第41話

「ルンプ伯爵。呼び出された理由は分かっているだろうな?」

「………………はい」

 シャハナー侯爵邸の応接室。

 家の主は上座に脚を組んで座り、肘掛けに肘を置いて頬杖を突いていた。

 対するルンプは扉の前で直立不動。頬には冷や汗が流れ、脚は震えている。

 呼び出された理由は明白だ。

 トンペックが裏切る遠因をつくったこと。

 すなわち『カルイザワ』への襲撃失敗だ。

 正直、因果関係があるかすらも分かっていなかった。

 なにもしなくてもトンペックは裏切ったかもしれないし、ルプンがちょっかいをかけたせいかもしれない。

 だが、そういうことではないのだ。

 余計なことをした。それ自体が罪。

 国王派の幹部であるルプンには、それが痛いほどに分かっていた。

 なにもしなくてトンペックが裏切ったのであれば悪者は一人だけ。

 しかしルプンは関わってしまった。それも主導的な立場でだ。

 国王派の重要な資金源を失った責任を取らされるのは間違いない。

 いったいどんな処罰が下されるのかルプンは生きた心地がしなかった。

 が――

「此度のコルダナ男爵領への威力偵察。誠に見事であった」

「恐れ入ります(はあ!? 威力偵察!? なにがどうなってんだ!?)」

 貴族としての条件反射で返答できたものの、頭の中では混乱の極致だ。

 そもそも襲撃をしたのはアイスラー男爵領にある『カルイザワ』であって、コルダナ男爵領ではない。

 襲撃を威力偵察と言ったのにも作為的なものを感じる。

「貴卿のおかげでコルダナ男爵が王国にとって危険な存在であると確信できた」

「……仰る通りかと(チッ。相変わらずなに考えてんだか分かんねー)」

 こういうときは話を合わせておくに限る。

 自分の頭の良さを鼻にかけているルプンですら、シャハナーは得体の知れない不気味な存在であった。

 一を知って十を知るのがルプンだとすれば、シャハナーは一を知って百を知っているかのような得体の知れなさがある。

 頭がいいだけでは説明のできないそれは、神に祝福された証ゼーゲンによるものだ。

 一瞬の油断が命取りになる貴族界で生き残り、王族に次ぐ地位を維持し続けられるほどの神に祝福された証大アタリ

 それを知っているのは国王陛下ただ一人。

「コルダナ男爵には国家反逆罪の容疑で召喚するよう陛下に進言した。明日にでも迎えの兵が出立するだろう」

「こ……国家反逆罪……でございますか……?(話が見えねよ!? これだから大アタリを引いたヤツは……ッ! 相手も全部分かっている前提で話を進めやがって!)

 胸中でシャハナーを罵りながらもルプンは並行して思考を巡らせる。

 トンペックの裏切りは痛手だが、派閥争いの一環と考えれば出し抜かれたほうが悪い。この程度で国家反逆罪が適応されてしまうなら大半の貴族に国家反逆者だ。

(……クソがっ! もってる情報量が違い過ぎる……ッ。推測どころか憶測さえできやしねぇ!)

「聡明な貴卿ならば察してくれると思ったのだが……」

 シャハナーは仕方のなさそうに溜息を吐き、頭を振るった。

「たしかに話していなかった私も非はあるか。――名誉のため実名は伏せるが、ある貴族が打ち明けてくれたのだ。コルダナ男爵に騙され、一部の領地を奪われたと」

「な――ッ」

 前代未聞の大罪だ。建国以来、国王陛下の意向以外で領地線がなされたことはただの一度もない。

 コルダナ男爵の罪状はたしかに適切だが――

「その貴族はなぜ今まで黙っていたのですか! その行為もまた国王陛下への背信ではありますかいか!?」

「何とも難しいところでな。実際、領地が奪われたわけではないのだ」

「…………は?」

 意味が解らない。

 領地が奪われたのに、領地が奪われたわけではない。明らかに矛盾している。

 その答えをシャハナーは滔々と話す。

「領地の一部を無期限かつ無償で賃貸借する契約が結ばれていたのだ。ゆえに領地の所有者に変更はなく、しかし使用者はコルダナ男爵となる。これが矛盾の正体だ。まさかこんな方法があったのかと私も驚いている。黒に限りなく近い灰色。これを黒にするには騙された貴族が訴えでなくてはならないが、それは自分が無能だと認めるのに等しい。だから本当に極限の状態にならなければ発覚しない。国法と人の心の隙間を突いた巧妙な手口だ」

「……………………(こんなのどうやって察しろというんだ!?)」

 無理難題にもほどがある。

 領地は国王陛下のものである。貴族はそれを貸し与えられているに過ぎない。

 ゆえに領地線の変更は不可侵である。

 それがファーテンブルグの貴族における共通認識だ。

 だから領地を広げる奪おうという発想どころか考えもしない。

「同じような奸計に嵌められた貴族がほかにも三人いるのが分かった。おそらく、まだ何人かはいるだろう。陛下はこれを由々しき事態だとされ、国法を改正される方向で動いておられる。が、その前にコルダナ男爵を王城へ召喚し、釈明の場を設けることにした」

「……シャハナー侯爵。ここまでお話を伺いましたら、いかに愚鈍な私でも分かります」

 釈明の場というのは表向きの理由で、コルダナ男爵を呼び出す口実に過ぎない。

 すでにコルダナ男爵の処刑は決定事項なのだ。

 しかし、シャハナーはそれぼバッサリと切り捨てた。

「いや、貴卿はなにも分かっていない。コルダナ男爵は私にすら考えもしなかった方法で領地を実質拡大した男だ。間違いなくこの事態も想定していると考えた方がいい。だからこそ早い段階で次の一手を打っておく必要がある」

「次の一手……でございますか……」

「そうだ。コルダナ男爵は危険だ。ここで確実に消しておかなければならない。四ヵ月後、コルダナ男爵領に討伐軍を向かわせる。貴卿はその指揮官となってもらいたい」

「………………………………」

 神妙な面持ちで黙考する。

 シャハナーの話を理解するのに数十秒を要した。

「つまり……コルダナ男爵は召喚に応じない……と?」

「そう言っている」

「まさか……」

 子供の使いではないのだ。コルダナ男爵のもとには召喚状を携えた使者ではなく、拒否した際の強制連行も視野に入れて王国兵一個分隊相当を向かわせたはず。それに応じないとなれば確実に血が流れる。

 国王陛下の命を受けた兵士を殺めれば、その時点で国家反逆者だ。

 少し頭の回るものならば召喚を受け、一縷の望みに掛けて弁明する。

(………………そうか)

 そこまで考え、ルプンはようやくシャハナーの言わんとしていることが理解できた。

 コルダナ男爵は“少し”どころではなく、シャハナーすら気づかなかった国法の穴を突いて悪行するほどに頭が回る。この一点だけをみればシャハナーを上回る智恵者バケモノだ。

 国王派の思惑を見抜いていても不思議ではない――いや、見抜いていると確信があるからこそ討伐軍の出兵を決めたのだ。

(いったい何手先まで読んでやがる……、このバケモノは……ッ)

「察したようだな。副官はローテンベルガー伯爵とする。……この意味は分かるな?」

「…………」

 即答はできなかった。

 一瞬、侮られたのかと思ったが、シャハナーはそんな小さな嫌がらせをするような男ではない。

 思いつくのは二つ。

 一つは名誉挽回の機会を与えられた。コルダナ男爵の首級をあげることでメフィレスと『カルイザワ』襲撃計画の失敗を帳消しにする。

 もう一つはコルダナ男爵がそれほどの相手だということ。

「ローテンベルガー伯爵まで出陣するとなれば、相応の規模にする必要があるかと」

 ルプンだけならばともかく、国王派の幹部二人が指揮官と副官の部隊が数千では格好がつかない。少なくとも万単位の兵は必要だ。

 たかが男爵領を制圧するのに過剰過ぎる戦力ではないだろうか。

 しかしシャハナーは当たり前のように頷いた。

「貴卿らには三万の兵を率いてもらうつもりだ。数に不足はあるまい?」

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