第8話

 ツェーザルが先代領主父親を謀殺してから二年が経った。

 無事に襲爵の儀を終えて男爵位を継承したものの、老人しかいない限界集落のコルダナ男爵領に出来ることは少ない。

 スラム住民の拉致計画が順調に進み、ようやく一年前から領主らしい大規模な領地改革に着手できるようになった。

 真っ先にツェーザルが手を出したのは、ヤクザの三大事業である『麻薬売買』『売春』『金貸し』の三つである。

 それ以外にも考えたのだが、おそらくこの異世界では通用しないだろうという結論に至った。

 例えばオレオレ詐欺。

 領民は基本的に生まれ育った町や村から出ることなく一生を終える。そんなところで「オタクの息子さんが怪我をして!」「治療費には金貨●●枚が!」と迫ったところで、「さっき息子とあったべ?」となるのがオチだ。

 先物取引詐欺も騙す相手の教育水準が低すぎてお話にならない。読み書き計算ができない相手になにをしろと?

 強盗や身代金誘拐もダメ。スラムのガキどもの服を調達するために強盗をしたが、あれは一度だけだから許されるものだ。領地の事業として考えれば、継続性がなく現実的ではない。

 だからこそ、昔ながらの商売シノギというわけだ。

 人間である以上、快楽と金の誘惑、魅力には抗えない。

 これは世界が異なろうとも、時代が違おうとも絶対不変の真理だ。

 商売シノギを始めたからには当然、事務仕事も増える。

 ツェーザルは先代領主が書斎として使われていた部屋を執務室に改装し、デスクワークを行っていた。

 扉が几帳面なリズムでノックされる。アウレリアならばもう少し静かな叩き方だから、来訪者は財務担当官だろう。

「コルダナ様。ハインミュラーです」

「どうぞ」

「失礼いたします」

 クラウス・ハインミュラーは、白髪が目立つ鮮やかな黄ジョーヌの髪を丁寧に撫でつけた中年男で、不健康なほどに痩せている。

 元は王宮で文官として働いていたが、どある事情で職を追われ、各領地を転々としていた曰く付きの人物だ。

 生真面目さと融通の利かなさに難はあるものの、人格と能力は非常に優れている。

 いい拾い物をしたな、というのがツェーザルの正直な感想だった。

「三点、ご報告があり参りました」

 ツェーザルは黙って先を促した」

「一つ目ですが、今月で商人から借りていた金は全額返済できました」

「ようやくか。長かったね……」

 先代領主父親を謀殺した直後、疲弊していた領民を食わせるために金を借りたのだが、拉致してきたスラムのガキどもや商売シノギの準備金として追加で金を借りていたのだ。

 金貸しヤクザが金を借りるなんてお笑い草だが、テンプレ悪徳領主になるためならば、つまらないメンツやプライドはいくらでも捨てられる。

「二つ目は麻薬メフィレスの件です。生産は順調に行われておりますが、そろそろ原材料の在庫が心もとなくなってまいりました。補充指示がございませんので、なにかお考えがあるのかと」

「あんまり大量購入して怪しまれるのもイヤだからね」

 麻薬メフィレスは、コルダナ男爵領以外に生産および販売がされていない。富裕者層を中心にじわじわと人気が出てきており、需要が供給に追いついていない状態となっている。

 その人気商品の原材料が、実は商人から簡単に帰ると知られたら優位性が損なわれてしまう。特許や商標登録などの法律が整備されていないこの異世界では、なんでもパクり放題だ。

 最終的には、原材料と生成方法が知られてしまうとしても、その時間はできる限り引き伸ばしたい。

「さようですか。財政状況を考えますと、もう少し利益が欲しいところなのですが……」

「なるほどね……」

 コルダナ男爵領の領民は約七百人。その人数を食わせるだけの食糧を購入するとなると金がかかるのは当然だ。

 あまり目立ちたくはないが、領民を餓えさせるわけにもいかない。これは領主として云々ではなく、組織を率いる者の心構えだ。宗教でもないかぎり、自分たちを餓えさせているTOPに従うような阿呆はいない。

「分かった。追加発注をお願いするよ。できるだけ分散させたいんだけど、僕にはどの商会がどう繋がってるか分からなくてね。そこはクラウスに一任したいんだけど頼めるかな?」 

「もちろんでございます」

「ありがとう」

 クラウスは財務担当官だが、兼務で麻薬生産の責任者も担っている。人材の少ないコルダナ男爵家では何事も兼務にならざるを得ない。

 ブラック企業そのものの組織体制だが、王宮や伯爵家に仕えていた経験のあるクラウスにとって、この程度の仕事量はホワイト判定らしい。本当に頼りになる人材だ。

「もったいなきお言葉でございます。それで次で最後のご報告なのですが、ヒンデミット子爵からの返済は、今月もございませんでした」

「これで四ヵ月連続か……」

 クラウスが麻薬メフィレスの増産を提言した理由がこれだろう。

 麻薬メフィレスで稼いでいても、ほかの仕事金貸しの採算が取れていなければ意味がない。

 過去にも二件踏み倒されており、これで三件目となる。

「クラウス、悪いんだけど、さっきの追加発注は中止かな」

「理由をお伺いしても?」

「いまは二月だよね。ケシの開花時期は五月頃。原材料をタダで仕入れられた方が得じゃないかな?」

「――なるほど。仰る通りかと。コルダナ様の深慮、誠に感服いたします」

「無駄だと思うけど督促状を送っておいてね。来月も返済がなかったら……まぁないと思うけど、ヒンデミット子爵との会談の用意を頼むよ」

「かしこまりました」

 報告を終えたクラウスは執務室をあとにする。

 階段の軋む音が聞こえてきたので、そのまま自室に戻ったのだろう。

 コルダナ男爵の家は、貴族の家とは思えないほどにこぢんまりとしている。

 二階建ての家で、一階はリビングダイニングとキッチン、そしてツェーザルの執務室。二階には四つの個室があり、一つは書庫として潰し、もう一つをクラウスの執務室に充てていた。残る二つはツェーザルとアウレリアの私室だ。

 クラウスには二軒先の家を与え、そこから通ってきてはいるものの、三食を共に囲んでいるので半ば住み込みに近い。アットホーム感が半端ないが、零細断社屋の職場なんて、たぶんこんなもんだろう。

 溜まった書類に手を伸ばそうとしたところで、扉がノックされる。

「ツェーザル様。アウレリアです」

 入室を許可すると、扉が開くと同時に芳ばしいコーヒーの香りが漂ってきた。

 さすがはアウレリアだ。十七年間一緒に過ごしてきただけに、ツェーザルが一息つきたいと思えるタイミングを熟知している。

「そろそろ来月あたりのスケジュールを空けておきましょうかー?」

 コーヒーを置きながら尋ねてくるその内容に、ツェーザルは驚かない。

 アウレリアはツェーザルの専属女使用人メイドであり、唯一の理解者だ。

 ヒンデミット子爵の領地に赴く時期ぐらい察せられて当然である。

「そのあたりはクラウスと調整してくれ。――しっかし、ホント異世界人はチョロいな。貴族社会ってのはもっと権謀術数渦巻くカオスじゃねぇのかよ。こんな簡単に騙されちゃって大丈夫なの?」

「簡単に騙せる相手を選んでおきながらよく言いますよねー」

「ハッ、相手を選ぶのは詐欺の基本だろ?」

 オレオレ詐欺や先物取引詐欺のような特殊詐欺は難しいと言ったが、それは教育レベルが低い平民以下の者たちの話だ。ある程度の教育を施された富裕者層ならばその限りではない。

 ヒンデミット子爵に貸した金は、踏み倒されたのではなく、のだ。

 狙いは子爵の領地である。

 ファーテンブルグの国法によれば、貴族の領地は国王から下賜されたものではなく貸与されたのであるらしい。現在では有名無実化して、どの在地貴族も自分のものとして扱ってはいるが、領地線の変更は認めないというルールだけは形骸化せずに尊主されていた。

 領主同士の争いは国力を低下させないための措置であり、国王の土地を賃借人が勝手に変更するなど不敬に値する、というわけだ。

 もっとも、当然ながらこれには建前と本音が存在するとツェーザルは睨んでいた。

 上位貴族の領地は鉱山資源が豊かな場合が多い。反面、鉱山資源に乏しい下位貴族たちが徒党を組んで領地を切り取りにきたら非常に厄介だ。

 一方、下位貴族たちも上位貴族たちに攻め込まれたらなす術もなく領地を奪われてしまう。

 領地線の変更は認めない。

 そのルールは、上位下位貴族にとって絶妙なバランスの成り立っている暗黙の了解であった。

 ゆえに、領地の拡大は不可能――と、この世界の住民は誰もが勘違いをしている。


 翌月、予想どおりヒンデミットからの返済はなく、債権回収のためにツェーザルは子爵領へと赴いた。

 ヒンデミットの領地は、コルダナ男爵領の南方。間にアスマン男爵領を挟んだ先にある。

 二頭立ての箱馬車コーチの中、向かいに座るアウレリアが遠くに見える鉄鉱山を眺めながら溜息を吐いた。

「羨ましいですよね~。領地に鉱山があるって」

 男爵位の領地に鉱山は存在しない。あるとすれば廃鉱だけだ。

 それが子爵――爵位が一つ上がっただけで領内に鉱山が存在している。まさに格差社会だ。

(たしかに羨ましいっちゃ羨ましいが……)

 銅であれ鉄であれ炭であれ、なにかしらの鉱山があれば、それだけで十分な産業になる。

 しかし、なんのノウハウもない一介の男爵が鉱山を手にしたところで持て余してしまうのが関の山だ。元ヤクザのツェーザルとて、さすがに鉱山の管理方法の知識までは有していない。

「領地線の変更は禁ずるって国法がなきゃヤバかったかもな」

「なんでです? そんな国法がなければ、下位の貴族と連合を組んで金山の一つぐらいは奪取できるんじゃないですか?」

「だからだ。奪った後は間違いなく連合内で取り分の争いになる。高位貴族な内争で敗れた上、下位貴族たちが争ってみろ。外国からすりゃ絶好の侵攻チャンスじゃねぇか」

「あー、なるほど」

 すぐに理解できるのは、アウレリアの地頭がいい証拠だ。

 一方、少し考えれば分かりそうなことが分からないのは、ツェーザルが詰め込んだ前世の知識を智恵に変えるだけの経験が不足しているからだろう。

「金や銀、鉄や銅だけじゃねぇ。エメラルドやルビーなんかの宝石も採掘できるんだろ? 外国からすりゃ、こんな美味しい土地はねぇよ。なのに何十年も戦火に晒されてねぇってのは、王様の外交手腕の賜物だろうよ」

「なるほど~。そう考えるとファーテンブルグうちの王様ってすごいですねー」

 褒めてはいるが、敬意など微塵も感じないアウレリアのリアクションは、王都から遠く離れている領地特有のものだった。

 インターネットも新聞もないこの異世界では、国王の顔すら知らない者の方が多い。そんな顔も知らない人物の凄さを知ったところで、熱の籠った言葉が返ってくるはずもなかった。

「まぁ、その王様も昨年死んじまったんだがな。んで、第一王子が戴冠したんだが、どうにもキナ臭ぇんだようなぁ」

 呟いたところで、箱馬車の窓が叩かれる。

 目を向けると騎乗して護衛についている私兵団長の姿があった。

 今回はスラムの住民を拉致犯罪行為するわけではなく、融資相手の債権回収だ。それなりの護衛を連れていなければ子爵に舐められる。

 そこで連れてきたのが、私兵団長ほか、六名一個小隊だ。御者もアウレリアではなく私兵団の一人が担っている。

 禿頭スキンヘッドの私兵団長が腹に響く声で告げた。

「大将! もうじきヒンデミット子爵領ですぜ!」

「分かった。先触れを出しておいてくれないかな」

「御意」

 会話をするために下ろした窓を上げ、アウレリアをみるとなぜだか苦笑いをしていた。

「いやー、何度見ても異様ですよねー」

「まぁ……、あの格好だからな……」

 アウレリアが異様と称したのは、私兵団長――ひいては護衛の戦装束である。

 彼らは濃い紺色の小袖に灰色の袴、そして藍色の羽織を纏っていた。腰に二本の刀を佩き、防具は鎖帷子に鉢金、胴、籠手と幕末の武士そのものの格好だ。

 元日本人のツェーザルからすれば、コスプレ感はあるものの異様には映らないが、生粋の異世界人であるアウレリアにはさぞ奇怪に見えるに違いない。

 この異世界でも騎士の装備は全身甲冑フルプレートアーマーと相場が決まっている。

 では、なぜ私兵団の装備が幕末武士風になってしまったかと言えば、ツェーザルの趣味――ではなく、使い慣れた武具の方を用いらせてほしい、という私兵団長の強い意向によるものだった。

 武人として当然の願いだろう。

 ツェーザルも無理にファーテンブルグの装備を強要して弱兵になられても困る。

 よって、コルダナ男爵領の私兵団の兵士はすべて幕末武士風の装備を身に着けていた。

(ま、転生モノのあるあるだよな)

 この異世界の日本風からやってきた外国人。

 それが私兵団長、イジュウイン・フォードである。

 ネタっぽいが、その経歴は本物だ。

 隣国のアリアニアで傭兵団『ダイサッカイ』の団長として活躍し、その勇名はファーテンブルグにも轟いていたほどである。

 そんなひとかどの人物がツェーザルに仕えている理由は、とある事情で奴隷となっていたところを買い取ったからだ。 

 すぐさまスラムの住民から有志を募り、私兵団を編成。イジュウインに鍛えさせたところ、想像以上の仕上がりになった。さすがは元実力は傭兵団の団長だ。

 同行している一個小隊は、その私兵の中でも精鋭中の精鋭である。


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<2023/09/16 加筆>

◆クラウスの家名を加筆

◆イジュウインの描写を加筆








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