第40話
王国兵の死体は処理た。殺戮現場の血も綺麗に拭き取られていた。
――が、床板に染みこんでしまった血の跡とにおいは早々簡単に拭えるものではない。床板を張り替えるしかないだろうが、しばらく先送りになりそうだ。
「お帰りなさいませ、ツェーザル様」
「アウレリアこそお疲れ様。…………ここじゃまともな話し合いは出来そうにないね。クラウスの執務室で話すとしようか。ここよりは幾分マシだろうからね」
血のにおいに慣れていないクラウスは布で鼻を覆っているものの、あまり効果はないようで顔色が途轍もなく悪い。
「うっ……。も……申し訳……うぐっ……」
「なに、僕も血のにおいのするところで話し合いたくはないからね。クラウスが気にすることじゃないよ」
二階にあるクラウスの執務室に移動し、ツェーザルはすぐさま本題に入った。
「さて、情報共有といこうか。先ほど王国軍が僕の身柄を拘束にやってきた。罪状は国家反逆罪だ」
「――ッ!?」
息を飲むクラウスを一瞥し、ツェーザルは話を続ける。
「心当たりは幾つかあるけど、一番有力なのはアレかな。他貴族の領地の一部を無期限かつ無償で賃貸借していること。もともと黒に近い灰色の施策だったから――。アウレリア、なにか言いたそうな顔をしているね?」
「すみませんツェーザル様。どうしてそれが国家反逆罪になるんですかー?」
「なるほどね。アウレリアはどういう認識なのかな?」
「はいー。あれはー、融資金の担保として合法的に得たもののはずですー。街で商いをする商人もー、領主から土地と家屋を期限付きかつ有償でー、賃貸借している者もいますからー、ツェーザル様だけが違法というのはー、おかしいんじゃないかと思うんですー」
「アウレリアの認識は間違ってないよ。ただ、貴族である僕が無期限かつ無償で賃貸借しているってのが黒に近い灰色の部分なんだよね」
「…………?」
アウレリアは再び困ったように首を傾げた。
平民と貴族では、ものの捉え方や思考回路が根本的に異なるので、彼女に分からなくても無理はない。
「無期限かつ無償で他領の土地の一部を賃貸借するっていうのはね、「この土地はずっと僕のものだ!」って言ってるようなものなんだよ。これが平民だったら問題はない。まぁ領主は激怒するだろうけどね。でも貴族が言ったら、それはもう自分の領地だと宣言しているに等しい。完全に領地線の変更は認めないっていう国法に抵触しちゃうんだよね」
「………………それー、黒に近い灰色じゃなくてー、黒そのものなのではー?」
「いいかいアウレリア。例えばイジュウインがスリに遭ったとしよう。しかし彼はどこかで財布を落としたと思っている。――ここに窃盗罪は成立しているかな?」
「そーゆーのを詭弁っていうんですよー!?」
「これは最初からそういう計画だったのですよ、アウレリア殿」
説明を引き継いだのはクラウスだ。
こういう貴族的な詭弁が最も毛嫌いしそうな男が、実は一番積極的に計画を推し進めていた。
「無料で賃貸借している土地は隠れ里用のものですから誰にも気づかれません。大軍を率いて他領に攻めて奪ったのではないのですから尚更です。さらに被害者も借金を踏み倒して奪われたとも言いづらいでしょう。貴族は面子をなによりも重要視します。ですから、黒に限りなく近い灰色なのです。もっとも……灰色が黒になるのはもう少し先の予定だったのですが」
「意外ですー。ハインミュラー様がー、真っ先に反対しそうなんですけどー」
「私利私欲によるものならば反対していたでしょう。しかし、この計画によって貧困に喘いでいる多くスラムの住民が救われました。善行のためならば、少しぐらいの悪行に目をつぶるぐらいの度量はありますよ。これまで仕えてきた主が酷すぎたせいで堅物扱いされているのは分かりますがね」
完全に私利私欲によるものなのだが、クラウスの目にはそう映っていないらしい。
都合がいいので勘違いさせたまま放置している。
「クラウスの言うとおり、まさかこんな早くバレるとは思わなかったかな」
「あちら側の事情……あるいは状況が変わったのでしょう」
「だろうね。国家反逆罪の容疑者って話だけど、証拠や証言をでっちあげてでも国家反逆者にするつもりだよ、あれは」
「コルダナ様。お言葉ですが……そこまで分かっておいででありながら王国兵を皆殺しにしたのはいかがなものかと。今更ではありますが、少し短絡的な行動であったのではありませんか?」
さすがはクラウス。
間違っていると思えば主に対してはっきりとものを言ってくる。
皆殺してしまえば、国家反逆を企んでいると公言しているようなもの。弁明の余地は一切なくなる。
だが、そももそ弁明の余地が残っているのだろうか。
「まさか忘れたわけじゃないよね? クラウスがどうして王宮を出て行く羽目になったのか」
「それは…………」
「権力者の前では白が黒になる。正誤なんて関係ないんだよ」
クラウスは不正をつまびらかにした。その結果、上位貴族の反感を買い、不正は揉み消され、真実を知るクラウスは王宮を追放された。
「この容疑は絶対に覆らないし晴らせないんだよ。王宮に行ったが最後。僕の有罪判決と死刑が確定する。だから王国兵を殺すしかなかったんだ」
正直なところ、王国兵が国家反逆罪と宣言しなければ危ないところだった。
前世の日本であれば、間違いなく別件逮捕からの本命を突きつけてくる。
もし、王国側がそのような対応をしてきたのならば、ツェーザルは黙ってついていくしかなかっただろう。
貴族としての矜持なのか、別件逮捕という考えがなかったからなのか、正直に罪状を告げてくれたことに感謝するしかない。
「ならクラウス。次にやらなきゃいけないことは分かるよね?」
「……戦の準備、でございますね」
「戦……ッ!?」
驚愕するあるレリアに対し、クラウスは冷静に告げる。
「アウレリア殿。国家反逆罪の容疑者を連行しにきた王国兵を皆殺しにしたのです。これでコルダナ様は容疑者ではなく国家反逆者となりました。当然、討伐部隊を差し向けてくるでしょう。戦わなくてはコルダナ様が捉えられてしまいます。――時にコルダナ様。討伐隊がくるまでの時間はどれほどとお考えですか?」
「ま、ざっくり一年半ってところじゃないかな」
ツェーザルを連行しに行った王国兵が戻ってこないと不審に思うまでの時間は四ヵ月。これは王都からコルダナ男爵領の往復に掛かる大まかな日数だ。
まさか皆殺しにされているとは思うまい。なんらかのトラブルで――例えば馬車が壊れた、体調を崩したなどで旅程が遅れていると思うのが普通だ。
さらに一ヵ月経ち、業を煮やした国王派は迎えの部隊を出立させる。
しかし、その部隊は先に向かった連行部隊と出会うことなくコルダナ男爵領に到着してしまう。
ここまでで七ヵ月。
迎えの部隊は全滅させず、数名だけわざと逃がすことによって情報を持ち帰らせる。
二ヵ月かけて彼らが必死に王都へと戻って報告することでようやく王国派はツェーザルの反逆を知るのだ。
敢えて知らせてやるには理由がある。
戦争の準備が整えば整うほどに金がかかるからだ。
兵士を一点に集中すれば食料の消費もバカにならない。戦端を無意味に引き延ばせば引き延ばすほど無用な金が垂れ流される。
しかも、兵士として召集されるのは、ほとんどが元スラムの住民だ。彼らは
戦が集結しないかぎり
つまるところ、出て行く金は莫大でありながらも入ってくる金はまったくない状態が続く。
だからわざわざツェーザル側の準備が整ったタイミングで攻める口実を与えたのだ。
討伐部隊の編成に二ヵ月。
もともとリュプセーヌとの戦争を水面下で準備していたから、もう少し早いかもしれない。
出立からコルダナ男爵領に到着するまで早くても四ヵ月。遅くて五ヵ月。
馬車ならば二ヵ月で着く距離だが、行軍は徒歩だ。
しかも、訓練はしていても本格的な長距離行軍がはじめての連中である。
以上をもって開戦まで一年半。移動は天候にも左右されるため数ヵ月の前後はあるだろうが、遅くはなれど早まることははいはずだ。
そして、ツェーザルは一年半で国王軍を迎え撃つ準備をしなくてはならない。
「ここから先はイジュウインとエルヴィーラも交えて話したいね」
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