第39話

 保養都市フェルローデの競馬都市化計画は、わずか二回の打ち合わせを経て契約締結を交わすに至った。

 時間にして四ヵ月。

 前世の知識を活用して常軌を逸した速度で計画書を作成したツェーザルのチートと、計画書の内容をほぼ丸呑みしたトンペックの前向きで協力的な姿勢が合わさったからこその驚異的な速度での合意であった。

 それなのに一回で打ち合わせで終わらなかったのは、先代、先々代から受け継がれているものを残しておきたいという要望があったからだ。

 ツェーザルも建前上は先祖に敬意を表しているように見せているため手前、修正せざるを得なかった。

 フェルローデで働いていた者たちはといえば、契約が締結した頃にはすでに『カルイザワ』の仕事に慣れ、競馬や馬の飼育についての教育が始められていた。

 これで一息つける、と思った矢先、執務室にアウレリアがノックすらせずに駆け込んできた。

「つ、ツェーザル様! 大変です!」

 アウレリアの声と重なってリビングダイニングから物々しい音と金属が擦れる音が聞こえてきた。

「どけ女ッ!」

「きゃっ!?」

 アウレリアを突き飛ばし、現れたのは純白の兵服に身を包んだ男だった。兵服の上には軽装の鉄胸甲に手甲と脚甲、そして剣を佩いている。

 その身なりには聞き覚えがあった。

 エルヴィーラ曰く――

 純白の兵服が許されているのは国王陛下直属の部隊である王国軍のみらしい。理由はアレクシス陛下王サマが白が象徴色であるポウロニア神の寵愛を賜っているからとかなんとか。

(とりあえずアイツは殺す……ッ)

 アウレリアを突き飛ばした王国兵を見つめながらも殺意を悟られるようなヘマはしない。

 いま何よりも優先しなくてはいけないのは、感情を爆発させることではなく、なぜこのタイミングで王国軍がやってきたのかだ。

 しかし、いきなりやってこられては、それを考えている余裕はない。

(チッ……、コイツらどうやって領境の監視を突破してきやがった……ッ)

 コルダナ男爵領に続く道は一本しかない。

 領境からコルダナ男爵邸まで半リーユ(約二キロ)先の物が見える神に祝福された証ゼーゲン持ちの警備兵が一定間隔で配置されていて、不審者が侵入してきたらすぐに連絡が届くようになっている。

 フェリクスの動きが筒抜けだったのはこのためだ。

 だが、王国軍が領内に侵入したという連絡は受けていない。

 正規の道を使わずにコルダナ男爵領に入ったか、あるいは警備兵を無力化したか。

 どちらにせよ今は時間が欲しい。

「王国軍の兵士さんは他人の家に許可なく踏み入って女に乱暴を働くのが仕事なのかな?」

「ツェーザル・コルダナだな?」

「こっちの質問は無視かい?」

「ツェーザル・コルダナだな?」

 挑発による時間かせぎは通用しない。

 ツェーザルは王業に肩を竦めた。

「はいはい。僕がツェーザル・コルダナですがなにか?」

「国家反逆罪の容疑で身柄を拘束する!」

 隊長格の男が声高に宣言すると同時にツェーザルを拘束するために動いた。

 どうやら問答無用らしい。 

「はぁ……」

 ツェーザルは嘆息し、隊長格に向かって踏み込んだ。

 まさか突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。

 ツェーザルの接近にロクな反応すらできていない。

 その無防備な顎に掌底を叩き込み、その流れで隊長格が佩いていた剣の柄を握り抜剣と同時に一閃する。

 これで一人。

 残りの兵士に視線をやれば、阿呆のように立ち尽くしていた。

 まさか王国軍に歯向かうとは思っていなかったのか、ツェーザルがクソ雑魚だと思ったのか。

 喧嘩を売る相手の情報をあまりにも知らなすぎる。

 ツェーザルが修めている天真正伝香取神道流は総合相好武術だ。

 剣術、居合術、薙刀術、槍術、棒術、柔術、手裏剣術、忍術――その中には無手で武器をもった相手を無力化する術も含まれている。

 もっとも、最終的に盛大なアレンジを加えたため、師範や門下生からは邪道と謗られ破門されてしまったが、武術とは畢竟、相手を斃すための術。邪道だろうが最後に生きていた者が正義だ。

(恨むなら情報戦に疎い上司を恨めよ)

 呆然としていた二人の王国軍兵の首から血飛沫が舞った。

 手を下したのはアウレリアだ。

 十五年の幽閉生活で彼女に与えたのは知識だけではない。

 邪道天真正伝香取神道流の継承者である。

「ツェーザル様ー、思わず殺しちゃいましたけどー、良かったですかー?」

「良くはねぇが……」

「コルダナ様! 何事――ッ!?」

 血相を変えて執務室に入ってきたクラウスが惨殺現場をみて絶句した。

「クラウス、説明したいのは山々だけど後回しにさせてもらうよ。アウレリア、王国軍のこの三人だけじゃないよね?」

「はい。家の外に五人待機しています」

「それじゃサクっとっちゃおうか。領民たちに人殺しがバレると面倒だから家の中に誘い込もうかな」

「分かりましたー。それじゃクラウス様は危ないので二階に隠れててください」

「な……っ、なにを言っているのです!? 早くイジュウイン殿を……!!」

(そういえばクラウスは知らなねぇんだったか……)

 ツェーザルとアウレリアの武勇を知っている幹部はイジュウインだけだ。

 目の前にある惨殺死体をみれば誰が手を下したのか分かりそうなものだが、さすがのクラウスも冷静さを欠いている。

「クラウス、悪いけど時間がないんだ。二階の部屋で待機しててくれないかな」

「し、しかし……ッ!」

 なおも食い下がるクラウスに少しばかり殺意を込めた視線を向ける。

「これ以上問答するようなら無理やり連れて行くよ?」

「…………ご武運を。くれぐれも無理なさいませんよう」

 目隠し越しでもそれは伝わったようだ。

 脅しに屈するような男ではない。気配からツェーザルの強さを察したのだろう。

 クラウスが避難するのを見届けてから、待機している王国軍兵士を招き入れるために玄関のドアを開けた。 

「遠路遥々ご苦労様です。このまますぐに出立するのも申し訳ないので、どうか一休みしていってください」

「へぇ、罪人のクセに気が利くじゃねぇか」

「一休みついでにそこの女使用人メイドと一発ヤらせてくれねぇか?」

「あはは、そりゃいい」

(バカかこいつら……)

 国家反逆罪の容疑者であるツェーザルが拘束されていないこと気づいていない時点で終わっている。

 待機していた王国軍兵士は五人。

 彼らが全員家に入ったところで玄関の扉がアウレリアの手によって閉められた。

「おいっ」

「なんだこれ……」

 いまさら血のにおいにきづいたところで手遅れだ。

 玄関の扉地獄の門扉はすでに閉じられている。

 ツェーザルはおもむろに隊長格より奪った剣を一振り。それで兵士二人の喉が切り裂かれる。

 次いでアウレリアが左右に持った短剣を別々の兵士の首筋に突き立てた。

 一瞬にして四人の兵士がこの世を去り、残された兵士はただ一人。

「へ…………?」

 それが最後の一言となった。

 ツェーザルの剣で喉を貫かれてその場に崩れ落ちる。

「王国兵ってー、案外弱いんですねー」

「実戦経験がねぇんだろ」

 長らく戦争が起こっていないファーテンブルグでは、実践を積む機会は早々訪れない。それに王国軍そのものが国家権力だ。出張れば相手は即降伏する。

 これほど楽な仕事もないだろう。

「前世と比べてこの異世界ここは死体の処理が楽とはいえ、簡単なわけじゃあねぇんだが……」

 一撃で人を無力化するには動脈を切るのが最高率だ。

 その最大のデメリットは現場が血の海になってしまうこと。

 あとにおいも酷い。慣れていないクラウスは間違いなく嘔吐する。

「とりあえずー、ツェーザル様は着替えて来てくださーい。ここの処理はー、あたしがやっておきますのでー」

「いや、汚れてるついでに死体の処理もしといた方がいいだろ。外にこいつらが乗ってきた馬車が見えた。荷台に放り込んで今すぐ山に捨てに行こう。それから床掃除だ。…………マジでめんどくせぇな……」


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2024/9/7:加筆修正。誤字脱字の修正と一部表現の変更。 

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