第26話

「報告します! 陽動部隊の捕縛、完了いたしました!」

「ご苦労様。あとはイジュウインに任せておけば大丈夫だと思うけど、いちおう警戒は続けておいてね」

「ハッ!」

 報告にきた警備兵に労いの言葉をかけ、ツェーザルはソファーに背を沈めた。

 エルヴィーラが『カルイザワ』襲撃計画の全容を掴んできたため、対策は万全に整えられている。

 準備八割とはよく言ったもので、ツェーザルは対策本部で残りの二割が実行され、報告を待つばかりとなっていた。

 その第一報が先ほどのそれある。

 忍び込んでいた陽動部隊が火を放つよりも先に、こちらが先に爆発騒ぎを起こし、陽動部隊を誘い出すことに成功。現行犯で捕縛が完了した。

 次は本命である襲撃部隊の迎撃だ。

 襲撃部隊は一リーユ(約四キロ)先で野営をしている。予定よりも早く合図が上がったことですぐに『カルイザワ』の襲撃には移れない。

 どんなに早くとも移動時間に三十分はかかるはずだ。

 その間にイジュウインが完全武装の私兵を率いて『カルイザワ』の出入口を封鎖し、襲撃部隊を待ち構える手はずになっていた。

「エルヴィーラ様には感謝してもしきれませんねー」

「まったくです。本当に助かりましたね」

 軽い口調でのたまうアウレリアに、ツェーザルは相槌を打った。

 今回の件の功労者はエルヴィーラとそのもとで働いている一人の娼婦だ。

 その娼婦の常連客の一人は、仕事で過度のストレスが掛かったときに必ず訪れるという。

 SMプレイでストレスを発散しているのだ。

 両手を縄で拘束した上で罵倒し、鞭と蝋燭で嬲り、顔面を踏みつけ、唾を吐き捨てられる大好きな変態野郎だった。

 いわゆる女王様プレイである。

「アンタみたいな無能な豚に悩みなんの悩みがあるってんだい!? ブヒブヒ鳴いてりゃいいんだよ!!」

 バチーンッと鞭が床を叩く。

「ヒィィィッ!? こ、今度『カルイザワ』を襲撃するから目付け役として同行しろって言われたんですぅぅぅ!!」

「はあ? アンタみたいなゴミクズにできるわけないだろうが! 断っちまいな!」

「む、無理ですぅぅぅ。相手は国王派の重鎮なんですよぉぉぉ!!」

「ハッ! 国王派の重鎮だあ? アンタみたいな豚野郎に頼むとか大丈夫かソイツ? 頭ン中ウジでも湧いてんじゃねぇの!?」

「ルプン伯爵はキレ者でとってますからそんな――」

 バチーンッと鞭の音が響く。

「はあ? 口答えしてんじゃねぇよ豚が!」

「ヒィィィィッ!」

「どんな計画か教えてくれんだろうなあ? え? 教えてくれたらご褒美にアンタの汚いムスコを踏み潰してやるよ!」

「ありがとうございます! 話します! なんでも話します!!」

 ――という具合にはペラペラと『カルイザワ』襲撃計画を話したそうだ。

 その報告がエルヴィーラのもとに上がり、ツェーザルが知ることとなったわけだ。

 なんとも居たたまれない話だが、まさかバーデンも懇意にしている娼婦がツェーザルと繋がっているとは思いもしなかったのだろう。

 バーデンはたしかに迂闊ではあったが、褒めるべきはツェーザルとの繋がりを完全に隠匿していたエルヴィーラの手腕である。

 王女派が総力を挙げてようやくツェーザルに着けるほどだ。一介の男爵如きが解るはずもない。

 そんな残念な失態を犯したバーデンだが、エルヴィーラ曰く絶妙な人選であるらしかった。

 理由は二つ。

 第一に、国王派に属していないこと。

 国王派の貴族たちは襲撃計画を知っているため、その時期に『カルイザワ』を訪れることはない。誰が好き好んで襲撃の地に足を運ぶというのか。

 そこにノコノコと国王派の貴族が私兵ではなく傭兵を護衛に雇ってやってきたら警戒するのは当然だろう。

 だから国王派の貴族ではいけなかったのだ。

 第二に、国王派に属したいけど、属せるだけの実績をつくる力量もない貴族――すなわち「これをやったら派閥に入れてあげるよ」と餌に簡単に食いついてくるようなバカであること。

 傭兵を雇って貴族に扮させ、保養地を襲撃させる。

 普通に考えたら絶対にヤバい仕事だ。

 この異世界において保養地とは庶民でも楽しめる行楽施設ではなく、富裕層向けの行楽都市なのだ。地球で言えばラスベガスやハワイに襲撃するようなものである。

 襲われる来客者はお付きの護衛以外、すべて貴族や豪商、上位役職者などだ。徹底的な調査が行われた上、首謀者は確実に処刑される。

 国王派が持ち掛けてきた計画だから大丈夫とでも思っている――あるいは、そう言いくるめられているのかもしれないが、百パーセント大嘘だ。むしろ国王派だから、証拠をすべて揉み消し、関係者も消すか懐柔させるかした上で「知りません。アイツが嘘を言っているんです。こっちはいい迷惑です」という権力の力押しが罷り通る。

 哀れバーデンはトカゲの尻尾のように切り捨てられてジ・エンド。

 ――と、ここまでが本当の『カルイザワ』襲撃計画だろう。

 エルヴィーラの部下である娼婦が襲撃計画を聞いていなかったら、バーデンはノーマークだったに違いない。

 バーデンの不用意な行動と、国王派の人選ミスが失策だ。

 もし、バーデンが過度のストレスに去られると娼館に行ってストレス発散を行っていることを国王派が知っていたら……?

 もし、そのバーデン行きつけの娼館がツェーザルの息がかかっていると国王派が知っていたら……?

 ――それでも結果は変わらない。

 バーデンのことが発端というだけで、エルヴィーラは次から次へと『カルイザワ』襲撃計画の情報を入手し、報告を上げてきていた。

 アルアニアの傭兵からが最も多く、次いで国王派の貴族から少々。

 計画の露見は、早いか遅いかの違いでしかなかったのだ。

 エルヴィーラの情報収集能力には舌を巻くと同時に、男のバカさ加減を改めて思い知らされた。教育された娼婦スパイの前に、男はあまりにも無力すぎる。

 そんな娼婦スパイを育て上げたエルヴィーラスパイマスターは今、変装をしてバーデンのもとに赴いていた。

「バーデン男爵を見逃してしまってよかったんですかー?」

「あぁ、捕縛したらしたで面倒だからね」

 アウレリアの問いに、ツェーザルは苦笑いをしながら答えた。

 探られてボロを出すような隠蔽の仕方はしていないが、探られて気持ちのいいものでもない。ここは穏便に済ますのが賢いやり方だろう。

「ツェーザル様がいいのであれば、あたしはそれでいいんですけどねー」

「あとはイジュウインが襲撃部隊を蹴散らすだけだね」

「大丈夫なんですかー? 相手は減ったといっても数的に有利なままですよー?」

「そ、そうでございます! ここで被害を出してしまってはすべてが水の泡! 本当に大丈夫なのでしょうか……」

 アウレリアの言葉に追従して、ロータルが不安を口にした。

 気持ちは分からなくもないが、すべては今更だ。賽は投げられてしまっている。

「イジュウインが大丈夫だっていうなら大丈夫なんだと思うよ。――そういえばロータルには話してなかったかな。イジュウインはアルアニアで『ダイサッカイ』っていう有名な傭兵団の団長をやってたんだよ」

「そ……そうでございますか……。なにぶん、私は荒事には疎いものでして……」

「それは僕も同じだよ」

 戦争なんて知らない平和な日本で生まれ育ってきたのだ。

 裏社会ヤクザの切った張ったは所詮、個人単位でしかない。

 素人が口を挟んだところでロクなことにならないのは目に見えている。だからこそ、戦争屋専門家に任せるのが一番だ。

「そのイジュウインがね。襲撃部隊に参加している傭兵の一覧を見て、『初陣にはお誂え向きの連中ですぜ』って言ったんだ」

 その一覧を用意したのは、もちろんエルヴィーラだ。

 情報インフラが地球よりも著しく劣るこの異世界で、それが用意できる時点でもはや異常である。どうやって入手したのか尋ねたところ「申し訳ございません! ツェーザル様の水準に至れるよう精進致しますわ!」と謝罪されてしまった。

 まるでツェーザルならばもっと早く情報を入手できたような口振りに苦笑いするしかない。

「ツェーザル様。それはどういう……?」

 アウレリアの疑問に、ツェーザルは肩をすくめて答えた。

「僕らが思うよりもイジュウインはずっと有名人ってことさ」



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