第31話
(そのノリはねぇだろうが!!)
完全に高校生か大学生のそれだ。
前世で十九歳。リアの見た目からこの異世界でも同等の歳を重ねているはずなのだが、どうやら精神年齢は単純に合算とはいかないらしい。
対してツェーザルの享年は三十六。
(…………そういや当時とあんま変わんねぇな)
転生時に精神年齢が固定されているのかもしれない。
この異世界で前世の年齢になった時に解除される仕組みなのだろうか。
よく分からないが、いま大事なのはそこではない。
「……分かった。王女サマがそれでいいなら非公式の場ではそうさせてもらおうか。そっちの方が楽だしな」
「おっ、いいねいいね。よきよき。そっちのメイドさんは異世界人みたいだけど、この場にいるってことはツェーザル君が転生者だって知ってるってことでオケ?」
「秘書兼専属
「アウレリアと申します。以後お見知りおきを」
王族に対して相応しい態度をとるアウレリアに、リアは快活に笑った。
「硬い! 硬いって~、アウレリアちゃん! 名前にリアが入ってる同士もっと気軽に話そうよ~!」
「し……しかし……」
「よし、ならこーしようー! 王女命令です。アウレリアちゃんはたった今わたしと友達になりました! プライベートで敬語を使ってはいけません! いいですね?」
「……かしこまりました。リア様のご命令とあれば」
「ブブーッ。敬語はダメでーす。はい、テイクツー」
二人のやり取りを見守りながら、ツェーザルは内心で頭を抱え込んだ。
(この王女サマ、癖が強ぇ……。同郷に会ってテンションが上がってるだけならいいんだが……)
「話が進まねぇからそのぐらいにしてくれ。アウレリアも王女サマのご命令だ。以後従うように」
「……ツェーザル様がそういうのであれば」
「いいねー、ツェーザルくん! 話が分かるねー!」
「そりゃどーも。言うまでもねぇと思うが、アウレリアは俺が忌子であることも、転生者であることも知っている。逆にフェリクスがいないったことは、そういうことでいいんだな?」
ツェーザルは目を覆っていた黒い紗を外して裸眼を晒した。
現時点でリアに晒せるカードはここまでだ。
「まーねー。フェリクスはこの異世界じゃ頭の柔らかい方だけど、異世界転生とか科学とか
リアは次に提供されたザル蕎麦に目を輝かせ、山葵を「いや入れ過ぎじゃね?」と思うほどぶち込み、ずるずると啜り、案の定盛大に咽込んだ。
「ぶほっ、ごほっ、ぐふっ、げふっ…………」
「落ち着け。しばらく滞在するんだろ? その間は好きなだけ出してやるから」
「あ……げふっ……、あり……がふっ……、がと……」
王女が水を飲み、山葵の刺激が落ち着かせている間、アウレリアに新しい蕎麦つゆに取り返させた。
「ふぅ……。十年以上も食べてなかったから山葵の加減を間違えちゃったよ……」
「マジで気を付けてくれ。もし山葵を知らないヤツがこの場にいたら間違いなく毒を盛ったんじゃないかと疑われてるところだ」
「はははっ、それ面白いね!」
「おもしろくねぇよ!?(てかマジで話が進まねぇ……。日を改めるべきか……?)」
ツェーザルとしては深い話――例えば、リアの信念や価値観、それに伴う王女派のスタンス、ツェーザルとの関係性などを知りたいのだが、きっかけを作らせてもらえない。
新しいつゆに蕎麦をドサッと放り込み、ズズズズーッと啜る。豪快な食べ方だが、蕎麦の半分ぐらいをつゆにつけて食べて欲しかった。それで味がちょうどよくなる濃さに調整してあるのだ。全部つけてしまってはしょっぱ過ぎるだろう。
もっとも、食べ方は人それぞれなので文句を言うつもりはない。
ザル蕎麦を平らげた後、提供されたのはオムライスだ。
当然、卵の上にはケチャップで『リア♡』と描かれている。
「分かってるねーツェーザルくん! でもここは萌え萌えキュンしながらアウレリアちゃんがこの場で描いてくれるところじゃない!?」
不満を口にしながらもリアはスプーンを閃かせてオムライスに差し入れた。
一口頬張り、味を楽しむように咀嚼して嚥下する。
それから二口目……とはいかずにスプーンを皿に置いた。
「はー。人心地ついたー。あのさツェーザルくん、色々聞きたいことがあるんだけど……」
(ようやくか……)
待ちに待った一言にツェーザルは身を乗り出したが――
「お米とそば粉はいったいどこで手に入れたの? さっきも言ったけど、転生してからずっと探してきたんだけど見つからなくて諦めてたんだけど、これってガチで王族に献上しなきゃいけなかった事案なんじゃないかな?」
「ふざけんなテメェ! 蕎麦と米の出処を聞いてる場合か!? ほかに聞かなきゃいけねぇことがあんだろうが!!」
キレた。
さすがに部屋の外にいる護衛に聞かれない程度の声量に抑えはしたが、もう我慢の限界だ。
しかし、リアは涼しげな顔でオムライス攻略を再開。
スプーンを口にくわえながらのたまった。
「うわぁ……。ドン引きだよツェーザルくん。蕎麦とかお米だけじゃなくてオムライスとか、そーゆー日本の料理以外に重要なことってある? 王女様がご所望なさってる品だよ? ちょっとさー、貴族としての自覚が足りてないんじゃないの? 王族をもっと崇めたてよ―よ」
「テメェさっき
「細かいこと言ってると禿げるよ?」
「こっのクソアマ…………ッ!」
恐ろしいまでのマイペースにツェーザルは歯を食いしばった。
ここで暴力に訴えかけるのはマズい。国王派だけではなく、王女派まで敵に回したらファーテンブルグで夢のテンプレ悪徳領主生活を送るのは絶望的だ。
他国に移ってゼロからスタートするリスクを冒すわけにはいかない。
それにリアの言っていることもあながち間違ってはいないのだ。
対外的に『カルイザワ』は聖武国の文化を模したと触れ込んでいるが、食事だけはツェーザルの意向で食べたかった料理をすべて再現させているからだ。
(まさか……、密談だと勘ぐってたのは俺だけで、実は本気で観光にやってきただけってオチはねぇよな……?)
だとすればこの本気食いも今後の話に移らないのも辻褄が合ってしまう。
「――で? ツェーザルくん。米と蕎麦はどこで手に入れたのかな?」
「…………チッ」
すでに乗り込んでしまった船だ。いまさら降りられるはずもない。
腹立たしくはあるものの、観念してリアに付き合うほかなかった。
しかし、話を誘導するには良いチャンスでもあった。
「うちにイジュウインってヤツがいるのは知ってるよな?」
米やそば粉、味噌や醤油などの出所をころを掻い摘んで話して聞かせた。
この異世界においては、イジュウインの母国である聖武国の特産品であること。
隣国のリュプセーヌで細々と栽培、製造されていること。
それをイジュウインの元傭兵団員が知っていたこと。
そのツテでリュプセーヌから輸入していること。
実は秘かに稲や蕎麦の栽培をしていたり、味噌や醤油の製造に着手しているのだが、それは黙っておく。
聖武国の名を聞いた瞬間、「ウォウォウォ、ラーイオーンズ!」と歌いだした時には頭がおかしくなったかと思ったが、どうやら違うらしい。なんでも小さいときに小手指に住んでいて、ちょっとした買い物には所沢駅まで行っていたとか。そんなローカルネタを知っているわけがない。
「つまり、アンタの兄貴が喧嘩を吹っ掛けちまったら
「それはガチで困るっ!!」
「なら戦争を止めてくれ。こっちもせっかく商売が軌道に乗ってきたんだ。主力商品がなくなっちまうのは困るからな」
「それができたらとっくにやってるって……」
リアはデザートのパンケーキをナイフで分けながら肩を落とす。
「てかさ。お互い困るってなら、なおさらじゃん。利害一致してるんだし一緒に戦争止めよ―よ」
「(ようやく俺がしたい話ができるようになったな……)フェリクスから聞いていると思うが、俺はどっかの派閥に属するつもりはねぇよ」
「なんで? 自分たちより強い権力の庇護下に入ると何かと楽だよ? 今回みたいに襲撃を仕掛けられるなんてこともないだろうし」
「メリットばかりじゃねぇだろ。俺は行動に制限を掛けられたくねぇんだよ」
孤児院に医療院の設立。公衆衛生概念の啓蒙活動。
これらを成した資金はすべて派閥から捻出されている。
採算を度外視の弱者救済を目的とした賞賛すべき慈善事業だ。
このことから、前世のリア――鈴木風香は、誰かのためになりたいと思う純粋で健全な看護学生だったのだろう。
一方、反社会的勢力、広域指定暴力団参加の幹部であったツェーザルには、リアの行いがまったくもって理解できない。金が稼げない事業などクソだ。
つまるところ、派閥云々以前の問題なのだ。ツェーザルとリアでは価値観そのものが真逆。そんな二人が手を組んでもロクなことにならない。
「別に行動制限なんて掛けるつもりはなんだけどねー」
(嘘はついてなさそうだが……)
念のためにアウレリアを一瞥すると、彼女は首を横に振るった。
アウレリアの
(行動制限は付けないが、条件は付ける。あるいは、そもそも認めない……と、そんなところか……?)
御萩を手掴みで口にもっていき、幸せそうに頬張るリアの表情からはまったく真意が読み取れない。
(マジ観光できた説……。話を誘導しなかったらヤバかったな……)
「ところでさ。ツェーザルくんは前世ではどんな人だったの? わたしが言ったのに教えてくれないとか不公平じゃない?」
「不公平? なんでだよ。お互いのことを教え合おうなんて約束した覚えはねぇぞ? 俺はアンタと違って初対面の相手を信用できるような人間じゃないんでね」
「まぁだいたい想像できるからいいけどねー。ツェーザルくん、前世は裏社会の人間か警察官だったでしょ? あるいは悪徳政治家かな?」
「へぇ、どうしてそう思うんだ?」
「
「…………」
「こうゆーのって、裏社会の人間のやり口だよねー。あとはやり口を知ってる取り締まる側かなーって」
(コイツ、洞察力ハンパねぇな……。ホントに看護学生か……!?)
ポーカーフェイスはヤクザの必須技能だ。
内心の動揺をひた隠し、リアの表情を伺えば、美味しそうにショートケーキを頬張っている。
「仮に……俺が裏社会の人間だとして、そんなヤツを派閥に入れちまっていいのか」
「良いから声かけてるんだけど?」
「おいおい、俺はアンタを聡明なヤツだと思ってたんだが、勘違いだったか? 分かってねぇようだからこの際ハッキリと言わせてもらうが、俺は
その言葉を聞き、リアは本当に意味が解らないという風に首をこてんと倒した。生クリームが口角についているのが余計に空気を弛緩させている。
「え、別にツェーザルくんなら戦争起こしてもらって構わないケド?」
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2024/8/27:加筆修正。誤字脱字の修正と一部表現の変更。
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