第17話

 ツェーザルを忌子だと知り、真っ先に反応したのはイジュウインだった。

 堪えきれず、といった風にイジュウインは破顔する

「くっ……くくくっ! ははははっ!」

「(まぁお前ならそういう反応をするだろうな)悪いね、いままで黙ってて」

「本当ですぜ大将! それにアウレリア嬢も驚いてないってこたあ、やっぱり知っていたんで?」

「まぁね。産まれた時から一緒にいるんだ。隠しようがないよ。王女派には偽物のコルダナ男爵だと思われちゃったみたいだし、ちょうどいい機会だから僕の出生の秘密でも話そうかと思ってね。もちろん分かっているとは思うけど他言無用だよ?」

「ハインミュラー殿にもですかい?」

「まさか。クラウスにはあとで僕から話しておくよ。忙しいエルヴィーラをこのためだけにわざわざ呼び出すのは申し訳ないからね」

 ツェーザルは珈琲を含み、口と喉を潤してからイジュウインと、いまだ呆然としているエルヴィーラをみて言った。

「十九年前、僕は忌子として産まれた。本当ならば殺されているはずなんだけど、前コルダナ男爵父親忌子を殺せなかった。そこで前コルダナ男爵父親は、産まれたばかりの忌子を使われていない山小屋に幽閉し、監視役兼乳母が送られてきた。ちなみにその乳母の子供がアウレリアだよ。ここら辺の話は乳母から聞いたものでね。まさか自分が忌子なんで思わなかったから驚いたよ」

 転生者であるツェーザルは生まれた直後から明確な意識と自我があったから、乳母――アデーレに教えられるまでもなく自分が忌子であり、山小屋に幽閉された理由を知っていたのだが、この秘密を打ち明けるつもりはない。

 ここまで話を聞いていたイジュウインの顔から笑みが消え、代わりに安堵の表情を浮かべていた。

「ようやく納得いきやしたぜ。大将だけなら――まぁ……なんというか……そうとう風変わりな御仁で済んだんですがね。アウレリア嬢も某のことを一切気にしちゃいやせんでしたので不思議に思ってたんですわ。宗教によって植え付けられた価値観てのはそうそう変わるもんじゃありやせんからね。類は友を呼ぶとは言いやすが、さすがに主従揃って風変わりなんて偶然はできすぎってもんでしょう」

 しかし、ツェーザルが忌子で、アウレリアが産まれた時から一緒。その上、十五年も幽閉されていて外界宗教に触れられない環境ならば話は別だ。

 長年の疑問が氷解してすっきり顔のイジュウインとは対照的に、エルヴィーラは目を見開いて禿頭スキンヘッドの私兵団長を凝視していた。

 明晰な頭脳と膨大な知識で、一を聞けば十を知るを地でいく彼女が、まったく話についていけてないのは珍しい――というか初めてのことではないだろうか。

「その言い方ですとイジュウイン様も忌子であるように聞こえますわね?」

 ――前言撤回。やはり、エルヴィーラの聡明さは健在だった。

 不通ならばこれだけの短い会話だけでイジュウインが忌子であると気づけるわけがない。もはや神に祝福された証ゼーゲンかと疑いたくなるレベルだ。

 エルヴィーラの指摘に、イジュウインは禿頭を頭を撫でた。

「さすがはエルヴィーラ嬢。お察しのとおり某は二柱の神から祝福を賜っていやす。忌って歳でもないんで忌人ってとこですかね。母国じゃ珍しくはありやしたが迫害はされていやせんでしたから、この大陸に流れ着いたときはそりゃ驚きましたぜ」

 この話は初耳だ。

 イジュウインの母国では忌子は殺されない。

 途轍もない違和感と作為を感じる。

「こう言っちゃあなんですが、宗教観の違いってやつですかね。この大陸じゃあ神は五柱とされてるみたいですが、母国では神は八百万――多種多様で数多く存在するとされていやした。つまり何が言いたいかってぇと、大将や某を怖がる必要はないってことですぜ、エルヴィーラ嬢」

 ファーテンブルグ人――いや、この大陸の人間はすべて五神教徒だ。

 そして、教徒にとって忌子は殺すべき悪しき存在であると刷り込まれてしまっている。

 五神教に触れられる環境ではなかったツェーザルやアウレリアは別として、エルヴィーラは敬虔な五神教徒だろう。

 宗教についてはセンシティブな問題なので話題に出したことはないが、エルヴィーラの様子から察するにショックや戸惑いを感じているに違いない。

 崇拝している人物が、実は反社会的な忌むべき存在だったとしたら?

(普通なら手の平を返して軽蔑するんだろうが……)

 なにせエルヴィーラだ。

 神プファイルフィーダンよりも未来さきを見通せると不敬極まりないことを平気で口にするぐらいツェーザル信仰が天元突破している。

 イヤな予感しかしない。

「ツェーザル様! いますぐ五神教を滅ぼすべきですわッ!」

「お、おぉぅ………………」

 案の定、エルヴィーラは想像の斜め上をやすやすと超えてきた。

「至高の存在であるツェーザル様を忌子などッ! もはや五神教こそが邪教ッ! なんと忌々しい!! わたくしは――いえ、この大陸すべての人間が五神教に騙されていたのですわ!!」

(うん、分かってた……)

 ツェーザルは頭を抱えながら、大きく息を吐いた。

 イジュウインは忌子同類だから敵にはならないと確信はあった。

 エルヴィーラも五分五分……いや、七……、八……。九割九分大丈夫だろうと確信めいたものがあった。

 固めた覚悟が無駄になるような予感はしていたのだ。

 だからこの盛大な溜息は呆れではなく安堵。

「エルヴィーラが怒ってくれるのは嬉しいよ? でも、さすがに大陸全土に教徒をもつ五神教に喧嘩を売るのはちょ~っとまだ早いかな。それよりも国王派と王女派をどうにかするのが先だからさ――ね?」

「さすがはツェーザル様ッ! 自らを亡き者にしようとした邪教にすら慈悲をお与えになるとは……! なんと寛大な御心……! ――あぁ……ッ! あぁ……ッ!! 滅ぼすなどわたくしが狭量でございましたわッ!」

 狂信的なツェーザル教徒のエルヴィーラは、教主が白と言えば黒いものでも白くなるらしい。

 そして、ツェーザルが絡まないところでは非常に優秀であった。

 一瞬にして熱狂的な教徒の顔ポンコツから冷徹で合理的な諜報員の顔に切り替わる。

「ところでイジュウイン様はなぜ生きてらっしゃるので? 普通ならば処分されていてもおかしくはないと思うのですけれど?」

 イジュウインが奴隷として売られていたことを言っているのだろう。

 ツェーザルの出生に秘密があるように、幹部の面々も様々な過去をもつ。不要な情報を流布するのはツェーザルの好みではない。

 エルヴィーラが独自で調べたのか、本人が喋ったのか。

 イジュウインが驚いていないところを見ると後者か。あるいはエルヴィーラなら知っていて当然と思っているのかもしれない。

「いや……、某に聞かれても……」

 答えられないのも無理はない。

 イジュウインは戦に敗れて捕虜となり、解放するための金が支払われなかったために奴隷として売られてしまったということしか知らないのだ。

 だから、それを答えるのはツェーザルの役割だろう。

「それば僕から説明するよ。エルヴィーラも言ったとおりイジュウインは有名な傭兵団の団長だったからね。本人の前でいうのもなんだけど目玉商品だ。買取価格も高くなる。ところが、数日して髭が伸びてきて忌子――忌人だと分かったとしても気軽に処分できるような額じゃなかったんだろうね」

「ある意味、その奴隷商人も騙されたわけですわね。ならその奴隷商人もイジュウイン様の髪と髭を剃ったまま売ればよかったと思うのですけれど」

 正論だ。

 奴隷は他の商品と違って生活費維持費が掛かる。売れない奴隷はゴミ以下でしかない。普通の奴隷商人ならば早々に処分するなり、顧客を騙して売り逃げするだろう。

 しかし、イジュウインを買った奴隷商人は普通ではなかった。

「商売人としての勘がイジュウインを殺さない方がいいと言っていたとか。あと、商人は信用が命だそうだよ。実際エッポほど誠実で優秀な奴隷商人はほかにいないんじゃないかな」

「なんと、イジュウイン様を取り扱っていたのはエッポ様でございましたか……」

 客を騙すぐらいなら不良在庫忌子を抱えていた方がマシ。

 言うは易く行うは難しだ。

 結果としてエッポの商人としての勘は正しかったと言えよう。

 娼館で働く奴隷の大量受注によりエッポは莫大な利益を上げてる。

 ツェーザルとしてもこれほど信用できる奴隷商と出会えたのは僥倖だった。

 そして、そんな奴隷の売買の窓口となっているのはエルヴィーラだ。

 それゆえの納得だろう。

「承知いたしましたわ。途中お恥ずかしながらも少々取り乱し、話をそらしてしまい誠に申し訳ありませんでした。そして、わたくしにツェーザル様の秘密を打ち明けてくださったこと、光栄に存じますわ」

 エルヴィーラは席を立ち、ツェーザルの前で跪く。

わたくし、エルヴィーラは改めてここにツェーザル様に忠誠を誓いますわ」

「ありがとう」

「とんでもないことでございます。わたくしがツェーザル様を忌避することなどあり得ませんわ。もちろんイジュウイン様もです。――ただ一つ、僭越ながら言わせていただくとすれば、五神教では神からの寵愛の証である髪を染める行為は禁忌とされておりますわ。くれぐれもご注意くださいませ」

 エルヴィーラの忠告に、ツェーザルは肩をすくめて返答とした。

 ツェーザルの髪色は、暗い青インディゴ

 わざわざ脱色してから染めたのは、この異世界での白と黒の定義が分からなかったからだ。脱色せずに白色で染めれば灰色っぽくなるが、それが異世界人的に黒だと認識されては意味がない。だから髪が伸びて根元が黒くなっても目立たないであろう暗いインディゴに染めたのだ。

「大将が秘密を打ち明けてくださるのは家臣として光栄ですがね。なぜ今なんです?」

「僕らの信頼関係をより強固なものとするため、かな。フェリクス――王女派もそれなりに僕たちのことを調べ上げてたみたいだしね。もしかしたら、忌子であると知られてしまうかもしれない。第三者から『コルダナ男爵は忌子らしい』と聞かされるくらいなら先に言っておこうと思ってね」

 そしてもう一つ。

 弱味になる秘密は徹底的に潰しておくべきだろう。

「世間では前コルダナ男爵が自死したことになっているけど、真実は違う。僕が領主になるために謀殺したんだ」


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2024/7/26:加筆修正。誤字脱字の修正と一部表現の変更。

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