第39話

 保養都市フェルローデの競馬都市改造計画は、わずか二回の打ち合わせで業務委託契約締結まで辿りついた。時間にして四ヵ月。文明の利器がなこの異世界においては電撃的な早さである。

 もともと原型が頭の中にあったとはいえ、トンペックが非常に前向きで協力的だったのが大きい。ツェーザルの提案をすべて丸呑み状態で、計画を変更した個所は祖父の代から存在している丸々を残しておきたいといった類のものばかりだった。

 フェルローデで働いていた者たちもすでに『カルイザワ』の仕事に慣れ、少しずつ競馬や馬の飼育についての教育もスタートしている。

 同時にフェルローデでは、領地から土木作業をおこなう領民がたちが集められ、競馬場建設の作業が進められていた。

 これで一息つける、と思った矢先、執務室にアウレリアがノックすらせずに駆け込んできた。

「つ、ツェーザル様! 大変です!」

 アウレリアの声と重なってリビングダイニングから物々しい音と金属が擦れる音が聞こえてきた。

「王国軍――」

「どけ女ッ!」

「きゃっ!?」

 アウレリアを突き飛ばし、現れたのは純白の兵服に身を包んだ男だった。兵服の上には軽装の鉄胸甲に手甲と脚甲、そして剣を佩いている。

(王国軍……!? 嫌な予感しかしねぇんだが……)

 ツェーザルが男の正体に気づいたのは、純白の兵服が王国軍にのみ許された意匠だからだ。

 なんでも、アレクシス陛下王サマが白が象徴色であるポウロニア神の寵愛を賜っているからとかなんとか。

 そんな王国軍兵士が目に見える範囲で三人。先頭にいる隊長格っぽい男にツェーザルは皮肉を吐いた。

「王国軍の兵士さんは他人の家に許可なく踏み入って女に乱暴を働くのが仕事なのかな?」

「ツェーザル・コルダナだな?」

「こっちの質問は無視?」

「質問に応えろッ!」

(聞く耳持たずか……)

 ツェーザルは王業に肩を竦めた。

「はいはい。僕がツェーザル・コルダナですがなにか?」

「国家反逆罪の容疑で身柄を拘束する!」

 問答する気は皆無らしい。

 隊長格の男が声高に宣言すると同時にツェーザルを拘束するために動いた。

「――はぁ……」

 ツェーザルは嘆息し、隊長格に向かって踏み込んだ。

 黙って拘束されるつもりはない。

 ツェーザルが修めている天真正伝香取神道流は剣術、居合術、薙刀術、槍術、棒術、柔術、手裏剣術、忍術にわたる総合武術だ。無手で武器をもった相手を無力化する術も心得ている。

 もっとも、最終的に盛大なアレンジを加えたため、師範や門下生からは邪道と謗られ破門されてしまったが、武術とは畢竟、相手を斃すための術である。邪道だろうが勝てばいいのだ。

 ツェーザルは隊長格の喉を潰し、藻掻いている隙に佩いていた剣を奪い一閃する。

 首から鮮血を噴き出しながら倒れる隊長格の姿を呆然と眺める二人の兵士。

 まさか王国軍に歯向かうものがいるとは予想だにしなかったのだろう。

(王国軍ってのはこんな雑魚ばっかりなのか?)

 疑問に思いながらも返すか刃で呆然としている兵士の一人の喉を突き刺した。

 もう一人の兵士も背後からアウレリアが短剣で喉を掻き切られて絶命する。

「いまさらですけど、よかったんですかー? 殺しちゃって」

「殺すしかねぇだろ。王宮に連れていかれりゃ――」

「コルダナ様! 何事――ッ!?」

 ただ事ではない音を聞いて二階からクラウスが駆け下りてきた。

 そして惨殺現場をみて絶句する。

「説明はあとだ。アウレリア。王国軍の連中はこの三人だけじゃないよね?」

「はい。家の外に五人待機しています」

「それじゃサクっとっちゃいますか。領民たちに人殺しがバレると面倒だから家の中に誘い込もうかな」

「分かりましたー。それじゃクラウス様は危ないので二階に隠れててください」

「は……?」

(そういえばクラウスは知らなねぇんだったか……)

 ツェーザルとアウレリアの武勇を知っている幹部はイジュウインだけだ。

 兵士の惨殺死体。王国軍。外に五人。サクっとっちゃう。

 この断片的な情報だけで状況を把握しろという方が酷である。

「クラウス。悪いけど時間がないんだ。二階の部屋で待機しててくれないかな」

「か、かしこまりました……ッ!」

 少しだけ視線に殺意を込めてお願いすると、クラウスは慄いたように二階へと駆け上がっていった。

 それを見てツェーザルは玄関の扉を開け、待機している国軍兵士を部屋に招き入れる。

「遠路遥々ご苦労様です。このまますぐに出立するのも申し訳ないので、どうか一休みしていってください」

「へぇ、罪人のクセに気が利くじゃねぇか」

「一休みついでにそこの女使用人メイドと一発ヤらせてくれねぇか?」

「あはは、そりゃいい」

(隊長が雑魚なら、その部下も雑魚か……)

 国家反逆罪の容疑者であるツェーザルが拘束されていないことすら気に留めていないのか、気づいていないのか、王国軍の兵士五人がお花畑な会話をしながら部屋の中に入ってくる。

「――おいっ」

「なんだこれ……」

 そこでようやく血のにおいに気づいたようだが、もう遅い。

 油断しまくっている兵士など、赤子の首を捻るよりも簡単だ。

 隊長格より奪った剣を一振りし、兵士二人の喉を裂いた。

 アウレリアが左右に持った短剣を別々の兵士の首筋に突き立てる。

 一瞬にして四人の兵士がこの世を去り、残された兵士はただ一人。

「へ…………?」

 それが最後の一言なった。

 ツェーザルの剣で喉を貫かれて絶命する。

「王国兵って案外弱いんですねー」

「実戦経験が……いや、抵抗された経験がねぇんだろ」

 前世の警察でもしょっ引くときは抵抗されても良いように身構えている。対して王国兵は無警戒にもほどがあった。

「しかし……。前世と比べてこの異世界ここは死体の処理が楽とはいえ簡単なわけじゃあねぇんだが……」

 動脈を切って殺した八人の男たちの首からは、いまだに鮮血が噴き出していた。羽化一面が真っ赤に染まっている。濃密な血のにおいが充満し、慣れていない者――クラウスは一目見ただけでも吐き気を催すかもしれない。

 王国兵が乗ってきた馬車に死体を乗せ、裏の山にでも放置しておけば獣たちが処理してくれる。だが、家の掃除は自力でしなければならない。

「とりあえずツェーザル様は着替えて来てください。ここの処理はあたしがやっておきますので」

「いや、汚れてるうちにこいつらを馬車に放り込んでおくわ。すぐに着替えて裏庭に捨ててくる」

 そう言ってツェーザルは麻袋を獲りに物置部屋へと向かうのだった。

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異世界転生したヤクザはテンプレ悪徳領主になりたい すずみ あきら @suzumi_akira

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