第19話
コルダナ男爵と仲良くする。
リアが下した勅命の意図は明白だ。
自らと境遇を同じくする者と親しくなりたいと思うのは当然の理由だろう。
そして、ツェーザル・コルダナには利用価値がある。
メフィレス然り、『カルイザワ』然り。
忌子だけがもつ――かどうかは分からないが、特異な発想力がある。
リアは困窮した孤児院や医療院、衛生概念の普及、困窮者への雇用創出といった既存していない驚嘆すべき弱者救済措置を行ってみせた。
一方、ツェーザルは未知の商品を生み出した。おそらく、その発想の泉は枯渇することなく新商品を世に出し続けるだろう。まさに金の鉱脈だ。
王女派に引き入れられたならば、これほど頼もしい存在はいない。
(まずは相手のことをよく知らないといけないな)
国王派の手の者ではないかと疑った際、ツェーザルの周辺を一通り調査はしたものの、目線が異なれば見えてくるものもまた異なってくる。
フェリクスが真っ先に着目したのは高級娼館だ。
メフィレスの販売窓口という先入観を持たずに見れば、ここにもツェーザルの類稀なる商才の一端が伺える。
「いらっしゃいませお客様。初めてのご来館、誠にありがとうございます。当館は他の娼館と趣が異なっております。そのためお手数ではございますが、初めてのお客様には当館の仕様をご説明しております」
「――いや、説明はいらないよ。系列の店に入ったことがあるからね」
「それは大変失礼いたしました」
「構わないよ。それよりも君は客の顔をすべて覚えているのかい?」
「はい。そのように教育されております」
受付の男は当たり前のように言っているが、当然あたりまえではない。
いかに高級娼館とはいえ、常連でもない客の顔を覚えたりはしないし、受付の男の言葉が正しければ、二回目、三回目の客の顔すら覚えていることになる。
毎日顔を合わせる青果店などならまだしも、娼館ではありえない接客だ。――が、客としては嬉しくもある。受付の態度は店の心証の良し悪しに直結するからだ。
「それじゃ女の子を見させてもらうよ」
見世物小屋には、純白のシュミーズを身に着けた十数人ほどの娼婦が地べたに座って客を待っていた。
下は十歳前後の少女から、上は五十を越えているであろう熟女まで。普通の娼館ではまずありえない年齢幅の広さだ。
フェリクスには理解の及ばないところだが、世の中には年上の女性を好む男もいるという。そうした性癖の者も対象としているところが、この娼館の凄いところだ。
(……あの娘にしようかな)
目を付けたのは十歳前後の娼婦だった。
これはフェリクスが少女趣味だから――ではない。聞き込みをする上で幼い者の方が色々と話してくれそうだという思惑からだ。
「九番の娘を」
「かしこまりました」
フェリクスは娼婦の番号を告げても、受付の男は愛想のいい笑みを崩したりはしなかった。これが他の娼館であれば「あんたも物好きだねぇ」などと余計な一言が付いたはずだ。特殊な性癖を持つものは、当然それを自覚している。もし、そんな言葉を言われたならば、二度とその娼館に足を運びはしないだろう。
本当によく教育が行き届いている。
「服装や状況設定はどうなさいますか?」
「標準で構わないよ」
「かしこまりました」
この娼館の特殊なところは、年齢層の幅広さだけではない。
受付の男が言ったように、娼婦の服装と状況設定が選べるのだ。
普通の娼館であれば、娼婦の服は一種類と決まっている。
しかし、この娼館は
さらに主人と
男ならば誰しも、こういうことをしてみたいという秘めた欲望の一つや二つはあるもので、しかし立場や環境がそれを許さない。
十歳前後との性交もその一つだろう。
成人していない少女と……などと噂が流れたに日には社会的に一巻の終わりだ。
だが、この娼館ではそれが許される。徹底的された守秘。それが徹底されているからこそ、安心して遊べるというものだ。
「こ……こよいは……ごしめいいただき、あ、……ありがとうございます」
その手の趣味人ならば一瞬にして獣になるであろう状況だが、フェリクスの目的は欲望の発散ではない。
「うん、よろしくね」
「それでは、ごほうしさせていただきます」
「今日はそういうのはナシにして、俺とお話してくれないかな?」
「…………?」
それはそうだろう。ここに訪れる者の目的は一つしかない。
「俺はフェリクス。君は?」
「トゥルペ、です」
娼館の店名は『
(一見さんに本名を教えてくれるわけもないか。そのための源氏名でもあるわけだし……。普通の女を口説くのとはワケが違うか。ちょっと切り口を変えてみる必要があるかな)
「トゥルペ……うん、いい名前だね。先日、エルヴィーラ殿に会う機会があってね。少し話をしたんだけど、とても聡明な方だね。トゥルペは会ったことあるかい?」
「はい。わたしはエルヴィーラ様に買っていただきましたから」
「買っていただいた……? ちょっと穏やかじゃないね?」
「フェリクス様。ここではたらいている人たちは、みんなどれいなんです」
(奴隷……か。ま、そりゃそうか……)
娼館で働く者のほとんどが、望んで娼婦になっているわけではない。
親に売られ、あるいは自らを売らなければならない事情があり、娼館に直接売られるか、奴隷商人を介して娼館の売られるかの過程はあれど、結果は同じだ。
そんな女たちが娼婦から解放される道は、借金を返すか、年季が明けるか、身請けされるかの三つ。
しかし、ほとんどの女が娼婦から抜け出せることはない。
稼いだ金は法外な金利によって相殺され、借金の返済はほぼ不可能。
性病や出産によって
身請けされるのは、極々限られた一割にも満たない娼婦の夢物語でしかない。
奇跡的に借金を返済し、あるいは年季が明けたとしても、娼婦という職歴から定職に就くのは難しく、結局は流れの娼婦となるか、スラムでの生活を余儀なくされる。
娼婦の現実とはそんなものだ。
「トゥルペ。よかったら俺が身請けしてあげようか?」
その言葉は、ほんの気まぐれ。
冗談だと受け流すようであれば、それで構わない。
もし
「もうしわけありません。ありがたいお話だとは思いますが、おことわりさせてください」
しかし、トゥルペの答えは、明確な拒絶だった。
興味を覚えて尋ねてみる。
「――へぇ。それはまたなんでかな?」
「自分を安売りするな……と、エルヴィーラ様から教えられました。好いてもいない男に身売りはぜったいにするな……と」
(まるで平民の女みたいな考え方だな)
恋愛結婚は平民の女だけに許された特権だ。
娼婦も貴族も結婚に自由はない。決められた相手、見初められた相手と婚姻する。そこにあるのは徹底的な打算。
(エルヴィーラ殿も所詮はいち経営者であって、娼婦の気持ちなど分からないと言うことか……)
「トゥルペはそれでいいのかい? 自由を手に入れる機会はもう二度とないかもしれないんだよ?」
「エルヴィーラ様は、そのようにしてうんめいの相手とであえたと言っていました」
「それはエルヴィーラ殿が平民だからであって、娼婦の君とは環境が違うと思うよ?」
「……? フェリクス様。エルヴィーラ様はしょうふでした。ごぞんじありませんか?」
「………………」
思わぬ情報にフェリクスは思考停止しかけた。
頭を振るい、止まりかけた思考を叩き起こす。
(……ちょっと待て。エルヴィーラ殿が娼婦だった? コルダナ男爵に仕えていることから、運命の相手というのはコルダナ男爵で間違いない。娼婦であったエルヴィーラ殿をコルダナ男爵が身請けしたのは確定。問題はエルヴィーラ殿が身請けできる相手を選べるような立場であったこと……)
「エルヴィーラ殿の源氏名は……?」
「ペルレです」
「――――ッ!?」
鉄槌で殴られたような衝撃に、フェリクスは頭を抱えた。
ペルレは、『
(おいおいおいおい……)
貴族の男で『
その理由は、『
彼女が独自の情報網を築いており、それを元に初見でも趣味嗜好を完璧に把握した接待をしていたのは貴族であれば誰もが知っている。
それを手中に収めたいがために、何人何十人もの貴族がエルヴィーラを口説き続けてきたのだ。
しかし、誰にも首を縦に振るわなかった。
その難攻不落の高級娼婦を口説き落とし、家臣に加えている。
(道理で俺の素性を知っているはずだ……)
コルダナ男爵領といえば、ファーテンブルグの中でも辺鄙な位置にある領地だ。王都からも遠く、襲爵の儀の時しか王都に訪れていない。
そんな引き籠りがちな男爵が、なぜ王女派の側近の名と顔を知っているのかと思ったが、エルヴィーラがいるのであれば納得だ。
(っつーか、ヤベェだろ……)
ツェーザルの家臣には元『ダイサッカイ』団長のイジュウインがいる。
それだけではなく、あまねく貴族が欲した情報網を持っている
この情報を得ただけでも、この娼館にきた意味があった。すぐにでも
はやるフェリクスの耳朶にトゥルペの言葉が突き刺さる。
「フェリクス様。わたしたちのたいぐうは、ほかのしょうかんにくらべて、とてもいいものだとエルヴィーラ様がおっしゃっておりました」
「……待遇がいいい?」
「はい。売り上げにかんけいなく、三年はたらけばどれいからかいほうされるけいやくになっています」
(そんな旨いまい話があるわけがない。奴隷は基本的に読み書きのできない平民がほとんどだ)
「だまされているに決まっている」
まるで心を読んだかのようなトゥルペの言葉に、フェリクスは絶句する。
その様子を見て、トゥルペは苦笑った。
「この話をすると、どのおきゃく様もそうおっしゃるのです。ですが、じっさいさいしょのころにはたらいていたしょうふは、しょうかんをさって、エルヴィーラ様がつかえている人のりょうちでくらしています」
「ははは……。まさか、退職後の面倒までみるって?」
「今はもうとりあつかっていませんが、メフィレスを届けてくれるのが、そのときのしょうふなので、うそではないと思います」
(う、嘘だろ……)
トゥルペは嘘をついていない。フェリクスの経験と勘がそう告げている。
だからこそ、信じられなかった。
奴隷はけして安い商品ではないのだ。
それを稼ぎに関係なく三年で奴隷から解放するなんて――
(金を捨てているようなものなのか……? 本当に?)
この娼館は、大衆向けとはいいがたい。どちらかとえいば特殊な性癖をもった客層を対象としている。裏を返せば、一人ひとりの娼婦に一定数の顧客が付くような仕組みになっているのだ。
そのため、すべての娼婦が一定の稼ぎを上げられる。通常の娼館と違って客の付かない娼婦の面倒を見る必要がない。
おそらく、半年も働けば購入費用を上回っているはずだ。残りの二年半は純粋な利益となり、十分に元は取れている。
(しかし、三年で解放する意味が…………――ッ! そういうことか……!!)
点と点が繋がり、一本の線となった。
そもそも、コルダナ男爵領の領民は百人弱。その人数で大量のメフィレスを生産することは不可能だ。
しかし、事実として偽メフィレスが出回るまで、メフィレスは相当な流通量を誇っていた。そのカラクリが解放された奴隷――元娼婦だ。彼女らを領民とし、メフィレスの生産に従事させていたとすれば筋は通る。
彼女らも元娼婦がまともな職に就けるとは思っていないだろう。そこに良くしてくれた
二つ返事で頷くに決まっている。
そして、人が増えれば生産量も上がるのは必然。
娼婦として死ぬまで使い潰すよりも賢い人材の使い方だ。
だからこそ――
(コルダナ男爵が偽メフィレスを排除したいのだろう)
偽メフィレスによって、この仕組みが破綻してしまったからだ。
「トゥルペ。貴重な話をしてくれてありがとう。申し訳ないけど、急な用件を思い出してね。申し訳ないけど、今宵はこれで失礼させてもらうよ。もちろん代金は支払うし、途中で帰るのは俺の事情で君になんの落ち度もないのはちゃんと説明するから安心して欲しい」
「そう……ですか……?」
フェリクスは、首を傾げる
急ぎ、コルダナ男爵領に向かわなくてはならない。
彼の領地で領民が百人弱しかいないのは、それ以上の人間が暮らせる土地と生産力がないからだ。
生産力は娼館とメフィレスの利益で賄えるとして、土地だけはどうしようもない。
しかし、元娼婦を領民となっている。
この矛盾を調べなくてはならない。
(コルダナ男爵と友誼を結ぶ。すべては王女殿下のために)
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