完璧過ぎる構想

そうざ

Plot too Perfect

 その店は所謂、文壇バーという奴で、多くの著名な作家や編集者が行き付けにしている。主にミステリー作家に出くわす機会が多いという評判である。

 Mも作家の端くれとしてちょくちょく顔を出している。この夜、タレントの卵達を取り巻きにして颯爽と訪れると、極度の人見知りで有名な作家Sがカウンターの隅で影法師のようにつくねんとしていた。

「おぉ、珍しいな」

「あぁ、久し振り」

 二人は彼是かれこれ五年以上も疎遠になっていたが、Sは何の感慨もない様子で、ちらっと視線を呉れただけで押し黙ってしまった。

「お前がバーに居るなんて、さては行き詰まってるな?」

 Mが揶揄からかい半分で訊くと、Sは青白い顔と覇気のない声とで応えた。

「君は良いよな、もう人殺しの事なんて考えなくて良いんだから」


 二人は同じ年のミステリー小説新人大賞を揃って獲得し、華々しく文壇に登場した。審査員の御歴々をして甲乙を付け難い若干二十歳の新進気鋭同士は、その後も何かと比較されたものである。

 しかし、Mの栄光の頂点はデビュー作だった。まぐれの傑作で浴びた脚光は重荷でしかなかった。Sとの実力の差は、同業者の評価、ファンの人気投票、売り上げ部数と、ありとあらゆる観点から情け容赦なく白日の下に晒された。

「今の俺は年がら年中、馬鹿な事しか考えてないんでねぇ」

 取り巻きの面々が待ち構えていたかのように爆笑する。


 三年前、Mは知り合いの伝手つてで放送作家へと転身した。

 放送作家から小説家へのステップアップはよく聞くが、逆は珍しい。その話題性も手伝ってか、Mは瞬く間に才能を開花させた。ラジオ界を中心に何本ものレギュラー番組を抱え、近年はライトタッチのエッセイ本も好評である。

 元来、Mは能天気で、短絡で、行き当たりばったりで、血生臭い狂気の連続殺人事件だの、幾重にも仕掛けられた驚愕のトリックだの、理路整然とした華麗なる名推理だのには向かない人間であった。


 ひるがえってSは、ミステリー小説界に燦然と輝く不動の地位を勝ち得てはいたが、その陰で身を削るような産みの苦しみにあえぎ続けてもいた。

 かつては天秤の一方に自分自身を、もう一方にはMを吊っていれば良かった。

 しかし、今は違う。片や綺羅星の如き旧作を、片や上梓の前から多大な期待を背負う新作を載せ、自らの過去と未来とのはざまで格闘する事を余儀なくされているのだった。


 店の真ん中で宴会が始まった。

 そのような浮ついた店でない事は百も承知のMだったが、元ライバルに巡り会った偶然にかこつけ、人生の逆転勝利宣言とばかりにいきり立っていた。

「はぁ……」

 下ネタで大盛況となる宴会に、Sの辛気しんきの溜め息が水を差す。

 早くも悪酔いで箍が外れたMは、よろよろとSの傍らへ近寄った。

大先生だいしぇんしぇ、何をそんなにお悩みなんすかぁ?」

 Sは何も答えない。

 Mが同じ台詞を三度も繰り返したところで、ようやくSは溜め息と共に口を開いた。

「トリックが……」

「あぁあ~、ミステリー作家あるあるですかぁはっはは~っ」

「……崩せない」

「はぁぁん?」

 そのままSは頭を抱えてしまった。

 結局、Mはその台詞の意味を解す事もなく、嫌味を置き土産にその場を去った。

「ミステリー小説なんか、どーせ現実にはあり得ねぇ絵空事だろっうがっ」


 Mの死体が発見されたのは、それから間もなくの事だった。

 犯人はおろか、その動機もその殺害方法もようとして知れず、たちまち迷宮入りの様相を呈した。

 結局、最後までSの名が捜査線上に浮かび上がる事はなかった。それだけSの考えた構想プロットは完璧だったのである。

 しかし、完璧過ぎるがゆえにどんな名探偵にも解き明かせない構想は、かえってミステリー小説には向かない。精々が実行するくらいしか価値がないのである。

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完璧過ぎる構想 そうざ @so-za

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