identity

臨也「深夜くーん、起きて」


『……んぅ……わかったッス……』


臨也「分かったって言いながら寝ないの」


『はぁい……』


眠い目を擦りながら、ゆっくりと目を開ける。


『……っ、?』


臨也「目覚めの気分はどうだい?」


『あゝ……そうだな……。

目の前にイケメンが馬乗りになっている姿を見られるのは最高の気分ですね。

――夜中である事と首にナイフを突きつけられている事を除けば』


臨也「……意外と冷静だね」


『全然怖いんで下ろしてもらっていいですか?そのナイフ』


臨也「無理」


昨日と変わらない顔でニィっと笑う彼に恐怖を覚える。


ナイフを突きつけられたところで、彼に馬乗りになられている以上、逃げ出す事も出来ない。


『昨日と今日で心変わり早すぎだ…』


背中につぅっと冷や汗が伝う。


臨也「一つ君に聞きたい事があってねぇ。


 


 


 


 


――君は一体何者?」


 


 


 


 


『……は?』


臨也「君の事をちょっと調べさせてもらったんだけどね。出てこないんだ、何も」


『……』


その言葉に押し黙る。


きっと、そうなるとは思っていた。


そんなオレを見て、折原さんは突然笑いだした。


臨也「アハハハハ!!!!!良いね良いねぇ!!こんなに楽しいのは久しぶりだよ!!!!!


君は誰だ?何処から来た?この俺が調べても何も出てこないなんて、ねぇ?」


『折原さん……』


臨也「俺が君にナイフを押し当てている理由を説明しよう。

俺がいろいろ調べてみたんだけど、全然君の情報が出てこないから怪しいと思ったんだよね。

だから戸籍から調べ直してみたのさ。

でも、当たり前だよね?

“存在しないもの”の情報を探しても、見つかるわけがない。

ははっ、相当苦労させられたよ。

まさか、君の戸籍が無いだなんて」



『……』


臨也「それで俺は考えたのさ。君は“人間”じゃないんじゃないかって」


『……そう来たか』


臨也「俺も最初は信じられないと思ったさ。でもセルティの様なデュラハンだって実在するこの世界。君が人外だったとて、不思議じゃあない」


折原さんの言葉に、たしかに、と納得してしまう。


人外であるならば、“戸籍”なんてものが存在するはずもない。


――あいにく、オレはれっきとした人間なのだが。


臨也「俺は人間を愛している。けどね、化け物は大嫌いなんだ。セルティは例外だけどね?


例えば……シズちゃんとか。


……あぁ、君に言った所で伝わらなかったね。


シズちゃんってのは俺が心の底から死んでほしいって思ってる人間のふりをした化け物の事ね。


あぁ、名前を呼ぶだけで寒気がするよ」


ぶるぶる、と、体を震わせながらも、彼の唇は弧を描いている。


臨也「もし君が化け物なら、俺は君を保護する事は出来ない。


間違えて殺してしまうかもしれないからね。


――あぁ、もしかしたらそれが“今”かもしれないけれど。


そんなのは誤差だよね?」


誰もが見惚れそうな微笑みで恐ろしい事を言う折原さん。


『なるほど、だからこんな真夜中にでもオレを叩き起こしに来たのか』


遠回しに嫌味を言っても、折原さんはサラリと躱す。


臨也「あぁ、そうだよ?それで答え合わせに来たのさ。


君の正体は何なのか……。


さあ、俺の導き出した答えは当たっているかな?」


笑いながら、首元に押し付けるナイフの力を強める。


折原さんの瞳は“楽しくて仕方がない”というように輝いていた。


いつも神様のように見下ろして余裕ぶった青年とは違い、玩具で楽しんでいる少年の様な雰囲気だ。


『……あはは。そうですねぇ。オレの戸籍が無いところまで調べた所は流石情報屋といったところでしょうか』


オレの言葉に、折原さんが嬉しそうに目を細める。


『……ただ、折原さんの回答は半分正解、半分不正解、ってところですな』


臨也「……ほぅ?」


好奇心を光らせたルビーの瞳とかち合う。


オレは好戦的な視線で返した。


いくら彼が作中でクズな性格でも、彼には助けてくれた御恩がある。


 


 


 


 


 


 


オレの存在で楽しんでくれるなら、楽しませてあげようじゃないか。(男主くん怖…)




『とりあえず、逃げる気はサラサラ無いからそろそろナイフを下ろしてオレの上からどいてくれないッスか?』


折原さんは少し迷ったように私を無言で見下ろす。


『はぁ。まずひとつだけ言いますね。オレは人間ッス。化け物ではありません』


臨也「証拠は?」


『……じゃあ、逆に何を提示すればいい?』


臨也「ふ、そう言われるとそうだね」


『それに、嘘か本当か見抜くのは情報屋なら得意だと思うのですが』


臨也「……フッハハハハ!!!!君、本当に面白い。ハハハッ、ますます手放したくなくなるな」


そういって、折原さんはオレの上から下りた。


「隣、座ってよ」


ベッドに腰掛けた折原さんが隣をぽんぽんと叩くので、私は静かに隣に座り直す。


臨也「それで?さっきの続きを」


『そうですね……。何から話せばいいんでしょう。まず、オレは人間です。これは本当。


……あぁ、そういえば、折原さんに嘘を付きました。すんません。


オレが記憶喪失って言うのは、嘘です』


オレの言葉に、折原さんはあまり驚かずに頷いた。


臨也「あぁ、それはなんとなくわかってたよ」


『はっ!?』


臨也「記憶喪失のくせに、やけに堂々と生活してるし」


『えぇ……そうですか?』


臨也「で、どうしてそんな嘘を?」


『信じてもらえないかもしれないんですけど、オレ、別の世界からやって来たんッス』


臨也「……はぁ?」


折原さんが素っ頓狂な声を上げる。


彼のこんな声は、結構珍しい。


『だから、化け物は半分正解と言いますか……。異世界人、なんッスよ。多分』


臨也「ちょっとまって……理解が追いつかない」


『じゃあ待ってます』


折原さんがスマホを取り出して、オレの情報のメモを取っていく。


かくかくっと、フリック入力の音だけが響く。


臨也「……はは、ぶっ飛んでるね、色々と」


『信じてもらえるんですか?』


臨也「そうじゃないと、俺が君の情報を捕まえられなかった理由がいよいよわからなくなる」


そうして折原さんは後ろにバタッと倒れた。


臨也「はー、これだからこんなクソみたいな世界は大好きだ。


何が起こるかわからない。想像すらできない。アッハハハハ!!」


『そうッスね』


オレもバタリと後ろに倒れた。


隣で寝っ転がっている折原さんと目があって、二人で笑いだす。


『折原さんに信じてもらえて、良かったッス』




臨也「……どうして泣くの?」


『……はっ?』


折原さんに言われて、目尻に指を這わせる。


しっとりと、指が濡れた。


『あっ、すんません……』


臨也「実は意外と心細かったんでしょ。俺に信じてもらえて安心しちゃった?」


見透かされて、あはは、と笑う。


『趣味が人間観察なだけありますね』


臨也「まあね。ところで、君は何処から来たの?」


『嫌、同じ地球で同じ日本人なんですけど。[[rb:平行世界 > パラレルワールド]]ってヤツですかね?』


臨也「[[rb:平行世界 > パラレルワールド]]……」


『同じ地名があるんッス。渋谷も新宿も池袋も』


臨也「それは興味深いね」


オレが現世からやってきた事だけを簡潔に伝える。


――ここが小説や漫画やアニメの世界である事だけを除いて。


(ごめんなさい折原さん。あと一つだけ、嘘をつかせてください)


臨也「深夜くんはどうやってこっちに?」


『転生、なんですかね。少し用事で新宿に向かってたんですけど、巨大地震で電車が脱線して、そのまま頭を打ち付けて気を失って……。気づいたらあそこの通路で倒れてたんです。そして折原さんが拾ってくれました』


臨也「なるほど。[[rb:平行世界 > パラレルワールド]]なら、向こうの世界にも俺はいるのかな?あーでも、この世界に君は居なかったよね」


折原さんがんー、と眉間にシワを寄せる。


『でも、黒バイクなんて居なかったッス。流石に首無しの妖精がいるってなれば、テレビで放映でもされそうですが……』


臨也「確かにそれはそうだ。君の世界の池袋は自販機や標識が飛んできたり、カラーギャングが蔓延っていたりしていたかい?」


折原さんの言葉に、思わず吹き出しそうになる。


脳内で“ブクロに帰ると奴が必ず何かしら投げてきます”が流れた。


(なんだかんだ言ってシズちゃん大好きじゃん……)


それはそうであって欲しいというオレの妄想かもしれないが。


『自販機や標識を投げ飛ばせるような人は居ませんでしたね……。カラーギャング……オレは神奈川住みなので池袋には詳しくないので居たかはよくわかりません』


臨也「そう。ということは、俺が君の世界にいる可能性は低そうだね」


『ですね』


臨也「それで、戸籍が無い君はこれからどうやって行きていくの?あぁ、別に俺が君を保護するのは全然構わないけれど、君が色んな場面で困らないかい?」


その言葉に返す言葉も見当たらず、ぼーっと天井を見る。


『どうしましょうかね』


臨也「俺が君を本当の従兄弟にしてあげようか」


『……は?』


突然の申し出に、オレは絶句する事しか出来ない。



『どういう事ですか?』


臨也「実は意外と戸籍を作るのって簡単なんだよ。そこに“人間が居れば”ね」


『そうなんッスか!?初耳です』


臨也「出生届を出さない親ってのは、結構いるからね。何処の誰から生まれたか分からず、戸籍のなかった君を俺がたまたま拾って血縁関係を結ぶ。はい、完璧」


ドヤ顔をする折原さんを見て、吹き出してしまいそうになった。


『……あっ、でっ、でも、折原さんは迷惑じゃないッスか?そもそも、こんな変な男子高生と血縁関係結んじゃうなんて……』


臨也「いーよ、俺は面白そうな事が大好きだからね。だから、そういう迷惑とか考えるの禁止。……あぁ、そうだ。それじゃあ、君にも学校に通ってもらわなきゃだ」


『学校…!?』


思わず目が輝く。


学校ってもしかしてもしかしなくとも来良だったり!?


臨也「俺は君の保護者として教育を受けさせる義務があるからね。ここから近くの来良学園だったら私立で融通もききそうだし良いんじゃないかい?」


折原さんの言葉に自然の顔が明るくなる。


(帝人くんや紀田くんや杏里ちゃんに会える…!)


臨也「……そんなに学校が好きなの?」


折原さんが怪訝な顔でこちらを覗き込んでくる。


『え、えぇっと…はい、学校は好きッス』


臨也「ふぅん、そう。じゃあ、手続きは俺がしておくよ」


『ありがとうございます!』


臨也「それじゃあ、そろそろ起きようかな」


折原さんがベッドから降りる。


起きるって、まだ明け方の3時なのに。


折原さんが深夜に叩き起こしたから。


……折原さんが深夜に叩き起こしたから。(2回目)


というか、オレについて調べてたなら寝ていないんじゃないか?


『折原さん、少しは睡眠取った方が良くないッスか?寝た方が良いですよ』


オレが眉を下げてそういうと、折原さんは顎に手を当て面白そうに「へぇ」と呟いた。


臨也「それは俺を誘ってるのかい?」


『は?一体何を言って……って、あれ?』


きょろきょろと辺りを見回す。


綺麗に整えられたモノトーン気味の知らない部屋。


手元にはふかふかのベッド……。


『折原さんの部屋!?!?』


オレ!?いつの間に折原さんのベッドで寝ていたの!?


「気付くの遅すぎ」


『いやそれは折原さんが変な事してくるから周りを見る余裕なんか……いや、そうじゃなくて!オレ、ソファーで寝ていたはずでは…?』


もしかして、と彼の方に視線を向けると、折原さんはニヤッと笑った。


臨也「俺が運んであげたんだから、感謝してよね」


(厚かましい…!)


『……アリガトウゴザイマシタ。


オレ、もう起きるんで、折原さんベッドどうぞ。すんませんでした』


そういってベッドから降りようとすると、手を引かれてベッドに引きずり込まれる。


『わぁ!?』


臨也「折角なら一緒にどう?」


『……いいですよ』


そういって抱きつく。


すると、彼は少しだけ目を丸めて笑った。


いつも大人な余裕で惑わしてくる折原さんへのせめてもの抵抗だ。


貴重な彼の驚いた顔を見ることが出来たので良しとしよう。


『あぁ、でも何もしないでくださいッスよ』


隣の折原さんをジトッと見つめると、心底面白そうに笑いだした。


臨也「アッハハハ、安心してよ。だから、君は俺のタイプじゃないから」


『……』


別にコイツに好かれたいわけじゃない。


そうじゃないけど、コイツにタイプじゃないと言われるのは無性に腹がたった。


臨也「ごふっ」


無性に腹が立ったので、思いっきり彼の脇腹にグーパンチを食らわせてやった。


『おやすみなさい』


臨也「…おやすみ」


少し不貞腐れたような声を聞きながら、彼の温もりに包まれ眠りについた。


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