第21話

 結局、今回の情報収集で分かったのは、たったの四つ。

 一つ、型破りな娼館経営と奴隷の取り扱い。

 二つ、貴族さえも一目を置くほどの情報網を構築している稀代の娼婦、エルヴィーラが仕えていること。

 三つ、コルダナ男爵領でお家騒動が起きていたこと。

 四つ、隠れ里があるらしいこと。

「――あと、コルダナ男爵に扇動と人心掌握の才能があることか」

 ツェーザルと友誼を結ぶにあたり、無意味な情報ではないが、有意義な情報でもない。

(このまま殿下のもとへは帰れないだろ……)

 とはいえ、コルダナ男爵領の本村に行ってツェーザルと対面するのは、無手で万の軍に突撃するようなものだ。

 考えた末、フェリクスは馬首を巡らせ、一路アイスラー男爵領へと進路を取った。

 二度目となる『カルイザワ』は、前よりも盛況ぶりが増してるようであった。

「せっかくだ。少し散策でもしてみるか……」

 前回はツェーザルとの会談があったため、娼館へと直行。会談終了後はリアのもとへと直帰してしまった。ゆっくりと『カルイザワ』の街を見て回る余裕がなかったのだ。

 これは、ただフェリクスが遊びたいから――というわけではない。あくまで情報収集の一環である。

「団子……?」

 香ばしいにおいに誘われて出店に近寄ってみれば、店主が串に刺した白くて丸い物を炭火でやいていた。みたらし団子と小豆団子の二種類があるらしい。どちらも聞きなれない食べ物だ。

「店主。みたらし団子と小豆団子を一本ずついただけるかな」

「はいよ! いま温めなおしますんで、そこの椅子に座って待っててくだせい!」

 だいぶ崩れてはいるが、ぎりぎり敬語と呼べなくもない言葉は、『カルイザワ』が富裕者層を対象とした街だからだろう。

 椅子に座って少しすると、異国の衣装を纏った女給仕が木製の盆に乗せて団子を運んできた。

「お待たせいたしました。食べ歩きは危険ですので、こちらでお食べ下さい」

「失礼。この飲み物は頼んでいないよ?」

「無料でお付けしているものです。熱いので気を付けてお飲みください」

「――そういうことならお構いなく」

 女給仕の方は綺麗な敬語を使っている。所作もドレーアー伯爵家にいる女使用人メイドと遜色ない。素晴らしい教育だった。

(しかし飲み物が無料とは気前がいいことだな)

 たとえ水であっても飲み物は有料というのがファーテンブルグの一般常識だ。

 提供された飲み物は緑色をしている。なんらかの茶葉から抽出したものだろう。それを無料というのが信じられなかった。

「…………旨い……」

 紅茶にはない渋みと香り。

 続けて小豆団子を口にした瞬間、フェリクスは目を見開いた。

(甘……ッ!?)

 ファーテンブルグにおいて……いや、北方大陸すべての国において甘味は高級品だ。けして、こんな出店で取り扱えるような品物ではない。しかも、価格は保養地価格ではあれ、『カルイザワ』を利用するような富裕者層ならば安価と言って差し支えなかった。

 驚いているフェリクスに、女給仕が微笑みかけてきた。

「お客様。『カルイザワ』へは初めてですか?」

「え……えぇ。まぁ……」

「『カルイザワ』は、聖武国という異国を模して造られた街です。お客様がいま召し上がられた団子や私が着ている衣装、そして建物もすべて。どうぞ堪能していってくださいね」

「――聖武国……聞かない名前だね」

「御領主様が言うには、なんでも海を渡った先にあるとか。お恥ずかしながら、私もそれ以上のことはよく知らないのですが」

 フェリクスは、女給仕の顔をさりげなく観察した。

 美しい容貌をしている。容姿も整っていて、さぞ客受けがいいだろう。

(元娼婦の受入先が『カルイザワ』ここという線もなくはないか)

「君はアイスラー男爵領の出身なのかな?」

「――え? あ、はい。アイスラー男爵領のモシュタールという村の出身ですが……」

(ハズレか)

 たいして期待はしていなかったので落胆は少ない。

 フェリクスは訝しむ女給仕に笑いかけた。

「いや、すまない。僕は旅が趣味でね。『カルイザワ』には結構な人が働いているから、もしかしたら色々な領地から人が集められているんじゃないかと思ってさ。まだ行ったことのない土地の話を聞けたらいいかなって」

「そういうことでしたか。それならば申し訳ありません。『カルイザワ』で働いている者たちは、警備のものを除いてすべてアイスラー男爵領の出身です」

「へぇよくこれだけ人を集められたものだね」

「…………」

 女給仕は気まずそうに眼をそらしたのち、哀しむような口調で声を発した。

「各地を旅されているならばご存じかと思いますが、男爵領は貧しく、働き口がございません。領主様は色々と手を尽くしてくださっておりましたが、なかなか成果か上がらず……」

 あまりにも詳しい説明に、今度はフェリクスが訝しんだ。

 一介の村人が領地の状況や領主の政策を知りえるはずがない。この女給仕は不事前なほどに教養があり過ぎる。

 ――が、そのフェリクスの推察を裏切るように、女給仕は微笑み、讃えるような声音で言った。

「そこに手を差し伸べてくださったのがコルダナ男爵様と伺っております。アイスラー男爵領の現状を憂い、雇用を確保するために『カルイザワ』開発のご提案をされ、各所から訪れるであろう高貴な方々に失礼のないよう無知な私たちに教育を施してくださいました。コルダナ男爵様には感謝してもしきれません」

(ここでもコルダナ男爵か……)

 貴族を相手にするならば、たしかに教養は必須。

 『カルイザワ』で働いている者は、みなこの女給仕と同等の知識を有しているわけだ。

「……ありがとう。いい勉強になったよ」

 その後、食事処でおにぎりなる料理に感動し、温泉なる疲労回復、美肌、健康促進の効果があるという湯浴みを堪能し、畳に布団なる異国情緒あふれる寝具にくるまって快適な夜明けを迎えた。

「…………………………帰りたくない」

 目覚めの開口一番、思わず本音が漏れてしまい、フェリクスは頭を振るった。

 トンペック伯爵の保養都市フェルローデが廃れるのも無理はない。

 伯爵家の嫡男として相応の贅沢を享受してきたフェリクスが、たった一日で『カルイザワ』の魅力に取りつかれてしまったのだ。

 昨晩は娼館に繰り出そうかと本気で悩んだほどである。

 辛うじて理性が勝利して後悔に苛まれる事態は防がれたが、気分は憂鬱だ。できるなばら、もう一日ここでの生活を満喫したい。

「アイスラー男爵に会えば少しは分かるだろ……」

 王女派筆頭。王女殿下の側近である矜持が怠惰を赦さなかった。

 フェリクスがこの時期に『カルイザワ』を訪れたのは、気まぐれでも衝動的な行動でもない。アイスラー男爵その人が視察に訪れると手の者間者から聞いて知っていたからだ。

 約束もすでに済ませてある。

 ちなみに、コルダナ男爵領に間者は送り込めていない。あまりに領民が少なすぎて、入り込む余地がなかったからだ。

 フェリクスはギリギリまで朝風呂に浸かり、朝食の聖武料理に舌鼓を打ち、名残惜しさ後ろ髪を引かれる思いで温泉旅館をあとにした。

「お初にお目にかかります。ドレーアー伯爵が嫡男フェリクスと申します」

「先に名乗らせてしまって申し訳ありません。クヌート・アイスラーです」

 会談場所は高級娼館の一室――などではなく、代官邸の応接室だ。

 フェリクスは、アイスラーの謙虚さに好感を抱いた。

「構いません。私は伯爵家の嫡男。対してアイスラー男爵はご当主。立場は貴殿の方が上なのですから」

「しかし、ドレーアー殿はリア王女殿下の側近。地方の男爵でしかない私にとっては雲上人です」

「地方男爵とはご謙遜を。いまやアイスラー男爵領は貴族の間で知らぬ者はいないほどの行楽地ではありませんか。私のことは是非フェリクスと気軽にお呼びください」

「とんでもないことです。今ある名声はすべてコルダナ男爵様のおかげ。私はただ土地をお貸ししているだけにすぎません」

(チョロいな。さっそく尻尾を出してきたか)

 フェリクスはほくそ笑みながら、テーブルに置かれた紅茶に口をつける。

 『カルイザワ』には、人員の選定にツェーザルも絡んでいて間者を送り込めなかったが、アイスラー男爵領には間者を紛れ込ませることに成功している。

 報告によれば、アイスラーは自領を発展させるためにツェーザルから融資を受けて新事業を立ち上げるも失敗。その数年後、ツェーザルからの提案を受けてできたのが『カルイザワ』の街が建設される。

 一見してそこに特異性はない。融資を返済できなかった代価として『カルイザワ』の用地を格安で借り受けて運営していると考えるのが普通だからだ。

 しかし、普通に考えなければ不可解な点がいくつも現れてくる。

 一つ。なぜツェーザルは自領で『カルイザワ』の街を建設しなかったのか。『カルイザワ』の優位性は、聖武という異国文化を提供していることにある。なにもアイスラー男爵領である必要がない。

 もっとも、アイスラー男爵領の方が交通の便に優れており、廃村をもとに建設されていることから、整地する手間が時間を省けるという利点がある。

 しかし、それは融資金と相殺できるほどの利点であるだろうか。

 二つ。なぜコルダナ男爵領の領民が雇用されていないのか。これは訪れてみて分かったことだが、コルダナ男爵領の領民は総じて高齢だ。聖武の新しい様式を覚えるのは大変だろう。そしてなにより人口が少ない。すべてを領民で賄えないのも分かる。

 しかし、領民には三十代の女性も多く見かけたし、『カルイザワ』は魅力的な働き先だ。移民を募集すればすぐ集まったに違いない。

 警備兵以外に一人も領民が働いていないというのは不自然過ぎる。

 三つ。食事処では旬ではない野菜が振舞われていたことだ。今の時期は晩春である。普通、トマトやレタス、ナスといった食材は手に入らない。

 以上のことから、『カルイザワ』の街を建設するにはアイスラー男爵領でなければならず、コルダナ男爵領の領民が働いては不都合な理由がある。

 そして元娼婦たちが住まう隠れ里の存在。

(――もし、融資の代価が『カルイザワ』の用地を格安で貸し出すことではなかったら……?)

 そも、融資金が払えなくなってから数年後に『カルイザワ』の建設に着手しているのがおかしいのだ。代価というならばすぐに支払われるべきである。

(融資の代価は別のものですでに支払われている……)

 アイスラー男爵領が差しだせるものは多くない――というか、まったくない。それこそ――

「コルダナ男爵に貸し出している土地は『カルイザワ』だけではないのですか?」

 アイスラー男爵領には廃鉱がある。当然、近くには鉱夫が住まい、鉱物を加工するための村があるはずだ。そして、廃鉱となればその村も必然的に廃村となる。

 荒れ果ててはいるだろうが、いちから村を開拓するより手間はかからない。

 フェリクスの質問に対し、アイスラーは視線を泳がせた。

「……申し訳ありませんが、守秘義務がありまして、お答えするえすることはできません」

「そうですか。それは残念です」

(アタリだな)

 答えられないと言っている時点で、イエスと言っているようなものだ。

 素直で嘘がつけないのは美徳だが、貴族にとっては弱味でしかない。

 目的を果たしたフェリクスは、アイスラーとの会談を適当に済ませ、『カルイザワ』を発った。

 向かう先は王宮。

 これまで得た情報をリアに報告し、アイスラー男爵領にある廃村を調べるためだ。

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