第11話
いま、エルヴィーラはなんと言った?
ツェーザルもクラウスと同じ、偽
(つまり、そうじゃなかった?)
接辞に一筋、嫌な汗が流れ落ちる。
いまさら、「え、違うの?」なんて言えるわけがない。
「どういうことだ?」
代わりに尋ねるというクラウスのファインプレーに胸中で喝采を上げた。褒美として彼の大好物であるケーキをホールでプレゼントしよう。きっと喜ぶに違いない。
「偽
「バカな……」
「クラウス様?
「い……いや、そんなことはないが……、俄かには信じられん……」
エルヴィーラは巧みな話術と
それこそ、特定の貴族の性癖から領地の経営状況、妻のホクロの位置さえもだ。
収集した情報の中には噂やデマカセも多数存在するが、エルヴィーラの分析能力によって排除される。これにより初見の客でも性癖や趣味嗜好、仕事上の悩みなどを把握しており、その確度は百パーセントに近い。
(偽
「エルヴィーラ。念のために聞くけど、偽
「はい。ローテンベルガー伯爵、ルンプ伯爵、シャハナー侯爵が関わっているようです」
「――なるほどね」
上位貴族が三家も組んでいれば十分に現実的な話だ。
日本にある独占禁止法は、当たり前だがこの異世界に存在していない。
利益度外視で偽
ケシの実の抽出液の含有量が多い偽
「賦役ですかい」
イジュウインの呟きに、ツェーザルは秘かに息を飲んだ。
現代日本ではあり得ない古き課税制度。強制的なタダ働き。
完全に失念していた――というより、イジュウインに言われるまで思いつきもしなかった。
賦役によりケシの実の抽出液が採取されたとなれば人件費は一切かからない。
だからこその高品質、低価格。
利益度外視どころか、笑いが止まらないくらいに儲かっているはずだ。
(やってくれるじゃねぇか……)
完全に一枚上をいかれた。
中世風の異世界人なんかに出し抜かれ、元ヤクザのプライドが大きく傷けられた。
しかし、それを表に出すことは許されない。
「まさか国王派の大物が釣れるとは思ってもみなかったよ。ちょっと
あくまで、事態は想定通り。ただ、登場人物が小物から大物に変わっただけ――と見えるような悪い笑みを浮かべた。
「クラウス。生産済みの
「は……? え……いや、……それはどういう意味でございますか……?」
「偽
「もちろんですわ。売り言葉は、どこよりも品質を追求した期間限定の
「さすが、よく分かってるね。在庫を売り切ったら僕たちはいったん
質問も疑問も異論も反論も許さない。
その意思は正しく伝わり、ツェーザルを妄信しているエルヴィーラが真っ先に立ち上がり、コルダナ男爵家をあとにする。困惑顔のクラウスとイジュウインも遅れて立ち上がり、エルヴィーラを追うように外に出て行った。
コルダナ男爵家を出すぐに、エルヴィーラは呼び止められた。
「エルヴィーラ嬢。貴殿のお貸しする兵たちを紹介しておきたいんですが、ちょっとばかしお時間をいただいてもいいですかい?」
「私も
当然の成り行きだろう。
イジュウインとクラウスはツェーザルの真意を推し量る前に追い出されてしまったのだ。
ならば分かっている人間に聞くしかない。
「いいですわよ。貸してくださる兵士の方々がどこの村の者かは分かりませんが、
遠方の都市を拠点としているエルヴィーラは、護衛付きの
「それで、お二方が知りたいのはツェーザル様の真意……ということでよろしいかしら?」
「あぁ、そのとうりだ」
馬車が走り出してすぐ、エルヴィーラが話を切り出した。
首肯するクラウスを見据え、軽く微笑む。
「そんなの分かりませんわ」
「………………は?」
間抜け面を晒すハインの横で、イジュウインが禿頭をさすりながら思案顔で言った。
「まさかエルヴィーラ嬢でも分からないとは思わなかったんですがね。『どこよりも品質を追求した期間限定の
「商売人ならこのぐらい当然ですわ。ケシの実の抽出液の含有量を三倍にして、五倍の値で売るなら、これしかございませんもの。
「そうですかい……」
イジュウインは困ったように頬を掻いた。
「なにか言いたそうな顔をされていますね?」
「いや……、こう言っちゃなんなんですがね……。エルヴィーラ嬢。怒らないで聞いてくださいよ? 大将はこういう事態を想定していなかったんじゃないかと思いましてね」
「イジュウイン様? 言っていいことと悪いことがございますわよ?」
思いのほか冷ややかな声が出て、イジュウインがたじろいだ。
「いや、だから怒らないで聞いてくださいと――」
「イジュウイン殿もやはり同じことを考えていたか……」
話に入り込んできたクラウスにも鋭い視線を向けるが、彼の目はイジュウインに向けられていた。
「イジュウイン殿はファーテンブルグにきて間もないから知らんだろうが、偽
「大将もとんでもないもんに目を付けられちまいましたね。それじゃ十何万……いや、何十万の人間がケシの実の抽出液を採取するわけですかい。対してコルダナ男爵家はたったの七百人程度。大将が損切りを選ぶのも無理はありませんか」
「まぁ私はコルダナ男爵に拾われた身。どんな苦境に立とうともお支えする所存だがな。取り急ぎは当面の金をどう工面するかを考えるか……」
「それをいうなら某も大将に買われた奴隷ですぜ。大将の寛大なお心遣いで解放はされちゃいますがね。当然、大将のためならばこの命、散らす覚悟はできてますわ」
――バンッ!
気が付けば、エルヴィーラは客車の壁に拳を叩きつけていた。
(なんなんですの!? この男どもは!!)
「え、エルヴィーラ嬢……?」
「ツェーザル様がこの状況を想定していなかった? ふざけるのも大概にしてくださいましッ!」
深慮遠謀。智謀知略においてツェーザルの右に出る者は存在しない。
それは高級娼婦として数多もの貴族を相手にしてきたエルヴィーラだから分かる純然たる事実であった。
『
本来であれば有り得ないことだが、『
身請けするならばボンクラではなく、自分が認めるような男がいい。
そこに現れたのがツェーザルだ。
「ツェーザル様は神神プファイルフィーダンよりも
「神プファイルフィーダンより……それは言いす――いや、なんでもない」
口答えするクラウスを視線だけで黙らせる。
神プファイルフィーダンは視覚を司る神だ。たしかに不敬だったかもしれないが、後悔はない。それどころか、むしろ本心ですらある。
「エルヴィーラ嬢。熱くなり過ぎですぜ? なにも某らは大将を軽んじてるだとか、疑ってるとかってわけじゃありません。某らの立場を考えれば、大将の指示にただ従うだけじゃなくて、大将の考えを汲み取り、指示された以上の成果を上げなきゃならんでしょう」
「いかにも。しかし、武官のフォード殿と文官の私ではコルダナ様の考えが読めんかった。だから智恵者のエルヴィーラ殿に聞いたわけだが」
「エルヴィーラ嬢が分からないってなら、とりあえず指示に従うしかないってことでしょう」
イジュウインとクラウスの気持ちを知り、エルヴィーラは顔を伏せた。
家臣として務めを果たそうとしている二人に対し、自分は癇癪を起して喚き散らしてしまったのだ。
(醜態を晒してしまいましたわ……)
「…………誠に悔しくはありますが、アウレリア様ならば……なにかご存じかもしれませんわね」
エルヴィーラの呟きに、客車にいる誰もが押し黙った。
ツェーザルの専属
だが、それだけではない。
クラウスと遜色ないがほどに算術が操り、
イジュウインと比肩するほどの武芸の修め、
エルヴィーラと同等に商売の話ができ、なおかつ知識や機智に富んでいる。
国中を探しても、これほど万能で有能な
そしてエルヴィーラたちにとって、これが一番重要なのだが、ツェーザルのことを誰よりも深く理解している。
部下三人が家を出て行った直後のことだ。
「ツェーザル様? 上手くやり過ごしたと思ってるところ悪いんですけど、実は色々と想定外でしたよね?」
ふふん、お見通しなんですからねー、とアウレリアはドヤ顔で言ってきた。
二人きりになったことで、ツェーザルは
「当たり前だクソがッ!! 賦役? そんなの知るかよ!? つーかふざけんじゃねぇッ! なんで
怒り任せに、拳をダイニングテーブルに叩きつけた。
たしかに
今の状況を日本で例えるならば、
この異世界では商標登録なんて存在しないため、元祖
「しかも
前世において麻薬は、一部を除いて国家が撲滅を主導するほどの危険物だ。扱いを誤れば国そのものが崩壊しかねないほどの危機的な状況に陥る。
国がなくなれば
まず、価格を高額に設定し、使用者を富裕者層に限定させた。
そして、
さらに購入制限を設けて過剰摂取による突発死および中毒者にならないように配慮した。販売はエルヴィーラが管理する娼館の高級娼婦なので顧客管理も容易に行える。
「それを馬鹿どもが! 砂糖菓子みてぇな感覚で
「――というとツェーザル様? なにか腹案でもあるんですか?」
「まぁな。国王派が動いたってことは、対立派閥の王女派が遅かれ早かれ動くだろうよ。だから今は巻き込まれねぇように手を引くのが一番なんだ」
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