあえず西口公園に移動しない?」
臨也さんの提案にみんなコクリと頷く。
『池袋ウェストゲートパークって奴ッスね!?』
目を輝かせながらそう言うと、臨也さんに「誰もそんなふうに呼ばないよ」と嘲笑われた。
『そうなんッスか…』
いつぞやかテレビでそう言われていたのを思い出していったのだが……恥ずかしい。
帝人「僕も池袋に来たばっかりの時は、ウェストゲートパークって言って笑われました」
俯いたオレに、帝人くんがフォローを入れてくれた。
???「おーい!帝人、杏里〜!」
遠くから彼らの名前を呼ぶ声が聞こえる。
(正臣…!)
臨也「やあ、久し振りだね。紀田正臣くん」
正臣「――ッ、い、臨也さん…」
彼の瞳がぐらりと揺れた。
臨也「その制服、来良だね。入学おめでとう」
正臣「…ありがとうございます」
さして感情が籠もってない物言いでそう告げる臨也さんに、正臣は警戒心MAXで返事をする。
帝人「それにしても、臨也さんはどうして池袋に?」
臨也「俺が池袋に居ちゃ悪いかい?」
帝人「いえ、そういうわけじゃ…」
臨也「まあ、人に会いに来たってところかな。もう用事は済んだ」
そういって帝人くんを見て笑う。
目があった帝人くんは不思議そうな顔をした。
帝人「正臣、この人と知り合いなの?」
正臣「あー…。まあ、な」
歯切れの悪い正臣の返事に、帝人くんはこてんと首を傾げる。
臨也「俺は折原臨也、情報屋をやってるんだ。よろしく」
帝人「折原、臨也…?」
帝人くんが正臣の方に視線を送る。
あぁ、そうだもんね。
事前に正臣から、“平和島静雄と折原臨也には関わるな”って忠告されてたんだもんね。
帝人「あっ、僕は竜ヶ峰帝人って言います。一応、本名です」
改めて聞くと厳かな名前だなぁ。
臨也「ふっふふ、エアコンみたいな名前だね」
『霧ヶ峰〜♪――ハッ、反射的に!』
思わず口を抑える。
これ、アニメ見てたときも一人で歌っちゃったのに。
そんなオレを見て、帝人くんと臨也さんが笑い出す。
『う、スミマセン…』
帝人「あ、そういえば、貴方は?先程から折原さんと仲よさげですけど、もしかして折原さんのかれ――」
『ストップ。違うから止めろ?寒気がしたわ』
ぶるりと体が震える。
この人の彼氏とか誰なら務まるんだ。
臨也「ちょっと深夜、酷くない?」
『間違っても恋人とか思われたくないんで。折原さんの彼氏とか、聖母マリアしか務まらなくないッスか?』
臨也「ははっ、一日しか一緒に過ごしてない君に俺の何がわかるのさ」
(アニメで知ってるんだけどな)
そんな本音は胸のうちに秘めておく。
『わかりますよ。貴方が普通じゃない人間だってのは昨日のオフ会と昨夜のやり取りでなんとなく』
オレの言葉に、臨也さんは愉しそうに笑うだけだった。
『あぁ、話がそれたね。ごめん。オレの名前は折原深夜。臨也さんの従兄弟です。よろしくね、帝人くん。――あと…』
ちらりと二人に視線を飛ばすと、自己紹介をしてくれた。
杏里「あ、園原杏里です。よろしくおねがいします」
紀田「紀田正臣です!よろしくおねがいします!」
『よろしくね、杏里ちゃん、正臣くん』
優しく微笑むと、二人も笑ってくれた。
よし、三人と仲良くなるフラグは立てられた!
臨也「そうだ、深夜も明日来良に入るんだ。君たちと同じ学年だからよろしくね」
臨也さんの言葉に、三人は目を丸めた。
あぁ、そうなのか。と、私は一人納得する。
実際オレは高2なのだけれど、臨也さんは知らないだろう。
おそらく彼は、帝人くんたちと同じ学年にしたほうがオレを通じて監視しやすいと思ったのだろう。
オレも彼らと関わりたいので、利害は完全に一致している。
『実はそうなんだ、よろしくね』
帝人「深夜さん、大人っぽいので先輩かと思ってました」
杏里「私もです」
帝人くんと杏里ちゃんが嬉しいことを言ってくれる。
『あはは、そうかな?ありがとう』
正臣「じゃー、これからよろしくな、深夜!」
『よろしくねー正臣』
帝人「そうだね、これからよろしく。折原くん」
杏里「折原さん、よろしくおねがいします」
正臣「あぁ、二人は敬語グセがあるんだ。あんま気にすんな」
正臣がオレの方をバンっと叩く。
……よかった。だいぶ調子が戻ってきたみたい。
臨也さんが黙ってくれているからかもしれないけれど。
正臣「それより深夜、どうだ?今から一緒にナンパに行かないか?」
正臣が膝をついて手を差し伸べる。
セリフがなければ完璧な王子だったのに。
『うっわー、すごく残念な王子様がここにいるなー。というか男をナンパに誘うなよ…(オレもしたいけど)』
正臣「だいじょーぶ、男の子がいれば安心だろうという罠に使うのさ」
『本人の目の前で堂々と罠扱いしないで下さい』
そんな会話をしていたとき、ふと、左手を掴まれる。
臨也「ごめんねー、正臣くん。彼、これから俺と行かなきゃいけない所あるから、これで」
『は、臨也さん!?』
そんな事今日言っていなかったじゃないか。
アニメでもそんな展開はなかったはずだし、なんならアニメでは――。
そこまで考えたときに、スッと何かが顔のすぐ真横を通り過ぎる。
それは臨也さんの頭にクリーンヒットした。
すぽーん、と、臨也さんが綺麗にふっ飛ばされる。
飛んできたのは――コンビニのゴミ箱だった。
(きたあっっ!)
興奮は大絶頂だ。
???「いぃぃざぁぁやぁぁくぅぅぅぅん????????」
はぅっ!!!♡
シズちゃん……っ!カッコイイ…!
臨也「はぁ……ほんっと最悪」
いつものヘラヘラ顔は健在のまま、臨也さんが立ち上がる。
臨也「なぁんでシズちゃんがここにいるのかな、君が働いていたのは西口じゃなかったっけ?」
静雄「そんなんもうとっくにクビになったつぅの。とりあえず殴らせろ」
ピキッとシズちゃんの表情に青筋が浮かぶ。
隣りにいる帝人くんがはっと息を呑んだ。
臨也「やだなあシズちゃん、君に罪を擦り付けた事、まだ怒ってるの?」
静雄「怒ってねぇぜぇ?ただ一発ぶん殴りたいだけだぁ」
シズちゃんが近くの標識を引っこ抜いて折り曲げる。
(本当に引っこ抜いちゃった!?凄い人間離れした技だなぁ)
感心しているオレをよそに、3人は逃げようとしている。
臨也「シズちゃんの暴力ってさ。理屈も言葉も通じないから苦手だよ。困ったなぁ」
胸ポケットからサッと携帯ナイフを取り出し、先端をシズちゃんに向ける。
臨也「見逃してよ」
(あっあっ、ちょっとまって、無理だよ。今の臨也さんの顔凄い格好良い好き写真撮りたい)
ポケットからスマホを取り出したい衝動を必死に抑える。
おそらくこの喧嘩に目を光らせているのは、オレぐらいだろう。
正臣「深夜も逃げたほうがいい、ここは危険だ!」
正臣がそう言ってくれるけれど、私としてはこの行く末を見届けたい。
確かこのあとサイモンさんとも会えるし…。
『ごめん、オレ臨也さんからは離れられない』
何より、彼から離れたら家に帰れなくなる。
迷子になる自信しかない。
そんなつもりで言ったのだが、正臣は顔を歪めた。
(信者とか思われてるかな?)
それは嫌だなぁと思って慌てて否定する。
『兄さんがボコボコにされる姿見てみたいからさ☆』
キラーン☆、なんて効果音が付きそうな顔でウィンクをする。
そんなオレを見て、正臣は呆けた顔をした後に吹き出した。
正臣「ちょ、でもまじで気をつけろよ?」
『うん、ありがとー』
そう言って正臣は帝人くんと杏里ちゃんの後をついていった。
目をキラキラさせながら二人を見ていると、不意に臨也さんと目があった。
彼はニィっと不気味な笑みを浮かべる。
嫌な予感がする。
何かを悟る暇さえなく、彼は避難していたオレの元にやって来た後、フィールドに引きずり込んだ。
『臨也さぁんっ!?』
臨也「凄い楽しそうに見てたから、深夜も俺と一緒にシズちゃんと喧嘩したいのかと思って」
『違いますけど!?』
『オレは部外者で外から見られたらそれでいいんッス!』
抵抗する私の手首を、臨也さんは離そうとしない。
静雄「ぬぉぉぉぉぉおおおおおおおっっっ!!!」
シズちゃんが近くの自販機を持ち上げる。
これ、実際自分に向けられてると思ったら凄い怖い…!
『ひぃぃっ、スミマセンスミマセン!臨也さんがボコボコにされる姿見たいとか言ってすみません!オレまだ死にたくないッスーー!』
臨也「へぇ、深夜そんな事言ったの?俺傷ついちゃうなー」
シズちゃんが投げようとしている姿が彼には見えていないのか。
臨也「じゃ、悪い子にはお仕置きが必要だよね。シズちゃんの相手は深夜がよろしく!それじゃ、おつかれ!」
そう言って臨也さんはオレを突き飛ばして、自らはパルクールで逃げていった。
『はぁぁぁあああっっ!?ちょ、まっ!』
自販機を頭の上まで持ち上げ、投げようとするシズちゃんと目が合う。
いつの間にか居なくなっていた臨也さんと、突然現れたオレの姿に彼は目を丸くした。
静雄「あぶね、避けろ…ッ!」
だからといって、投げ始めてしまった自販機は止まらない。
『ひゃああっ!!!』
慌てて放物線の左側に避ける。
その時に、利き足じゃない右足の付き方を間違えた。
ぐにゃりと足首が変な方向に向く。
『ッ…!』
思わず苦痛に顔を歪める。
けれど、間一髪で自販機を避けることが出来た。
首筋に空気を感じて後ろを見る。
そこには、コンクリートの道路にめり込んだ自販機があった。
『…よ、かったぁ』
とりあえず安堵する。
生きた心地がしなかった。
(臨也さん許さん、絶対許さん)
静雄「おい、お前!大丈夫か!?」
シズちゃんが慌てて駆け寄って来る。
『はーぁ、マジで死ぬかと思いました。とりあえずなんとかセーフです』
へにゃっと笑うと、よかった、と彼は安堵をあらわにした。
静雄「あのノミ蟲、絶対殺す」
『ええ是非。あのノミ蟲一回殺して蘇生させてもう一回殺してあげて下さい。あいつは許しません』
静雄「おぅ、そういえばお前、立てるか」
『あぁ、はい。……っ、立てます』
ゆっくりと腰を上げる。
静雄「お前、足」
『あぁ、これくらい大丈夫ッス』
静雄「大丈夫じゃねぇだろ、捻ったんだろ?」
『まぁ…』
静雄「俺も悪かったしな、掴まれ」
そう言われて、ひょいっと持ち上げられる。
『へっ、あっ、わ、ちょっ!?』
イケメンな顔面が近づいてきたかと思えば、サラッと王子抱きをしてくるシズちゃん。
ぼんっと顔が赤くなる。
静雄「掴まれ」
『あ、ありがとうございます…』
そう言われて、ゆっくりと彼の首に手を回す。
互いに息がかかりそうなほど近い。
恥ずかしくなりながらも目線を上げると、美しいブルーの瞳と目があった。
――かと思えば、すぐにそらされてしまった。
静雄「…お前、あんまそんな顔すんなよ」
『は!?』
(そ、そんな顔ってどんな顔ですか…!?)
シズちゃんの意味深な言葉に目を回す。
髪の隙間から見えたシズちゃんの耳が赤くなっていて、それを見てオレもまた赤くなった。
静雄「ところでお前、見ない顔だがノミ蟲…臨也とどんな関係なんだ?」
『えっと、従兄弟ッス。丁度昨日、家の都合で上京してきて、臨也さんの家にお邪魔させてもらってるんです。あ、折原深夜って言います。あなたは…シズちゃんですよね?』
目の前の彼がシズちゃんな事はわかりきっているが、一応聞いておく。
この世界に存在する折原深夜は、“デュラララ‼”の存在を知らないから。
オレの問いかけに、シズちゃんが眉をピクッと動かした。
静雄「あぁ……俺は平和島静雄だ。シズちゃんはノミむ……臨也が勝手につけたあだ名だからあんま呼ばれたくねぇ」
(やっぱり本人目の前にシズちゃんとは呼べないか…)
少ししょんぼりしながらも、話をふる。
『じゃあ、平和島さん?』
静雄「静雄で良い。あんまさん付け、慣れねぇんだ」
『じゃあ静雄で!』
静雄「あぁ、よろしくな、深夜」
シズちゃ……静雄がにかっと笑う。
それを見てオレも嬉しくなって笑った。
臨也さんはあんな性格だからアレだけど、静雄は仲良くなってくれたら凄い優しい人だから、付き合うなら臨也さんより静雄のほうが個人的には――なんてふしだらな事を考えていると、何処かのビルに入っていく。
『静雄、ここは?』
静雄「あー、俺の働いてる会社みてーなもんだ。すんません、トムさん」
(トムさん!?)
びっくりしながら静雄の視線を追う。
そこには、特徴的なドレッドヘアーの男性が居た。
トム「おーぅ、静雄……ってその兄ちゃんどうしたんだ?静雄の彼か?」
『かれ…!?ち、違います!さっき怪我したところを助けてもらって…』
静雄「いや、俺が怪我させちまったんです。臨也との殺し合いに巻き込んじまって」
静雄の説明にトムさんがオレを憐れみの表情で見つめてくる。
トム「そりゃあ大変だったなぁ。兄ちゃんが無事で良かったよ」
宿敵をか弱い少年に押し付け、一足先に新宿の自宅へと帰っていた男は、電気もつけずにパソコンに目を向けていた。
そこに映し出されるのは、ダラーズに所属している者のみが閲覧することの出来る掲示板。
でかでかと書かれたスレッドの題名には【平和島静雄に彼が出来た!?!?】という文字。
◯
◯
◯
>>>あの平和島静雄に彼が出来たらしい!
>>>嘘つくならもうちょいマシな嘘をつけ
>>>待ってそれ私も見たー!
>>>私も!たしか池袋の西口公園だよね?
>>>マジで?
>>>意外と可愛かったぞ
>>>待って俺写真持ってる
◯
◯
◯
男はスレッドのタイトルに興味を惹かれて、その掲示板をクリックをした。
まさかあのシズちゃんに、そう思い全く信じずにレスをスクロールする。
どうせ誰かのガセだろうと口角を上げる。
それにしても、シズちゃんに関する色恋沙汰で盛り上がろうとするなど馬鹿なヤツも居た物だ。
物音一つしない空間の中、スクロールするたびに動くマウスのホイールが擦れる音だけが響く。
一つのレスを見たときに、その音はピタリと止んだ。
臨也「写真…?」
◯
◯
◯
>>>↑!?
>>>↑みたい
>>>[深夜が静雄に姫抱きされている写真]
>>>てか男の子可愛いな!
>>>男の子肩に手回してんじゃん!
>>>キスできそうなほど顔近いね!?
>>>平和島静雄を怖がらない男なんているのか、肝座ってるなぁ
>>>どっちも赤いし、これガチで付き合ってんじゃない?
>>>喧嘩人形の赤面姿レアすぎ
>>>意外とお似合いじゃん!
>>>↑ねー!男の子可愛いし、平和島静雄も意外とイケメンだし♡
◯
◯
◯
臨也「ハッハッハッハッ!!!!!!!」
面白くて、思わずデスクに手をつく。
ガシャンっと大きな音がなったが、男の耳には一切届いていないようだ。
臨也「面白い!!!実に面白いよ!!!!!」
ドスッとゲーミングチェアに腰を落とし、くるりと一回転した後、背中にある大きな窓の壁から池袋の方面を見下ろす。
臨也「まさか、君がシズちゃんとこんなに仲良くなるなんて」
蒼い月の光に照らされて、男の瞳がルビーに輝く。
ゆっくりと味わうように舌を這わせる姿は、とても妖艶だった。
臨也「あぁ、俺は本当に幸せものだ」
男が感じているのは、享楽。
捕食者のような顔をしながら、男は一言だけ、レスをした。
◯
◯
◯
>>>平和島静雄くんに恨みがある人、今がチャーンス!何じゃないですかぁ?☆
『ほんとに何から何までありがとう…!』
家についたのは、気づけば夕方だった。
トムさんの会社の人に可愛がってもらい、こんな時間まで長居してしまった。
臨也さんの家の前まで送ってくれた静雄に顔の前で手を合わせながらお礼を言う。
臨也さんの家の場所がわからないから帰れない、だなんて、迷子の[[rb:子供 > ガキ]]みたいだよな。
嫌いな人の家まで送ってもらうなんて。
静雄が臨也さんの家を知っていて助かったけれど。
彼にも迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ない。
『わざわざ臨也さんの家の前まで…助かったぁ』
静雄「おぅ、まぁ俺も悪かったからな…深夜を巻き込んじまったし」
頭を手で掻きながら罰が悪そうに言う静雄に、思わず笑ってしまった。
静雄「どうした?」
『あぁ、静雄って怖い人なのかなって思ってたけど、凄い良い人だから、ギャップ萌えしちゃって』
静雄「ぎゃっぷ…?何だソレ」
首を傾げる静雄に、簡単に説明をする。
『絶対この人はこんなことしないだろうって思ってた人がその行動をして、それを見て心臓がきゅんってなること』
静雄「……へぇ」
そう返事をして以来、静雄はそっぽを向いてしまった。
(…?)
不思議に思いながらも、そろそろ別れどきかと話を切り上げる。
『じゃあ、今日はありがとう。あ、そうだ、良ければ連絡先交換しないですか?』
静雄「あぁ、良いぜ。つっても、俺あんま携帯使わねぇんだ。だから街であったら声かけてくれ」
そういって静雄もスマホを取り出してくれたので、互いに連絡先を交換する。
スマホに移された“平和島静雄”の五文字に、思わず顔が綻んだ。
静雄の方を見ると、マンションの上の方を見ていた。
『どうした?』
静雄「…あぁ、わり。アイツの顔を思い出してイライラしてきたわ」
静雄の額に青筋が浮かんだのを見て、オロオロと慌ててしまう。
(やっぱり池袋駅で分かれておけばよかったかな…!?)
静雄「ンな顔すんな、別にアイツとヤル気はねぇよ。お前と話せて楽しかったしな。んじゃ、またブクロで会おうぜ」
別れ際に頭を掴まれたかと思うと、ガシガシと乱暴に撫でられる。
それでも加減をしてくれたのか、あまり痛くはなかった。
『うん、おやすみなさい!、また今度!』
去っていく背中にそう声をかけると、静雄は振り返らずにただひらひらと手を振って帰っていった。
彼の姿が見えなくなるまで見送ってから、頭に手をやる。
『あーあ、髪ぼさぼさ』
そう呟いて苦笑する。
嗚呼でも、たまにはこんな日も悪くないかもしれない。
オートロックの設備にはあまり詳しくないけれど、とりあえずうろ覚えの臨也さんのルームナンバーを押す。
すると、スピーカーから臨也さんの声が聞こえてきた。
臨也「深夜〜?開いてるから入ってきていいよ」
かちゃ、とドアが開く音がする。
そのまま臨也さんの部屋の前まで行く。
もう一度そこに置いてあるインターホンを鳴らすと、臨也さんが扉を開けてくれた。
臨也「おかえり」
『ただいまです』
臨也「あれ?怒らないんだ。深夜を囮にして逃げたのに」
あっけらかんとした顔で言う臨也さんにはぁ、と大きなため息をつく。
『囮にした事は別に怒ってませんが、怪我させられた事には少しだけ苛ついてるッス』
臨也「怪我?」
臨也さんが不審そうにこちらを見る。
元凶はお前だバーカ、そんな言葉を飲み込んで、笑顔を浮かべる。
『飛んできた自販機を避けようとしたら足捻ったんですよ。静雄が運んで手当してくれましたけど』
臨也「それって自販機を投げたシズちゃんが悪いんじゃないの?」
『よくそんな事が言えたものです。反省ゼロッスね…。まぁ、今回は静雄と仲良くなれたので許します』
先程の出来事を思い出して、思わずにやける。
臨也「もう名前呼び?早くない?」
『嫉妬ッスか?臨也さんも静雄と早く仲良くなればいいのに』
臨也「それは無理だね、というか嫉妬とかじゃないんだけど」
即座に否定した臨也さんに苦笑する。
『あ、そういえば夜食どうしましょう』
臨也「冷蔵庫に昨日買った食材はあるよね?それ好きなの使っていいよ」
『わかりました。じゃあ気まぐれシェフのコース料理で』
臨也「ふぅん、じゃあ今日はフランス料理やイタリア料理なのかな?楽しみだなぁ」
『そこら辺の雑草を使ったお味噌汁出してやる』
臨也「やだなぁ、冗談だよ」
臨也さんと軽口を叩き合うのは意外と楽しい。
臨也「おっと、仕事だ」
そういって彼が携帯を取り出したので、オレは黙って料理を作り始めた。
電話をし始めた彼の口から、四木さん、という声が聞こえる。
(そうかぁ。まだしばらくは平気だろうけど、粟楠会とか明日機組とかのいざこざもあったよね。臨也さんが刺されちゃったり……)
そこまで考えて、止めた。
今彼は楽しそうに生きている。
それでいいじゃないか。
アニメで見た彼が刺されたシーンを、オレは必死に追い払った。
これからまた、ダラーズやら黄巾賊やら切り裂き魔やら、忙しくなる。
今はただ、この幸せを噛み締めていたい。
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