第34話

 領都シュラースの領主邸でツェーザルたちを出迎えたのは、家令ハウススチュワードだった。

 懇意でもない――むしろ商売敵である下位貴族男爵が、上位貴族伯爵に直前アポで突撃訪問をするという、いささか例を逸した行いに対し、最上位の男性使用人ハウススチュワードを出迎えに向かわせたのだ。

 貴族としては非常にまともな対応と言えた。

 憎き商売敵がたった五名の兵士しか連れずにノコノコとやってきたのだ。

 ツェーザルならば歓迎するように見せかけて暗殺する。男爵如き、行方知れずになったところで誰も困らない。

 老練な貴族でも同じ発想に至るだろう。

 しかし、疑問がないわけでもない。

(ホントにトンペックか……?)

 エルヴィーラから聞いているトンペックは、金が自動的に入ってくるのが当たり前の典型的なお坊ちゃまだ。

 前世の日本で例えるならば、安定した不動産収入を親から何の苦労もなく引き継ぎ、悠々自適に暮らしている大家さんである。当然、働かなくても裕福な生活ができるので社会人経験はなく、金銭感覚や価値観、常識にもズレがある――ようは世間知らずだ。

 それでも家を貸す対価として金銭を受ける搾取する側の人間なので、世間知らずでも通用してしまう。

 このような人物が、老練な貴族めいた対応をするだろうか。

 そもそも、直前アポの突撃訪問を受け入れたことも意外だったのだ。

 感情的になって断ってくると思い、強引に押し掛ける算段を立てていたのである。

(ルプンってヤツの入れ知恵か……?)

 エルヴィーラの情報では、ルプンは自領に戻っているはずなので、ツェーザルが突撃訪問してきた際のアドバイスを残していったのかもしれない。

 ツェーザル相手だからこそ空回りしているものの、プルンも若くして国王派の幹部になった男だ。相応に頭が回る。このぐらい先読みしていたとしてもおかしくはなかった。

「出迎え感謝します」

「とんでもないことでございます。コルダナ男爵様こそ遠いところようこそおいで下さいました。応接の間にてトンペック伯爵がお待ちでございます」

 馬車を降りたツェーザルは、家令ハウススチュワードの案内に従い、伯爵邸の門をくぐった。

 あとにはアウレリアとイジュウインを含む五人の兵士が続く。

 全員が無条件で伯爵邸に招かれたのは意外だった。最低でも武器は取り上げられるか、最悪兵士は外で待機させられるかと思っていたのだ。

「申し訳ございませんが、同席される方は一名までと言われております。残りの方は隣室でお待ちくださいますよう」

 さすがに全員でトンペックのいる部屋に入ることはできなかったが、同席者を選ばせてくれるらしい。

 随分と剛毅なことだ。

 もしかしたら、この場で暗殺するつもりはないのかもしれない。

「アウレリア。同席をお願いできるかな」

「もちろんです」

 ツェーザルは迷いなく専属女使用人メイドを選んだ。

 頼りすぎかもしれないが、彼女の神に祝福された証ゼーゲンは非常に使い勝手が良く重宝する。

 また、女使用人メイドならば戦いになった際、足手まといになると誤解と油断を誘えるのも重要だ。もし応接の間に隠し扉があり、そこからトンペックの私兵が雪崩れ込んできたとしても、二人ならばイジュウインが駆けつけてくる時間を難なく稼げる。

「コルダナ男爵様をお連れ致しました」

「入れ」

 家令ハウススチュワードが扉を叩くと、中から尊大な声が聞こえてきた。

 扉が明けられ、応接の間に足を踏み入れる。

 中央にローテーブル。左右に三人掛けのソファーが置かれており、奥の壁には大きな油絵が飾られていた。

 トンペックは、上座抜あるソファーで脚を組み、両腕を背もたれに乗せている。上位貴族が下位貴族を迎え入れるに相応しい態度で、先ほどまでの老獪な貴族然とした対応のギャップに思わず真顔になってしまったほどだ。

「事前に面会の連絡をして欲しかったところだがな、コルダナ男爵の事情は理解しているつもりだ。むしろ、コトが起きてからすぐ私のところに訪れた君の選択を評価している。だからこそ、こうして時間を空けて面会に応じてやったのだからな」

「………………」

(なに言ってんだコイツ……?)

 ――いや、言っている意味は分かる。

 直前アポではなく、もっと前に連絡をよこせという嫌味だ。

 しかし、評価云々が理解できない。

「まぁ立ち話もなんだ。座り給え」

「…………失礼いたします」

 ツェーザルは下座のソファーに腰を下ろし、アウレリアは真後ろではなく、真横――出入口のある右側に控えた。

 一方、家令ハウススチュワードはトンペックの真後ろに控える。

 ほどなくしてノックの音が聞こえ、執事バトラーが二人分の紅茶を持って入ってきた。

「『カルイザワ』……といったか。若いながらも良くやっていたというべきかな。しかし、保養地を安定的に長期間経営していくには経験と人脈、そして権力が必要不可欠だ」

 トンペックは置かれた紅茶を一口で飲み干し、げぇぇぇっとゲップを吐きながらカップをソーサーの上に置いた。

「金貨三百枚で私が代わりに運営してやる。ありがたく思うんだな」

 その一言で、ツェーザルはすべてを理解した。

(……あ、ガチでバカなんだ……)

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