第32話
これにはさすがのツェーザルも聞き返さざるをなかった。
国王派と王女派の対立の根幹は食糧問題である。
戦争による版図拡大によってそれを解決しようとする国王派に対し、現状維持の王女派。目的は同じなれど、過程はまったく異なる上にトレードオフだ。だからこそ、王女派は戦争を阻止しようとし、国王派は反対勢力を削ごうと躍起になっている。
それなのに、ツェーザルが起こす戦争は認めるという矛盾。
「どういう意味もなにも、わたしは負ける戦いはしない主義なの。それはツェーザルくんも同じじゃないの?」
「そりゃ当たり前………………」
リアの言葉の意味を理解し、ツェーザルは途中で口を閉ざした。
負ける戦はしない。逆に言えば勝てるならば戦争しても構わないと言うことだ。
つまり、戦争自体は否定していない。
世界で唯一の被爆国である日本人とは思えない発言に、ツェーザルは思考をフル回転させる。
たしかに、少数派ながら戦争に肯定的な者もいるだろう。しかし、その一握りの人間が異世界転生してくる可能性は極めて低い。
一方、この異世界の価値観に影響を受けてしまったからとも考えられる。
どちらにせよ、リアの戦争観を前世の日本人と同じと思っていたのが、間違いだったのだ。
戦争に反対だから国王派と対立しているのではなく、負ける戦いをしようとしているから対立していると考えれば、リアの主張に矛盾はない。
「アンタ、もとからそんな考えなのか? それともこっちにきて変わっちまったのか?」
「ん? なんのこと?」
「とぼけんじゃねぇよ。大多数の日本人は戦争を嫌ってるはずだ。少なくとも俺は、アンタみたいな勝てるなら戦争してもいいんじゃない? みたいな考えのヤツに会ったことがねぇ」
「ちょっとなに言ってるの? 嫌いもなにも戦わなきゃ地球人はア人に滅ぼされか、奴隷にされるんだよ?」
「アンタこそ何ってやがる。ア人? 誰だそれ」
「…………」
「…………」
ツェーザルの
言葉を介さないコミュニケーションは瞬時に終わり、一つの結論に辿りついた。
「アンタ、俺のいた世界の日本人じゃねぇな?」
「ツェーザルくんはわたしのいた世界の日本人じゃないね?」
異世界転生があるのだから、別の世界線の世界があっても不思議ではない。
「あぁそうだ。俺のいた日本……っつーか地球にア人なんてヤツはいなかったからな。その感じから言うと宇宙からの侵略者的な感じか?」
「あくまで自分の情報は漏らさないわけ? まー別にいいけど。ア人の正式名称はアルガルベルスト系第四惑星に住む知的生命体。地球から二十三万光年先にあるんだけど、地球人はそいつらと戦争してるってわけ」
「まるっきりSFだな……」
「帝都防衛大学医学部看護学科に所属しててね。卒業すれば衛生兵として従軍する予定だったんだけど、死んじゃった。たぶん、
「まーな。月面探索ですら覚束ないありさまだ。宇宙でのドンパチなんて想像できねぇよ」
隠してもデメリットはないはずだ。
リアはツェーザルのいた前世よりも遥かに進んだ世界にいた住人かもしれない。
しかし、いまいるのは中世ヨーロッパレベルの異世界だ。前世の知識を活かすにも限界はある。リアの行動がその証左だ。
ツェーザルがそうであるように、この異世界では再現できるチートが限られてしまう。
「電気もない
「おいおい喧嘩売ってんのか?」
リアの前世よりもツェーザルの前世の方が原始的だから、より原始的なこの異世界でも通用する技術があるのではないか、という暴言にほかならない。
カチンッときたが、ツェーザルは大人な対応をする。
「たしかにアンタが元いた世界より科学技術は劣るが、似たようなもんだぜ?」
「そう? 麻薬を生産するなんて発想はなかったけどなー」
「そりゃ専門分野の違いってヤツだろ」
ヤクザと看護学生では住む世界が違い過ぎる。
それに、裏とはいえヤクザも社会人だ。学生が思っているよりも
例えるならば、リアはエルヴィーラとアウレリアを足して二で割った感じか。
「――それで? アンタの見立てじゃ国王派は敗戦必至のようだが、リュプセーヌはそんなの強ぇのか?」
「ツェーザルくんガチで言ってる? ファーテンブルグはリュプセーヌとアルアリアから食料を輸入して成り立ってるんだよ? 片方からしか輸入できなくなったら苦しくなるに決まってるじゃん」
「え…………、そこから……?」
「そ、そこから」
きな粉と黒蜜のかかった餅に黒文字串を刺しながら、リアは呆れ口調で言った。
食糧の輸入先とコトを起こすのだから、そこの問題をクリアしているのが大前提だ。
しかし、そうではないとすれば国王派の上層部は旧日本帝国軍並にヤバい。
「だからツェーザルくん。わたしと一緒に国王派の暴走を止めてくれないかな?」
葛切りをちゅるちゅると啜っていなければ、さぞ決まっていた台詞だっただろう。
もっとも、決まっていてもいなくてもツェーザルの返答に変わりはない。
「断る。派閥に属するつもりはねぇって言ってんだろうが」
「強情だねー。そんなに束縛されるのはイヤ?」
「あぁイヤだね」
「…………そっか」
リアは塩大福をついばみながら、ぼんやりと視線を彷徨わせる。
何かを考えているようでありながら、何も考えていなさそうな仕草。
「わたしはね、この国のみんなが少しでも豊かに、穏やかに暮らせたらいいなーって思ってる。前世は産まれた時からア人と戦争してて殺伐としてたからね」
「は? なにいきなり語りだしてんだ?」
「だから孤児院も医療院もつくったし、公衆衛生の概念も広めた。戦争だってこの国のためになるなら起こしたって構わないと思ってる。これでも一応は王女だしね。二十年近くこの国で生きてればそれなりに愛着もあるからさ」
語りながら、塩大福を片付け、横に置かれているあんみつを引き寄せる。
「ねえツェーザルくん、知ってる? 忌子を殺す風習があるのは、大陸北部の国々だけなんだよ? 大陸南部や海を渡った先にある国では忌子を殺す習慣はないんだって。あと、これは最近になってわかったんだけど、諜報部隊の報告によると、忌子は高確率で転生者っぽいんだ。これまでになかった技術や知識で色々なものを生み出してるみたい。これ、あやしくない?」
「ちょ、ちょっと待て……。イジュウインは転生者じゃねぇぞ?」
「転生者同士の子供なら髪と瞳の色が違っててもおかしくはないよね?」
「……………………」
思わずアウレリアを振り返り、真偽を確かめる。答えはノー。嘘ではない。
明かされた衝撃的な事実は、けしてあんみつを食べながら話すような事柄ではない。
(マジかよ……。実際、何人の
ツェーザルは危機感と焦燥に拳を強く握り込んだ。
テンプレ悪徳領主生活を送るためには、
敵国に寝返り、新しい地位を得るという手もあるにはあるが、侵略がいつ始まるかも分からない。下手をすれば十年後、二十年後ということも有り得る。その頃には、
その環境を、できるならば放り投げたくはない。とはいえ、命は惜しい。
「ツェーザルくんなら、この国の置かれている状況が分かるよね?」
「…………あぁ、攻められたら確実に負けるな」
リアは真剣な顔でカットフルーツに楊枝を刺した。
「だから、他国から侵略される前にこの国を変えなきゃなんない」
「おいおい、風習を変えるなんてそう簡単にできるもんじゃねぇぞ?」
「国王《お兄様》から王位を簒奪すれば、国法で禁止させられる」
「…………穏やかじゃねぇな」
リアとの密会で今後の方針について聞き出そうとはしたが、まさかここまでのものが出てくるとは予想だにしていなかった。
もしかしたら、リア自身も話すつもりはなかったのかもしれない。
(これがすべて計算ずくだったらシャレになってねぇな……)
「王女派にはそんな勢いも兵力もあるとは思えねぇんだが?」
「だからだよ。ツェーザルくんがこの異世界で何をやろうとしてるかは知らないけど、
「…………」
ツェーザルの無言を肯定ととったのか、リアは最後のカットフルーツを口に放り込んだ。
「――ね? 利害は一致してるでしょ?」
「平行線だな。俺は誰の下にもつかねぇ。国を変えなきゃならねぇってんなら俺一人でやる」
「強情だなー、もうぉ。なにも軍門に下れなんて言ってないじゃん。目的を達成してくれるなら、王女派まるっとツェーザルくんにあげちゃうよ? 今なら王女のオマケつき! こりゃもぉ買うっきゃないっしょ!」
ツェーザルはリアの荒唐無稽な発言を一笑にふそうして……やめた。
王女サマのやろうとしていることに気が付いたからだ。
「……覚悟はできてんだろうな?」
「おっ、さっすがツェーザルくん。理解が早くて助かるよ。覚悟なんて馬車の中でとっくに済ませてあるからね。まったく問題ないよ」
「いいね。アンタみたいな女は嫌いじゃねぇよ。なら協力してもらおうじゃねぇか」
「おっけー。なにをするの? ――あ、その前に追加でお団子ちょーだい。みたらしとあんこ二本ずつねっ」
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