第29話
時は遡り――
襲撃事件の事後処理のためではない。そんなものはイジュウインとエルヴィーラに丸投げだ。懇意にしている奴隷商人のエッポに売り払うよう指示してあるので、あとは適当にやってくれるだろう。
ツェーザルとしては、一日でも早くケツに火のついたトンペックと接触して懐柔工作に取り掛かりたかったのだが、王女殿下がお忍びで『カルイザワ』にやってくるというのだから無視できるはずもない。
(フェリクスの野郎……。落ち着いたらこっちから連絡するって言っただだろうが……!)
もちろん、落ち着いたとしても連絡するつもりはさらさらなかった。
王女のリアが
のらりくらり躱していくつもりだったのだが、リアの方が一枚上手だった。
襲撃予想日から三日後にお忍びで訪問する旨が書かれた書簡が届いたのは、『カルイザワ』へと出立しようとした直前。
この異世界での情報伝達速度は笑ってしまうぐらいに遅い。
王都からコルダナ男爵領まで馬車で二ヵ月。早馬を飛ばしても一ヵ月ちょっとの距離がある。『カルイザワ』のあるアイスラー男爵領も王都からは一ヵ月半くらいはかかるはずだ。
つまるところ、『いま都合悪いから無理!』と返信してもリアはすでに『カルイザワ』に向けて出立したあと。完全に行き違いになる。
完全な確信犯だ。
書簡を無視すれば権力者である王女殿下の不興を買う。一方、会えば確実に権力闘争に巻き込まれそうな予感がする。どちらを選ぶか究極の選択で、ツェーザルは後者をとった。王女と会った上で、巻き込まれないように立ち回る。これしかない。
「先触れとしてフェリクス様がいらっしゃいました」
「――はぁ…………。いいよ。通して」
重たい溜息を吐き、ツェーザルは対策本部であった客室にフェリクスを招いた。
襲撃対策本部であったそこは、すでに綺麗に片付けられていて、従来の客室の姿に戻っている。
「やあ、ツェーザル殿。久しぶりだね。健勝そうで何よりだ」
「フェリクス殿もお代わりないようで。――襲撃者との戦闘が続いていたら、あるいは敗北していたらどうするつもりだったんです?」
約半年ぶりに見たフェリクスは、飄々としていて悪びれた様子は一切ない。それにイラッとしたツェーザルはストレートに苦言を呈した。
これは、まごうことなき本心である。
フェリクス――いや、王女リアが行ったのは、『襲撃される保養地に行くけど、到着する頃にはカタがついてるから大丈夫だよね』という恐ろしいまでの皮算用でしかない。
もし、カタが付いていなかったらどうするつもりだったのかという話だ。
それに対し、フェリクスは失笑する。
「ガチで言ってる? 事前に襲撃対策を教えてくれたじゃん。忘れちゃったの?」
「いや、それは覚えていますが……」
襲撃への支援と引き換えに王女派への参入を迫るフェリクスを追い返すため、対策案を話したのは覚えている。
しかし、その話を鵜呑みにするだろうか?
仮にも王女の側近なのだから、失敗に終わる可能性も考慮してしかるべきだ。
なぜそこまでフェリクスはツェーザルを評価しているのか。あまりにも高い期待値の理由が解らない。
ツェーザルの訝しむ視線は、目元を覆っている漆黒の紗によって遮られている。本来であれば気づけるはずもないのだが、フェリクスは友好的な笑みを浮かべて疑念に答えた。
「襲撃が成功する可能性なんてあると思う? 対策は万全。戦力も
「………………」
フェリクスの分析ないしは評価は正しい。
さすがは王女の側近。ただのチャラいだけのアホではなかったようだ。
しかし、だとすれば一つの疑問が浮かんでくる。
なぜ国王派は、あんなショボい戦力で襲撃を仕掛けてきたか、だ。
勢力的に劣っている王女派が掴んでいる情報を、国王派が掴んでいないわけがない。
考えられる理由は二つ。
一つは牽制目的。こっちはいつでも戦端を開けるんだ。ナメた真似をするんじゃねーぞという脅しである。
もう一つは本当に情報を掴んでいなかった場合。
(さすがに後者はありえねぇか。前者だとしても知ったこっちゃねぇんだが)
フェリクスにその疑問を話すと、あきれ顔をして言った。
「ここまで徹底的に情報を秘匿しておいてそれを言っちゃう? うちの派閥だって俺が直接ここに乗り込まなきゃエルヴィーラ嬢やイジュウイン殿、ハインミュラー殿がツェーザル殿の陣営にいるなんてわからなかったんだよ?」
「え…………? じゃあまさか本当に知らなかった……?」
「だろうね。それに今回は国王派としてじゃなくてルプンの独断だからね。一介の男爵風情が! とでも思ってるんじゃないかな」
「マジで……?」
「マジでマジで」
(………………マジで……?)
あまりにも自然すぎていて今までスルーしていたが、これまでフェリクスに感じていた違和感の正体が分かったような気がした。
プロフェッショナルやガチ、マジ。
それに前回会った時に口にしていたオーケー、ポイント、タイミング、メリット、デメリット。
この手の
だから、普段のツェーザルは
しかし、思考や
素の状態のツェーザルを唯一知っているアウレリアも自然と
では、なぜフェリクスは、この異世界で知られていないはずの
アウレリアがいちおう客人であるフェリクスに紅茶を提供した。
「おっ、ありがとーアウレリアちゃん。今日も可愛いね!」
「ありがとうございますー。ツェーザル様以外に褒められても嬉しくありませんので、もう二度と言わないでくださいねー」
「ちょ……なにその塩対応!?」
(この言い回しも地球……っつーより日本人っぽいよな……)
フェリクスが転生者か、あるいは近くに転生者がいるのは確定。
ここで思い出すのは、前回会った時に言ったフェリクスの言葉だ。
『――リア王女殿下もツェーザル殿と同じ存在……と言ったら?』
忌子のことだと思っていたのだが――
(違ぇな。フェリクスは目が不自由だと言っていた。忌子って解釈で間違いねぇ……。だが、王女サマが転生者である可能性は高いが、気になるのはフェリクスが王女サマを転生者だと知っているかどうかだ。異世界人には通じない
「話を蒸し返すようですが、襲撃の三日後に来訪されるのはあまりにも早すぎだと思いますよ?」
「こればっかりは王女殿下のご意向でね。俺が『カルイザワ』で食べた団子やおにぎり、それと温泉って風呂があることをご報告したら思いっきり叱られたよ。なぜ最初の報告で報せなかったのか! ってね」
「最初の……というと、『カルイザワ』の娼館で密談した?」
「そうそう。あのときはツェーザル殿との会談が終わったら寄り道せずに帰って来いとのご指示だったからね。で、前回は現地調査だったから飲み食いしながら色々と聞き込みをしたわけだ」
これまで
日本人ならば、団子やおにぎり、温泉に食いつかないわけがない。
「その飲み食いした情報を報告したら叱られたというわけですか……。失礼ですが、王女サマは食い意地――ンンッ。珍しい食べ物がお好きなのですか?」
「いや、特にそういったことはないかな。好き嫌いなくなんでも召し上がるんだが、今回はちょっとご乱心気味でね……。『お米がわたしを呼んでいるッッ! 今すぐ出立するから準備しなさい! 政務? ――ちぃっ! 火急なものは今日中に終わらせて指示書も全部用意しとくから明日出立できるように準備しておいて! いい! 絶対だからね!?』という感じさ……」
「………………」
(コレ絶対に演技じゃねぇだろ。マジで苦労してんだな……)
フェリクスから言い知れぬ哀愁を感じ、秘かに憐れんだ。
同時に、リア王女のスタンスもなんとなく察せられた。
リアは転生者であるとフェリクスには話していないが、隠しているわけではない。それは公衆衛生の概念を周知させた行動からも見て取れる。
(じゃあなんで側近中の側近のフェリクスに真実を明かさねぇのか……)
ツェーザルは自分に置き換えて考えてみた。
そしてすぐに結論に至る。
(信じてもらえねぇから……だな)
ツェーザルには嘘を看破する
俺は転生者なんだ。と普通なら気が狂ったのかと疑いたくなる妄言を吐いたとしても、嘘を看破する
しかし、前世の知識を隠さないないのは――
(どうでもいいからだろうな)
ツェーザルもそうだ。
この異世界にない前世の知識を使うのは己のエゴのため。
転生者を探すためでもなんでもない。奇異に見られようとも、畏怖されようとも知ったことではない。
ツェーザルがテンプレ悪徳領主を目指すように、リアにも目的があるのだろう。
問題は、それがツェーザルと相容れるものであるかどうかだ。
(それは直接本人に聞けばいいか。どうせ一時間後にはイヤでも会うことになるんだからな)
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