第24話

 『カルイザワ』の代官低に設けられた襲撃対策本部には、主要な人物が主要な人物が勢ぞろいしていた。

 ツェーザルに、専属女使用人メイドのアウレリア、私兵団長のイジュウイン。そして代官のロータルだ。

 ロータルにはスラムのまとめ役を任せていたが、見込みのある住民はすべて拉致し終えたので、『カルイザワ』の代官を務めてもらっていた。最初は分不相応と断られてしまったが、ほかに信用のおける人物がいないため半ば脅迫して無理を言ってお願いしたのだ。

「ロータル。気持ちは嬉しいけど、休んでてもいいんだからね?」

「お言葉はありがたく。しかし、代官である私が休むわけにはまいりません」

「まじめだね。――ま、かくいう僕も特にやることはないんだけどね」

 アウレリアに淹れてもらったコーヒーを啜った。

 時刻は未明。日本時間でいえば午前三時くらいだろうか。

 木窓を開ければ月と星々が綺麗に見えるのだろうが、代官低の一室から明かりが漏れていては都合が悪いため閉め切ってしまっている。

 とはいえ、室内が煌々と明るいわけではない。この異世界の文明レベルでは、まだ電気が存在せず、光源は松明かランプ、あるいは蝋燭が用いられている。当然、高価であるため普段は陽が落ちたら寝る一択だ。

 今夜は襲撃日。特別に幾本もの蝋燭を室内に灯して、辛うじて光源を確保していた。

 イメージとしては、誕生日ケーキに立てられた蝋燭に火を灯し、照明を消したくらいの薄暗さだ。

「いや大将……。それを言うなら身の安全のためコルダナ男爵領で待っていて欲しかったんですがね? 万全を期してるとはいえ万が一ってこともありますんで」

「万が一の時こそ領主の判断が必要なんじゃないか。それにアウレリアもいるしね。僕が賊ごときに後れをとるとでも?」

 イジュウインは、ツェーザルの『カルイザワ』入りを最後まで反対していた。それをどうにか言いくるめて付いてきたのは、万が一に備えてなんかではない。

 本当の戦いを知るためだ。

 対立する事務所にカチコミを仕掛け、派手にドンパチするのは物語の中だけフィクションだ。ある意味、刑事のドラマと通ずるものがある。

 容疑者に殴る蹴るの暴行を加えて確保したり、威嚇射撃なしに発砲したり、あぶなかったり、はみだしたり、踊ったり、鮫だったりというのが現実リアルではあり得ないのと同じだ。

 戦術レベルではプロであるイジュウインに丸投げするが、戦略を練るのはツェーザルである。だからこそ、一度本当の命のやり取りの現場にいて肌感覚を知る必要があると思ったのだ。

「大将もアウレリア嬢もたしかに強いですがね……。戦場では何が起こるか分からないってもんです」

「分かってるよ」

 襲撃が終わるまで代官低――より正確にいえば作戦本部から外に出ない。

 それがイジュウインとの約束だ。

「――どうぞ」

 ドアがノックされたので入室を許可すると、一人の私兵が入ってきた。

「報告します! 賊は『カルイザワ』から一リーユ(約四キロ)地点に集結。数はおよそ百二十とのことです!」

「ご苦労」

「ハッ! 失礼します!」

 敬礼し、私兵が踵を返して去っていく。

 しばらくして、イジュウインは物足りなそうな顔で呟いた。

「あまり減らせませんでしたね。所詮は獣ってとこですかい」

「いやいや、八十人も減らせたんだから上出来だと思うよ?」

 エルヴィーラが入手した情報によれば、襲撃者はおよそ二百人。

 対して『カルイザワ』に詰めている警備兵は三個大隊百六十二人だ。そのうち一個大隊五十四人を『カルイザワ』へと通ずる道の警備に当てているため、街に常駐している警備兵は二個大隊の百八人しかいない。

 それも一個大隊五十四人は襲撃に備えて追加で動員した部隊だ。

 各地にある村や娼館に配置してある部隊から一個小隊六人ずつを寄せ集めて出来た臨時大隊である。

 なぜこのようなショッパイやり方をするかといえば、余っている兵士がいないからだ。襲撃に間に合いそうな場所から兵を呼ぶにしても現場を手薄にはできない。ならば少数ずつ呼び集めるしかないだろう。

 コルダナ男爵領はいまだに労働力が不足している。

 襲撃者約二百人と警備兵二個大隊百八人が正面からぶつかり合えばどうあっていたか。貴重な人材を無駄に死傷させるわけにはいかない。

 襲撃者を八十人も減らすためは警備兵も相当数の損害を強いられただろう。

「……たしかに。こっちは負傷者ゼロ――というか戦わずにして半数近い敵を斃してるわけですから上等と言わなきゃ殺された熊に祟られちまいますかね。むしろ獣如きに全滅されたんじゃ某らの出番がなくて興醒めってもんです」

「いや……出番がないならないに越したことはないんだけどね?」

 総勢十三頭の熊が襲撃者を襲ったのは偶然ではない。

 私兵の中に動物の言葉が解る神に祝福された証ゼーゲン持ちがいたのだ。

 なんでも鳴き声を聴けば、なに言っているのかが解るらしい。

 そして、なにを言っているかが解れば、コミュニケーションは可能だという。

 例えば、「Kaliméra」が「おはよう」だと解れば、発音を真似て「Kaliméra」と言えば、相手に「おはよう」と伝わるわけだ。それがギリシア語だろうと、獣の言葉だろうと原理は変わらない…………わけがない。

 突っ込みどころ満載だが、ここは異世界。神から賜ったトンデモ能力なのだから、なんでもアリなんだろう。

 そういうものだと割り切り、ツェーザルはその兵士に命令を下した。

 山中にいる熊を呼び集め、餌と引き換えに山中にいる人間を問答無用で襲うよう伝えろ、と。

 結果はご覧の通りである。

 これが前世の地球であれば、動物愛護団体や頭がお花畑の連中から抗議が殺到していたに違いない。

(ホントに楽な世界だな、ここは)

 多方面に気を遣わなければならなかった前世を思い出し、しかしすぐさま思考を切り替える。

 襲撃者の集結地点は、その兵士がフクロウを使って特定させたものだ。

 さすがに人数は動物では数えられないので、遠視の神に祝福された証ゼーゲン持ちを持っている偵察兵が行ったのだろう。

 属人的であるが、非常に恐ろしい能力であるのは間違いない。

「――さて、そろそろかな」

 ツェーザルが呟いた瞬間、盛大な爆発音が轟いた。



「はぁ!? 襲撃開始って冗談だろ!?」

 襲撃部隊の体調を務めているジーモンは困惑の声を上げた。

 『カルイザワ』から立ち昇る火の手は、潜入した陽動部隊からの合図。

 しかし、計画では日の出とともに行われるはずであった。

「どうしますかい、隊長?」

「どうするもなにも行かねぇわけにはいかねぇだろうが!」

(バーデンの野郎……、いったい何を考えていやがる!)

 尋ねてきた部下に怒鳴り返しながら、この作戦の首謀者であるバーデン男爵を訝しんだ。

 そもそもバーデンは本当の首謀者ではないというのが、傭兵歴三十年を越えるジーモンの見解である。

 なぜならば、わざわざアルアニアから傭兵団を呼び寄せて街一つを襲撃させるような大それたことを計画するような人物には見えなかったからだ。

 おそらく誰かに命じられたか、金を掴まされたか。とにかく黒幕は別にいる。

 とはいえバーデンは指揮を執るために陽動部隊とともに『カルイザワ』へと潜入していた。首謀者自ら――それも貴族が前線に赴く必要はないと思うのだが、バーデンにとってそんな事情など知ったことではない。

 首謀者が近くにいるのだからと襲撃部隊の損害を知らせる使者を送り判断を仰いだのだが、その返答が襲撃開始の狼煙である。

 傀儡の首謀者に作戦変更の権限があるはずがない。

 なんらかの事情によって作戦決行を早めなければならなかったか、バーデンの暴走したか。

 どちらにせよ陽動部隊が動き出した以上、襲撃部隊も動かざるを得なかった。 

 そうしなければ陽動部隊は犬死。襲撃部隊は襲撃の機会を逸し、契約不履行で報酬がもらえなくなる。

 ジーモンは気持ちを切り替えた。

 襲撃開始の合図が予定より早いとか、暗闇で視界が悪いとか。戦いに想定外のことは良くあること。その程度の悪条件ぐらいで動揺していては傭兵などやっていられない。

「いくぞテメェら! ちっとばかし予定より早いが、そんなもんは関係ねぇ! ファーテンブルグには弱兵しかいねぇからなあ! ちゃっちゃと片付けて報酬にありつくぞ!」

 ファーテンブルグは数十年と内外ともに争いが起こっていない。

 それはつまり、実践経験のある兵士がいないということだ。

 対してジーモンたちは数多もの戦場を駆け抜けてきた歴戦の猛者たちである。

 新兵と古参兵。どちらが強いかという話だ。

 しかも『カルイザワ』に詰めている警備兵は百名足らず。

 八十人減っていたとしても、ジーモンたちの方が数的有利にある。

 襲撃側の優勢は変わらないのだ。

「おぉぉぉぉぉっっ!!」

 襲撃部隊は雄たけびを上げ、進軍を開始する。

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