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『おじゃましまーす……』
スーパーで買い物を終えた後、折原さんに連れられてやって来たのは、超高級マンション。
中に入ると、本当に広い。
臨也「今日から君の家でもあるんだから、“ただいま”で良いんだよ」
そう言われて、なんだか頬が緩む。
『……ありがとうございます』
そっかぁ、オレ今日からここに住むのか。
「(深夜くんって本当に扱いやすいよねぇ)」
――なんて思われているとも知らずに。
『じゃあさっさとつくるッス』
臨也「宜しくね〜。あ、そうそう。さっきの黒バイクの話をしておきたくて。あぁ、作りながらでいいよ」
折原さんがそう言うので、オレは黙って彼の話を聞く事にした。
臨也「彼女はセルティ・ストゥルルソン。今世間を騒がせている“首なしライダー”だ。聞いたことはあるよね?」
『いや……。記憶がないので、初めて聞きました。首無しって比喩ッスよね?』
臨也「なるほど。首なしライダーって言うのは、さっきの彼女の事だ。首がないって言われていて、所謂都市伝説みたいな物だと言われている。けど実際は違う。
彼女は存在しているし、首がないのも本当さ」
『へぇ、そうなんですか』
臨也「信じてない?じゃあ今度セルティにヘルメットを取ってもらおう。彼女はデュラハンっていうアイルランドの妖精でね。首を探して三千里、アイルランドからはるばる日本にやってきたのさ」
『首は日本にあるんッスか?』
知っていながら、知らないふりをする。
臨也「さぁ?知らないね」
『情報屋なのにか?』
「ははっ、俺だって人間だよ?完全じゃあないさ」
『ふぅん』
適当に相槌を打ちながら、料理を作る。
『そういえば。折原さんはどうしてオレを拾ったんですか?』
「んー?さっきも言ったよね。君に興味が湧いたから」
『それはわかってるッス。でも、折原さん情報屋なんですよね?例えばオレが刺客で、この鍋に毒物を入れられたりするかもしれません。どうして全然知らないオレを家にあげられるんだ?』
臨也「俺をナメてもらっちゃ困るよ?これでも情報屋だからね。君なんて本名が分かれば直ぐに何処の誰かわかるさ」
その言葉に黙る。
オレはこっちの世界の人間じゃない。
それこそ、きっと戸籍なんて持ってない。
(――もし、オレの情報が何も無いとわかれば、オレは捨てられるのか…)
少しの疑問と不安を抱きながら。
『じゃあ、私の情報がわかったらオレにも教えてほしいッス』
臨也「安くするよ」
『お金取るのか』
臨也「商売なんで」
話した後、折原さんはパソコンを弄り始めた。
帝人くんたちとチャットしてるのか、それともオレについて調べているのか。
特に気にする必要はないやと思って料理の準備をする。
しばらくして、鍋ができた。
『折原さん、鍋出来たッスよ』
臨也「ありがとう」
そうお礼を言った折原さんの声が、先程より低くなった気がしたのは気の所為かもしれない。
2つ分のお皿とお鍋を机に置く。
臨也「こうやって人と食べるのは久しぶりだなぁ」
(折原さん、ぼっちですものね……)
という言葉は寸でのところで飲み込んだ。
『美味しくなかったらオレ食べるんで無理しないでくださいね?――いただきます』
臨也「ははっ、レトルト食品より数倍マシさ。――いただきます」
向かい合って手を合わせる。
今更ながら、推しとこうして話せたりご飯食べてるのって凄いよね……。
思わずジーッと折原さんを見つめる。
こんなイケメンと二人暮らしとか、ドキドキが止まらなそうだよね……相手が折原さんじゃなければだけど。
それにしても、この男の家に居候とか、大丈夫なのだろうか。
それしか選択肢がなかったといえば無かったので仕方がないが。
これからオレも抗争に巻き込まれる事になってしまうんだろうか。
オレは折原さんに養っていただいている身なので、彼の命令にはきっと逆らえない。
全部を知っていて、それでもオレは見届ける事しか出来ないのだろうか。
――まず、オレはそこまで生きられるのか?
正体不明のオレを不審に思って折原さんがオレを捨てる事だって有り得そうだ。
まさに、前途多難。
ふぅ、と小さなため息をつく。
臨也「どうしたの、深夜くん。俺の方見て。見惚れた?」
『……そうかもしれませんね』
目の前の脳天気な男を見て、少しだけ嫉妬した。
こんなにお金があれば、戸籍がなくても生きていけたりするのかなぁ、なんて。
臨也「……何を不安に思っているのかは知らないけど、俺は、気に入った駒は大事に使う主義なんだ」
『……その言葉、信じて良いッスか?その駒、爆発するかもしれませんよ』
臨也「ははっ、もし爆発しても俺は盤面を上から見下ろす神様だからね。被害を受けるのは周りの駒さ」
『ハハ、ありがとうございます』
臨也「何の感謝かな?俺は君を縛り付けるって言っただけなんだけど」
心配するオレに、声を掛けてくれたと言うのは自意識過剰だろうか。
折原さんの言葉に、オレはこう返した。
『そうですか。じゃあ、束縛は大歓迎ッス』
嗚呼、やっぱり大好きだ。
臨也「はっはっはっ。やっぱり深夜は面白い。俺の見込んだ通りだ」
なんだか嬉しくなって鍋をつつく。
うん、我ながら美味しい。鍋で失敗する事ってあんまりないけど。
『……そういえば、折原さんは人間が好きって言ってましたよね』
臨也「あぁ、俺は人間が大好きだからね」
『何故人が好きなんッスか??』
オレの質問に、折原さんは箸をおいて考え始めた。
臨也「――世の中には、色々な人間がいるだろう。それは見た目だったり思想だったり……。
俺は情報屋っていう職業柄もあるのかもしれないけど、色々な事を知りたいのさ。
人がいる所には、俺が知らない色々な事があふれ生まれ消えていく。
そんな彼らを常日頃見ているのが面白いのさ。
世の中には俺の思い通りに動いてくれる人間もいれば、予想を覆す行動をする人間もいる。
人間ってものが面白くて、興味深くてしかたないんだよ。
だから俺は人間を愛してる!
人LOVE!
だからこそ、人間も俺を愛するべきだと思うんだよねぇ。
深夜もそう思わないかい?」
わ、待って待って。
名ゼリフが各方面から飛んできてヲタク倒れそうです。
『そ、そうッスか……。まぁ、その謎理論は置いておいて……。
だから人の個性が見える料理が好きだって言うんですね。
でも、その人間の中に折原さんは含まれないんですか?』
確か人間愛の中に彼自身は含まれないんだよな、と思いだして質問する。
臨也「だって俺は俺を知り尽くしてるもん。そんなの、つまらないでしょ?」
『なるほどな……』
彼は異常なほど“知りたがり”なんだ。
臨也「だから、俺は深夜くんのことも愛してるよ」
そう言われ、思わず赤くなる。
推しに愛を囁かれて、嬉しくないはずがない。
そんなオレを見て、折原さんは笑った。
臨也「あぁ。あくまで、好きなのは人間であって君じゃないから。ここ重要」
『〜〜っ!わかってるッスよー!!』
そんなことは分かっている。
わかりきっているけれど、やっぱり赤くなってしまう。
臨也「アッハハハ!すぐ赤くなる癖、直した方が良いんじゃない?ま、俺はそんな君の反応が面白いから今のままでも全然良いんだけど」
クククッと不敵に笑う折原さんを見て、また恥ずかしくなる。
こんな男の言葉一つで踊らされている自分が恥ずかしい。
『……黙れくれッス。このドS野郎』
臨也「深夜くんは恥ずかしくなると口が悪くなるんだね」
『人間観察やめてください』
臨也「ごめーん、これ俺の趣味だから無理」
『……』
臨也side
俺一人には広すぎるこの家に、人が一人増えた。
彼の名前は小野寺深夜。
見た目はごくごく普通の男子高生だ。
――出会いの場面を除けば。
地面で寝っ転がっていた彼を思い出す。
改めて考えても、彼はとても異質な少年だった。
俺の部屋に居候するほど危機感がないと思えば、偽名を名乗ったり睡眠薬を盛ったドリンクを飲まなかったりと意外なところで危機感をきちんと持っている。
だからこそ面白いと思った。
彼は俺の想像を超えてくる人間だ、と。
彼が鍋を作っている間、俺は彼の素性について調べていた。
(……?)
可怪しい。
彼の情報が、一つも見つけられない。
この俺が見つけられない?
まさか。
首を横に振る。
あんなガキの情報なんて、簡単に見つかるはずだ。
もっと詳しく調べようとキーボードに手を伸ばしたところで、深夜に呼ばれる。
「折原さん、鍋出来たッス」
どうやら夕飯が出来たらしい。
『ありがとう』
――荻原深夜
君は一体何者なんだい?
折原さんと鍋を食べ終わった後、お皿洗いをしてお風呂を洗う。
『折原さん、お風呂先入るか?』
「俺はちょっと調べたい事があるから、深夜くん先良いよ」
『ありがとうございます』
一番風呂を有り難く頂戴して、湯船に浸かる。
『ふぅ、癒やされるなぁ…』
お風呂って凄い。
今までの疲労が全部溶けて消えていくみたいだ。
(……あ、そういえば、服どうしよう)
生憎、オレが持っている服は出かけるために持ってきた服だけだ。
……もう一度着直すのは、汚いかもな…。
でも、折原さんから借りるなんておこがましい。
外は涼しいし、そんなに汗かいてないからいいか。
そう結論づけて、考えることを放棄した。
お風呂に入っているときくらい何も考えずに休みたい。
しばらくリラックスしていると、ガチャっと扉の開く音がした。
脱衣所から、折原さんのシルエットが見える。
臨也「深夜くんいる?」
『はい、居ますよー』
臨也「ここに俺の服置いとくから、着といて」
『……はっ』
彼の言葉に思考が停止する。
(待って、もしかして……彼シャツとかいうやつですか!?)
『まっ、待ってください!無理ッスよ!』
「知らない男の服着るの嫌?」
『いやそうじゃなくて!!そこまで迷惑かけられないッス!しかも折原さん細いじゃないですか!折原さんの服とか着れませんよ……?』
(それに恥ずかしいし)
という本音だけは黙っておく。
「いやいや、深夜くんなら大丈夫でしょ」
(大丈夫じゃねぇよ多分……!?
折原さんアニメでも痩せ型過ぎて栄養失調かなんかかと心配になるレベルだったからな…)
臨也「ま、着れなかったら俺のファーコート貸してあげるから。あと、迷惑じゃないからね?俺らはちゃんとwin-winの関係で成り立ってるから、ここ重要」
『……ありがとうございます』
きっとこの優しさは紛い物で、オレが観察対象だから手塩にかけてくれているだけ。
そうは分かっていっても、緩む頬を止められなかった。
正直突然トリップしたとか信じられないし、周りは知らない街や知らない人だらけ__正確には“知っている”けれど__で不安でいっぱいだったけれど、こうやって折原さんに助けていただいて、結構自分は運がいいのかもしれない。
『……こういう考えになるだけで、もう臨也教に入信しかけてるのかなぁ』
沙樹ちゃんみたいにはなりたくないな……。
『心を許しちゃダメだオレ。相手はあの折原臨也なんだから』
忘れそうになるけれど、彼は確かに“黒幕”なのだ。
『折原さん、お風呂ありがとうございました』
臨也「いえいえ。そうだ、これ、さっきコンビニでとりあえず買ってきた歯ブラシと歯磨き粉。今日は一旦それ使って?」
そう言って折原さんは自分のデスクから袋に入った一本の歯ブラシを投げた。
『いつの間に……何から何まですんません』
臨也「いーのいーの。今日はもう寝る?」
『あぁ、色々な事があって疲れてしまったので……』
地震、トリップ、心中オフ会、同居。
色々なことが起こりすぎて、体が悲鳴を上げている。
一刻も早く休ませてあげたい。
臨也「じゃあ、俺の部屋はそこの階段2階に上がった所の右だから」
『……へっ?』
折原さんの言葉の意味が分からなくて体が固まる。
……いや、実際言葉の意味はなんとなくわかる気がしなくもないが……あの折原臨也が?
オレをベッドに寝させようとしてくれているの?
『オレソファーでいいッス』
そう主張する私を、折原さんが呆れた顔で見る。
臨也「あのねぇ、ソファーに寝かせらんないでしょ。っていうか、俺今日寝るつもりないし」
そんなことを気にする人間だとは思っていなかったので、思わず目を見開いてしまう。
『寝るつもりないとか関係ないッス!嫌!絶対嫌です!ソファーが良いッス!ソファー大好き!』
臨也「……っくく」
ソファーを死守するために変なことを言い出す。
でも彼のベッドで寝るのは絶対ダメだ。
もちろん、折原さんのベッドを借りるなんておこがましすぎる、という遠慮の気持ちもある。
が。
推しのベッドでなんて絶対眠れない。本音はこっちだ。
寝不足になる自信しかない。
『そういうわけなんで!よろしくおねがいします!』
臨也「あははっ」
何だか居た堪れなくなって、洗面所で歯磨きをしに行った。
臨也side
すぅすぅ、と規則正しい寝息が聞こえてくる。
パソコンの前から離れてソファーに向かうと、俺が貸したシャツで無防備に寝ている深夜。
別に自分はそういう欲求が無い__所謂子煩悩だ__けれど、深夜のこういうところは本当に危険だと思う。
彼に貸したシャツは俺の身長にあっておらず、多少ぶかぶかだ。
『君は俺を全然知らないのに、どうして俺にそんな信頼をおいているんだろうね?』
「――臨也さん……」
彼の体に馬乗りになった時、彼が少しだけ微笑い、俺の名前を呼んだ。
『……』
(あーあ、つまらない)
先程までの好奇心が急激に冷えていく。
理由はよくわからなかった。
『なんか萎えたなぁ』
ボソッと呟いて、彼の上から降りる。
その代わり、彼の首筋と後ろ膝に手をかける。
『……えっ、思ったよりも軽い』
よっと持ち上げると、彼はいともたやすく持ち上がった。
階段を登って、自分のベッドに彼を寝かす。
彼は先程と変わらない顔で、気持ちよさそうに眠っていた。
(それにしても、さっき……)
“――臨也さん……”
(俺の事、下の名前で呼んでたよね)
呼びたいのならそう呼べばいいのに。
まぁ、どうでもいいや、と思って部屋を出る。
依然、彼の正体は掴めないままだ。
一般人なら既に情報が出てくるはずなのに、これほどまでに出てこないとなると、彼は新羅と同じように闇医者やアサシンといった類の裏の世界の人間なのか。
萩原深夜が偽名という可能性もある。
だが、深夜と呼んだときの反応を見るに、下の名前は本名っぽい。萩原が偽名なのだろうか。
『これは戸籍から調べる必要がありそうだ』
長丁場になる。
今夜は眠れないだろうと覚悟をしつつ、もう一度パソコンに向かい合った。
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