第32話
「…………おい、そりゃどういう意味だ?」
これにはさすがのツェーザルも聞き返さざるをなかった。
国王派と王女派の対立の根幹は食糧問題である。
それなのにツェーザルが起こす戦争は認めるという矛盾。
「どういう意味もなにも、わたしは負ける戦いはしない主義なの。それはツェーザルくんも同じじゃないの?」
「そりゃ当たり――」
リアの言葉の意味を理解し、ツェーザルは途中で口を閉ざした。
ファーテンブルグの王女殿下は、戦争自体を否定していない。
負ける戦をしないだけであって、勝てるならば戦争しても良いと言っているのだ。
世界で唯一の被爆国の元日本人らしからぬ思想にさすがのツェーザルも驚いた。
つまりは、戦争に反対だから国王派と対立しているのではなく、負ける戦をしようとしているから反対しているわけだ。
「アンタ、もとからそんな考えなのか? それともこっちにきて変わっちまったのか?」
「ん? なんのこと?」
「とぼけんじゃねぇよ。大多数の日本人は戦争を嫌ってるはずだ。少なくとも俺はアンタみたいな勝てるなら戦争してもいいんじゃない? みたいな考えのヤツに会ったことがねぇ」
「ちょっとなに言ってるの? 嫌いもなにも戦わなきゃ地球人はア人に滅ぼされか、奴隷にされるんだよ?」
「アンタこそ何ってやがる。ア人? 誰だそれ」
「…………」
「…………」
ツェーザルの
言葉を介さないコミュニケーションは瞬時に終わり、一つの結論に辿りついた。
「アンタ、俺のいた世界の日本人じゃねぇな?」
「ツェーザルくんはわたしのいた世界の日本人じゃないね?」
異世界転生があるのだから、別の世界線の世界があっても不思議ではない。
「あぁそうだ。俺のいた日本……っつーか地球にア人なんてヤツはいなかったからな。その感じから言うと宇宙からの侵略者的な感じか?」
「ア人の正式名称はアルガルベルスト系第四惑星に住む知的生命体。地球から二十三万光年先にあるんだけど、わたしの前世ではそいつらと戦争してるってわけ」
「まるっきりSFだな……」
「帝都防衛大学医学部看護学科の学生でね。卒業すれば衛生兵として従軍する予定だったんだけど、気づいたら
「まーな。月面探索ですら覚束ないありさまだ。宇宙でのドンパチなんて想像できねぇよ」
どうやらリアは、ツェーザルの前世よりも遥かに文明の進んだ世界の住人らしい。
しかも医大の看護学科の学生。
彼女が行った偉業の数々が医療福祉系なのも頷ける。
だが、そこまでだ。
中世ヨーロッパレベルの文明では、前世の知識を活かすにも限度がある。
「電気もない
「おいおい喧嘩売ってんのか?」
リアの前世よりもツェーザルの前世の方が
なかなかの暴言だ。
リアの前世が令和で、ツェーザルの前世が昭和初期。この異世界が江戸時代だとして。
こっちの連絡手段はスマートフォンのアプリを使ったものなんだけど、そっちは手紙が主流なんでしょ? 飛脚に毛の生えたようなものなんだし文化レベルが近いんだから活用できる技術は
完全に見下されているが、ツェーザルは大人な対応をする。
「たしかにアンタが元いた世界より文明レベルは劣るが、似たようなもんだぜ?」
「そう? わたしには麻薬を生産するなんて発想はなかったけどなー」
「そりゃ専門分野の違いってヤツだろ」
ヤクザと看護学生では住む世界が違い過ぎる。
それに裏とはいえヤクザも社会人だ。学生が思っているよりも
「それで? アンタの見立てじゃ国王派は敗戦必至のようだが、リュプセーヌはそんなの強ぇのか?」
「ツェーザルくんガチで言ってる? ファーテンブルグはリュプセーヌとアルアリアから食料を輸入して成り立ってるんだよ? 片方からしか輸入できなくなったら苦しくなるに決まってるじゃん」
「え、そこから……?」
「そ、そこから」
きな粉と黒蜜のかかった餅に黒文字串を刺しながら、リアは呆れ口調で言った。
食糧の輸入先とコトを起こすのだから、そこの問題をクリアしているのが大前提。
しかし、リアの反応をみるにその大前提すら国王派は理解していないらしい。
国王派は
(マジかよ……。国王派の上層部は旧日本帝国軍並にヤバいんじゃね……?)
「だからツェーザルくん。わたしと一緒に国王派の暴走を止めてくれないかな?」
葛切りをちゅるちゅると啜っていなければ、さぞ決まっていた台詞だっただろう。
もっとも、決まっていてもいなくてもツェーザルの返答に変わりはない。
「断る。派閥に属するつもりはねぇって言ってんだろうが」
「強情だねー。そんなに束縛されるのはイヤ?」
「あぁイヤだね」
「…………そっか」
リアは塩大福をついばみながら、ぼんやりと視線を彷徨わせる。
何かを考えているようでありながら、何も考えていなさそうな仕草。
「わたしはね、この国のみんなが少しでも豊かに、穏やかに暮らせたらいいなーって思ってる。前世はわたしが産まれる前からア人と戦争してて殺伐としてたからね」
「は? なにいきなり語りだしてんだ?」
ツェーザルの突っ込みを無視してリアは言葉つむぐ。
「だから孤児院も医療院もつくったし、公衆衛生の概念も広めた。戦争だってこの国のためになるなら起こしたって構わないと思ってる。これでも一応は王女だしね。二十年近くこの国で生きてればそれなりに愛着もあるからさ」
塩大福を片付け、横に置かれているあんみつを引き寄せる。
「ねえツェーザルくん知ってる? 忌子を殺す風習があるのは大陸北部の国々だけなんだよ? 大陸南部や海を渡った先にある国では忌子を殺す習慣はないんだって。あとこれは最近になってわかったんだけど、忌子は高確率で転生者っぽいんだ。これ、あやしくない?」
思わずアウレリアを振り返り、真偽を確かめる。答えはノー。嘘ではない。
俄かには信じがたい話だが、この場に実例が二人もいる――いや。
「イジュウインは転生者じゃねぇぞ?」
「彼も忌子なの?」
「髪を剃ってるからわからねぇだろうがな」
「ミックス。転生者同士の子供なら髪と瞳の色が違っててもおかしくはないよね?」
「それは……まぁ、そうだが」
思い返せば、聖武国は二柱の神から祝福を受けている者も珍しくと言っていた。
そもそも国名や風俗がこの異世界に違和感があり過ぎだ。
元日本人か日本人フリークの外国人が建国したと考えた方が頷ける。
「なんだって大陸北部の国々は
ツェーザルはこれまで、ファーテンブルグ国が今後も存続していることを大前提として、テンプレ悪徳領主生活を送るための行動してきた。
それは国が易々と滅びることはないと考えていたからだ。
しかし、リアの話を聞いて、その根幹が激しく揺るがされた。
(自分の認識の甘さに反吐がでる……ッ!!)
平和な日本人らしい価値観が抜け切れていなかった。
ここは日本でも地球でもない。
弱肉強食がリアルの異世界だ。
ファーテンブルグがリュプセーヌに侵攻を目論んでいるように、大陸南部の国々がファーテンブルグに侵攻を目論んでいないと否定できる要素はどこにもない。
「大陸北部にあって大陸南部にないもの。それは五神教」
「宗教か……。厄介だな」
「でも、それをなんとかしないといけないんだよね。ツェーザルくんなら分かるよね?」
「あぁ、(大陸南部の国から)攻められたら確実に負けるな」
リアは真剣な顔でカットフルーツに楊枝を刺した。
「だから、他国から侵略される前にこの国を変える」
「変えるったって元凶は五神教だろ? 大陸北部の国々に影響力のある宗教団体をどうにかできるのかよ?」
「国王《お兄様》から王位を簒奪すれば国法で禁止させられる」
「できるとしても……反発がヤバそうだな」
前世で言う某教が国教の某国で同じことしたら、内乱は必至だろう。様々な国が後方支援に回り、盛大で凄惨な代理戦争が勃発する。
(今のうちに
他国――大陸南部のどこかの国に亡命しても生き残れる自信はある。
しかし、いますぐは無理だ。
例えばエルヴィーラの情報網。
これがあったからこそ、今回の『カルイザワ』襲撃も乗り越えられた。いわば生命線だ。
大陸南部の国で同等の情報網を構築するのに何年、何十年必要か分からない。
すべて一から関係性を構築しなくてはならない。
ツェーザルの年齢は今年で十七。
他国に亡命して一から地盤を気づくとなれば、テンプレ悪徳領主生活を送れるのは二十年以上も先だ。
三十七歳で目標を成就してもまったく嬉しくない。
「ツェーザルくんがこの異世界で何をやろうとしてるかは知らないけど、
ツェーザルの心を見透かしたような、リアの一言が致命的なまでに突き刺さった。
だから王女派に入り、ファーテンブルグを存続させることに協力して、と。
抗いがたい誘惑に、しかしツェーザルは首を横に振った。
「平行線だな。俺は誰の下にもつかねぇ。国を変えなきゃならねぇってんなら俺一人でやる」
「強情だなー、もうぉ。なにも軍門に下れなんて言ってないじゃん。目的を達成してくれるなら、王女派まるっとツェーザルくんにあげちゃうよ? 今なら王女のオマケつき! こりゃもぉ買うっきゃないっしょ!」
ツェーザルはリアの荒唐無稽な発言を一笑にふそうして……やめた。
王女サマのやろうとしていることに気が付いたからだ。
「……覚悟はできてんだろうな?」
「おっ、さっすがツェーザルくん。理解が早くて助かるよ。覚悟なんて馬車の中でとっくに済ませてあるからね。まったく問題ないよ」
「いいね。アンタみたいな女は嫌いじゃねぇよ。なら協力してもらおうじゃねぇか」
「おっけー。なにをするの? ――あ、その前に追加でお団子ちょーだい。みたらしとあんこ二本ずつねっ」
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2024/8/29:加筆修正。誤字脱字の修正と一部表現の変更。
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