第33話

「あのー……ツェーザル様?」

「なんだい?」

 揺れる馬車の客車の中、対面に座るアウレリアがおずおずと尋ねてきた。

 その顔はいかにも拗ねているといった風だ。

「リア王女殿下ととても仲が良さそうにしてましたよね? 同郷の方と出会て嬉しいのは分かります。分かりますからそれは別にいいんですけど……」

「色々考えがあってね。いまから素を出しておいた方がいいだろうと思ったんだよ。僕の一番は変わらないから安心していいよ」

 女の魅力をすべて詰め込んだようなエルヴィーラが現れてもアウレリアが動じなかったのは、ツェーザルが外向けの顔で接していたからだ。

 ツェーザルの本当の顔を見せてくれるのは自分だけだというアドバンテージがあった。

 しかし、リアにも偽りのない本性で察したことで不安にさせてしまったのだろう。

 歯の浮くような甘い台詞はキャラじゃないのだが、アウレリアの精神状況を慮ればこのぐらいは仕方ない。

「い、いえ……そういうことじゃないんですけど……」

 頭を撫でると頬を朱に染めながら俯く姿がなんとも可愛らしい。

「リア王女殿下に変わって王女派のトップになるなんて提案、受けてしまった良かったんですか……? 間違いなく派閥に所属している貴族が反乱を起こしますよ?」

「だろうね。ほとんどが中立派か、受け入れてくれるならば国王派に移るかな。最悪、残るのはフェリクスだけと思ってるよ」

「王女派の勢力が弱まるのはツェーザル様の望むところではないですよね?」

「だね。ついでにいえば、王女サマも望むところじゃないだろうね」

 王女とツェーザル、そしてフェリクス――ドレーアー伯爵家しかいない派閥は、もはや派閥とすら呼べない。権力も行使できず、発言力も最弱。王位簒奪などまったくもって不可能だ。

「いままでどおり、王女サマが旗頭のまま、僕が裏で糸を引くってのがスマートなやり方かな。でも、僕はまだ王女サマを信用しているわけじゃないからね。信頼はできないかな」

「でも、リア王女殿下は嘘をついていませんでしたよ?」

「いまは、ね。人ってのはいつ心変わりするか分からない。だから見極める時間が必要なんだ。王女派を傀儡化するのは、そのあとでも遅くはないよ。だから、それまでは現状維持かな」

 客車の外を眺めれば、十メートルほどに山肌が見えた。反対側も同様に山肌が続いている。景色をまったく楽しめない移動に、ツェーザルは人知れずに溜息を吐いた。

 ファーテンブルグの大都市と大都市を繋げる大街道は、基本的にどこも似たような風景が続いている。

 理由は単純で、予算と手間の問題だ。

 国の大動脈である大街道は、当然ながら広い幅員が求められる。そして馬に負担を掛けないため出来るだけ勾配はなく、平坦な道が望ましい。

 その二つの条件を山ばかりの国が実現させるには、どうしても山間を選ばざるを得なかったのだ。左右の景色が山肌、あるいは樹木ばかりになるのは致し方のないことだろう。

 だから、客車の中での暇つぶしは会話しかない。

「王位を簒奪してリア王女殿下を王位に就かせるなんて、実際に可能なんですか?」

「できなきゃ僕はやらないよ。現状の勢力図を数字化するなら、国王派五.五、王女派三、中立派一.五ってところかな」

「エルヴィーラ様の報告を聞くとそれが妥当だと思いますけど、中立派をすべて取り込んでも過半数に届かないってかなり絶望的ですよねー」

 リアへの嫉妬が薄れてきたのか、アウレリアがいつもの調子を取り戻してきた。

「中立派をすべて取り込めるわけでもないからね。だから、中立派を取り込むつもりはないよ。国王派を弱体化させつつ、王女派を強化させればいいんだからね」

「たしかに国王派を寝返らせるのが一番効率がいいのは間違いないですけど」

「ははは、問題ないよ。異世界人にとっては無理難題かもしれないけどね。僕にとっては簡単なお仕事だよ」

 前世の日本に比べ、この異世界の法整備は笑ってしまうぐらいに甘い。

 法律の穴を突いて悪事を働くのは元ヤクザツェーザルの専売特許だ。

 そして、そのターゲットはすでに決まっている。

 保養都市フェルローデを抱える領主、トンベック伯爵だ。

 馬車がいま向かっているのは、トンペックが住まうの領都シュラースであった。 

「はぁ……。ホント、ツェーザル様ってチートですよねー。でもいいんですか? リア王女殿下がまだ信頼できるかどうかも分かってないのに国王派の貴族に手を出してしまっても」

「僕のために働いてくれる人間は多いに越したことはないからね。王女サマの件がどっちに転んでも、僕の目的を達成するためにはどちらにせよ国王派の勢力は削っておかなきゃならないしね」

 そろそろ先触れとして出した兵士がトンペックの返答をもって戻ってくる頃合いだろう。

 リアとの密談を終えたツェーザルはコルダナ男爵領には戻らずに、トンペック伯爵領へと出立した。

 同行者はアウレリアとイジュウインを含む護衛五名の最少人数である。

 『カルイザワ』への襲撃はルプンが主導であったとはいえ、信用を失墜させて客足を復活させるのがねらいであったためトンペックも無関係ではない。このタイミングで顧客を奪った商売敵が来訪すれば当然ながら警戒するだろう。報復と捉えられてもおかしくはない。

 だからこその最少人数である。

 客観的に見れば男爵家当主に女使用人メイド、兵士五人で何ができるのかという話だ。

 ツェーザルとしては、争うつもりはないですよーと言外に伝えているのだが、果たしてトンペックはちゃんと受け取ってくれるだろうか。

 騎乗しているイジュウインが近づいてきて、窓を叩いた。窓を開けるとイジュウインが馬蹄や馬車の音に負けない声で言った。

「大将。先触れが戻ってきやした。歓迎する、とのことです」

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