第46話
結果として、ローテンベルガーの判断は正しかった。
射殺された兵士を踏み潰して後続の兵士が進む。
その距離わずか一トワーム(約二メートル)。
次弾によって射殺されるが、後続の兵士が前進し、さらに一トワーム敵兵との距離を詰められる。
それを何十と繰り返すことで起き盾の弓兵を撤退させ、第一の土塁を陥落させた。
損害はおよそ五百。
まったくの軽微だ。
数十回による奇襲で数百の兵が戦闘不能に陥っているが、ローテンベルガー指揮下の兵はまだ一万二千以上も残っている。
日没が戦闘終了の合図となり、激戦の初日の幕が閉じられた。
ローテンベルガーは第一の土塁にやや過剰とも思える兵を残し、篝火を多く焚かせるよう命じた。
せっかく攻め落としたのだ。夜襲を受けて奪還されてはたまったものではない。
曲がり角まで後退して夜営に入ったローテンベルガーは、天幕の中で明日の攻め方を考えていた。
第二の土塁も今日と同じ、防御を無視した突撃で突破できるだろう。
奇襲も同じように受けるかもしれないが、多く見積もって二千程度。
まだまだ一万もの兵がいるのだから問題はない。
ルプン指揮下の部隊もあわせれば二万五千。
奇襲を受けていると考えても二万以上。圧倒的な物量だ。
(奇襲か……。数十回と受けていながら、討ち取れた敵はゼロ。なにか仕掛けがあるのかもしれない)
森林から奇襲を仕掛け、森林に撤退していく。
足場の悪い環境だ。木の根や傾斜、思わぬ穴に足を取られて転倒する可能性は高い。転倒すれば致命的な隙となり、いかに徴兵された雑兵でも容易に討ち取れるはずだ。
それがないということは、敵はただ一度も転ばずに奇襲と撤退をおこなっているということ。
相当に訓練されているか、あるいは森林になにか仕掛けがあるとしか思えない。
敵は寡兵。ならば搦め手でくるのは必然。
(明日はより警戒するよう厳命するか…………にしても、夕餉はまだか……)
夜営の支度にはいって相応の時間がっている。
さすがに遅すぎるだろうと腰を上げたところ、天幕の布が開いた。
「報告! ルプン司令官より伝達です! 酒保商人らが敵の奇襲を受け壊滅!」
「な――ッ」
あまりに、あまりにも過ぎる報告にローテンベルガーは言葉を失った。
職務に忠実な伝令兵はさらに言葉を続ける。
「以後、現地にて食料を調達せよとのご命令です!!」
「げ、現地調達だと!? ふざけるな! 何人の兵士がいる思っている!! そもそも今の時間を考えろ!! なぜもっと早く命令を寄こさない!!」
「ひ……っ、こ、こここれを預かっております……!!」
胸倉を掴まれた伝令兵が懐から一通の書簡を取り出した。
ローテンベルガーは伝令兵を突き放し、書簡をひったくるとすぐさま中を確認する。
『この手紙は読んだら燃やせ。誰かに見られたら士気にかかわる』
そんな不穏な書き出しから始まった書簡には、いま討伐軍が置かれた状況が詳細に記されていた。
『僕の指揮下の三分の一から半数の兵が症状の程度の差はあれ、メフィレスの禁断症状がみられた。持ち物を確認したがメフィレスは見当たらなかったが、まず間違いない。貴卿の指揮下の兵にも眩暈や吐き気、倦怠感を訴える兵がいるならば今すぐ数を確認してほしい。最悪、軍全体の三分の一から半数が使い物にならない』
思い当たる節はいくらでもあった。
(惰弱などではなくメフィレスの禁断症状だと……)
生粋の武人であるローテンベルガー領に娼館は一件も存在していない。
女遊びしているような軟弱な者など不要であるという方針から、ローテンベルガー領では娼館の出店を許可していなかった。
そのため領内でメフィレスは出回らずに実際の禁断症状をローテンベルガーは知識としては知っていても目にしたことがない。
一方、ルプンはメフィレスに目をつけ、偽メフィレスを流行らせた張本人だ。兵士たちの症状をみてすぐに分かったに違いない。
『間違いなくメフィレスはコルダナ男爵の仕込みだ。度重なる奇襲で、奴らはメフィレスの禁断症状が出ていない兵――つまりは戦える兵だけを狙っている』
(……チッ。卑劣な……!!)
各部隊の三分の一から半数――六十人編成のうち二十人から三十人が戦えない。
残りの兵士は戦えない者たちを支えながら行軍している最中に奇襲を受けたとしたら反撃するどころではない。奇襲してきた者たちが一人も討てないのも頷ける。
『それに……まさか従軍しているとはいえ民間人の酒保商人を襲うような、貴族としてあるまじき蛮行を仕掛けてくるなんて予想できるわけがない。明日、僕の指揮下の部隊を半分、近隣の町や村に向かわせて食料を徴収してくるが、一日か二日分が限度だろう。貴卿ならば僕がなにがいいたいのか分かると思う』
(超短期決戦……)
もはや残された道はそれしかない。
夜襲を視野に入れ、検討を始めたところ――
「敵襲! 敵襲だ!!」
(先を越されたか!!)
目に飛び込んできたのは、空に輝く無数の星々のような煌めき。
それは篝火の明かりを反射した無数の鏃だ。
流星の如く降り注ぐ矢を前に、奇襲を警戒していた兵たちは即座に対応できない。
土塁で視界が遮られているため、当てずっぽうの曲射だ。
しかし、過剰な兵を配置していたせいで適当に射ても当たる。当たってしまう。
(篝火を焚いていたのが裏目に出たか……ッ!!)
ローテンベルガーが警戒していた奇襲は、昼間のような敵兵が乗り込んでくるものだ。だから篝火を焚いて少しでも視界を確保しようとした。
たしかに遠距離攻撃による奇襲も考えなくはなかったが、
昼間、あれだけ苦しめられたというのにだ。
(なんてる不覚……ッ)
第三射、第四射によって兵たちが斃れていく。
だが、第一の土塁を空にするわけにはいかない。
守る兵がいなくなれば、敵兵かならず奪いにくる。
補給がないいま、ここを奪われたら討伐軍の勝利は絶望的だ。
「動ける兵を集めろ! ここを土塁を死守するのだ!」
無駄に兵を死なせると分かっていても、ローテンベルガーにはそう命令を下する以外の選択肢はなった。
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